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9話 その名は

 アルマン盆地には計3つの集落が存在する。

 俺たちが狙ったのは、そのうち最も南に位置するものだった。


「なぁ、マリオン」

「何スか」

「どうしてこんな時間に襲撃するんだ? 眠いんだが」


 体感では、5~6時頃だろうか。この時間帯を早朝と呼ぶべきか深夜と呼ぶべきかはわからないが。


 現代日本の地方都市で育った俺には信じがたいほど光明の少ない世界は、濃紺の絵具で塗りつぶしたかのようだった。月光ですら人影はできるのだという新鮮な発見はあったものの、だからといって視界の悪さが拭えるわけでもないし、1時や2時ならともかく、この時間になると睡眠欲が盛大なアピールを繰り返していた。


「この盆地は寝苦しいほど暑い夜の続く時期ッスからね。夜明けの近づく時間帯まで待った方が、町の人は寝静まっているんスよ」

「まぁ、今回は町の人を狙うわけじゃないけどねー」


 マリオンの隣で欠伸混じりの声を漏らすのはモニカだ。


 今宵、盗賊団は3つに分かれて行動していた。

 まずは頭目であるエリシアとアルさんが率いる主要部隊。雑兵とリーダーという構成の目的は、目立つことで敵をうまくあぶり出すことである。

 続き、集落の一部と内通する、数人の部隊。下っ端の中では長い年月をエリシアたちと過ごしてきた者で構成されており、彼らは予め話し合った通りに盗賊団被害を受ける。本当に何も知らぬ無垢な住人は襲撃対象ではないので、代わりに虚構の標的として振る舞うわけだ。

 そして――最後の部隊が俺たち3名である。簡単に言えば、少数精鋭。目的は、敵をあぶり出した頃に突撃し、対象を攻撃することである。


 王軍と思われる者たちがどこに隠れ潜んでいるのかは知らないが、奴らは俺たち盗賊団の動向を見ながら密かに暴れるものと思われる。きっと彼らは、エリシアの第一部隊から大まかな戦力を把握し、それを基準として行動するはずなので、後から主要戦力が投入されることで攪乱するというわけだ。

 戦うだけならエリシア一人でも事足りるだろうが、こうすることで逃亡を妨害することもできる――と語ったのは、作戦の立案者であるアルさんだった。


「……おっと。始まったみたいね」


 マリオンの声で、俺とモニカは揃って下方を覗く。

 山の中腹から見下ろす視界には、松明の煌々とした光が集落の中へと突入していく様子が見られた。


「よし。じゃあ出発だねー」

「もう少し待った方がよくないか?」

「山道では速度も出せないし、早めに動いた方がいいよ。集落に着くころにはちょうどいい頃合いになってるんじゃないかなー」


 マリオンはモニカに同意見らしく、黙って馬に飛び乗った。

 馬は二人分しかここにいないし、そもそも俺は乗馬なんてできない。ここまでは徒歩でやってきたが、二人のうちどちらかに乗せてもらうしかなかった。


「マリオン」

「嫌っス」


 尋ねるよりも早く回答を叩きつけられた。

 こわい。


「……モニカ。乗せてくれ」

「いいよー」


 マリオンとは対照的に、モニカはあっさりと受け入れてくれた。

 四苦八苦しながらモニカの後ろに座り、腰に手を回す。引き締まった筋肉の上に、わずかに纏われたぷにぷにの肉がなんだか心地よい。

 ふんわりと揺れる髪の匂いに嗅覚を魅惑されつつも、準備完了である。


「しっかりつかまっててねー」

「ゆっくり行きましょうか」


 モニカの言葉に、どうやら俺は不安げな表情を浮かべてしまったらしく、マリオンはため息交じりに呟いた。

 俺たちは、決して必要以上に急ぎはせず、静かに山を下りて行った。





     ☆





 集落に近づくと、俺たちは馬を下り、三方へ散って突入することにした。

 慌ただしく騒ぐ住人を横目に、難なく集落に潜り込んだ俺は、きょろきょろと周囲を伺いながら路地裏を進む。

 集落という言い方からもっと小規模なものと想像していたが、思っていたよりも人口は多いようで、周囲は混乱の極致に達していた。


 そんな中で、俺は早速、住人を追いかける人影を発見する。

 高笑いしながらボウガンを構える山賊風の男は、しかし俺の知らぬ顔だ――つまり、俺たちの仲間ではない。


「おい、そこのお前!」


 倒すだけなら不意打ちの方が良いが、住人が狙われている現状は見過ごせない。

 俺の声に反応し、ボウガンがこちらを向いた。

 相手が俺を敵対者と認識し、矢を放つまでにかかる時間は約2秒――しかし、俺の脚は、距離を一瞬で詰める意外の業が秘められている。


「はぁっ!」


 掛声とともに、脚力を爆発させると、風景が後方へ流れる線と化した。風のように懐に飛び込んだ俺は、迷いなく剣を振るって敵の喉笛を裂く。

 倒れる敵の骸を見つめることもなく、俺は呼気を整えながら周囲を見渡した。


 そして。


「っ……あれは」


 見つけた。

 屋根の上を駆ける男が、金髪の少女――アイラを脇に抱えているのを。


「コタローくん!」


 屋根の上の敵をどう追いかけたものかと迷う俺の背に、モニカの声が届く。

 振り返ると、彼女は掌をこちらに向けて魔法を発動していた。


「ここらへんは私に任せて。コタローくんは、今の人を追いかけてほしいの」

「……わかった」


 モニカが魔法で作り出したのは、いくつかの立方体。空中で、高さを変えて配置されたそれらは、飛び石のように民家の屋根へと続いていた。

 にっこりと笑うモニカに礼を言って、俺は半透明の足場に飛び乗る。

 一度に形成できる物体の数や、構造の細かさには限度があるのか、階段状というわけではなかったためジャンプしながら進まなければならなかったが、なんとか敵を見失わずに屋根に到達することができた。


 この町の建物は石造りであり、足場そのものはしっかりしている。

 また、温暖な地域であるため、屋根と言っても基本的には平坦で、斜面となっている部分はせいぜい飾りとしての役割であった。


「待ちやがれ!」


 絶叫にも等しいほど声を荒げながら走り込むと、アイラを抱えていた男は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 アイラは口に布を噛まされており、喋ることはできないようだったが、俺の姿を見ると目を丸くして涙を浮かべた。俺は何故かエリシアがアイラを保護するよう指示したことで、アイラと再会することを予期していたものの、彼女としては衝撃的な光景だろう。


 男は、アイラをその場に放り出すと、細身の剣を引き抜いてアイラの腹部を刺す。


「んんーっ!?」


 くぐもった絶叫。

 続けざまに振るわれた蹴りで、アイラは完全に気絶したらしく、その場で動かなくなってしまった。


「……取り乱さないのか」

「死なないように配慮した刺し方だった。そのくらいは見ればわかる」

「なるほど。手を抜いて勝てる相手ではなさそうだ」


 正眼に構えつつ、敵を観察する。

 抵抗する女性一人を易々と抱えていた割には、細身で頼りない印象を受ける。しかし、剣の握り方や佇まいからは、洗練された強さが感じられた。


「参る!」


 男は長い髪を振り乱し、こちらに駆け込んでくる。

 間を図るような素振りが一切ないのは、実力の欠如か、あるいは絶対的な自信からか――初撃を受け流した直後、後者であることを俺は確信した。

 この男の剣技は、とにかく鋭い。

 一撃は重くないものの、角度と速度の組み合わせから生まれる連撃の幅は、恐るべき脅威であった。


 しかし。

 ここ最近、俺はマリオンに鍛錬の相手をしてもらっていたのだ。手数を恃んだ剣技なら、もうすっかり体が慣れている。

 俺は相手の半分以下の手数しか繰り出さなかったが、それでも次第にこちらが優勢になる。

 焦った表情で後退した敵に、俺はニヤリと笑って見せた。


「どうした、驚いた顔をしてるな」

「くっ……貴様、いったい何者だ!」

「ただの盗賊だよ」

「あ、ありえない……僕は先月の武術大会で十位に入ったんだぞ……!」

「それがどれくらい凄いのかは知らないけど、この程度の剣なら、達人の域には程遠いな」


 俺の煽りは効果覿面だったようで、男は血管が爆発しそうなほど顔を赤くし、咆哮した。

 正直、魔法使いなら危険なのだが、魔法は持っていない様子。ここまで心気を乱した上、切り札もないような相手ならば、最早負ける道理はなかった。

 俺が剣を鞘に納めると、敵の怒りゲージは最大値を突破したようで、わけのわからぬ怒声とともに突っ込んできた。


「よっ、と」


 怒りで動作が大きくなり、素早さという利点を自分から捨てた男は、隙だらけだった。

 手首をスッと掴み、全身を使って投げ飛ばすと、男は屋根に背中を強打するかたちで落下した。一応、とどめとして顔面を踏みつぶすと、容易く敵は気絶する。


 殺さなかったのは、情報を引き出すための捕虜にしようと考えてのことだ。

 なぜか心の中でエリシアに褒められることを期待している自分に困惑しつつも、俺は近くで倒れたままのアイラに駆け寄った。





     ☆





 隠れ家にアイラを連れ帰り、応急措置を済ませてから数分。

 俺の部屋に、治癒魔法の遣い手であるアルさんがのそのそとやってきた。


「アルさん。治せそうですか?」

「………………このくらいなら問題はない」


 アルさんの後ろにはエリシアもいたが、険しい表情で腕を組んでいたので、話しかけないことにした。

 アルさんは、俺の寝台に横たわるアイラの腹部に手を添えると、目を閉じて眉を顰めた。すると、その指先から黒っぽい軟膏のようなものが流れ出し、傷口を覆う。


「これは……」

「薬だ。俺の魔法は、薬を作り出すこと。もちろん、薬は使い方次第で毒にもなるから、毒を作り出す魔法と言い換えることもできる」

「なるほど」


 単に治癒を行うだけの魔法ではなかったらしい。

 アルさんが手を放した頃には、驚いたことに、すっかり傷は治っていた。

 そして――回復したアイラが、ゆっくりと目を開く。


「アイラ! よかった……」

「……コタロー、さん?」


 身を起こしながら「ここは」と呟くアイラは、エリシアとアルさんの姿を見て固まる。

 知り合いである俺が間に入るべきかと口を開きかけた俺だが、真に驚くべき光景が繰り広げられるのはここからであった。


 なんと。

 アルさんは、片膝を床に立てたかと思うと、深く深く頭を垂れたのだ。


「…………え、えっと」


 困惑した様子のアイラだが、アルさんは姿勢を崩さない。

 対照的に、エリシアは敬意など微塵も籠っていないような態度で目を背けている。


「お迎えに上がるのが遅くなり、申し訳ございません。古い知り合いから事情はお聞きしていたのですが」

「……まさか、あなた」

「アル・グレイと申します」


 ハッとしたように目を見開くアイラ。

 そうか、俺の見立てでは彼女は貴族の出自であるはずなのだ。元・騎士のアルさんが敬意を払うのはおかしくない。


 しかし、エリシアが低い声で投げかけた言葉に、思わず俺はあんぐりと口を開くことになった。


「さて。困惑してるところ悪いけどね。この筋肉馬鹿があまりに口下手だから、ボクは状況を十分に把握できてないの。いろいろと聞きたいことがあるから、答えてもらうわよ。ねぇ、アイラ……いえ、正しい名でお呼びしましょうか。



 ――アイリーン・フレンシア姫殿下」


 ……。

 …………。

 ………………静寂。


 夢でも見ているかのような気分で、ぎこちなくアイラの顔を覗き込むと。

 その表情は、エリシアの放った呼称こそが真の名であることを、雄弁に語っていた。

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