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14話 トルーム砦攻略戦 前編

【拠点内 アイラ】



 アルさんの淹れてくれたお茶を静かに飲むと、あったかくて柔らかな感触が、口から全身へと広がっていきます。

 味だけがお茶の良し悪しを決めるのではないと思わせてくれる素晴らしい一杯です。

 

「あ、これ、おいしいです」

「………………お口に合ったようで何よりです」

「それにしても……ごめんなさい、私のために居残りさせちゃって」

「いえ、殿下の命は何を於いても優先すべきです」


 筋骨隆々のアルさんと二人きりというのは、些か奇妙な感覚です。

 他の方々は戦場へと赴かれました。私は戦いのことには詳しくありませんし、正直、どんなに「大丈夫だ」と言われても不安は拭えないというのが正直なところです。


 ……。

 …………?

 ………………あ、あれ? なんだか、不特定多数の方に心の中を覗かれているような気がしますよ。

 この不思議な感覚も、精神の不安定がもたらすものなのでしょうか。


「不安ですか」

「いえ、そんな……エリシアさんは優秀な指揮官だと思いますし、うまくやり遂げると思っていますよ」

「……そうではありません。コタローのことです」

「ふぇっ!? ど、どどどーしてコタローさんの名前が出てくるんですか、そこで!」


 我ながら狼狽えすぎでした。

 顔がものすごく熱くなります。


「いえ、殿下は随分と彼に心を開かれているようで……」

「あ、あの、違うんですよ? は、初めてできた同年代の男友達なので、えっと、大切なだけで」

「わかっております」


 アルさんはくすっと笑って、空になったカップを下げました。


 ……私だって、わかってるんです。コタローさんを特別視していることくらい。

 単純に助けられたり絵をほめてくれたりしたから、というわけではありません。あの方は、私たちの誰もが知らないようなことを知っているようで、どことなく神秘的なのです。

 私がこの団に拾われてから、一番世話を焼いてくれるのも彼です。きっと、他の皆さんよりも少しだけ早く知り合ったことで、自分が面倒を見なければならないと思っているのでしょう。

 あまり気を使うのは得意でないらしく、あたふたしながら身の回りの雑事を買って出てくださるのですが、ちょっと失敗しただけで申し訳なさそうな表情になるのが、少し可愛いと感じたりします。最近では、彼を困らせるのが楽しみだったり。


 ……か、閑話休題です。


 コタローさんは、剣技に優れているそうですが、やはり魔法の有無は大きな要素です。

 たとえ彼が世界一の剣士であるとしても、強力な魔法使いを相手にすれば手も足も出ない可能性があるのです。戦地へ赴いた彼を心配するなというのは土台不可能な話でしょう。


 私は、彼が拾ってくれた香水の瓶を握りしめました。

 どうか――どうか、砦落としがうまくいきますように。





     ☆





【トルーム砦西 マリオン】



 トルーム砦の西側は、強い風で土ぼこりが舞う不快な場所ッス。

 あたしはいつも首に巻いている布を、口が隠れる高さまで引き上げて……って、何か変な視線を感じるッスね。団員以外の誰かに監視されているような気がするッス。

 ……まぁいいか。


「さて。皆、あたしたちの目的はわかってるッスね」


 現在、あたしが率いる17名は、岩陰でこっそりと隠れているッス。

 この辺りは風の影響で奇岩が多く、砦の見張りから隠れる場所は十分にありました。


 あたしは、皆が頷くのを確認すると、「じゃ、行くッスよ」と呟いて駆け出したッス。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びとともに36の靴底が大地を踏み鳴らして。

 あたしたちの反乱は、幕を開けたッス。





     ☆





【トルーム砦南 断崖の上 琥太郎】



 崖の上から砦を見下ろす。

 西門の辺りでは、砦の上から弓矢が降り注いでいるが、マリオンが率いる十八人はうまく立ち回っていた。砦の人間は、さぞ苛立っていることだろう。

 もともと、東側からの敵襲を想定している砦であり、西側は弓矢を射るための穴も少ない。アルさんに鍛えられた土蜘蛛の面々なら、一人も欠けることはないと思われた。


「そろそろ頃合いかしら」


 俺たちが今潜んでいるのは、薄暗い林の中だ。

 木にもたれながらエリシアが呟くと、近くにいた男が「では」と頷いた。彼は双子の兄弟の片割れである。その固有魔法は、兄弟間で簡単なテレパシーを送り合うというものだ。

 彼らを通して指令はマリオンに伝わるわけである。


 少し待つと、マリオンたちの様子に変化が生じた。扉に打ち付けていた丸太を放り出し、一人また一人と踵を返して逃げていく。

 撤退だ。

 砦の中には『油断』という神経毒が流れ込んでいくわけである。


「あれー? 様子が変だよ」


 異変に気付いたのはモニカだった。


 驚いたことに、これまでマリオンたちが攻撃を加えていた扉が、ゆっくりと開いたのだ。

 そこから、鎧を纏った重装備の兵士たちが飛び出してきて、マリオンたちを追いかけていく。


 呆れた顔でエリシアが言った。


「逃がさず退治してやろうって心算みたいだけど……あんな重い鎧で追いつけるわけがないわ。まさか、ボクが読めないような意図が裏にあるとは思いたくないけど」

「見た感じ、そんな風じゃなさそうだけどねー。何にせよ、砦の内部を制圧するのが楽になったと思おうよ」


 百人……いや、もっと多いか。

 明らかに不要な人数を追手に差し向けている。こんな采配をする阿呆がいるのかと、襲撃部隊の間に唖然とした空気が流れた。


 追手たちが砦を離れた頃合いを見計らい、俺たちは崖の端で作戦行動を開始した。

 砦の屋上と、この場所。高さの差は、目算でビル3階分ほどだろうか。飛び降りることは不可能である。

 だが、俺たちにとって、攻め入ることはさほど難しくない。


「じゃ、いくよー」


 モニカの魔法を使うのだ。

 作戦は単純。平たく大きな板を作り出し、それを坂として使うことで、屋上まで滑り降りる。

 それだけだ。


「さぁ、皆! 相手の混乱が収まらないうちに終わらせることが重要よ!」


 モニカが作り出した坂を真っ先に滑り降りるのはエリシア。

 滑り台のようなものと思えば怖さはない、と俺がそれに続くと、残りの仲間も次々と追従した。


「う、うわぁっ! 何だっ!」


 慌ててこちらに弓を構える兵士を、滑りながらモニカが放った嚆矢が仕留める。

 同時にエリシアが屋上に着地し、剣を抜きながら駆け出した。

 俺も、跳び上がりながら剣を抜き、間近にいた敵兵を切り伏せる。大丈夫だ、敵の練度は決して高くない。


「おおおおおおおおおおおっ!」


 武勇に優れた12名の精鋭たち。

 通常、雑兵に与えられるのは槍だ。リーチが長く、不慣れな者でもとりあえず突いておけば十分な脅威となるからだ。しかし、土蜘蛛の多くはアルさんに鍛えられており、剣の扱いに長けている。

 砦の内部のような閉ざされた空間では、その戦力は驚異的と言えた。


 100人が外へ出たとして、残りは400人。最終的に50人程度は逃げ出すだろうから、350人を倒せばいいわけだ。それを12名で割ると、ノルマはおよそ30人か。

 エリシアだけで100人は容易く片付けられるだろうから、実際にはもっと少なくなるだろう。


 俺はエリシアと拳を打ち合わせ、10人の剣士とともに砦の内部に突入する。

 エリシアの電撃は、仲間を巻き込みかねない魔法なので、一人にしてあげる方が戦いやすいのだ。彼女は屋上の敵を片付け、俺たちとはタイムラグを作って内部へ突入するわけである。


「い、いったい何が……っ!」


 慌てふためく兵の一人に剣を突き付け、壁際に追い詰める。

 その間に皆は様々な方向へと散っていき、俺もまた単独行動をすることになった。


「教えな。お前らの大将はどこにいる」

「い……言えるか。たとえ殺されようと、口は割らん」

「なるほど、あっちか」


 峰で頭蓋を殴り、気絶させる。

 必死の形相で口ごもっていたものの、視線が動くのを俺は見逃さなかった。


 周囲の気配を探りつつ、剣を下段に構えて歩く。

 石造りの堅牢な構造は閉塞感を伴っており、いつどこから誰が現れるかわからない不安に惑わされそうになる。

 そんな中、廊下の奥に、ローブをまとった男が現れる。一瞬、非戦闘員かと思ったが、手を掲げる様子から魔法使いかと判断できた。

 彼我の距離は約十五メートル。この距離で魔法の準備をしている以上、遠距離攻撃を想定すべきだ。俺が足を止めると、敵は直径1メートルほどの火球を放ってきた。


「っ……」


 スピードは決して速くない。だが、廊下の幅ギリギリのサイズだし、飛び越せるほど天井は高くない。

 突破できるとすれば――花鳥風月の『風』だ。だが、花鳥風月は、その名の順に技の難易度が上がっていく。俺が完全に習得しているのは『燕返し』までで、『風』の技は未完成だし、『月』に至っては実戦で扱えるようなレベルではない。

 成功するか、否か。

 止めた呼吸を剣に押込めるように、剣を強く握り込む。

 だが、『風』の技を放とうとしたその瞬間だった。


「コタローくん!」


 目の前に、半透明な壁が現れ、火球は阻まれる。

 火が弾けて消える中、ひゅおん、と風を切る音が聞こえた。


「伏せて!」


 言うのが遅い、と心の中でぼやきながら頭を下げると、ギリギリのラインを弓矢が通り過ぎて行った。絶妙なタイミングで半透明の壁が消えうせ、嚆矢は魔法使いの額へ吸い込まれていく。


 振り返ると、小走りにモニカが近づいてくるところだった。


「モニカ!」

「やっほー。だいじょぶ?」

「ああ、助かった……どうやら、フリッツ将軍はあっちにいるみたいだ」

「ん……そだね。かなり強い気配を感じるよ。たぶん護衛の人だね」

「わかるのか、そういう気配が」

「まーねー。魔法じゃないけど、それに近いものだよ」


 師匠から聞いたことがある。

 特異な出自を持つ人間は、まれに一部の身体機能が特殊能力の域にまで到達するらしい。最もよくある例では、視力のない人が聴力に特化していたり。

 しかし、モニカのように、第六感という巨大な要素が能力化しているなら、それに応じた代償を彼女は背負っている――少なくとも過去に背負っていたはずだ。いったいどんな経験をしたのだろう。ただ単に戦場で戦い抜くだけで身に付くものとは思えないのだが。


「二人で行こうか。難敵がいそうだし」

「ああ」


 頷いて、いっしょに廊下を進む。

 目的の部屋にはすぐにたどり着いた。俺一人では総当たりで調べるしかないが、モニカがすぐに「この部屋だよ」と教えてくれた。

 俺たちは、扉の左右に立ち、呼吸を整える。頷き合って、一気に扉を開いて突入した。


「動くな」


 剣の切先を突き付けたその先に。立っている男は一人。

 豪奢な絨毯と、深い色味の机。その前で腕を組んでいるこの男が、フリッツ将軍なのか。いや、白地に金の半身鎧が示すのは――


「……騎士」


 そう。

 このフレンシア王国には、合わせて四十四人の騎士がいる。

 聞く話では、騎士の選出基準はこうだ。

 まず、固有魔法を有しており、一定以上の戦力になり得ること。

 その上で、集団行動に向かぬ一匹狼や、魔法の特性が周囲を巻き込みかねない者などが、軍ではなく騎士団に所属することになる。

 

 一人一人が、達人級の戦士と考えていいだろう。


「フリッツ将軍は……いないようだな」

「ただの暴漢とは思えなかったのでね。早馬で逃げていただいた。もうこの砦にはいない」

「……まぁいいさ。砦を落とすのが目的だからな」


 騎士はまだ若いように見えた。

 俺よりは一回り上だが、それでも、この年齢で騎士になれるほどの戦果を上げているなら、かなりの手練れと考えていいだろう。アルさんが言うには、30より手前で騎士になった者は、歴史上でも少数らしい。

 当のアルさん自身が20代半ばで騎士になっているのだが、あの奥ゆかしいおっさんが自慢げに語っていたあたり、本当にすごいことなのだと思われた。


「二対一か、仕方あるまい」


 俺が戦意を漲らせ、八双に構えると、敵はやれやれとため息をつく。


「まさか卑怯とは言わないよな?」

「侮ってもらっては困る。そんなことで怯懦する騎士がいるものか。騎士が恐れるのは主を守り通せぬことだけだ」


 フッと笑みを浮かべ、騎士は剣と盾を構える。

 くそっ、台詞がイケメンだし顔も割と美形だ。絶対殺す。


「んー。二対一、ねぇ」


 イケメン絶対殺すマンこと俺が今にも跳びかからんと敵を睨みつける隣で、それまで黙っていたモニカが動きを見せた。


「本当にそうかな」


 モニカの弓は特別製で、端に刃がくっついている。

 斧で樹木を斬り倒すかのようにそれを振るうと、何もない空気中から「ぐぅっ!」という呻き声が聞こえた。

 何が起きたのか把握できず、唖然と目を向けると、直後、スゥッと人影が現れた。


「なぜ……ばれた!」

「二対一を本当に気にしてないような人なら、わざわざ口に出さないよね。じゃあ強がりで言ってるのかと思えば、そんな風でもないし。結論としては『本当は二対一じゃないけど、二対一に見せかけて油断させたかった』ってことになるよね。そこまで考えたら、あとは感覚を研ぎ澄ませれば丸見えだよ」


 そう。

 おそらく固有魔法なのだろう――透明人間が俺たちにこっそりと近づいてきていたのだ。

 しかし、先ほども発揮されたモニカの超感覚が、その魔法を上回り、接近を見抜いた。それで攻撃を叩き込んだところ、魔法を制御することができないほど驚いてしまったというわけである。

 姿を現した二人目の騎士は、驚愕の表情を浮かべたまま後退し、一人目の隣に立った。こちらは、小柄でちんちくりんな体格の中年男性である。


「コタローくん。こっちの透明の人は私が相手をするよ」

「わかった。じゃあ、俺はあっちを」

「ふん。こちらとしても異存はない。場所を変えるぞ、異人の少年よ」


 俺たちの呟きに、敵の二人組も「望むところだ」と言わんばかりの凄惨な笑みを浮かべてみせた。

 イケメン騎士が窓から飛び降りたので、俺もそれに従う。地面までは数メートルの高さがあるものの、着地したのはベランダのような場所だ。しかし、ここでもまだ狭いと判断したのか、敵はさらに地面まで飛び降りた。当然、俺もそれに倣う。


「ここでいいな、少年よ」

「ああ」

「僕の名はマルセル・グレイス。君の名を聞かせていただいてもかまわないか?」

「……白山琥太郎だ」


 俺が名乗ると、マルセルは納得したように頷いた。納得したように、といっても、そこに具体的な思考があったわけではないだろう。この感覚ばかりは剣士にしかわかるまい――相手を認め、そして向き合う瞬間のこの感覚は。


 ――風が吹き抜けた。


 おそらく、本物の強さを持ち合わせる人間と、命を懸けて戦うのはこれが初めてとなる。

 マリオンのときは、あいつに殺意は存在しなかった。

 アイラを助けた後で戦った、怪力の魔法を遣う男は、騎士に比べれば強くはないはずだ。

 仮面の女は尋常でない技量の持ち主ではあったが、一方的に弄ばれていただけだった。

 今回は――全力のぶつかり合いになる。


 俺は正眼に構えた後、思い直して下段に構えなおした。

 大きな盾を構えた相手――さて、どう攻略するべきか。


 汗ばむ掌の内側に、何か見知らぬ感覚が生まれるのを感じた。

 熱くて激しい、戦士だけに許された感覚が。

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