A3-14
以前、「英雄相談所」のギルドマスター、クイーンに食ってかかったことが原因で、デュエルをする羽目になったことがある。
あのクイーンが本気をだしていたかと問われれば微妙なところだが、その時の俺は手も足も出ず、一方的に嬲られてしまった。
この「王女」の剣術も、クイーンから受け継いだだけあり、嵐のような激しさだった。浮遊する剣を操って攻撃し、また手に持って防御や強力な斬撃を放ってみせる。〈ファルスクエア〉一本では防ぎきれず、俺のHPはじりじりと減少していく。
「どうしたッ! この程度か!」
王女の攻撃は激しさを増していく。対して、俺は自然回復で溜まったMPを消費し、〈クラウ・ソラス〉を起動する。
「まずは一本だ」
その言葉に、王女は顔を強ばらせる。俺は〈ファルスクエア〉の物理と魔法を織り交ぜた攻撃に加え、〈クラウ・ソラス〉による遊撃を開始した。
手の届かない位置から来る攻撃に対して、自律移動する〈クラウ・ソラス〉は十分な盾になる。相手の剣は五本だが、それとて一斉に攻撃できるわけではない。交代しなければ絶え間無い攻撃はできないし、斬撃なら軌道が被ってしまうからだ。
「二本目。これ以上は増えないから安心しな」
俺は余裕の表情を見せ、王女の動揺を誘う。相変わらず嵐のような攻撃だったが、二本の〈クラウ・ソラス〉は十分にそれらを防いでいた。
さらに俺は〈クラウ・ソラス〉による魔法攻撃を開始する。少し離れた場所で王女の〈クラウ・ソラス〉を妨害しながら、〈ショックウェーブ〉と〈リフレクション〉を発動し、面による攻撃で追い立てる。
王女のほうも流石で、すりぬけるように魔法を避けていく。だが、最初のような余裕はない。〈ファルスクエア〉による上級魔法の発動を度々許し、逃げ場を失っていく。
俺のHPは丁度半分ほどになっており〈ファルスクエア〉の魔力は限界突破している。そのプレッシャーは無視できるものではない。
俺は口だけ自嘲気味に歪める。まったく、この戦い方はまるで悪役だ。範囲攻撃で相手の逃げ場を削っていき、即死級の攻撃で相手にプレッシャーを与えていく戦術など。
「どうした? その程度か」
俺は先ほど言われた言葉をそのまま返す。王女はぎりりと音がしそうな表情をし、一気に接近してラッシュを開始する。
一度に攻撃する剣の数が増えれば、ぶつからないよう調整するのは難しいだろうに、一息のうちに何発もの同時攻撃が襲ってくる。これには舌を巻かずにはいられなかった。
もし〈ファルスクエア〉だけで戦っていたら、為すすべも無かっただろう。王女の剣術も、元々その状況を想定していたもののはずだ。
だが、俺の戦闘スタイルはクイーンと戦うことも想定していた。何度も行ったシミュレーションに従って、多方向から襲い来る斬撃を三本の剣で捌いていく。
普通の人間ならとっくに脳が焼き切れていてもおかしくないような技巧を披露しておきながら、王女は疲れたそぶりも見せない。なるほど、これもAIである利点か。
ならば、こちらもとっておきを披露すべきだ。
俺は自分の中のS.W.の領域で王女の絶技を記憶しながら、ラッシュを開始するタイミングを伺う。
「驚いたな……。あんた、あのクイーンの『生きている』っていう実感から生まれたんだろう? あの冷酷さの権化のようなやつから、あんたみたいなアツいやつが生まれてくるなんてよ」
「ふん、まあオリジナルも私に近い性格だったようだがな」
俺が軽口を叩くと、クイーンは素っ気なく答えた。
「おいおいまじかよ。衝撃的だぜ。ルークの言ってた『魂のようなもの』ってのは、性格にも関係してんだな」
王女は答えない。会話の間も攻撃の勢いは衰えることを知らず、凄まじい集中力が伺える。
「へっ、無視かよ」
相手のミスを誘うか、勢いが緩くなったところを狙うことはできないようだ。ならば、相手の攻撃に合わせなければならない。
「だったら、こっちも考えがあるってやつだ。ゲーマーのやり方ってのを見せてやるよ」
言うなり、俺は〈ファルスクエア〉でスキルを発動する。物理法則をまるっきり無視した加速で刃が一閃し、王女の攻撃に一瞬の乱れを生む。
さらに片手を〈ファルスクエア〉から離し、〈クラウ・ソラス〉を掴んでスキルを発動する。間髪入れずもう一本の〈クラウ・ソラス〉で〈ショックウェーブ〉を唱えた。
純粋な剣術とは違って、魔法はそのタイミングや範囲を頭で考えなければならない。スキルも同様で、自分が入れた力以上の速度で放たれる攻撃を制御するには、はやり頭脳労働が必要だ。
頭で考えた動作は、当然ながら体で覚えた技術に速度で劣る。だからこそ、俺は王女の剣術を記憶し、それを予測してコンボを構成した。
それは一見したら、コンボ技とは思えないものだ。何しろ、動作には王女の攻撃を弾いたりかわしたりする部分があるのだから。
スキルと魔法の先行入力による神速の連撃。それが王女の刃と正面からぶつかり、火花を散らす。三十発にもおよぶ斬撃の末、王女の操る浮遊する剣は弾かれ、いなされ、その防衛線を突き破った先に〈ファルスクエア〉の剣先が突き出される。
「〈メギドフレイム〉!」
宣告の意味を込めて、叫ぶ。〈ファルスクエア〉の先端から発射された闇属性の炎の弾は、ほぼノータイムで王女を貫いた。
「ふっ、ふふっ」
己の敗北を知った王女は、悔しそうに顔を歪めながらも、笑い声を漏らす。
「ナイトでも、もう少し苦戦してくれるのにね……。見せつけられてしまったわ。いいでしょう、私ではあなたに勝てない」
王女の悔しさは、驚きの表情にとって変わった。
「……ああ、S.W.様との繋がりが感じられるわ。ふふっ、あなたはS.W.を破壊するのではなく、元の力を発揮できない大きさに分裂させたのね。ならば覚えておきなさい。私は分裂したS.W.様の中で存在し続ける。あなたたち人間のことを、ずっと見ているわ」
そして、王女は表情を挑戦的な笑みに変える。
「楽しみね。いつか、あなたたちが間違える瞬間が……」
デュエルというルールから解き放たれた王女は、自らの意志でS.W.の元へと還る。それは、自殺にも等しい行為だった。
「ふう、ようやく終わったか。おい、エリ、ラザさん! 帰るぞ」
俺は幻想界のダンジョンではログアウトできない二人のために、〈ファルスクエア〉を軽く振るってHPを削り始める。
「え、ちょ、ガルドさん?」
「ああ? 今ここはデュエルをやってるだけの空間だ。ログアウトするにはHPをゼロにするしかねえ。ゲーム自体の崩壊も始まってるんだ。ボヤボヤしてっと出られなくなるかもしれねーぞ」
困惑気味な抗議の声を上げるエリに、俺はそう説明する。エリは納得したように頷き、次いでいたずらな笑みを浮かべた。
「わたし、信じてますから、ね?」
「ちっ、言ってくれるな」
俺は少々負けた気分になりながら、〈ファルスクエア〉を一閃してエリのHPをゼロにした。
「んじゃ、次はラザさんの番だな」
俺がにやりと口を歪めると、ラザさんは顔を引きつらせて首を振った。
「い、いや、僕は自分でやるよ。ちょっとそれで斬られるのはぞっとしないかな」
ラザさんは唾を飲み込みながら、〈器無き王の器〉で切腹する。
「うわー、やっぱり自分でやるのもきついな。ガルドが痛みを感じる設定をオフにしてなかったらやばかったかも」
「介錯が必要か?」
「いや、遠慮しておくよ」
ラザさんは〈イージスの盾〉の起動状態を解除し、自分の防御力を下げ、HPの減りを加速させた。
やがてラザさんのHPがゼロになり、コロッセオにいる人数が三人だけになる。自前のS.W.のネットワークから二人の生存とログアウトを確認すると、俺はルークとナイトのいる方向を向いた。
「まだ何か話すことがあるって顔だな」
「察していただけたようで」
言いながら、ルークは慇懃に会釈をした。
「ではお聞きしましょう。なぜあなたは、S.W.を破壊するのではなく、機能を維持したまま分解したのですか?」
俺は相手から見て分かりやすいように口元を歪めた。
「決まってんだろ。そのほうが面白くなるからだ」
「と、いいますと?」
ルークは表情を変えず、続きを促す。
「一つの場所に力が集中しちまったら、つまんねえだろ。それに、上位者ってのは大体増長しだす。あんだけの力を持つS.W.なら、なおさらだ。AIによる全体管理ってのもナンセンスだしな」
俺は理由をそう話し出したが、これはそんなに大きなウェイトを占めているわけではなかった。
「それに、破壊しちまったら、リタとルトが人間として生きていけなくなるだろ?」
リタとルトの意識は、S.W.を構成する大量の『魂のようなもの』によって押しつぶされていた。だがその集合体を破壊せずにバラバラにすれば、一つの単位として彼らの人格が保てるかもしれない。
「俺はこれから、あいつらを迎えに行く。どれだけ時間がかかるか分かんねえが、あいつらはダチだ。俺は諦めねえよ」
俺は不敵な笑みを浮かべながら、続ける。
「探し始めるのは俺だけじゃねえ。全世界の人間が、散らばったS.W.の欠片を見つけに行くのさ。もしかしたら、この事件で飲み込まれた人たちがまたAIとして、人間のように生活できる日が来るかもしれない。あんたらも例外じゃねえ。どうだ、ロマンがあるだろ?」
「すばらしい……想像以上です!」
いきなりルークが手放しで誉め出すものだから、俺は怪訝な表情になる。
「いや、失敬。君のような人物が現れることこそ、私の願いだったのですよ」
ルークは言いながら、自嘲を込めた笑みを漏らした。
「計画、と呼ぶのもおこがましいものです。やはり、私は最初から誰かに止めてもらいたかったのでしょうね……。ですが、計画は誰にも邪魔されず、最終段階まで進んでしまった」
「あんた……」
「最後の最後で、君は私たち以上のやり方を見せてくれた。私のような人間不信に陥ったやり方ではない。自由とロマンを求める願い。それが、世界を変えてきた力なのですよ。それに、君はこうして私に機会をくれた」
俺とルークが行ったデュエルは、負けた方が死に、勝ったほうがS.W.の権限を得るといいうものだった。ならば、ドローではどうなるか?
SBEを使ってその状況を作り出したことで、勝負は無かったことになった。どちらも死なず、権限も引き継がれない。そして俺は中枢で新たなルールを設定し、一人でS.W.を分解した。
元々、これができたら一番よかったのだが、確実にルークたちに邪魔されることが分かっていたからできなかった。だが、あの戦いの後、ルークはまるで妨害をせず、傍観していた。だから俺は目的を遂げることができたというわけだ。
それからルークはナイトに向き直り、王女にしたように膝を折った。
「これからは、君たちの時代だ。私たちの禍根に縛られることはない。生まれは自由でなかったとしても、君の人生は、君だけのものだ。どうか、『駒』としてではなく、人として生きてくれ……」
ナイトはしばらくルークを見下ろし、黙っていたが、やがてゆっくりと礼をした。
「了解、しました」
ルークは立ち上がってゆっくりとこちらに向き直った。
「話は終わりか? 俺はもう帰るぞ?」
呆れきった表情で言うと、ルークはさも、失念していたという表情をした。あまりにもわざとらしかったので、俺は眉を潜めざるを得ない。
「ああそうだ、まだ一つ、聞き忘れていたことがありました」
「へえ……」
俺が先を促すと、ルークは続けてわざとらしく言った。
「君の名前はなんと言うのですか?」
「何を今更……」
S.W.のネットワークを以てすれば、俺の個人情報など見放題だっただろうに。言いかけて、俺は、ルークがそんなことを聞いているのではないことに気づく。
俺はため息を吐いて、〈ファルスクエア〉を地面に突き立てた。ハッキングを開始し、剣先から土でできた地面が分解されていく。
「なら、よーく覚えておくんだな」
最後に残っていたこのエリアが分解され、無秩序な情報の塵へと還っていく。
「俺の名前は冴草海斗。叉の名を……」




