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3話 倉庫にて

 こちらの世界に来てから数日が経過していた。

 あれからずっと、キクリと名乗った女神は一度も姿を見せていない。したがって、俺の認識も「異世界に来てしまった」というものから進展していなかった。


「剣……ッスか?」

「ああ」


 今日は比較的気温が高く、盗賊団が根城にしている洞窟内にも、どこかのんびりとした空気が流れていた。


 この洞窟はアリの巣のような構造になっている――というか、古代にはアリのような生態をもつ生物の住処として機能していた場所らしい。そのため、たくさんの部屋が形成されていて、根城にするには最適なのだそうだ。


 そんな洞窟の一室――マリオンの部屋を訪れると、彼女は何やら編み物をしている途中であった。

 一応、彼女は俺の世話係ということになっている。

 面倒くさそうな顔をするのはわかっていながらも、頼み事は彼女にすべきだと思われたので、俺は自分の武具を揃えたいと願い出たのだった。


「うーん」


 案の定眉をひそめるマリオン。

 当初よりは柔らかな表情を見せてくれるようになったが、やはり嫌われているのだろうか、視線には距離感を感じてしまう。


「ダメとは言いませんけど、どうしてですか」

「別に皆に危害を加えるつもりはないよ。むしろ、食料の調達とかを手伝いたいなと思ったんだ。体を動かさないと鈍っちゃいそうだし」


 食料の調達とは、具体的に言えば狩りや山菜取りである。どちらの場合にしろ、この世界に蔓延る魔物と遭遇する危険性は避けられないのだ。

 つまり、外を出歩くためには、ある程度の武力が必要となるわけである。

 他人に守ってもらってまで外出したいとは思わないし、何より剣のトレーニングがしたかった。


「……まぁ、そういうことならいいッスけど」

「ありがとう」

「一緒に行った方がいいッスかね。倉庫まで案内するんで、自分で好みの武器を探してください」

「わかった」


 マリオンが編み物をやめ、ごそごそと倉庫の鍵を探す間、俺は彼女のおっぱいを凝視していた。


 でかい。

 身長は子供なのに、おっぱいは盗賊団の誰よりもでかい。

 昨日尋ねてみたところ、実は彼女は十八歳で俺より年上らしいのだが、やはり胸以外は中学生である。


 人体というのは不思議でならない。


「えーっと……たしかここらへんに……よし、あったッス」


 鍵を見つけたマリオンとともに部屋を出て、曲がりくねった通路を下りていく。

 幹部の部屋が上方にあるのに対し、倉庫は最下部に設けられているらしい。


 長い道のりを歩く間、さすがに黙っているわけにもいかず、俺は気になっていたことを問うてみた。


「なぁ、マリオン」

「何スか」

「お前の首に巻いてる布って、室内でもずっと巻いてるままだけどさ。どうして外さないんだ? 見られたくない傷とかあるのか?」


 マリオンはいつもマフラーのような布を巻いている。

 彼女が歩を進める度にそれがなびく様子は綺麗だと思わなくもないのだが、やはり気になってしまうことは否めなかった。


「別に、そんなんじゃないッスよ」

「じゃあどうして」

「深い理由はないッス。姉御にいただいたものだから、肌身離さずずっと身に着けてるだけッスよ」

「…………」

「? どうかしたッスか?」

「いや、別に……」


 レズなのだろうか。


 他愛もない会話を続けながら想像してみる。

 生まれたときからHカップ、初めて喋った言葉は「美乳」というエピソードを持ち、乳の女神に愛された少女・マリオン。彼女は幼少期より、巨乳ゆえの運命として欲望の視線を受け続けているうちに男嫌いになり、遂には女性を愛するようになった――というところまで妄想した頃、倉庫に到着した。


 と、そんなときである。


 倉庫からふらりと出てきたのは、見知った人物であった。


「お・に・くー♪ お・に・くー♪ 美味しいお肉ー♪」


 何やら珍妙な歌を口ずさみつつ、左腕に酒樽・右腕に干し肉を抱えた女性。

 なんとも間抜けな気配を漂わせる彼女は間違いなく――


「お・に・くー♪ お・に・くー♪ すてきなおにk……わぁっ? マリオンとコタローくん?」


 ――モニカであった。


「…………最近やけに酒と食料の減りが早いと思っていたら。そういうことッスか」


 俺の隣で怒気をまき散らすマリオンと、あわあわと顔を真っ青にするモニカ。

 漫画ならゴゴゴゴゴと背景に擬音が描き込まれそうなほど怖い表情でモニカを睨むマリオンを見ると、助け船を出してあげたい気もしたが、どう考えても悪いのはモニカなので口は挟まないことにする。

 モニカは助けを求めるように俺の方を見つめてから、擁護を期待できないと知ると、きょろきょろと視線を彷徨わせた。


「ち、違うの」

「何がッスか」

「これは不可抗力なの。夢の中でね、もう一人の私が囁くんだよ。もっとお肉を食べろって」

「………………」

「……っていう言い訳は……だめ?」

「いいわけないでしょう!」


 口から火を噴きそうなほど喚きながらマリオンが襲い掛かると、モニカは驚くべき俊敏さで逃げ出した。普段はのっそりと鈍重な動きなのに、逃げる時だけとんでもないスピードを発揮するらしい。

 愉快な二人組の喧騒が去って行くのを見送ってから、俺は嘆息し、モニカが開けっ放しにしていた扉から倉庫に足を踏み入れた。


 倉庫の中は予想したよりも随分と綺麗に整理整頓されていた。

 食料の区画を除いて、であるが。


 俺は刀剣類が集まっている場所を見つけ、ごそごそと物色を開始した。

 とはいえ、やはり西洋式の長剣はほとんどで、日本刀なんてあるはずもない。あったとしても、正しい保管状態は期待できないのだが。

 仕方なく長剣で妥協しようかとも思ったのだが、諦めずに探しているうちに、俺は湾曲のある剣に出会った。


「おっ」

「見つかったッスか?」


 俺が声を出すと、いつの間にか戻ってきていたマリオンが覗き込んでくる。


「……いつの間に帰ってきてたんだ」

「今さっきッスよ。モニカさんは捕まえてお昼ご飯抜きの刑を与えたッス」

「そ、そうか……」


 現在、エリシアは部下数人を連れて出かけており、アルさんも先日の件を調査するために隠れ家を離れている。

 そのため、指揮権や罰則の決定権はマリオンに委ねられているのだった。

 あれほど肉への愛を迸らせているモニカに昼飯抜きの刑罰は可哀想だとも思うが、自業自得と思っておこうか。


「で、その剣がいいんスか?」

「ああ。俺の国の剣に一番近いのはこれだ」


 俺の掲げた曲刀は、地球で言うところのシャムシールを思わせる形状だった。

 日本刀に比べるとやや粗雑なつくりだが、先端に近づくほど重くなるようで、遠心力を用いた重厚な切れ味が期待できる。

 多少扱い方は特殊なのだろうが、直剣の類よりは俺に合っていると思われた。


「そういえば……随分と変わった剣術を遣ってたッスね。どこで身に着けたんスか?」

「近所に住んでる爺さんに習った」

「というと、やはり実際に人を斬ったことは?」

「俺たちが出会った日が初めてだな」


 そう言うと、マリオンは懐疑的な視線を俺に向ける。

 決して好意的な感情ではないにしろ、これまでの敵意が込められたものとは違うことがありがたかった。


「一度も実戦を経験していない人の剣ッスか、あれが」

「マリオンから見て、俺の剣はどうだった」

「……悔しいけど、本物だと思ったッスよ。確かに結果的にはあたしが勝ったッスけど、命懸けの戦いをコタローさんが経験していけば、正直あたしの剣技では到底及ばないかと」

「そう言われると、ちょっと照れるな……強いとすれば、それは俺じゃなく俺の流派なのだろうし」

「流派?」


 どうやら、この国には「○○流」のような考え方はないようだった。

 技を継承していく中で欠点を克服し、より強い敵と研鑽し、強化していく。そうして受け継がれる技術は次第に強靭なものとなっていくのだ。

 つまり、流派による武技は個人の鍛錬というよりも、受け継いできたすべての人間によって作られた強さなのだ。


 俺の技量は師匠と俺とで作り出したものだし、師匠の技量は師匠と師匠の師匠で作り出したものである。


「俺の剣は斉天流せいてんりゅうと言ってな。弟子を一人しかとらないもんだから、知名度自体は低いけど、たぶん実戦での有用性自体は指折りだと思ってる」

「ふーん……」


 興味のなさそうなマリオンの瞳だが、そこには武人としてのプライドが刺激されている様子が雄弁に映り込んでいた。


 江戸という時代――戦国が終わり、仮初の平穏が訪れた時代。

 武は必ずしも大名のために使われるものではなくなった。戦功による出世の道は潰え、武士たちに残された道は、ただ強さを追い求めることだけになってしまった。

 かくて日ノ本の国が輩出した剣豪は数知れぬ。この国が生み出した流派は数知れぬ。


 道徳の修練を兼ねた正当な剣もあったことだろう。

 一方で、修羅のごとき生き様ゆえに魔剣・邪剣に辿りついた剣鬼たちは、情愛すら斬り捨てて執念のままに生きたことだろう。


 俺は彼らが追い求めたものを知りたいのだ。

 彼らを駆り立てた熱情の根源は何なのか。そして、剣の奥義とは何なのか。


 残念ながら、現代日本でそれらは追い求められるものではない。

 だから、正直なところ、俺は異世界にやって来たことを僥倖と感じてすらいた。


「そうだ、そういえば、気になっていたことがあったんだ」


 マリオンの顔を見るうちに、ふと思い出す。


「俺を仕留めたあの技は何なんだ」

「技?」

「短剣を何十本も飛ばしただろ? あんなの、どこに隠し持ってたんだ」

「……隠し持ってたというか」


 俺の問いに、マリオンは困ったような表情を浮かべた。

 少し考え込んでから彼女は問うように答える。


「魔法ッスよ。魔法」

「魔法?」

「まさか、知らないんスか? 魔法を?」


 あり得ないものをみるような目だが、知らないのだから仕方がない。

 もちろん言葉としては知っているが、この世界の魔法という概念が如何なるものかは知らないのだ。


 俺が首を横に振ると、マリオンは京○銀行のCMを彷彿とさせるほど、とてつもなく長いため息を漏らした。


「いったいどんな未開の国から来たんスか」

「あ、あはは……」


 たぶん、日本から見ればこっちの世界の方が未開なんだけどね。


 曖昧に笑ってごまかすと、マリオンは気だるげに説明してくれた。


 彼女によると、魔法は「一人に一つ与えられるもの」なのだそうだ。

 人間は生まれてすぐに教会で神の祝福を受けることになる。その際、一部の才能ある人間や、高貴な家系に生まれた人間などは、神から固有の魔法を授かるらしい。


 マリオンの場合は、『複製を作り出す』という魔法を授かったのだという。

 ただし、複製できるもののサイズには制限があり、普通の剣程度の大きさになると魔法が適用できないため、短剣を複製して武器にしているのだそうだ。

 つまり。

 彼女は投擲した短剣をいくらでも補充できる、稀有な短剣遣いなのである。


「ん? でもお前、もう一本剣を持ってた……というか、今も持ってるよな」

「ええ」


 ふと気になったのだが、マリオンは長剣には及ばないまでも、普通の長さの剣を提げている。

 両手で短剣を扱った方が、左右の重量のバランスもよく、魔法も活用しやすいと思うのだが、なぜ枷になるような戦い方をするのか。そんなことを尋ねてみると、彼女は「決まってるじゃないッスか」と腕を組んだ。


「姉御にいただいたものだからッスよ」

「ああ、そう……」


 やっぱこいつレズなんじゃないのか。

 エリシアへの思いが強すぎる。

 忠犬め。


「あ、ちなみに、コタローさんの傷を治したのはアルさんの魔法ッスよ」

「アルさんの? なんか意外だな」

「まぁ治癒って感じの人じゃないッスよね。第一印象では」


 あのオッサン、ゴリラみたいな風貌なのに全体的に清楚系美少女枠だな。

 いや、別にいいけどさ……なんかこう、違和感が拭えない。


「ま、まぁ、それはそうと。試し切りをしたいんだけど……どうかな」

「どう、と言われても」


 うーんと考え込んで、マリオンは唐突に嗜虐的な笑みを浮かべた。


「さっき自分でも言ってたッスけど、食料調達でもしてきてくれますか? 魔獣狩りッス」

「いいけど……マリオンは来ないのか?」

「他にすることもあるッスからね。その代わりというか……罰則がてら、モニカさんに手伝わせるッスよ。倉庫から持ち出した分の肉は自力で補ってもらうッス」 


 そうして。

 俺はマリオンの指示によって狩りを行うこととなった。

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