A3-11
ポータルを抜けると、そこは前と同じように、なにもない、真っ白な空間だった。
「へっ、揃ってお出迎えかよ。暇なのか? あんたら」
その奥に、俺はあの三人の姿を認める。老人の姿をした「ルーク」。クイーンと同じ姿をした「王女」とやら。そして甲冑なのかパワードスーツなのかよく分からない装備の「ナイト」。
「やることは山ほどあります。まあ、九割方終わっていますがね。ですが、あなた方は大事な客人だ。もてなさないわけにはいかないでしょう?」
俺の軽口に、ルークは慇懃に答える。
「そうかよ。さしずめ、俺らは外交官ってやつか? なら、用件を伝えないとな」
ルークはさもありなんと頷く。
「要求は二つだ。今すぐこのゲームのシステムを停止させ、日本本国に捕らわれている人たちを解放しろ。で、S.W.のデータごとリタとルトをこちらに引き渡せ」
言い放った言葉は、予想通り、拒否される。
「それはできない相談です。S.W.は我々にとって希望そのものだ。もう少しで、これは完成する。それには、今の状態を維持する必要があるのですよ」
「へえ、そうかよ」
俺は声を低くして言い、見せつけるように獰猛な笑みを浮かべる。
「やっぱ、殺しあうしかねえってやつか? あんたらが死ねば、システムを制御するやつはいなくなるもんなあ!」
その言葉を皮切りに、俺たちは獲物を抜く。ルークも〈エクスカリバー〉を起動し、後の二人もスフィアーツを起動した。一色即発の状態。だが、俺はその状況を鼻で笑ってやる。
「とでも、言うと思ったかよ!」
叫ぶと同時に、この空間に向けて大規模なハッキングを開始する。真っ白だった空間には大地ができ、空ができ、そして周囲は観客席で囲われる。瞬時に、ここはホームタウンにあるコロッセオと同じ景色になった。
「デュエルをしてやろう」
俺は〈ファルスクエア〉を地面に突き立て、そう宣言する。
「今からこの空間は、ただのゲームになる。相手のアバターを殺しても、現実世界のプレイヤーは死なないし、痛みも感じない。ただ、決着だけがある」
「そんなっ! この一瞬で書き換えたというの!」
真っ先に反応したのは王女だった。俺は鷹揚に頷く。
「おおそうさ。書き換えたというより、呼び出したってほうが正しいがな。で、どうだ? デュエルでもしようぜ」
俺が手招きして挑発すると、やはり真っ先に王女が言葉を返す。
「ふんっ、何を無駄なことを。それではあなたが私たちを殺しても何の意味もないわ。こんな大規模なハッキングができるなんて、少しはやるようだけれど、使い方がまるでなっていないわね」
俺はオウムになったかのように、大げさに頷く。王女はもう完全にトサカにきているようだ。ぎりりと音がしそうな表情をしている。
「何の意味もない。そう、その通りだ。だが、その意味のないことに意味を見いだすのがゲーマーの性ってやつでね」
俺は〈ファルスクエア〉を地面から引き抜き、肩に担ぐようにして構えた。そして足を前に踏み出す。
「エリ、ラザさん。二人には足止めを頼む。死んでも特に問題はねえから、気兼ねなくやってくれ。ま、あんまり時間はかけねえよ」
俺が先ほどまで〈ファルスクエア〉を突き立てていた場所から、火花が散る。S.W.の力添えがあるとはいえ、このハッキングには時間が必要だった。注意をそらすために〈ファルスクエア〉を地面から引き抜いて担ぐというパフォーマンスをやってみたわけだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「ロケーションチェンジ」
俺とルークが同時に転送されるときのエフェクトに包まれても、ルークとナイトは微動だにしなかった。ただ、王女だけが焦燥に顔を引きつらせていたが。
「んじゃ、頼むぜ」
俺が振り返っていうと、ラザさんが困ったような笑みで、エリが腹黒い笑みで答える。
「任せてください!」
かくして、俺は先ほどまでいた所から、さらに中枢に近いエリアに移動する。俺の中のS.W.の領域が、ここはリタとルトが同化したことによって完成したS.W.が、新たに作った領域らしいことを伝えてくる。
そして、全力で踏み込んでも届かないぎりぎりの距離に、ルークが泰然として現れる。
「なあ、あんた」
俺は感嘆と不気味さが入り交じった感情を抱えながら、問うた。
「まじで意味分かんねえよ。絶対さっきのハッキングに気がついてただろ。なのに何故、何もしない?」
ルークはゆっくりとした動作で、目線を合わせる。
「クイーンが君に接触したようですね」
「あ?」
「ならば、君との駆け引きを私が拒否する権限はない。何なりと、質問をしてよいですよ」
その言葉とは裏腹に、ルークは〈エクスカリバー〉を正眼に構える。老人のような見た目と相まって、そこには見落としようのない威厳のようなものがあった。
「ったく、意味わかんねえよ。ああそうだ。念のため言っておくが、ここは正しく幻想界の領域だ。そしてデュエルのためのコロッセオでもある。さっきこのゲームのシステムに、管理者権限をかけたデュエルを申請してやったんだよ。俺とあんた。勝った方が、このゲームの管理者権限を手に入れる。案外簡単にできちまうんだな、これが。拍子抜けだぜ」
俺は大げさに方をすくめ、できるだけ軽々しく話す。
「こっちは正式なデュエルなんでな。あっちとは違って、負けたら死ぬし、相手の同意が必要なんだよ。どうだ? あんたらはあの王女を介してしかシステムに介入できねえんだろ? 願いかなったりだ」
対して、ルークは低い声で笑った。
「いいでしょう。それがあなたの選択というのなら!」
この後に及んでまだそんな発言をするルークに、俺は苦笑を禁じ得なかった。
「本っ当に、あんた、わけわかんねえよ。まあ、そういうことなら、洗いざらい喋ってもらうぜ!」
さて、ここからはエリたちの活躍の話なのだが、当然俺はその場に居合わせていなかった。それでも俺がその様子を詳細に話すことができるのは、一重にエリが恩着せがましくその武勇伝を聞かせまくったからだ。
だが、俺がその内容を鮮明に覚えているのは、やはりそれが衝撃的なものだったからに他ならないだろう。
「ガルドさん。やっぱり一人でリスクを背負おうとするんですね……。あのルークっておじいさんと決闘をするために道ずれにしたわけですよね?」
「まあ、確かに。でも、もともと三対一でやるつもりだったみたいだし、大分リスクは下がったんじゃないかな?」
ラザさんがエリの小言を宥めるように言うと、エリは「仕方がないですね」とばかりにため息を吐いた。
「はあ、頼まれたのは嬉しいですし、今はそういうことにしてあげましょう」
エリとラザさんがナイトとクイーンに向き直り、再び獲物を構える。
「ナイトっ! このままではルークが危ない。急いで片を付けるわよ!」
「そうだな。そうするとしよう」
急な展開の変化に、焦った声を上げるクイーン。それに対して、ナイトは冷静に返す。
「ちょっと、少しは危機感を持ったらどうなの?」
「ふむ、ルーク様がただで落ちるとは思えないがね。時折、あの方の考えていることが分からなくなる」
「だったら自分で判断するべきよ。あなたは人間でしょう?」
「ふむ、一理ある」
クイーンは四本の宙に浮く剣を準備し、ナイトは鞘から赤く光る剣を引き抜いた。
「あの少年が言うことが正しいのならば、君たちは何も心配することはない。せいぜい楽しませてくれたまえ」
のんびりとした言葉の響きの直後、爆発するような踏み込みの音がし、ナイトが一気に突っ込んできた。ラザさんがなんとか反応し、エリを攻撃からかばう。〈イージスの盾〉と〈ロゼッタブレード〉がぶつかり合い、金属が擦れ合う耳障りな音が反響する。
RPGにおける多対多の戦闘では、戦力は必然的に前衛と後衛に分かれる。この場合ラザさんが前線で攻撃を受け止め、エリが攻撃を受け止められて足が止まった敵を狙い撃ちするのがセオリーだ。
反撃を警戒して距離をとったナイトは、恐らくそれを見て驚いたはずだ。なぜなら、エリはその瞬間、戦闘とは全く関係のない行動をとっていたのだから。
エリは、その場で祈りを捧げていた。
本人曰く、そのポーズが一番しっくりくる、だそうだ。それは純粋に脳の作業だから、確かに身体の動きと連動させたほうがやりやすいのかもしれない。
そして、エリが事前に「期待していてくださいね」と言った切り札が発動する。
一瞬、周囲の空間が歪むほどの、大規模なハッキング。当然、その時のエリにそんなことはできないから、それはコロッセオの「外」からやってきたものだ。
暴風が吹き荒れ、コロッセオの土を巻き上げる。そして、まるで流れ星か何かのように、それが降ってくる。
危険を察知したナイトがその場を飛び退き、さっきまでナイトがいた地点にそれが直撃する。さらに土埃がひどくなり、一同の視界を奪う。
「じゃじゃーん!」
土埃が収まり、姿を現したそれは、派手な登場の仕方とは裏腹に小柄で、気の抜けた囃子を言ってのけた。
細い手足と、巨大な剣。物理法則的にあり得ない組み合わせの姿。
「エリお姉ちゃん、久しぶり! ラザさんも!」
それは、ルトだった。
エリはルトに近づき、その頭を撫でる。
「来てくれてありがとう。ルトちゃん。ガルドさんの前でできなかったのが心残りだけど、上手く行ってよかった」
「えへへ、そうだね。そのために登場の仕方も派手にしたのになあ。ま、仕方ないね」
ルトは準備運動とばかりに〈ヨトゥンヘイム〉をぶんぶん回し、威嚇するように地面に突き立てた。その反動で自分も飛び上がり、剣の上に着地する。
「これはこれは。まさか英雄がここに来るとは。まだ『生きて』いたのか?」
ナイトが驚きを隠せずに言うと、ルトがふるふると首を振った。
「ううん。このボクは、もう生きているなんて言えないよ? もしもの時の為にって、戦闘の時の記録をエリお姉ちゃんに託していただけ。それをこのゲームに残っている死に(、、)アカウントと一時的に繋げているだけで、本体はS.W.から離れられない。一応フィードバックはするけどね」
断定はできないが、この時点でのルトは一応本体との繋がりを持っていたらしい。だが、それもこの時点までで、戦いが終わったら、ルトは正しく、S.W.の一部となる。
「ねえ、お兄さん。ボクは、お兄さんがどのぐらい強いか知りたいな」
だが、そんな未来が決定されていても、ルトは心底楽しそうに笑った。
「そう、死ぬ気で、ね?」




