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4話 狩り

 マリオンが用意してくれた軽装の鎧を身に着けて。

 隠れ家の入り口でしばらく待っていると、モニカがやってきた。


「コタローくーん」


 とてとてと走って来たモニカだが、すでに頬が上気している。

 マリオンから逃げていたときの体力はどこに行ったのだろうか。


「お待たせー。待たせちゃった?」

「いや。別に。それより、腹は大丈夫なのか?」

「え? あ、あはは……はらぺこだよー」


 照れくさそうに笑うモニカ。

 お腹をさする仕草がなんだか可愛らしいと思った。


 モニカは暴飲暴食の権化みたいな人間だ。

 それでいて、モデル顔負けのスタイル(胸以外)なのだから驚愕である。


 そんなモニカに、俺はため息をついてとあるものを手渡した。


「はい、これ」

「……ほぇ?」

「さっき、倉庫からくすねてきた。マリオンには秘密な」


 俺が干し肉を手渡すと、モニカはぱぁぁっと顔を輝かせた。


「いいの? ほんとにいいのっ?」

「ああ」

「やったーっ! ありがとーっ!」


 干し肉を受け取ったモニカは満面の笑みでそれを口に放り込んだかと思うと、たったの十数秒でそれを食べ尽くしてしまった。

 餌付け完了である。

 今結婚を申し込めばOKされそうだ。


「ふぅ。やる気が出たよー」


 随分と元気になったモニカといっしょに隠れ家を出ると、そこには薄暗い森が広がっている。

 背の高い木々の広がるこの森は、洞窟の入り口をうまく隠してくれるのだった。


「あ、そうだ、それはそうと」

「んー?」

「いっしょに行動する? それとも別々がいいかな」

「コタローくんはどうしたい?」

「できればいっしょに行きたい。この辺りの地理も知らないし」

「じゃ、いっしょに頑張ろー」


 幼稚園の先生が「お昼寝しようねー」と子供に言うような口調だった。頑張ろうという意思はむしろ消えうせてしまった気がする。


 ほんと、盗賊って言葉が似合わない人だな。

 とはいえ盗賊らしくないということは要するに一般人らしいということであり、俺としては接しやすい相手と言える。

 専ら世話係のマリオンとばかり話している俺だが、一番仲がいいのは間違いなくモニカだった。というか、モニカは誰とでも仲がいいんだろうけど。


 モニカは森を歩きつつ、とりとめのない話をしてくれた。

 驚くほど起承転結や中身のない話ばかりだったが、異世界人と知られたくない俺としては、一方的に語ってくれる方がありがたかった。

 そんな中で、ふと問うてみる。


「そういえば、モニカの魔法ってどんな魔法なの?」

「んっとねー、えっと……言葉じゃ説明しづらいかなー」


 モニカは弓矢を装備している。

 機敏ではないイメージなので、剣や槍よりは似合ってる気がする。腕前のほどは不明だが、幹部に名を連ねるあたりマリオンの短剣術と同様達人クラスなのだろう。

 まぁ、そう思ってる一番の根拠は、彼女が事務的な仕事をできるとは到底思えないからだ。だとすれば武芸で幹部の座を得ているのだろう。


「あのね。こう言っても伝わらないと思うけど、私の魔法は『物体を作り出す』っていうものなの」

「……はぁ?」

「まぁわかんないよね……っと。ちょうどいいところに獲物がいるね」


 あははー、と苦笑しながら周囲を見渡したモニカは、少し離れたところにいた数体の魔物を見据える。

 巨大なイノシシ――と表現すればいいだろうか。

 黒くくすんだ表皮はいかにも凶悪そうで、牙の先には赤黒い血痕がついている。サイズとしては、シロクマほどもあるだろうか。

 数は――3,4,5体もいやがる。


「え、ほんとにあれを狙うの? やめない?」

「確かに割と強い魔物だよ。皮膚が固くて普通の武器じゃ傷をつけられないのが特徴だねー。でも、味はいいし保存食にもなるし、何よりあの五体を倒せば私が食べた分の食糧は十分に賄えるよー」


 そこまで力説するなら文句はないが……俺の剣は人間を相手として想定しているのだ。正直、あれと戦うイメージがまるで湧かず、怖さは残る。

 しかしモニカは平素と変わらぬ平然とした表情で弓を構えた。


「それにね」


 その次の瞬間には。

 矢が風を切る音が響いていた。


「私とマリオンは、あれの百倍強い魔物と戦いながら生きてきたんだよ」


 あまりにも――鮮烈な弓さばき。

 速いのではない。動作に無駄がなさすぎるのだ。

 通常、構える→矢をつがえる→弦を引く→狙う→撃つというプロセスを経るべきところを、彼女は構える→撃つという領域まで省略している――そんな印象だった。

 本当はちゃんと矢を引いているのだろうが、動作が省略されているように見えるほど効率化された動きだった。


 これは戦うための武技ではない。

 人間が剣や槍を振るうのとは違う――むしろ、獣が牙や爪を振るう様に近い。

 生きるための技術だ。


 俺は彼女が呟いた言葉の意味を問うという発想すら起きず、矢の行方を追った。

 鋭い嚆矢は、魔物の表皮で跳ね返され、地面に落ちる。

 魔物はこちらに気づいたようで、ギロリと視線を向け、地を蹴った。だが、モニカは攻撃に失敗したわけではないらしく、すでに次の動作に移っていた。


「ほい、コタローくん、剣を抜いて」

「え? あ、うん」


 俺は曲刀を抜いて正眼に構えるが、ぶっちゃけ熊のような巨体が突っ込んでくる様子を見て、あれを斬れるとは到底思えなかった。

 しかし――凄まじい速度で突進してくるその巨体にモニカが掌を向けると。


 不思議なことが起きた。


「えいっ!」


 音もなく。前兆もなく。

 唐突に出現したのは――半透明の、分厚い壁。

 うっすらと桃色に染まった正方形が、魔物の眼前に発生した。


「コタローくん! 斬って!」


 反射的に走り出す俺の前で、魔物は壁に衝突し、絶叫のような鳴き声とともに跳ね返される。

 固い表皮にヒビが入り、苦悶に口を広げた魔物。

 壁がスゥッと消えていくと同時、今度はその広がった口の中に半透明のつっかえ棒が出現した。


 そうか! と得心する。

 皮膚が固くとも、口の中なら斬れるのだ。


 俺は地面に転がってのたうつ巨体の口腔を目掛け、剣を一閃した。

 これは人間でも同じことだが、舌を斬ると、その下部が丸まって喉を塞ぎ窒息死してしまう。

 この魔物の持つ舌はひどく大きく、同じ事態が起きるのは明白だった。


「残りも一気にやるよーっ」


 仲間がやられたと知ったからか、残りの四体も咆哮を上げて突進してくる。


 一体を撃破したことで、俺の心には余裕が生まれていた。


 四体の眼前に、先ほどと同様に出現した壁を見ながら、俺はぼんやりと「ああ、これがモニカの魔法なのか」と納得した。

 おそらく――『任意の形状を持つ立体を、空間中に出現させる』という魔法なのだ。出現させるだけでその後操作したりはできないようだが、補助や防御の観点からはかなり有用と思われた。

 マリオンの『複製』しか魔法を知らなかったので、基本的に小規模なものというイメージを持っていたのだが、こんな魔法もあるのかと驚愕する。


 そんな魔法の力は強力無比で。

 一人なら歯も立たないであろう魔物たちを、同じパターンで易々と倒し。

 俺は困惑しながらもモニカとハイタッチした。


 鼓動が激しく脈打っている。

 魔法。

 とてつもない技術だ。


 もし俺も自分の魔法を得られるのならば――それはいったいどんな魔法なのだろう、と。

 そう考えざるを得なかった。


「ところで、これどうやって持って帰るんだ?」

「あ、あぅ……考えてなかったよ……」





     ☆





 結局。

 倒した魔物の死体は、盗賊団員のうち八割を動員して運び、腰が爆発しそうになりつつもなんとか隠れ家に放り込んだ。

 5体のうち4体は保存食として加工したが、1体は豪勢な料理となって食卓に並んだ。

 味としては――まぁ、美味かったとだけ言っておこう。モニカにとっては好みの味のようだが、俺にとっては「確かに美味いけどそこまで絶賛するほどか?」という程度のものだった。

 これが民族・文化的な差なのか、それとも個人的な味覚の差なのかはわからない。皆酒を飲みながら食っていたし、味なんて感じてる暇はなさそうだった。


 そんなこんなで日も暮れて。

 与えられている部屋に戻る間、俺は全身の重みに敗北し、脚を引き摺っていた。ただでさえ披露しているのに、重たい肉が胃袋を満たしているのだから、体感的には数キロ分も重くなっているように感じる。

 ようやく自室に辿りついた俺は、いくつかある燭台のうち1つを残して光源を消し、固い寝台にごろりと転がった。


 嘆息。


 心地よい疲労感の繭に包まれて、あっという間に俺の眠気は瞼を接着していった。

 次第にうとうとと意識が途切れ始めた頃――


「閨に女子(おなご)がおるというのに一人で寝てしまうとは、甲斐性のない奴じゃのう」


 ――そんな声が不躾に響いた。

 がばっと起き上がり、壁に立てかけていた剣を咄嗟に掴む。


 しかし、唐突な存在が何者か視認した瞬間、警戒心は幾分か和らいだ。


「っ……キクリ?」

「うむ」

「何しにきた」

「何しに来たとは心外じゃのう」


 壁際でやたら偉そうに腕を組んでいたのは、俺をこの世界に送り込んだ張本人であった。

 天女のような姿のキクリは、すべるように近づいてきたかと思うと、近くに合った椅子に腰かける。


 ごくりと唾を呑む俺に、彼女はニヤリと笑った。


「そろそろこの世界が何なのか知りたい頃合いじゃろうと思うての。説明してやるために来てやったのじゃ」


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