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15話 トルーム砦攻略戦 後編

【トルーム砦内部 モニカ】


 コタローくんが敵を追って外に出た後、私は弓を握り直し、もう一人の騎士と向き合った。


「名前は……」

「不要だ」

「ん。じゃあ私も聞かないことにするよ」


 目の前の騎士は、骨ばった体格で、鎧が不恰好な印象だ。落ち窪んだ眼窩にはギョロギョロと不気味な眼球が収まっている。

 あまり外見で人を判断したくはないけど、ちょっと生理的な嫌悪が拭えない。


 警戒する私の前で、騎士は姿を消した。

 単純に透明化するというよりは、足音や衣擦れの音も含め、気配を消す魔法なのだろう。一瞬、本当に存在しなくなったかのような錯覚を受ける。


 感覚を研ぎ澄ませることができるとはいえ、それはかなり集中力を要する作業である。私が感覚を磨く間に、敵は眼前まで接近してきていた。


「っ!」


 弓に取りつけた刃で攻撃を受け止める。気配を読めるとはいえ、透明化した相手の姿が見えているわけではない。短剣の軌道を感覚的に把握するのは至難の技だった。

 二度、三度と打ち合う中で、間合いはなんとなく掴めてきた。私の弓の方が間合いは広い。敵の攻撃が届かぬ距離で、牽制するように弓を振るって、なんとか互角に戦うことができた。


「……弓遣いかと思えば、やけに手慣れておる」

「実は接近戦の方が得意なんだよね、私」


 向き合う。

 たぶん、向き合っている。

 見えない敵が今どんな構えをとっているのかはわからなかった。上から振り下ろすのか、刺突なのか、投擲してくるのか。まったく読めない。

 私にできるのは、ただひたすら、感覚を駆使して状況を把握することだけだ。


 しかし。

 じりじりと、敵は距離を取った。助走を十分にとって一気に駆け込めば、私が動きを把握しきれないと考えたのか。

 けど……


「愚策だよ、それは」


 聞こえない程度の声で呟き、悟られない程度に笑う。

 敵が突進してくるのを感じた瞬間、私は魔法を発動し、壁を作り出した。


「なっ……!」


 無様にぶつかるようなことはなかったものの、騎士は驚いた声を上げ、壁際でなんとか踏みとどまる。精神の乱れは魔法の制御にも影響を及ぼし、ほんのわずかな一瞬、姿が見えた。

 そして……一瞬もあれば十分だった。

 壁を消しつつ、新たに出現させたのは、2つの輪っか。手錠のように、敵の手首をがっちり捉え、動きを制限する。

 私が作り出した物質は、その場で固定され、動かすことができない。これは欠点でもあるが、こうして他者の動きを制限することができるという長所にも成り得る。

 こうなれば、不可視の剣であれど、何の意味もなかった。


「よっ、と」


 敵に声を上げる暇も与えず。

 私は、弓を振るって敵の喉笛を引き裂いた。





     ☆





【トルーム砦外部 琥太郎】


 マルセル・レイスは強い。

 そんなことは見ただけでわかる。

 わからないのは、その強さがどこにあるのかという一点だった。


「……」


 装備は剣と盾。どちらも重厚な作りで、振り回すためにはかなりの筋力が必要とされるはずだ。彼の魔法が筋力を強化する類のものでなければ、おそらく、力や技で敵を攻め崩すタイプでなく、カウンター型の相手なのだろう。


「少し、聞きたい」

「ほう」

「あなたは誠実で実直な方に見える。なぜ、今の国家に従っているんだ。まさか、国の腐敗に気づいていないわけじゃないだろう?」

「……騎士の役目は国を守ることだ。政治に口出しはしない。それに、腐敗というのは民の視点からの感想であって、貴族たちにとっては恵まれた環境となっている。君は、貴族は国民ではないというつもりかい?」

「……確かに、誰かに利益があれば、誰かが不利益を被るのは世の常だ。しかし、だからといって、片方を切り捨ててまで片方を満たすのは、間違っている」

「そこは、考え方の相違だな。理想を掲げるのはけっこうだが、僕は小物なので、生憎自分や家族、そして友人が恵まれていればそれでいい。もちろん、君の考えは十分に理解できるし、否定しはしないがね」


 残念だ。

 相容れることのできない敵ではないはずなのだ。

 彼は、ちっぽけな力では国家を打ち倒すことができないと考えているのだろう。だから、せめて現状でも十分に陽光の当たっている場所に立っていることを選んだのだ。

 彼が俺を否定しないのと同様、俺も彼を否定することはできなかった。

 エリシアが革命の旗を掲げているのも、決して正義感からではない。現状に満足している者に、正義感だけで無謀な挑戦に加担せよというのは理不尽なのかもしれない。


「話はもういいか?」

「ああ」


 明らかに、空気の質が変わる。

 津波のように押し寄せる剣気に、思わず後ずさりしそうになった。だが、俺が静かに剣気を研ぎ澄ませると、その濁流は引き裂かれ、俺の体を打ち付けることもなくなる。


 額に汗が流れ始めた。

 敵も同様に頬が上気し始める。


 無言のままに――動かぬままに――俺たちはすでに数百回もの斬り合いを経ていた。


「はァっ!」


 ぱちん、と風船が弾けるような感覚があった。

 裂帛の声を上げ、斬り込んできたのはマルセルだった。わずかに反応が遅れたものの、片手での刺突は威力に欠けており、十分に受け流すことができる。

 初撃を捌いた俺は、大地を踏みしめ、その反動とともに剣の柄を叩き付けた。


 花鳥風月の『花』――『桜花』によって、盾を破壊しようとしたのだ。


 しかし、確かに盾に命中したものの、衝撃は受け流されてしまった。盾の固さを、筋肉の柔軟性で相殺しているのだ。強固なものを撃ち破るための『桜花』だが、これほどやわらかに受け流されては、僅かな傷をつけるのが関の山だった。

 思わぬ感触に体勢を崩した俺に、カウンターの一撃が襲い掛かる。

 あやうくかわし、後退。


 呼吸を整え、上段に構えると、再びにらみ合いの時間が訪れた。

 

 成程、これが彼の戦闘スタイルなのだ。とにかく筋肉の使い方がやわらかい。しかも、防御に秀でているだけでなく、腕を鞭のようにしならせる独特の剣技はタイミングを読みづらい。

 とはいえ。

 盾さえ破壊すれば、問題はない。

 斉天流の奥義『花鳥風月』にはある特性がある。それは、複数の技を組み合わせることができる点だ。


「はぁっ!」


 俺は強く踏み込むと、全体重をかけて剣を振り下した。

 マルセルは、盾でいなすまでもなく、かわせると判断したようで、わずかに身を引いた。その瞬間――俺は手首を返し、地面が与えてくれた反発力を利用して腕を跳ね上げる。

 『燕返し』を利用して叩き込む『桜花』の一撃。

 剣を振り抜いた状態からこれほど早く切り返しの二撃目が繰り出されるとは思っていなかったようで、盾による受け流しは間に合わない。

 長方形の真中に『桜花』が炸裂し、金属製の盾がひび割れ、崩れ落ちた。


「何っ!」


 衝撃は腕を通り抜け、肩にまで伝わったようで、苦悶に表情が歪む。

 この機を逃してはならない、と追撃をかけ、俺は続く三撃目を振るった。それはマルセルの左腕をわずかに裂いたが、致命の一撃にはならなかった。『燕返し』による負担が大きく、剣筋が甘くなってしまったのだ。


 手傷を負ったマルセルも、反動でこれ以上の追撃ができない俺も、やむなく距離をとり、三度のにらみ合いと相成った。


「……驚いたな」

「まともに剣技で勝負してちゃあ、勝ち目はなさそうだったからな。曲芸で力の差を埋めさせてもらったぜ」

「……ふん」

「さぁ、使えよ。あんたの魔法を」


 俺の挑発に、マルセルは唇の端を歪めてみせた。

 土煙が巻き上がる中、彼は挑発し返すように手招きする。どうやら、攻撃してこいと言っているらしい。

 この誘いに乗るべきか否かと逡巡した。

 いったい何を狙っているのか。こういう誘い方をしてくる以上、やはりカウンター的な意味合いを持つ魔法なのか。

 考えていても仕方がない、と、俺は攻め込むことにした。


 いつでも防御に移ることができるよう警戒しながら、俺は直線的に飛び込み、刺突を放つ。

 しかし。


「!?」


 届かない。

 近づけば近づくほど、何か強い力が全身を襲い、前進できなくなる。


 歯を食いしばり、腕を震わせていると、マルセルが掌をこちらに向ける。すると、何が起きたのかもわからぬうちに、俺は吹き飛ばされた。

 なんとかうまく着地できたのは偶然のたまものである。もし転んでいたら、容赦のない追撃を受けていたことだろう。


「これは……いったい」

「まだ終わりではないぞ」


 笑みを絶やさず、彼は掌を下に向ける。

 すると、その掌に吸い込まれるように、地面に転がっていた盾の破片が浮き上がった。それらは掌の周囲でぴたりと止まった――かと思うと、こちらに飛来する。


「っ!」


 十数個に及ぶ剛速球を回避できるはずもなく、数個を弾くのが限界だった。いくつかの破片が肌を裂き、猛烈な痛みが神経を走り抜ける。

 歯を食いしばりながら、俺は唸った。


「引力と……斥力!」

「ほう、よく見抜いた!」


 軽やかに駆けてきたマルセルが片手で横一文字の斬撃を繰り出してくる。バックステップでかわそうとするが――しかし、俺の全身は強い引力に引き寄せられ、むしろ前方へ動いてしまう。

 脳の処理が追いつかなかった。

 ちゃんと防御できず、敵の剣が腕を裂く。


「くそっ!」


 苦し紛れに剣を振るが、今度は再び斥力がはたらき、俺の刃を押し戻す。

 厄介極まりない魔法だった。

 引き合う力と、遠ざける力。逃げようとすれば前者に捉えられ、攻め込もうとすれば後者に阻まれる。


 ――いや、待て。

 それはつまり、役割がはっきりしているということだ。逆に言えば、マルセルの思い通りに使いこなせる魔法ではなく、こちらから誘発することができるわけだ。


 引力と斥力を駆使した奇抜な剣技に距離感とタイミングを狂わされ、徐々に劣勢に追い込まれる中、俺は意を決した。

 脚力を最大限に発揮し、後方へ跳躍。その瞬間、マルセルが引力を強めることは読めていた。だからこそ、体が前に引き寄せられた瞬間、前進へと切り替え、刺突を放つ。

 敵の生み出した引力を味方につけた神速の一撃に、マルセルは驚いて、自分から距離を取った。


「……この短い間に、僕の魔法の性質をよく理解している」

「そう難しい話じゃないさ」


 地球人の俺にとっては引力も斥力もさほど特別なものとは思えない。ニュートンの逸話は有名だし、磁石の反発も体感的に知っているはずである。

 しかし、この世界にはそういう概念がほとんど存在せず、マルセルの魔法を短時間で理解できる者は少ないらしい。驚愕に歪んだ眉が、それを物語っていた。


「君は、使わないのか。魔法を」

「あいにく、使いたくても使えないのさ」

「……そうか。なら、互いに手の内は晒したわけだ」


 互いに、じりじりと円を描くように移動しながら、タイミングをはかる。

 マルセルの魔法の射程距離はそれほど長くないようで、今は引力も斥力も感じない。俺にとって最も厄介なのは、再びその圏内に囚われることだった。先ほどはなんとか脱出できたが、二度目はないだろう。

 剣士としては悔しいことだが……接近戦では勝ち目がなかった。


「いや。魔法は使えんが、俺はまだ技を残してるぜ」

「ほう……?」


 気づくと、俺は喋らなくてもいいことを口走っていた。

 ヒントを与える義理などないとは思いつつも、勝手に舌が動く。


「一撃だ。次の一撃で、あんたを仕留める」

「……打ち合う気はないということか。いいだろう。こちらも、すべてをかけて迎え撃とう」


 マルセルは、足裏をべったりと地につけ、その場に大樹のように屹立した。あちらから攻めてくることはないだろう。 俺のタイミングで、俺が攻撃し――それを真正面から崩す心算らしい。

 だが。

 真っ向勝負を望んでいるであろうあんたには悪いが……少々卑怯な勝ち方をさせてもらうぞ。


「行くぞ、マルセル・レイス!」


 黄塵万丈の大地。

 吹きすさぶ風の中、俺が放つ技もまた『風』である。

 しかし、それは砂埃を巻き上げるだけの自然の風とは違う。漫画ではよく、斬撃が空中を走る表現が見られるが――いわば、それに近い技だ。


 間合いの外から放つ斬撃。不定形のものを裂く攻撃。

 剣圧とでも表現する他ないが、とにかく、剣にうまく空気を巻き込んで、それを放つのが、『花鳥風月』の『風』の技――『かまいたち』だった。


 決着は――ひどくあっさりしたものだった。

 数メートルも離れた場所で、俺が袈裟懸けに剣を振り抜いた直後、敵の体は肩から腰にかけて斬られていた。さすがに両断するほどの威力はなかったが、臓器は悉く裂いたはずだった。

 何が起きたのか理解できないという表情で、ぽかんと俺を見つめたマルセルは、傷口から真っ赤な血を噴き出し、空気の抜けた風船のように仆れる。


 はりつめた緊張感が体から抜けるまで、数秒を必要とした。それからさらに数秒が経過してから、ようやく俺は呼吸と時間感覚を取り戻した。


「はぁ……はぁ……っ!」


 決着がついてから、今更ずきずきと傷が痛み始める。

 なんとか勝利したが、こちらの傷も決して軽いものではなかった。

 

 この場所は、両側を断崖に囲まれているせいで、強い風が吹き込んでくる。

 追い風になってくれるか向かい風になってくれるかは、最後の一瞬までわからなかった。しかし、時折刃の如く吹き付けるその風が、俺の技に実感を与えてくれたのだ。

 『かまいたち』は、あまりにも漫画じみている上、直接刃が相手に触れないため、手ごたえという概念から縁遠い。そのせいで、俺はまだ完全にこの技を習得することができていなかったのだが、今の戦いの中で何かを掴めた気がした。


 やはり――俺に必要なのは、もっともっと強敵と戦うことなのだ。そう、もっと強く、もっと危険で、もっと俺を窮地に追い込んでくれる敵と。そうすることで、俺は次の扉を開けることができる。


「コタローくん!」


 朦朧とする意識の中、背後からの声に振り向くと、モニカが駆け寄って来るところだった。

 その姿に安心してしまった俺は、ふらりとその場に倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫?」

「ああ……なんとかな。そっちこそ、怪我はないか?」

「う、うん。でも……すごいね、魔法を遣えないのに、騎士に勝ったんだ」

「なんだよ、任せてくれたのはモニカじゃないか」

「あはは。信じる気持ちと、私がなんとかしなきゃって気持ちが半分ずつだったの」


 立てる? と問われたので首を横に振ると、モニカは苦笑しながら俺を背負った。

 もちもちの体つきと、暖かな体温が、俺の疲労を解していく。少しだけ迷った後、俺は彼女に体重を預けてまぶたを閉じた。

 激しい運動の後だというのに、モニカの匂いは澄み切ったものだと感じた。




 そして――土蜘蛛によるトルーム砦攻略戦は、勝利で幕を閉じた。

 

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