A3-8
「ルト……どうして……?」
俺が無意識につぶやくと、ルトは攻撃の手を止め、首を傾げた。
「どうして? って、どういうこと?」
意図せずルトの攻撃が止んだことに気がつき、俺は必死に言葉を紡ぐ。
「英雄って何? それに、さっき誰と話してたの……?」
ルトは考え込むそぶりを見せる。
「んー、さっき話してたのは、『姫』っていって、会ったことはないんだけど、いつも一緒にいてくれる人。その人が、わたしに力をくれたんだよ。誰にも負けることのない力。でも、わたしはもっと強くならなくちゃならない!」
ルトは唐突に攻撃を再開する。〈アスカロン〉が壊された今、もう手加減をしている余裕はない。俺は〈アイスピラー〉を唱え、現れた氷柱でルトの攻撃をしのぎながら、氷属性吸収のついた〈ミストルティン〉でMPを回復していく。
今俺が起動しているスフィアーツは、〈ミストルティン〉、〈ランドヴァリナウト〉、〈ドラウプニル〉の三つだ。〈サイクロン〉による攻撃は風属性無効化の強化魔法で防いでいるものの、〈ヨトゥンヘイム〉による攻撃は防ぎきれず、少なくないダメージを負っている。〈アイスピラー〉はすぐに破壊されてしまい、MPを回復する機会がなかなかない。
ようやく〈アスカロン〉を起動してルトの攻撃を弾き、たたらを踏ませた時には、俺のHPは四分の一を切っていた。
「強くなって、どうするの!」
「わたしがみんなを守る! この国も、父さんも! わたしに全部任せればいい! そうすれば!」
違う。と俺は思った。真琴が最後に話してくれた、本当の姿。億万長者になるという、俗っぽい夢。
彼女は、変わった。元々幻想界で戦うつもりなんて、これっぽっちもなかったのだろう。それが、ルトが大樹の上層部で泣いていたあの時、変わってしまったのだ。俺はあの時を何度も思い返し、そう結論づけた。
俺は、どうルトに接してやるべきだったんだろう。俺はそれを、何度も、何度も考えた。もう取り返しのつかないことだし、真琴は現実世界で殺されたのだから、意味のないことだとわかっていた。でも、それでも。
だから、その言葉はすぐに転がり出た。
「それで、ルトはどうするの?」
叫んだわけではなく、しかしはっきりと。
俺は〈ヨトゥンヘイム〉の懐に入り込み、〈アスカロン〉で巨大な刃の根本を押さえつけた。
「そんなことをしていたら、いつかは限界が来る。そして、ルトには何も残らない。『英雄』なんて、孤独なだけだよ」
正面からルトと顔を会わせ、言う。ルトは一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐに歯を食いしばる。
「うるさい! 限界なんて、そんなの、やってみなくちゃわからない! わたしにはこの力がある、わたしにしか出来ないことがあるんだ!」
〈アルヴヘイム〉からの〈サイクロン〉が発動され、俺は身を引いて〈アイスピラー〉で防御する。一瞬後にはルトは視界から消えていて、背後の上空から〈ヨトゥンヘイム〉を振り下してくる。
僕はそれをなんとか回避し、さっき出した〈アイスピラー〉を〈ミストルティン〉で吸収、MPを回復する。もはや、出し惜しみをしている場合じゃない。俺はすっかり十八番になった〈アポカリプス〉を唱える。
轟音とともに岩柱が迫り出し、俺は地を蹴って機動戦闘のモードに入る。元々は対ルト用に考えた戦術で、相手が空中で戦うのならこちらも空中で戦うという単純な作戦だ。
ルトは突然の地形破壊魔法の行使に驚いたようだったが、すぐに攻撃を再開する。
こちらも同じ土俵に立ったことで、あの頃よりも格段に増したルトの機動力の正体が何であるか、はっきりと見ることができた。彼女は〈ヨトゥンヘイム〉を振り回すことによる反動だけでなく、〈サイクロン〉によって吹き荒れる風を利用していたのだ。頻繁に〈サイクロン〉を使っていることから、武器に〈風属性魔法吸収〉をつけているのだろう。事前に投げていた武器は、恐らくMP回復専用の使い捨てだ。
即席の足場を次々に蹴りながらルトの攻撃を回避し、突進気味に攻撃を仕掛けていく。だが、ルトは大剣の遠心力を利用して紙一重で回避してくる。直線的な攻撃はほとんど通用しない。俺はうまく距離を取りつつ、出来るだけ視界の外から攻撃するようにする。
だが、ルトはその上を行っていた。わざと隙を演出し、俺が奇襲を仕掛けたら即座にカウンターを叩き込んでくる。俺は二度引っかかり、少なくないダメージを受ける。流石はルト、やはり戦闘では天才的だ。
それに、風を操れる分、単純な機動力ではルトのほうが上だ。だが、幻想界で戦ううちに、俺はこの戦術の新たな可能性に気がついていた。
ルトが隙を見せ、俺が特攻を行う。空中での突進の最中に〈アイスピラー〉を唱え、新たな足場を形成、無理矢理蹴って方向転換し、ルトの上を取る。そのまま〈アスカロン〉を〈ヨトゥンヘイム〉にぶつけ、自分もろともルトを地面に叩きつけた。
地形を支配すること。それが、〈アポカリプス〉と〈アイスピラー〉を使ったこの戦術の真骨頂だ。相手に不利な、自分に有利な地形にすること。それだけで、戦況は劇的に変化する。
「みんなを守るなんて、そんなこと、なんでルトがやらなきゃいけないのさ!」
けれど、アドバンテージが続くのも少しの間だけだろう。ルトはそういう才能を持っている。それに、もとより力で圧倒できるとは思っていない。今は、自分の口だけが頼りだ。
「わたしには誰にもできないことができる! それだけで十分!」
地面に叩きつけられたルトは〈アスカロン〉を〈ヨトゥンヘイム〉で打ち払おうとする。俺はそれをいなし、〈アスカロン〉をルトの腕に打ちつけ、地面に釘付けにしながら言葉を続けた。
「じゃあ、ルトと同じことを、俺も出来るって言ったら?」
瞬間、抵抗していたルトの動きが止まった。ルトは目を丸くして、俺を凝視する。俺は今がチャンスと、畳みかける。
「みんなを守る為の手段は、力だけじゃない。俺は俺なりの方法で、ルトと同じことができる」
結局のところ、あの時のルトに俺がしてあげられることなんて、なかったのだ。ルトは俺が語った夢から、勝手に自分が満足できる答えを出した。「自分だけじゃない」のだということ。あの時のルトは、自分の為に戦うことを知ったのだ。
「力、だけじゃ、ない……?」
自信のなさそうなルトの質問に、俺は頷く。するとルトの目は伏せられ、考え込むように口元が結ばれる。しかし、すぐに前を向いた。
「それじゃあ、わたしがお兄さんを倒したら、わたしはお兄さんを超えたってことになるよね?」
ルトは〈アスカロン〉で固定されている左腕を強引に動かし、腕を切り裂かれながら自由にする。HPの減少度が小さければ痛みは少ないとはいえ、ここまで腕を裂かれればかなり痛いはずだ。だが、ルトは痛がるそぶりを見せない。予想外の行動に対応が遅れ、みすみす拘束を抜けられてしまう。
戦闘が再開される。そろそろ、俺も腹を括る必要があるようだ。このルトが本物かそうでないかはさておき、彼女が何か重要な「力」を持ち、何かを知っているのは疑いない。あまり勝てるとは思えないが、やるだけやってみるしかない。最悪、死ぬかもしれないが、ルトの刃にかかるのならば、それはそれで悪くないだろう。
俺はいやに澄み切った思考で考えながら、全神経をルトとの戦いに集中させる。
集中していると時間が早く過ぎると言うが、この時、時間はほとんど止まってしまっていたと言っても過言ではなかった。戦いは一時間にも満たなかっただろうが、それは、何年も戦い続けているような、不思議な感慨のようなものを俺に覚えさせていた。
〈アポカリプス〉と〈アイスピラー〉による地形変更の戦術的価値に気がついていたルトは、積極的に〈ヨトゥンヘイム〉の地形破壊効果でそれを利用し始めた。俺たちは互いに、自分の有利な地形になるように作っては壊していく。
砂浜で、二人掛かりで砂の城を作っているときのように、互いの意見は衝突しながら形になり、刻一刻と変化していく。
気づけば、俺も、ルトも、ほとんど満面の笑みで戦っていた。あの時、俺たちの技量は不吊り合いだった。だが、今や俺はやっとルトに追いつき、ルトもまた新たな戦い方を学んでいる。
「すごい! こんな戦い方があるなんて! 本当に飛んでいるみたい!」
ルトは〈サイクロン〉と〈ヨトゥンヘイム〉による空中制動だけでなく、岩柱や氷柱を蹴り、飛び回る。空中での機動戦闘の手法を生み出したのはルトで、俺はそれを元にこの戦術を作った。そして、俺がルトのことをよく知っているように、ルトもまた俺のことをよく知っていた。言葉を交わさなくても、次に相手が何をしたいのかがわかる。俺たちは戦いながらも、奇妙な一体感に包まれていた。
「ねえ! お兄さんって、何者なの!」
「俺か! 俺は、ルトの友達だよ!」
話しながらも、戦いのペースは全く落ちない。
「友達? わたしに、こんな強い友達がいたの!」
「まあね! けど強くなったのはルトと別れてからだ! 俺はずっと、ルトみたいに強くなりたかったんだよ!」
ルトの〈ヨトゥンヘイム〉が岩柱を切り裂き、二人とも空中機動の為の足場を失う。俺が次の〈アポカリプス〉を発動する合間に、ルトは攻撃せずに口を動かした。
「わたしも! わたしもずっと、ここで戦ってきた。前より、ずっと強くなった!」
俺は地を蹴り、空中に飛び上がる。
「ねえ! わたし、もっとお兄さんのことを知りたい! そうすれば、もっと強くなれそうな気がするの!」
空中で刃をぶつけ合い、同時に声を張り上げて言葉を伝える。考えなしに叫ぶものだから、話し方も拙くなってくる。まるで、幼い子供の頃に戻ってしまったかのようだ。
ルトは俺の事を聞いたが、俺はあえて生前のルトとの思い出を語った。人の話を聞かないことに定評のあるルトは、しかし戦いながらも熱心に耳を傾け、大いに合いの手を打った。
「へえー! ゲームをするより、データを消しちゃう方が得意だったんだ!」
その反応に、俺はさらに熱心に話を続けながらも、胸の内では空虚な不安が広がり始めていた。このルトは、過去の話をまるで他人事のように聞くのだ。少なくとも、このルトにとって、あの時のルトは別人ということになっているようだ。一応「わたし」という言葉を二人称として使っているが、まるで多重人格のうちの誰かのような聞き方だった。
依然として、僕らはそれぞれの得物をぶつけ合う。もう何本の〈アスカロン〉を起動したかわからない。地形を変形させる戦い方をしていたせいで、静かすぎる住宅街だったこの場所は見る影もない。まるで、見当はずれの土木工事でもしたかのような有様だ。
しがみつくように、俺は話を続ける。そうでなければ、もうあの時のルトはいないのだという実感に押しつぶされそうだったからだ。きっと、大切な人が記憶喪失になってしまった人の悲しみというのは、こんな感じなのだろう。
話す話題も少なくなってきた。題材はルトが死んだ日のことに入る。
「死んだ……?」
初めて、ルトが話の流れを止めた。
「ああ、そうだよ」
俺はただそう返し、残り耐久の少なくなった〈アスカロン〉を捨て、新たに起動する。あまりにも自然だったのでその時には気にもしなかったが、それは、初めてルトのほうから攻撃を止めた瞬間だった。
「わたしは……死んだ……。そっか、そうだった。あれ? なんで?」
明らかに様子が変だ。これまで自信たっぷりだったのも異常と言えば異常だが、困惑の仕方が尋常ではない。
「どうした?」
声をかけても、反応がない。それどころか目の焦点が怪しくなっており、ぶつぶつと何かを呟いている。
「どうして……? 怖い? わたし……。何で、何で死ぬのが怖いんだっけ? どうして、英雄になりたいんだったっけ……?」
今しかない、と思った。何故かは分からないが、今のルトは「死」という単語に過剰反応しているように見える。俺は思い切って駆け寄り、ルトの肩を掴んだ。そのまま、一字一句、言い聞かせるように言う。
「大丈夫だ、ルト。ルトがやらなくたって、英雄なんて、誰かがやってくれる。なんなら俺でもいい。だからルト、お前が危険を犯すことは……死ぬことなんて……そんな必要ないんだ」
それは俺が生前のルトに言ってやれず、ルト自身が見つけだした答えだ。ルトは惚けたような表情で俺を見て、問うた。
「本当?」
「ああ、本当だよ。一緒に帰ろう」
正直なところ、この時の俺は現実を見ていなかった。ルトは確かに死んだのだし、このルト、恐らく電脳体である彼女とどうやって暮らすのかなんて、検討もつかなかった。だが、それでいいと思った。彼女といられるのなら、それでいい。
「感動のシーンで悪いが、それは困る」
完全に不意打ちだった。一太刀で俺の両腕は切断され、何か鈍器のようなもので腹部に打撃を受け、吹き飛ばされる。しばらく頭のなかで現実の像にピントが会わず、正気に戻った時に見たのは、西洋甲冑のような、パワードスーツなのかよくわからない奇妙な外装を纏った長身の男と、派手な赤色の髪の女がルトを見下ろしている光景だった。




