試験と私見2
チャイムが鳴った。
「おーわったーー」
牧原一成が大声を上げる。それを合図にクラス中からホッとした、あるいは絶望した、はたまたそのどちらでもないため息が聞こえてきた。その正体は俺の面倒くせ〜&行きたくね〜のため息である。
「千賀、千賀。どうだった?」
牧原が身を乗り出して聞いてくる。人の出来を気にするということはすごいできて自慢したいか、全然できなくて同意を求めたいかどちらかだ。
「いつも通りだよ」
俺はぶっきらぼうに答える。この後会う人を考えると、体力を無駄にはできない。
「なんかいつも以上につれないなお前は。俺はすげーできたから赤点はないと思うぜ!」
…こいつ自信満々にえへへなんて顔してるけど、それってすげーできたなのか?いつもは赤点ってことなのか?
「啓」
祐樹がこちらにやってきた。
「帰り、逃げるなよ」
「逃げねーよ。逃げたらこえーし」
「お前、見理先輩のこと恐れすぎじゃないか?」
「いやいや、あの人こえーやろ」
「なになに?」
牧原がまたまた身を乗り出してくる。
「啓にバンド参加を頼んでんだ。マッキーも、聞いただろ?啓の歌」
「聞いた聞いた!千賀のいつものイメージと違いすぎてあいた…あいた…なんだっけ?」
「口か?」
「それだ!あいた口が止まらない」
「それは普段のお前だ」
「ありゃ?違うのか?」
「ちげーよ。ふさがらないだよ」
「あーそれそれ」
こいつ、大丈夫か?
「席つけー」
柳田が入って来た。クラス中が散らばる。
HR後俺はスタジオルームへ向かう。頭の中ではどんな言い訳が一番効率的かを考えていた。
なんか適当に…なんてのは間違いなく通じない。
祐樹のメンバー日高見理は幼馴染みだ。
昔は家同士で絡む事が多かったのでよく遊んだ。
日高家はなかなかのお金持ち一家で「家」のつながりが重んじられているいわば少し時代遅れの一家である。
陽子さんの妹の子、つまり姪にあたる日高見理はよく陽子さんの家に預けられ、会う回数が多かったのだ。
スタジオルームに入る。
「あれ?」
既にメンバーは揃っていたようだ。三人が座って談笑していた。
「けいちゃん!見つかっちゃったねー」
日高見理は髪の毛を結び直しながらこちらを向いて言った。
「ほんと。カラオケなんかで歌うんじゃなかった…」
「けいちゃん歌うまいから時間の問題だと思ってたよ〜」
「俺は断りたいんだが」
「祐樹のお願いだしねー入ってやってよ。私も嬉しいし。好きな人が一緒なのは。」
にっこり笑ってこちらを見る。
「それに監視できるしね〜」
監視って…俺は捕虜なのだろうか?
日高見理は昔から人の弱みを握るのがうまい。だから日高家のみならず、この人と交遊のある人たちはみなそのカードをいつ切られるのかで怯えている。
俺もその一人だ。
「なんの冗談だ?」
「あらあら、いつもいつもけいちゃんには愛を叫んでるでしょ」
「やめてくれ、虫唾が走る。とにかく俺はバンドなんてやらない」
「なんでかな?」
「…見理にはわかるだろうが」
「私が分かっても2人はわかんないと思うよ」
そういえば祐樹ともう一人いたな。
「はじめまして。祐樹の許嫁の上林希です」
「へ?」
許嫁?このご時世にそんなものがあんのか?
ましてや祐樹に?どんな繋がりだよ。
「はい。祐樹の親とうちの親が仲良いんですよ」
祐樹にも同じような繋がりがあった事に少し驚く。
「というか先輩と千賀くん知り合いなんですか?さっき好きな人とか言ってたし…」
「そうなのよね〜うちも親同士が…いや違うか、叔母さんとけいちゃんの親御さんが仲良いのよ。だから幼馴染み。昔から好きなのに全然相手にしてくんないのよね」
「そうなんですか」
こうも身の回りで家族同士の繋がりを見ると少し嫌な気分になる。俺たちは親同士の仲で仲良くする子供を選ばれ、時には結婚まで決められてしまうのか?俺たちの、俺の意思がもっと尊重されてもいい気がする。
でも決められているというのは楽である。
自分から行動を起こす必要はない。祐樹たちに至っては結婚まで決められているのだ。分かれ道の選び方は標識で指し示され信号は赤で矢印の信号が行く先を強制し、終いにはポイントが切り替えられたレールの上を走っていくだけになってしまっている。
俺は耐えられなかった。母さんが死んだ時に初めて俺は目隠しされ、そのレールの上を走らされている事に気付いてしまったからだ。
だからこそそのレールの上を本気で生きて行こうとしている人の本気で取り組んでいるものに、レールを降りた俺が無責任に関わるのは気がひける。
彼らは楽しく、穏やかにこれから先を進んでいけるのだと。
彼らに俺の存在を気づかせてはいけないと。
「私たちかなり本気でバンドしてるんです。でも、私は本職はキーボードでやっぱりギター弾ける人がもう一人欲しいなって…だから入ってください」
「啓頼む」
「けいちゃん、入ってよ〜じゃないとあれやこれバラしちゃうよ」
「悪い。無理だ。お前らが本気であればあるほど参加できないよ」
「どうしてだ?」
「言えない。これ以上はマジでやめてくれ」
もう嫌だ。自分という存在を消して見せるのも、他の人がレールを滑らかに走って行くのを見るのも、疲れた。
「…諦められないんだ」
「…」
「お前の歌がすげー染みたんだよ。うまいだけじゃなかったんだ」
「それは多分俺がお前らと違う人間だからだよ。もう、諦めてくれ」
「また誘う」
「好きにしろ」
俺は重苦しくなった空気のスタジオルームを鉄の重い扉をこじ開けて外へ出た。