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ドリーミング・レジェンド  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
ACT3 「夢見る伝説」
56/62

A3-9

「ぐ……がはっ!」


 正気に戻ると同時に、腕を切断された痛みと肺へのダメージによるツケが襲ってくる。激しくせき込み、涙で視界が滲んだ。


「S.W.の力もないのに、よくもまあこんな戦闘をこなすものだ、感心するよ。もう少し条件が揃えば、英雄の候補になったかもしれないな」


 奇妙な外装の男は言葉通り感心したように言い、赤く光る刃を携えながら近づいてくる。


 このゲームに部位欠損の状態異常はないが、ダメージに応じてそれ相応の痛みが襲ってくる。腕にピンポイントに大ダメージを与えられたせいで、両腕が痛みに痺れ、ほとんど動かせない状態だった。


「ただのガキが『姫』に近づくなんて、恐れ多いわ。ナイト、さっさと始末しちゃって頂戴」


 赤い髪の女が不愉快そうに言うが、ナイトと呼ばれた男は首を振った。


「いや、彼もまた勇気ある者。それに『英雄』と親しい者のようだ。知る権利はあるだろう」


「私にはわからないわ」


「いずれ分かる。君はまだ人格として未発達だ」


 ナイトの返答に、拗ねたようにそっぽを向く赤い髪の女。見た目こそ妙齢の女性だが、その仕草には子供らしさがあった。


 俺の元へたどり着いたナイトは、おもむろに赤く光る剣を俺の腹に刺し、民家の塀に文字通り釘付けにした。


「君の友人、ルトは、すばらしい才能を持った人物だった。あれほどの適正を見せる人物というのは、非常に貴重だ。幻想界で戦う度胸もあった。だから私は彼女に『死』を見せたのだ。『死』が近づいた時、人はその価値観を変える。恐怖、不安、そして苦痛が、普段は意識の深層に埋まっているものを呼び起こすのだ。彼女は、そうして更なる才能を開花させた。全く予想を越える成長ぶりだったよ。どうやら、君の力添えもあったようだがね」


 男の無感情な声を聞きながら、俺はルトも俺と同じ事をされたのだということを直感した。痛みで自由を奪われ、腹を串刺しにされることで徐々に減っていくHPを見ながら、死の恐怖に怯えるのだ。


「だが、彼女は死亡してしまった。あれだけの才能があるから幻想界でもそうそう死ぬことはないと思っていたが、まさか強盗とはな。想定外だったよ」


 男の口調にはまるで感情が籠もっていなかったが、俺はこの男が放つプレッシャーに気圧され、動けずにいた。それでも少し時間が経てば正気を取り戻して反撃できたのかもしれないが、次の言葉に、俺は完全に釘付けにされた。


「私達は彼女が死亡した時にネットワーク上に拡散した情報を集め、先ほどまで君が戦っていた『ルト』を再構成した。最初は私も半信半疑だったのだがね、例は少ないが、幻想界で死んだ人間の『残滓』が存在するのは疑いない。そこにいる彼女も、データから再現された存在だ」


 男は少し体を傾けて、俺の視線を長身の女性に誘導する。俺が視線を向けると、その女性はつまらなそうな表情をしていた。


「彼女も英雄になれる力を持った存在だ。だが、ルトの適正はそれ以上だったよ。彼女はS.W.の力を利用するのではなく、それ自体を取り込んだのだ。今や、彼女が英雄の力そのものであると言えるだろう」


 男はもう一度俺に向き直ると、貫く剣に更に力を込める。


「心配しなくていい。君もかなりの逸材のようだ。君は我々が責任を持って『回収』しよう。すぐに彼女にも会える」


 その言葉を聞いて、俺は焦点の定まらない意識のまま、体の力を抜いた。男が言うには、どうやら俺は今のルトと同じような存在になるらしい。それならば、まあいいか。

 だが、次に思考されたのは、ルトのことだった。英雄の力とやらを取り込んだ逸材であるルトは、今後も戦い続けるのだろう。本人が言っていたように、他でもない「英雄」として。


 ()()()()()


 それは、ルトじゃない。


 その時、ほとんど天啓のようなものが、俺の頭の中で閃いた。今となってはどうしてそんな発想にたどり着くことができたのかはわからない。だがヒントはあった。


 ルトは英雄の力とやらを利用するのではなく、取り込んでしまったということ。


 そしてなにより、ずっと前から考えていたことだ。「どうして、僕じゃなかったんだろう」という疑問。


 俺は〈アスカロン〉を起動し、自分の胸に突き立てた。元々半分を切っていたHPが一気に減少する。


「何を……」


 男が驚いて声をあげるが、構わず叫ぶ。


「ルト! 俺を取り込め! 死んでからでもいい!」


 さらに、〈アスカロン〉の刃を捻り、自分の体を抉る。ダメージと共に、凄まじい激痛が襲ったが、それはほんの一瞬の出来事だった。


「さあ! 一緒に帰ろう! ルト!」


 その言葉を最後に俺のHPはゼロになり、瞬間、意識も途切れた。







 ここからが、君もよく知る話だ。この半年後に俺は君と出会い、君の仲間達と得難い日々を過ごすことができた。


 ルトが俺の残滓を回収したことで、ルトは「英雄になる」という思考パターンから解放され、このゲームの世界を放浪する存在となった。


 最初は俺もルトも、互いを探して幻想界をさまよっていたわけだけれど、その時の記憶はかなり曖昧だ。恐らく互いの人格が不自然に混ざってしまい、記憶の混乱が起こっていたのだろう。人がいる場所に行こうと思い至るぐらいには安定してきたのが、半年後だったというわけだ。まさか、一つの体を共有していたとは思いもよらなかったけれど。


 俺が何をしたかったのかと言えば……まあさっき語った理由もあるけれど、多分、ルトにそうしてもらったように、誰かに覚えておいて貰いたかっただけなんだろう。S.W.のシステムと完全に融合した俺たちは、もうじきS.W.を構成する情報に押しつぶされてしまう。


 まあ、元から死んだ身だ。ルトにも会えたし、そんなに未練はない。けれど、この世界をそのままにしておく、というのはまた別の話だ。


 幻想界で戦う中で得られたアクセス権で、俺は日本本国の生存者の数や、幻想界で死んだ人間の数を正確に知ることができた。それによると、半年前の時点で、すでに死者は一千万人を越えている。ナノマシンで意識を幽閉し、生命維持装置につないでいても、老衰や元からあった持病はどうにもできないし、新生児も長くは生きられなかったみたいだ。


 あいつら……この事件の首謀者が何を企んでいるのかは、まだわからない。けれど、それにはまだもう少し時間が必要なようだ。その間にも、死者はもっと増えていくだろう。それに、もうじき俺たちを飲み込む英雄の力を使って、彼らは事を起こそうとしているようだ。元の人格を失った俺たちは、それに従うしかない。


 ガルド、無茶を承知で、君に頼みたい。俺たちの力の一部を使って、あいつらを止めてくれ。幸い、これは幻想界で戦うための能力をすべてカバーしてくれるし、前に俺たちがやったようなこともできるようになる。時間はかかるかもしれないけれど、このゲームのシステムの中枢にアクセスすることは十分に可能だ。


 俺たちには、君にこれを託すことしかできない。けれど、それだけだ。現実世界に生きているのは俺ではなく君なのだから、ここからは君の判断だ。


 そろそろ、話を切り上げなければいけないね。これが最後になるから、みんなによろしく言っておいて欲しい。


 君がどんな選択をしようと、君の世界がより良いものになるように、俺は祈っているよ。








「と、いう訳なんだ」


 話を終えると、エリはほーと息を吐いた。


「なんというか……。壮大なのか矮小なのかよくわからないですね。S.W.の中心になっているのは、リタとルトの二人だけなんでしょう?」


「まあ、そういうことになるな。個人的な話ってやつだ。リタは、完全に自分の感情に従って、ルトを救出したわけだが、もしそうじゃなかったら今頃どうなっていたんだか」


 俺が手をひらひらさせると、ラザさんがそれを見ながら言葉を返した。


「話にもあったけど、一番怖いのは、このゲームを管理している者たちの目的がわからないことだね。結局、S.W.が何なのかわからないわけだし。君はどう思っているんだい?」


 俺は苦い顔で頷いた。


「俺も同じさ。S.W.が何なのか、よくわからないで使ってる。つーか、リタもわかんねえんだってな。で、あいつらの目的のことだが、『英雄』とやらを求めているのは間違いなさそうだ。その鍵がS.W.の力なんだろうな」


「英雄、ねえ。シンボルか何かってことかな。……今思ったんだけど、リタの過去の話を聞く限りは、管理者の側はルトを操り人形にでもしたかったんじゃないかと思えるね。S.W.と同化したルトを日本の救世主に仕立て上げて、自分達はうまいこと新しい日本の要職に収まる、とかね」


 なるほどなかなかわかりやすい構図だ。だが、それだと腑に落ちないことがある。


「だとしたら、あいつらと直接戦って、ある程度情報を持っている俺たちは目障りじゃないか? あいつらがリタとルトを回収した時点でS.W.はほとんど完成したみてえだし、さっさと手をうってくるはずだろう」


「確かに、そうだね。敵は明らかに僕たちを野放しにしている。まあ、手を打つまでもないってのもあるかな。僕たちは、管理者の本当の姿を知らないわけだし」


 ラザさんの言うことはもっともだったが、俺が気になっていたのは先ほどのクイーンとの会話だった。どうにも、あの女王様は俺にこのゲームのシステムを壊して貰いたがっているような感じだったし、首謀者の一部は既に自決したと言っていた。この情報も出すべきなのかもしれないが、クイーンが本当のことを言っているとも限らない。いらぬ混乱を招くかもしれないから、控えておく。


「ま、どちらにせよ、このゲームをぶっ壊せば全部終わりだ。あいつらが何を企んでいようと関係ねえ」


 例え、管理者がそれを望んでいようが、やることに変わりはない。これは決定事項だ。


「あ、ガルドさん。そのことですけどね」


 唐突に、エリが口を挟んでくる。


「ガルドさんは、本当に、そんなことに命をかけようと思っているんですか?」


 一瞬、エリの言った言葉の意味がわからず、ぽかんとしてしまう。しかしすぐに俺の中のS.W.の領域がその言葉の意味を整理し、俺に伝えた。


「命がけってのは、まあその通りだな。だが、死んでやるつもりは毛頭ねえよ。やるからには確実にやる、それだけだ」


 俺が答えると、エリはため息を吐き、言い聞かせるように言葉を続ける。


「あのですね、ガルドさん。そんなこと、本当にガルドさんがやる必要があるんですか? この事件は、ガルドさんに責任があるわけじゃないですし、リタたちと出会ったのも偶然じゃないですか。とばっちりですよ。とばっちり」


「はあ? 何だよそれ。黙って見過ごせってか?」


 エリはさも当然の事のように頷いた。


「そうです。こんな危険なこと、何でガルドさんがやらなきゃいけないんですか?」


「何でって、今このゲームをぶっ壊せるのは俺だけだろ。他にやるやつがいないんじゃ、それこそ持つやつの責任ってのがあるだろ」


 その言葉に、エリはにっこりとして頷いた。


「そうですね。だったら、それが誰にもできないことだったら、そんな責任はなくなりますよね?」


「お前……」


 この押し問答がおかしいと気づいた時には、エリは俺の手を掴み、核心を語っていた。


「最近の報告のことですけど、今のわたしは対S.W.用のリプログラムみたいなものを持っています。その気になれば、ガルドさんの中のS.W.を破壊できるんですよ?」


 そう言いながら、エリはにこにことして俺の手をぎゅっと握った。

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