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11話 決起の日

「それは……おそらく、天狗と呼ばれる者たちだろうな」


 眠り薬の効果がまだ続いており、アイラはすやすやと寝息を立てている。

 そこで、彼女以外で最も王国の事情に精通していると思われるアルさんに尋ねてみると、彼は重苦しい声でそう答えた。


 アルさんの部屋は、とにかく質素で私物が少ない。

 無骨な本人の印象にはよく合っている気がするが、暇な時には何をしているのか気になった。マリオンはたいてい編み物をしているし、モニカは言うまでもなく常に何か食っている。娯楽品の少ないこの世界で趣味を持つのは難しいのかもしれないが、何かしら暇つぶしの道具くらいはありそうなものだが。


「天狗、ですか」

「ああ。彼らは王家ではなく王国に仕える戦士だ。歴史の転換期に姿を現しては、王国を存続させるためだけに行動する」

「存続させるためだけに、というのは?」

「特定の勢力に加担することなく、すべての勢力に手を貸し、その将来性を見極めながら、国の未来を委ねるべき相手を決める……という話を聞いている。もし、お前の前にその天狗が現れ、反乱軍を今しばらくは潰さないと言及したのならば……俺たちが現国家への対抗勢力に成り得るということだ」


 どうやら、味方でも敵でもない――そして、敵であり味方でもある。

 そんなポジションの人物らしい。


「俺たちの反乱に成功の兆しが見えてくれば、こちらの味方になってくれるはずだよ」

「……あの人が味方になってくれるのなら、心強いですけど」

「それほどに強かったのか?」

「はい。明らかに手を抜いていたのに、一撃を掠らせるのが限界でした」


 アルさんは、「そうか……」と呟き、髭を撫でて考え込む。

 彼はゆっくりと自信なさげに唸る。


「天狗という連中は、不思議な技を使う。魔法ではない。奴らだけに継承される特殊な能力なのだそうだ。噂では、彼らは古代神の子孫で、今でも神通力を遣えるのだとか」

「古代神……にわかには信じがたいですけど」


 天狗。

 日本人なら誰でも聞いたことのある単語だろう。

 その名は、『あまつきつね』……つまり流星を意味する単語が元になっている。中国の『史記』や『漢書』『晋書』にも記された名だ。しかし、容姿のモデルは別に存在する。服装が山伏のものに起因することは確かだが、特徴的なあの長い鼻は、もともと、とある神の特徴であった。


 神の名は『サルタヒコ』。

 神話では、国つ神(出雲系の神)と呼ばれる者から天つ神(高天原系の神)という者たちに、日本と言う国が譲渡される。高天原の神々が地上に降り立つにあたって、その案内役として現れるのがサルタヒコなのだ。

 とてつもなく長い鼻と、照り輝く目を特徴とする異様な姿の神であるが――そういえば、あの仮面の形状を思い出してみると、鼻の部分だけが長くとがっており、そして俺を金縛りにする際には目が閃光を放っていた。

 なるほど古代神の末裔と言われればそんな気がしないでもないが。

 しかし、イザナミ以外の神がこちらの世界に来ているなんて、キクリからは聞いていない。


 アルさんと別れた俺は、話を聞く必要があると思い、心の中でキクリを呼んでみたが、奴は姿を現さなかった。

 聞こえていて無視しているのか、それとも俺の呼び出しは伝わっていないのか。それは不明だが、結局のところあいつはあいつの来たいタイミングでやって来るらしい。


「天狗、か」


 まぁ。

 悪い人ではなかった、とは思うのだ。


 しかし、その正体への疑問がやや払拭されたことで浮き彫りになったのは、己の剣技の未熟さだった。

 ――俺は、強くなれるだろうか。

 脳裏にこびりついて離れないのは、俺の連撃をかわす霞のような動きだった。

 源義経は天狗から剣術を学んだというが――だったら、俺だって、あの女の動きから何かを学び取ってやる。悔しさのおかげで、あの女の動きは手に取るように思い出せるのだ。木の葉の舞うような足さばきを、必ず俺の剣の一部としてやる。


 夜の更ける中、俺はひそかに決意を固めた。





     ☆





 さて。

 ここらで唐突に、昔話をしておこうかと思う。意味なんてない。なんとなくだ。


 小さい頃の俺は、ある日唐突に喋らなくなった。

 原因は不明だ。肉体的にも精神的にもまったくの健康で、日々が過ぎ去る中、何の前触れもなくそうなった。


 異界に来た今だからこそわかるが、きっとあの頃の俺は、あの世界の在り方に違和感を感じていたのだ。生まれながらにして何かが足りない――手足はあるし臓器も足りているが、体の一部が間違いなく欠けている。人と同じなのに、明らかに何かの欠落を抱えている自分は、きっと世界そのものが適していないのだ。子供心にそれを察したことが何らかの心理的変化に繋がったのだろう。


 世間体を重視してやまぬ俺の親にとって、これはとんでもない事態であった。

 なんとか治せないものかと、片っ端から医者のところへ連れ回されていたことは今でもよく覚えている。多くの医者たちは、アニメキャラの人形などを用いて俺をリラックスさせようとしたが、そんな試みは無駄だった。俺が欲しているのは孤独のみだったのだ。

 思えば、当時の俺はあの連中にとって究極の悪夢だったに違いない。心の問題を知るには、多くの場合、言葉をかわす必要があるわけだが、白山琥太郎と言う少年はあらゆるホモサピエンスの中でいっとう無口だったのだから。

 彼らはきっと夢見ていた。正しい処置と優しい指導、理解と励まし。そうしたアプローチで心の鍵をこじ開けて、涙を流す俺を抱き締めながら「もう大丈夫だよ、これからはきっと何もかもうまくいくよ」と告げる――彼らの描く筋書きの浅ましさは、俺の唇を一層固くするばかりだった。


 そんなある日のこと、俺と母が町を歩いていると「誰かそいつを捕まえて!」という、引ったくり事件の発生を示す声が聞こえた。

 振り向いた俺が目にしたのは、高級そうなバッグを抱え、包丁で周囲を牽制しながら駆けてくるいかつい男。

 母は息を呑んで逃げ出そうとしたが、俺はというと驚くほど冷静だった。


「どけ、クソガキ!」


 気づくと俺は引ったくり犯の前で両手を広げていた。

 狭い道だ。俺を無視して通ることはできない。

 俺は衝動的に男へと跳びかかり、小さな拳を叩きつけていた。しかし、体格があまりにも違いすぎたため、ろくにダメージを与えられることもなく、俺は弾き飛ばされた。


 そこにふらりと現れたのが、我が師匠であった。


「おー、おー。なかなか勇敢なガキじゃねぇか」


 謎の浮浪者が小学校の裏山に住んでいるという噂は有名だった。

 何度か、肝試しのノリで顔を見に行ったこともあったため、すぐにその人物が件の浮浪者だと気づく。

 みすぼらしい身なりと、手に提げられたコンビニの袋。

 彼は、敵に立ち向かう風でもなく、たんたんと歩いていくと、ほんの一瞬でひったくり犯を投げ飛ばしていた。相手に警戒心を抱く余裕すら与えないほどの技に、思わず俺は目を見開いた。


 ――これだ、と思った。

 幸いにして、彼の住むあばら家のことは知っていたので、次の日から俺は彼の家に通うようになった。

 師匠が剣の達人と知ったのは、通い始めて三日目のことだ。「お前も握ってみな」と木刀を渡され、次第に俺たちは師弟関係となっていった。


 特訓――修行や訓練でなく、特訓と俺たちは言っていた――が終わった後、師匠はよく「牛丼、行くか」と言って、山の麓にある牛丼屋に連れて行ってくれた。それが最高のご馳走であるかのように。

 それは、高校生になってもずっと続く習慣となっていった。


 師匠と出会ってからの俺は、あっさりと言葉を取り戻した。剣を一振りする度、言葉がひとつ喋れるようになる。そんな俺の様子を見た両親は、俺が塾やピアノ教室でなく、謎の剣士の家に通うことをやむなく許可したのだった。






     ☆






 俺が師匠と出会った頃のことを思い出している間、エリシアは何か熱のこもった演説をしていたが、俺はそれを一切聞いていなかった。


 エリシア。マリオン。アイラ。アルさん。盗賊団の皆。そして、アイラ。

 一人一人の顔を見回して、「ああ、そうか」と気づく。

 今、俺の中にある感覚は、師匠と出会った頃に抱いていたものとよく似ているのだ。

 この出会いが、俺にとってかけがえのないものになるという予感。自分が変質し、殻が崩壊していく確信。

 心地よい高揚感に俺が心臓を跳ねさせていると、モニカが呟いた。


「あ、そうだ。名前を決めようよ」


 それまで話を聞いてなかった俺は、何の話かわからず「名前って、何の名前?」と首を傾げる。


「この盗賊団――もとい、反乱軍の名前だよー。これまでは名前もなかったけど、やっぱり呼び名があった方が、仲間って感じがするよねー」

「それもそうね……」


 俺やマリオンは割とどうでもいいと表情で意思表示したのだが、我らがボスは案外ノリノリで、ハッとした表情で考え込み始めた。

 アイラと目を合わせ、苦笑してから、俺はふと思い浮かんだ単語を呟く。


「土蜘蛛……というのはどうだろう」


 歴史をひも解けば、あらゆる時代、あらゆる場所で、権力とそれに抗う者の対立は在った。


 古代の日本でも、大和朝廷と敵対していた者たちがいる。

 はじめは『土隠つちこもり』と呼ばれていた敵対者たちは、時代を経るに連れ『土蜘蛛』に訛り、次第に蜘蛛の妖怪として扱われるようになった。

 風土記の記述によれば、彼らは洞窟に住んでいたという。

 洞窟に暮らし、国家に敵対する集団――俺たちはまさに『土蜘蛛』だった。


 そんな話をすると、エリシアは大いに気に入ったようで、呵呵大笑し、俺の案を受け入れる。


「ふふ。コタローくんは知らないかもしれないけどね、この国で蜘蛛は不幸の象徴なのよ。現政権にとっての不幸だと名乗るのは、なかなか悪くない案ね」


 エリシアは立ち上がると、アイラの方をちらりと見る。

 王族であるアイラの立場では多少文句のある名という気もしたが、本人は柔和に笑うのみだった。


 並ぶ面々を見渡し、エリシアは酒杯を掲げる。

 それに倣って皆が酒杯を持ち上げると、俺とアイラも遅れて同じ動作をした。


「聞け、つわものどもよ! 我ら『土蜘蛛』はこれより王座を穿つ矛となる! 陽光を占有し、草木に囲まれて肥え太った豚どもを殺す、地の底の狩人となる! 我らの想いを毒に込め、奴らに届けてくれようぞ!」


 俺たちは、一斉に酒を飲み干すと、酒杯を地に叩き付けた。

 まばらな音が響く中、三十の怒号がそれをかき消していく。


 かくて――『土蜘蛛』はここに誕生した。


 熱気の中で、俺は伸びていた髪を紐で縛り、気合を入れ直すことにした。

序章終了です。

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