転校生と過去
「よーし、席つけ」
朝のHRのチャイムと同時に担任の柳田が入ってきた。
「今日は転校生が来ている…んだが…」
柳田は端切れ悪そうに下っ端が上司に向けるような苦笑いをしてから頭を掻いた。
「センセー男子ですか女子ですか?」
後ろの席の牧原一成が言った。
「女子…なんだか…ただの女子じゃないんだよ」
「なになに?どゆこと?」
「実際に、見たほうがはやいな。入っていいぞ」
教室のドアが開いて一斉にクラスの視線が向けられる。
そこにいた可憐な女の子は恥ずかしそうに下を向いて教室の前に歩いて行った。
「…武田美穂…です…」
クラスが凍りついたように静まり俺が息を呑んだその瞬間…
「嘘〜」「まじで」「本物だ」「やべ、可愛い」
クラス中がざわめいていた。
彼女、武田美穂は今や引っ張りだこの売れっ子アイドルで、幾度となくテレビや広告で見かけたものだった。
またえらいのが、入ってきたな。ただの私立高に売れっ子が転入するなんてまずあり得ない話だからどんな事情があるのやら?少しばかり俺も同情する。
転校ってのは二度と経験したくないものだ。
俺は昔芸能人だった。つまり子役としてブレイクしていた。
演技は嫌いじゃなかったし、それなりに楽しんでいた。
何より芸能人だった母親と仕事上であっても過ごす時間が増えたのが幼心にうれしくかんじていたのだ。
だが有名になればなるほどその芸能人という肩書きは俺を苦しめて、抑圧して、蹴落とした。
その肩書きから逃れたくて母親の死後俺は九州の祖父母の家に移り、苗字を変えた。
でもその肩書きは俺を取り囲むようにまとわりついて離れなかった。
都落ちの子役なんてイジメの第一標的にはもってこいだし、商品としての振る舞いに慣らされていた俺は抵抗もできずただただその攻撃に耐えた。
幸い中学にあがると時間が風化させてくれた。
そこで俺は自分を変えることを誓った。どんな圧力もどんな過去も大嫌いになった自分さえも打ち勝てるように。