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5話 2つの世界

説明回です。

 この世界のことを説明する。

 そう言って語ろうとするキクリを制止し、俺は鋭く問うた。


「待て。先に確認させろ。お前は――菊理媛神(きくりひめのかみ)なのか?」


 俺の問いに、彼女は頷く。


 菊理媛神。

 日本神話に登場する神である。

 何を司る神なのか、何をした神なのか――その問いの答えは『不明』。

 つまり、正体不明の神なのだ。


 イザナミに会う為に黄泉に下ったイザナギは、変わり果てた妻の姿を目にして驚き逃げ出した後、黄泉比良坂(よもつひらさか)という場所で、巨大な岩によって道を塞ぎ、イザナミと追手たちから逃げ切ることに成功する。

 そして、イザナギとイザナミは岩越しに言い争うのだが――次のシーンに登場するのが菊理媛神である。

 菊理媛神はイザナギに何かを語り掛け、イザナギはそれに満足して地上に帰って行ったとされる。


 これを「菊理媛神が相争う二者を調停した」と見なし、良縁成就・縁結びの神とする説もあるといえばある。ただ、日本書紀に書かれている内容は「何かを告げた」ということだけだ。


 そんなはっきりとしない神でありながら、八幡神に次ぐほど数多くの神社で祀られているというのは不思議なことである。


「実はのう。この世界の成り立ちも、そのイザナミに関わるのじゃよ」


 キクリは、聞き手の感じ方など一切考慮しない口調で滔々と語った。


 曰く。

 黄泉比良坂に岩が置かれたことで、世界は二つに分かれてしまった。イザナギのいる現世とイザナミのいる黄泉の国である。


 イザナギの統治する現世は、俺の知る通り文化的発展を遂げていった。

 しかし、世界が分断され、その一方だけが発展していくことでパワーバランスは崩れてしまう。現世の力が肥大化して黄泉の国が潰れてしまえば死者の魂はどこにも行けず、世界の理が崩壊してしまうのだ。

 そこで、キクリはイザナギに「黄泉の国の側に、現世と対になる空間を作る」と進言した。

 そうして作られたのが、この異世界なのだ。


「とはいえ、イザナギと私では神としての格があまりに違う。この世界の核となる存在は、イザナミに委ねた――それで、神々は二つの世界をイザナギ界・イザナミ界と呼んでおる」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。黄泉の国の内部にこの世界が存在するってことか?」

「そう考えてもよいが、厳密には違う。言葉では説明しづらい違いじゃがの……まぁ、人間の立場からすれば、その認識で十分じゃ。イザナギ界で死んだ魂はイザナミ界に取り込まれ、逆にこちらの世界で死んだ魂はあちらに取り込まれる――そんな風にして、バランスを取っておるのじゃ」


 砂時計のようなものじゃよ、とキクリは言った。

 それから、自分の比喩が適切だったかどうか不安になったらしく、一瞬素の無表情が見え隠れしたが、すぐに彼女は笑みを取り戻した。

 ……なんか、キャラ作りしてる気配を少しだけ感じるぞ。


「ここまでは理解できたか?」

「頭では、なんとか。感情ではまったく。地球とはまったく無関係に存在してる世界って言ってくれた方がむしろ納得できたよ」

「そう言われても、事実じゃからどうしようもないのう。とはいえ、別に世界の命運をお主に託しておるわけでもないから、そう気にせずともよい」

「……勇者の真似事っていう定番のアレじゃないのか。じゃあ、どうして俺をこの世界に連れてきたんだよ」


 俺の問いで、キクリの表情が少々引き締まる。


「二つの世界は分断されたが、時折何らかの要因で繋がってしまうことはある。とくに、魔力が一般的な概念として存在しているイザナミ界の存在は、空間を捻じ曲げてイザナギ界に迷い込んでしまうことがあるのじゃ」


 一般論として、男は肉体的能力や工芸的な感性など物質的側面に優れ、女は心の機微に対する鋭さや神霊への感応性など精神的側面に優れておる。

 こちら側の世界で魔法文化が発達しているのは、イザナミの――女性の側の神が統治する世界だからなのだろうか。

 そんなことをちらりと考えたが、しっかり話を追わないと理解できない気がして、本筋に思考を引き戻した。


「えーっと……イザナギ界の方が現世なんだよな。魔物や魔法使いが日本に来るってことは……そいつらが妖怪の伝承に繋がったりしたのかな」

「ほう。なかなか鋭いのう。まったくもってその通りじゃ。で……」

「逆もまた然り、ということか」

「うむ。何度も言うが、二つの世界のバランスを調整することは極めて重要なのじゃ。時折、こうして意図的に魂を移動させることで、その均衡を保つのじゃよ。お主を選んだのは、まぁ、なんとなく」

「なんとなく!?」

「現世に飽いており、危険度の高いこちらの世界である程度生き抜く能力もある。また、私の力と相性が良かったのじゃ。名は体を表すしのう」


 なるほど。

 たしか、菊理媛神の祀られる神社は白山神社だ。俺の苗字も白山である。

 そういうことか。


「そんな奴がちょうどよく賽の神の前にやってきたからのう。遠慮なくこちらの世界に放り込ませてもらったぞ。恨むか?」

「……いや。いずれあっちが恋しくなることもあるかもしれないけど、今は割と満足してるよ。剣が生活の中にある世界だからな」


 俺が笑って見せると、キクリは少々意外そうに片側の眉を吊り上げた。

 それから、何かを言おうとしてからそれを止めた後、急に目を見開いたかと思うと改めて言葉を紡いだ。


「おお、そうじゃ。賽の神といえば。この世界にお主を放り込む際に、私の力の一部がお主に宿ったようじゃぞ」

「え?」

「こちらの世界では神の祝福を受けることで個々人ごとに固有の魔法を体得できる。それと同じだと思えばよい」


 彼女は、「お主の兄が話しておった『オメ』の話を覚えておるか」と問う。

 オメ? と首を傾げて数秒考えると、唐突に記憶が逆流してきた。


 古、世界には『男女《おめ》』という性があった。

 男女は強大な力を持っていたため、神はそれを恐れて男と女に引き離した。

 プラトンのこの考えを兄貴は踏襲しており、かつ、男女の姿が彫られた賽の神・道祖神はその名残と考えているのだ。


「イザナギとイザナミが二つの世界に分かたれたことで、男女の性も別々のものとなったのじゃよ。しかし、お主はイザナギ界出身の男じゃ。イザナミ界の女子と魂を引き合わせ、かつて人類が持っていた強力な力を使うことができる」

「かつて人類が持っていた……力」

「うむ。お主、魔法の遣い手にはもう会ったか?」


 魔法。

 この盗賊団の幹部は全員が魔法を仕える。

 頭目であるエリシアの魔法が如何なるものかはまだ知らないが……マリオンは『複製』。モニカは『物体の生成』。アルさんは『治癒』だったか。


「たとえば炎の魔法を使う女子がいたとしよう。その女子とお主が一体となることで、肉体的能力は飛躍的に向上するし、炎の威力も強力なものとなるのじゃ」

「なんとなく、言いたいことはわかるんだけどさ……一体となる、ってどういうことなんだ?」

「憑依みたいなものじゃよ。あくまでお主の魔法じゃからメインはお主じゃ。合体というよりは、相手の魂をお主の中に取り込むような形となる。まぁ、その気になれば男女の力の比率を調整することで、女の肉体を手に入れることも可能じゃろうが……」

「や、そういう趣味はないけどさ」


 俺が首を振って否定すると、キクリはなんだか残念そうな顔をした。

 ……まて、どうして残念そうなんだ。

 世の中にはTSFなるジャンルがあるらしいが、俺は興味ないぞ。


「で……その魔法って、どうやれば使えるんじゃ?」

「……?」


 あ、語尾が感染しちゃった。

 なんか恥ずかしかったが、キクリはあえて聞かなかったふりをしてくれた。


「発動するためには条件と儀式が必要となる。儀式は……まぁ、行為自体はそう技術的な難しさはないのう。条件はじゃな、要するに、相手の女と心を通わせることじゃ。知り合い程度の相手でも魔法自体は発動できるが、心が通じ合っている相手であるほど、お主の得る力は大きくなる」

「ほうほう。なんとなく、それは当然って感じがするな。で、儀式ってのは?」

「接吻じゃ」

「………………」


 あっさりと。

 キクリはそんな単語を射出した。

 俺がフリーズしていると、「ん? 接吻ではわかりづらかったか? 口吸い――現代風に言えばキスじゃよ、キス」と煽るような説明をされる。

 や、わかってるんだよ、言葉の意味自体は。


「いや、あの、えっと……さすがに、キスするのはハードルが高いというか、相手に申し訳ないと言うか」

「惚れさせればよいだけの話じゃろう? それなら相手も嫌がらぬ」

「それが難易度高いって言ってるんだよ」


 キクリは、その反応は予想外だと言わんばかりに眉をハの字にした。

 困ってるのはこっちだ。

 俺が不満を込めた視線で訴えかけると、キクリは唸りながらも「おお、そうじゃ」と呟いた。


「別のやり方もなくはないぞ」

「それなら、そのやり方を教えてくれ」

「セッ○スじゃ」

「できるかぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!」

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