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12話 呼応する戦士たち

【大陸南方 小国家群立地帯】



 エルヴァ・ガウ・マカンジアという少年は、幼い頃から友がいなかった。


 王族の不義の子として生まれ、小さな田舎町に放り出されたことは、育ての親から聞いたものの、結局詳しい話を知る前に彼らは他界してしまった。

 しかし、町に広がった噂は「あの子は不義の子だから捨てられた」ではなく「あの子は犬と人の間に生まれた子だから捨てられた」というものであった。理由は至極単純――その風貌が獣のようだったからである。

 耳朶は異様に薄く、耳の先は尖り、舌は長い。全身の毛深さも一因であっただろう。

 犬のたねと噂され、同年代の子らからは恐れられ、大人たちからも疎まれる中、それでもエルヴァは順調に育っていった。



 幼年期のエルヴァは土と花を愛する寡黙な性格だった。

 数少ない味方であった育ての親が死んで以降、茶葉の栽培を生活の糧としていた彼に転機が訪れたのは、十三歳の夏だった。


 その日、町に視察に来ていたのは、国の中枢を担う文官の一人。

 犬の子などを見せるわけにはいかぬ、と自主的に町を離れ、山奥で時間を潰していたエルヴァは、昼寝の途中で不意に跳ね起きた。

 何気なく山肌から町を見下ろしてみると、驚いたことに、馬に乗った集団が武器を掲げて町へ向かっているではないか。

 盗賊だと悟ったエルヴァは、風のように山を駆けた。


 健脚に自信のあった彼だが、たどり着いたときにはすでに盗賊団が暴れている途中だった。

 衝動的に――彼は盗賊に跳びかかっていた。一人を殴り倒すと、剣を奪い、町中を駆け巡りながら縦横無尽に刃を振るった。

 わけもわからぬうちに、一切の傷を負わず、二十人を切り伏せた彼だが、その目的は町を守ることではなかった。衝動的な行動だったのだ。そのため、馬に乗って逃げ出していた最後の一人を逃がすという選択肢はなかった。

 人間離れした速さで馬の背を追ったエルヴァは、馬を容易く追い抜き、乗り手を頭蓋から股間まで一太刀で切断してみせる。


 荒削りながらも圧倒的な強さは、町に来ていた文官の目に留まり、彼は文官の私兵として雇われることとなった。



 それから数年が経った。


 西の大国との国境に広がる広大な砂漠。その片隅で、エルヴァは七十人の兵士と向かい合っていた。

 ――数年前におれを拾ってくれたお方が、善人でないのは知っていた。しかし、拾われた恩は返さねばなるまい。


「わかっておるのか、貴様! 王の暗殺を企てるような者をかばうなら、貴様の命もないものと思え!」

「…………おれは正しさの奴隷ではない。あの方が倫理的に間違っていようと、裏切ることはできんのだ」


 結果として彼を助けるようなかたちで出会ったものの、エルヴァにとっては味方のいない日々から救ってくれた人物であり、まともな生活を与えてくれた人物なのだ。

 裏でどれだけの悪行を積み重ねていようと知ったことではなかった。


「正気か。この人数だぞ」


 エルヴァが曲刀を抜き放つと、隊長らしき人物が目を丸くする。

 頭に巻いていた布を外して耳を見せると、にわかに兵士たちが騒めき立った。


「あ、あの耳……まさか、噂に聞く獣人では……」

「っ……それでも、七十対一だ。恐れるな。行くぞ!」


 襲い掛かって来る集団を見ながらエルヴァはぺろりと唇を舐める。

 跳躍しながら集団の中に飛び込み、剣を一閃すると、瞬く間に数人が血煙を上げた。

 野獣の如く咆哮し、本能のままに剣を振るいつつ、エルヴァは考える。


(ここでおれが主人をかばっても、いずれは見つかって殺されるのかもしれん――)


 飛んできた矢を、歯で受け止めてから左手に握り、間近にいた兵士の顔面に突き立てる。

 恩人は砂漠の果てへ逃げた。砂漠越えに成功し、西の大国へたどり着ける保証はない。だが、おれはきっと、この局面を切り抜け、再びあの人に仕えるべく探し出してみせる。

 死闘の中、槍の一撃が左の眼球を貫く痛みに絶叫しながらも、エルヴァは砂漠越えの算段を立てていた。






     ☆






【フレンシア王国 西の港町カボロ】



 フレンシア王国の西方には海が広がっている。

 海流の比較的穏やかな入り江には、港町が築かれ、南方からの貿易商を多数受け入れている。

 そんな町は王国にとって重要な都市の一つであり、常に兵士たちが警備していた。


「ふぎゃん!」


 事件が起きたのは、兵士たちの詰所であった。

 可愛らしい、しかし間抜けな声が聞こえてきたのはまったく唐突なことで、安酒を呑もうとしていた二人の兵士は驚いて立ち上がる。

 犯罪者からの没収品が乱雑に積み重ねられた山に顔を突っ込んでいるのはどうやら少女のようだ。

 彼女がそこから這い出るのを見届けてから、ようやく二人はぽかんとした口を閉めることに成功した。


「お、おい! 貴様! ど、どこから入って来た!」

「ど、どこからと言われても……あたしだって何が何だかわかんねーですよ。いてて」


 立ち上がった少女は、奇妙な服装をしていた。

 やたらと大きな襟のついた服は、まるで水兵のそれのよう。しかし下半身に纏われているのは、たくさんのひだがついた筒のようなスカートで、はしたないことに膝から下が丸見えである。

 ただ、その奇怪な衣裳はかなり上質なものに見えた。


「キクリでしたっけ? 出てくるですよ、こんにゃろー!」


 容姿からは東洋人だろうと思われた。

 東洋人は魔法とはまったく別大系の神秘的な力を使うというが、空中を睨んで叫んでいるあたり、おれたちには見えないものが見えるのだろうかと困惑する。

 ひとしきり憤慨してから、少女は二人の兵士が送る視線に気づいたようで、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「あ……えっと。もしかしてあたし、今不審者扱いされてるですか?」

「ま、まぁ……そうだな。悪い奴というわけではなさそうだが」


 突然現れたのは、何らかの妖術によるものだろうか。東洋の神秘は理解しがたい。

 先輩兵士が少女を助け起こすと、後輩は困惑しながら椅子を引いた。席につかせて話を聞こうと思ったのだ。

 しかし、そんなとき、外からばたばたと足音が聞こえたことで、少女への疑問を片付ける余裕はなくなった。飛び込んできたのは仲間の兵士だ。何事かと顔を上げれば、彼は慌てた様子で叫ぶ。


「た、大変だ! 魔物が町に入って来た!」

「何だと?」

「戦力が足りん! すぐに来てくれ!」


 入って来た兵士はそれだけ伝えると、すぐに詰所を出ていった。

 二人も顔を見合わせ、加勢することを決断する。


「きみ、危ないからここにいなさい」


 東洋人の少女にそう伝えてあたふたと外へ出ていくと、詰所には静寂が残された。

 ぽつーんと放置された少女は、壁に掛けられた武具を見ながらぼんやりと独り言を漏らす。


「……異世界? いやいや、んなわけあってたまるかですよ……」


 ボブカットの髪をいじりながら、狼狽した様子でポケットを漁り、取り出したのは四角い謎の板。

 彼女の世界ではスマートフォンと呼ばれる代物である。

 電波状況が圏外となっていることを確認すると、彼女は深くため息をついた。


「お、落ち着くですよ、あたし。績絹江つむぎ きぬえ15歳、職業JK、趣味は同人誌制作……よし、記憶は正常です」


 どうやら考えるときに独り言を漏らすのが癖らしい。

 部屋をぐるぐると歩き、考え込んでから、彼女は結論を出したようだった。


「は、ははは……これはきっと夢の中に違いねーです。せっかく夢の中なら、思いっきり暴れてやるですよ。頬をつねっても目は覚めないようですが、もっと危険な目にあえばきっとあったかいベッドに帰ってるはずです」


 備品として放置されていた盾と直剣を手に取った績絹江は、部屋を出て石段を駆け上る。


 このとき、彼女が自暴自棄にならなければ、未来は変わっていたことだろう。

 そう――魔法の力に目覚め、警備兵が手を焼いていた巨大な魔物を倒してしまい、あれよあれよという間に王国軍に加入することになるような事態は、訪れなかったことだろう。






     ☆





【大陸の北方 通称『終焉の地』】



 魔術の修行なんてごめんだ。

 アレクサンドラ・ヤガーはぷりぷりと怒りながら家を飛び出した。


「待ちなさい! ヤガー家の後継者はあんた一人なのよ!」

「わかってるわよ、そんなこと」


 彼女――たった一人の家族である母からはサーシャと呼ばれている――にとって、猛吹雪の世界は決して過酷ではない。

 常人では視界すら保てない魔境であっても、彼女の瞳は地平線を視認することができた。


 鶏の脚のような樹木の上に乗った生家からは、母が顔を出しており、声高に叫んでいる。

 母が手をかざすと、サーシャの周囲には数十もの使い魔が出現した。氷の体を持つ、背丈よりも大きな狼たち。


「行かせないわよ! この地は異界へ繋がる特異点のひとつ! 我が一族はこの地を守る必要があるわ!」


 背後からかかる言葉に、サーシャはため息をついた。

 サーシャが指を鳴らすと、一瞬にして、氷の狼たちが、その上から凍らされる。

 氷を凍らせるという異様なまでの力に、母は思わず言葉を失った。我が子の才能には気づいていたが、いつの間にここまでの技量を身に着けたのかわからなかった。


「おかーさん。別に、ここに帰らないなんて言わないわよ。おかーさんがまだ若くて元気なうちに、ちょっとくらい外の世界を見ておきたいの」

「……どこへ行くつもりよ」

「わかんない。とりあえず、雪の降らない場所ね。フレンシアには美味しい料理もたくさんあるって話も聞くから、そっちに行ってみようかな」

「…………そう。わかったわ」


 大きく嘆息し、母は顔を引っ込めた。物わかりはいいのだ、案外。


 大切な母親に深々と礼をしてから、サーシャは歩き出す。

 

 この世には――神や精霊の類から与えられる『魔法』と、人間が研鑽を積み重ねることで生まれた『魔術』がある。東洋ではさらに妖術や仙術といった奇妙な力が発現することもあるらしい。

 しかし、現代に至って、魔術というものはすっかり廃れてしまった。

 何千年の昔から続くヤガー家は、世界に十人と残っていない魔術遣いの一族だ。


 最北の魔女、サーシャ・ヤガーは、吹きすさぶ豪雪を気にする様子もなく、美しい銀の髪を揺らしながら、淡々と『終焉の地』を去って行くのだった。






     ☆






【フレンシア王国 王都 国王ヴァンの私室】



 国王ヴァンが苛々しながら書類を突き返すと、側近の男がそれを受け取った。


「皆が楽しんでおるのだから、それでよかろう」


 現在、フレンシア王国では絞首刑が行われている。

 それは王都の街中で実行されるのだが、いつの間にか悪趣味な貴族たちが見世物感覚で集まるようになっていた。

 他国からの批判もあり、これを問題視する一派が現れたのはつい最近のことだ。ヴァンが突き返したのは、状況を改善してほしいという陳述書であった。


「そもそも、陳述書というもの自体が気に食わん。王はいつから民の奴隷になったのだ」


 そんなことをぼやいていると、窓から小柄な影が飛び込んでくる。

 驚くこともなく、影を一瞥すると、ヴァンは唸るように問うた。


「……帰ったか。どうだ、我が妹の動向は」

「盗賊団に誘拐されたところまでは確認しました。以降の足取りは不明です」

「……まだ捕まえられていないのか」

「追手につけていた兵は壊滅しましたよ。民の目につくことを厭わず、大々的に兵を動かさなくては、アイリーン様は捕まえられないでしょう」

「…………ふん。エゼルバルド、任せた」


 ヴァンが呟くと、エゼルバルドと呼ばれた側近は深く腰を折り、部屋から出ていく。

 明るく広い部屋に残されたのは、ヴァンと、天狗の称号をもつ仮面の女。

 天狗は窓際に立ち尽くしたまま、高所の風を背に受けていた。


「お前は……おっと。お前には命令しても意味がないのだったな」

「意向は汲み取るつもりです」

「いい。勝手に動け。助言があるなら遠慮せず言ってほしいものだが」

「……ではご忠告しておきます。アイリーン様の逃げられた東方で、反乱の気風が高まっております。かなりの手練れが揃っていますよ。百の雑兵より一の達人を重視なさった方がよいでしょう」

「……いいだろう。ガウディを派遣しておく」


 その名を聞いて、天狗は仮面の裏で眉を顰めた。

 どうやら、彼女にとってはあまり聞きたくない名であったようだ。


「失礼いたします」


 天狗は低い声とともに窓から飛び降り、姿を消す。

 彼女がいなくなった後、ヴァンは静かに考え込んだ。

 ガウディ・ホークは騎士の中でも指折りの剣術遣いだ。まだ若いが、いずれは騎士団長に取り立てるべきだろう。反乱軍を処理させて、その功績で昇進させるのは妥当と思われた。


「ふふ……反乱軍ねぇ。そろそろ各地で不満が爆発するだろうとは思っていたが」


 ヴァンは己が暗愚と呼ばれていることを知っている。

 圧政に苦しめられた民は、王が間抜けなのだと信じ切っているのだ。


 ――俺は確かに、妹ほど才気に富んでいるわけではないかもしれん。

 ――だが、貴様らが考えるほど間抜けではないぞ。

 ――俺を侮った阿呆どもが反乱を起こすなら大歓迎だ。

 ――敵対勢力を摘み取るいい機会になる。


「面白くなってきたではないか。ふふ、ふははは。貴様らを叩き潰せば、よい見せしめになる。反乱がおきるのを、むしろ待ち焦がれていたのだぞ、俺は」


 ヴァンは独り言を漏らしながら窓辺に立ち、酒を口に流し込む。

 見下ろす王都の町並みでは、アリのような人影が弱弱しく蠢いていた。






     ☆






 土蜘蛛が決起したのと同日――世界の各地で、示し合わせたように強者たちが行動を起こした。


 獣人も。

 異世界から来た女学生も。

 最北の魔女も。

 王の懐刀も。


 導かれるように、戦火に飛び込むこととなる。

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