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ドリーミング・レジェンド  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
ACT3 「夢見る伝説」
57/62

A3-10

「……は? なんだよそれ」


 俺が当惑して言うと、エリは笑みをいらずらっぽいものに変えた。


「ガルドさんがリタさんから力を貰ったのと同じですよ。ガルドさんのほど強烈なやつじゃないですけど、これはルトちゃんからの贈り物ですね」


「まじかよ……」


 俺が驚きを露わにすると、エリは得意げな表情になり、しかしすぐにばつの悪そうな顔になった。


「といっても……干渉力とアクセス権限は皆無みたいなので、こうやって接触していないと効果を発揮できないんですよね。でも、ガルドさんのを消すだけなら十分ですよ」


 俺は慌ててエリから手を引きはがそうとするが、エリは予想以上の力を込めてそれを拒否し、放さない。


「わたしが聞きたいのはですね」


 エリは俺の目を正面からのぞき込み、有無を言わせぬ圧力を放っている。いつもは快活な印象を与える茜色の瞳も、この時ばかりは相手を捕らえて放さない光を伴っていた。


「ガルドさんが、本当に、その役割を望んでいるのかどうかです。だって、ガルドさんは頼まれただけじゃないですか。それで命を賭ようなんて、お人好しが過ぎます」


「俺は……」


 理論と感情。どちらが先だったのだろうか。はっきり言って、これまでの行動はほとんど惰性だ。それができる力があったから、その通りにやった。なにせ、俺が事を始める前に、いろいろな事が、既に終わってしまっていたのだから。


 『俺』なら、どうする。どう考える?


 そう「考えて」、俺は自嘲気味に笑みを漏らした。そんなものは、決まっている、考えるまでもない。それは、自分のことなのだから。


「わりい、それでも引くわけにはいかねえよ。あいつは、リタはもう俺たちの仲間だ。それにな……」


 終わっている、ということは、それが既に変わることのない事実だということだ。


「やつらは、ジル先輩の仇だ」


 今度は、こちらから目を合わせる。しばらく俺とエリは色気のいの字もないまま、じっと見つめあった。やがて、エリが微かな笑みとともに顔をそらす。


「やっぱり。まあ、そう言うとは思っていました。止めはしません、けど」


 先ほどまでの真剣な表情はどこへやら、いつものテンションになったエリは、いたずらな笑みを浮かべた。


「絶対、帰ってきてくださいね。約束ですよ」


「ああ、約束してやる」


 そうして、俺は部屋を出ようと振り返る。が、そこにエリの声が割り込んだ。


「ああ、そういえばまだ話がありましたね」


「まだあるのか?」


 そう返して、元の位置に戻ろうとした矢先、俺は突然背後から抱きつかれた。なにやら柔らかく好ましい感触が、背中に押しつけられる。小さな手が、俺の服をしわができるほど握っている。


「わたし、ガルドさんのこと、好きですよ」


 唐突すぎる言葉に、俺はほとんど硬直して黙りこくった。


「ああ、ガルドさんがジル先輩に向けていたほどではないですけどね。でも、日本のライトノベルには、こんな素敵な言葉があるんですよ? 『好きになる努力』ってね」


 日本の経験のない青少年なら、ここで顔を赤らめるなり、取り乱すなりするのだろう。だが、俺の場合はそれ以下の対応だった。


「そうかよ」


「ふふっ、わたし、これでも告白されたことはあっても、告白するのは初めてなんですよ? その反応はないんじゃないですか?」


 そう言うエリは、最高に楽しそうな声音だ。ふっと抱擁を解き、エリは俺を振り返らせる。


「ですから、ガルドさんは死んじゃだめです。愛する人が死ぬことの苦しさを一番知っているのは、ガルドさんでしょう?」


 その身も蓋もない言葉に、俺は苦笑した。ふと視線をそらすと、そこではラザさんが声を殺して爆笑していた。


「なんだよ、ラザさん」


「いや、いや。なかなかいいものを見せてもらったよ」


 俺はわざとらしく肩をすくめる。


「感想は?」


「甲斐性なし」


「ほっとけ」


 まったく、大切なものは近くにあるってのは本当だ。


「エリ」


「はい」


 もともと美形のアバターだが、返事をしたエリの笑顔は、それこそ花が咲くようなものだった。


「ありがとな」


「はい!」


 エリは、かけがえのないものを俺にくれた。


 全てが終わって、次があるということ。それは、とてもすばらしいことだ。







 その夜。ずいぶんと遅くに電話が鳴った。


「おう、トリシアか。どうしたんだ? こんな遅くに」


 電話をかけてきたのは、義理の妹、カナダ在住のトリシアだった。幻想界で戦い始めてからも時々話したりはしていたが、それは日々の報告みたいなもので、そんな重い雰囲気ではなかったはずだが……。


「お兄ちゃん、今日はね、大事な話があるの」


「なんだよ、改まって」


 緊張がこちらにも伝わってきそうな声音だった。


「お兄ちゃん……幻想界ってところで戦ってるんだってね」


 その内容に、俺の表情は瞬時に凍り付く。頭がフル回転し、俺はすぐに言葉を返した。


「誰から聞いた?」


 とは言っても、ほとんどその答えは予測できていた。


「……エリさんです。前、お兄ちゃんにゲームのこと教えてもらったときに、連絡先を……」


「なるほど」


 まったく、抜け目のないやつだ。今の俺とは別物とはいえ、全然気がつかなかった。


「なんで? 幻想界って、そこでゲームオーバーになったら死んじゃうんでしょ?」


 トリシアの問いは至極真っ当だ。何を好き好んで、ゲーム内で死ねば本人も死ぬ場所で戦わなければならないのか。


「金だよ」


 幻想界のダンジョンをクリアすれば、VR技術に関する情報へのアクセス権が得られる。それを売る市場を開拓したのが、リタだった。


「政府と……親父の援助で生活すんのは、もう嫌なんだよ。俺は一人で生きなきゃならねえ。そう決めたんだ」


 動機かどうかは別として、そう思っていたのは確かだ。だからこそ、バイトとしてVRによるソフト開発とかをやっていたのだ。


「やっぱり、本当の理由は話してくれないんだ……」


 俺がそういった話で誤魔化そうとすると、トリシアは想像を越える言葉を放った。


「実は、エリさんに聞いたんです。お兄ちゃんが幻想界で戦っているのは、今の日本を……お兄ちゃんのお母さんみたいな犠牲者を増やさないためだって」


 事実無根の話に、俺は表情を消した。まさか一部だけ話して俺に電話させるようにけしかけるだけではなく、事実とは異なる話を吹き込むとは。


 まったく、エリ、お前は最高に腹黒な女だよ。


 俺は内心ほくそ笑みながら、表情はまじめに言い返してやる。


「確かにそうだ。あいつめ、余計なことをやってくれるな……」


「なんで理由を誤魔化そうとしたの?」


「そりゃあ、突拍子もない話だからな。金ってほうが、よっぽど現実味があるだろ。で、お前は俺にどうして欲しいんだ?」


 あえて突っぱねるように質問を返す。するとトリシアは素直に怒ったような声音になった。


「で、じゃないよお兄ちゃん。まったく、どうして男の子ってこんなんなのかな。あのね、わたしよりお兄ちゃんの近くにいるエリさんが止められなくて、わたしがお兄ちゃんを止められるわけないでしょ」


「確かにそうだ」


「もう! お兄ちゃんったら! でもね、こっちにも考えがあるのよ。止めても行くんだったら……」


 そこまで強気だったトリシアが、急に力をなくしたかのように口ごもった。


「おい……」


 急に訪れた沈黙に耐えかね、俺が声をあげると、それにかぶせるようにしてトリシアが言った。


「パパと……話してよ」


 その言葉を聞いた瞬間、疑問よりも、怒りが噴出した。いったい、この義妹は何を考えているのだろうと。


「っ! この状況を話せってか!」


「そうじゃない! ただ、ちゃんと話すだけでいいの。エリさんは言ってた、次が、お兄ちゃんにとって最後の戦いになるって。それが、すごく、危険なことだって……」


 トリシアの必死な説明に、俺はひとまず矛を納める。トリシアの言いたいことはわかる。だが、それに納得して従えるかどうかは別の話だ。


「話すことなんてねえよ」


「そんなこと言わないでよ……。お兄ちゃんとパパは、親子でしょ? それに、パパだってよく昔のお兄ちゃんのお話をしてくれるもん。とっても、優しい子だったって」


 五年という歳月であるが、俺にとって、まだ日本という国が存在していた頃の話など、遠い昔のことのように思えた。俺に、お転婆な弟がいた頃の話なんて。


「よく、エリの話を信じる気になったな。俺なら絶対信じないぞ」


「わかるよ。だって、最近のお兄ちゃん、なんだかおかしかった。あんまり電話に出てくれないし、ツッコミもあんまりキレがなかったよ。話し方が妙にうまくなったし、絶対、何かあったって思ったもん」


「そうかよ」


 話題をそらすための言葉だったが、うまい具合に返されてしまった。


「ハッ、まったくしょうがねえな。話せばいいんだろ話せば。言っとくが、手加減はできねえぞ」


「もう、なにそれ。お兄ちゃんったら」


 ちょっと待っててねとトリシアが言い、廊下をぱたぱたと走る音が受話器越しに響いてくる。


 親父と話すのは、いつぶりだろうか。いや、それはもう分かりきったことで、四年も前のことだ。


「海斗」


 四年越しに聞くその声は、一度聞いただけで、親父だとわかるものだった。


「よう、親父。元気にしてるか?」


「ああ……。ずいぶん、大人っぽくなったな」


「そうかもな。そっちは変わりねえようだ」


 会話は途切れ、沈黙が横たわる。俺は自分から話題をふるつもりはなかったし、親父も親父で何を話すべきか迷っているようだ。


「毎月、生活費を送っているだろう。なぜ受け取らないんだ?」


 ようやく出てきた話題は、そんなものだった。


「いい感じのバイトが見つかったからな。VR関連のやつだ。俺にできるんだし、親父もやったらどうだ?」


「いや、私はどうにも馴染めなかった。仕事は前と同じだよ。それより海斗、なぜなんだ?」


「決まってるじゃねえか。あんたは、もう俺の保護者じゃねえ。収入的にも扶養に入らねえよ。あんたには、俺を養う義務なんてねえんだ」


「いや、だが……」


「だが、じゃねえよ。仕事が前のままってことは、余裕なんてねえだろ。なのに毎月律儀に送りやがって。送り返す身にもなれよ。あんたにはトリシアを養う義務があんだろうが」


 再び、沈黙が訪れる。その間に、俺は親子の関係がどうしようもなく変わってしまったことを実感していた。原因を作ったのは親父だが、拒絶したのは俺だ。


 だが、こんなはずではなかった、という思考が未だに頭の中から消えない。俺も、親父も、こんな話し方などしなかった。親父はいつも明るくて、海外でもそのコミュニケーション能力を十分に生かし、ジャーナリストの仕事をしていた。そして俺と弟は、海外でのみやげ話をこぞってねだったものだ。


 それは、もうそれは戻らない過去だ。


「海斗」


 だが、親父は俺の名前を呼んだ。


「おまえは、私の息子だろう?」


 俺は舌打ちをした。


「ああそうだ。そうに決まってんだろ。だが、俺はもう一人で生きていける。あんたが俺に構うことなんて、ねえんだよ」


 もう一度訪れる沈黙。その間に親父は嘆息したような、微かなため息を吐き、そして言った。


「……そうか」


「ああそうだ。じゃあな、親父。もう会うこともねえだろうよ」


 もう話すことはない。だが、知らず知らずのうちに、俺は口を開いていた。


「親父」


「なんだ?」


「……元気でな。じゃねえとトリシアが可哀そうだ」


 受話器を置いた。


「くそっ!」


 妥協するつもりはなかった。親父には自分がやったことの報いを受けさせるべきだと思っていたし、むやみに激昂するつもりもなかった。俺はS.W.の力を借りて、以前の俺ならば怒鳴り散らしてもおかしくなはい場面で、努めて冷静に話した。


 だが、最後の言葉だけは、S.W.によって理論的に考え出されたものではない、純粋に、感情から出た言葉だった。


「ちくしょう、こんなんで死んでたまるかよ」


 元気でな、と言った側の人間が頓死するなど、まったく笑えない事態だ。


「寝るッ!」


 俺はやけくそ気味になって、いそいそと寝る準備を始めた。







 その一週間後、俺は「狭間の大樹・上層」の最上層部にいた。目的はもちろん、このゲームの管理者たちのいる、システム中枢だ。


「アクセス……認証……ロケーションリンク……」


 自分がSF映画のような電脳体かなにかのようにプログラムの海を泳ぐ感覚は、S.W.を得る前に体感済みだ。素質さえあれば、VR空間ではハードウェアの構造を体感的に知ることができる。それと同じだ。


 斯くして、何もなかった空間にポータルが現れる。


 ここから先は、これっきり、始めたら終わらせるしかない。その覚悟でいかなければならないだろう。


「へっ、上等だ」


 俺は笑い、ポータルに入ろうとする。


 だが、俺の横を通り抜ける影があった。


「お前……」


「何やってるんですかガルドさん。早く行きますよ?」


 それは、エリとラザさんだった。俺はエリも物言いにため息を吐く。


「早くってなあ、お前らもついて来るのかよ」


「当たり前じゃないですか」


 俺は呆れかえって、鼻で笑った。


「そこまで言うんなら、何か切り札でも持ってるんだろ?」


「ええ、期待していてくださいね」


「そうかよ」


 俺は続けてラザさんに向き合った?


「で? そちらのCIAのちょっと言えない部署に所属する御人は、何の用事なんだ?」


「このままガルドが全部終わらせちゃったら、僕は収穫ナシだからね。上から怒られちゃうんだよ。まったく、軍隊はつらいね」


「清々しいまでに軍畜だなオイ。隠居したらどうだ」


「いやあ、僕は機密とか色々知っちゃてるし、信頼されるほど歳も重ねていないからね。まあ、ここで手柄の一つで立てれば、ちょっとはマシになるさ」


「そうかよ」


 なんだか覚悟を決めていた自分がバカらしくなってきた。まったく、こいつはいつも予想の斜め上を行きやがる。


「じゃ、行こうぜ、二人とも!」


 俺たちは力強くハイタッチして、ポータルをくぐった。


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