表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドリーミング・レジェンド  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
ACT3 「夢見る伝説」
52/62

A3-5

 ジル先輩は死んだ。これはもう、動かしようのない事実だ。


 幻想界のダンジョンを攻略し続けることで拡大していく情報のアクセス権限は、すでに日本本土に捕らわれている人物のリストや、幻想界で死亡した人物の一覧までに及んでいる。


 俺の母親や、弟のことまでも。


 やはり、人間を五年間も同じ場所に縛り付けておくのは無理がある。そうでなくとも、日本という国が電子の海に沈んだその瞬間、混乱の中で、多くの人々が命を落としていたようだ。俺と、父親を除く家族も、それに含まれていた。


「……また、生き残っちまったな」


 ボスを撃破して、初期化されていくボス部屋の風景を眺めながら、俺はため息混じりに呟く。


 俺の手元のウィンドウには、ダンジョンをクリアしたことに対する賛辞と、アクセス権限の拡大を知らせる文章が踊っていた。これで、目標としていたアクセス権限のレベルまで達することができたわけだが、実感はあっても、喜びはない。


 すでに俺は、多くのものを失いすぎていた。今更手にしたものが増えたところで、何になろう。


「できるのは終わらせることだけ、か」


 リタに託されたこの力と、このアクセス権限があれば、確かにシステムの中枢に直接乗り込むことができるだろう。そうして俺は、このゲームを終わらせる。


 だが、それを成したところで、彼らは帰ってこないのだ。


 義務感と言うべきか否か。一種の惰性のようなものが、俺を動かし続けてきたのだ。

 しかし、ここから先は、そんなものでどうにかなるとは思えない。ほとんど確実に俺一人であの三人を相手取ることになるだろうし、いくらS.W.の力があるとはいっても、このゲームのシステムを掌握するのは簡単なことではないだろう。


 何か、理由が欲しかった。少なくとも、自分を前に進めてくれる何かが。


 その願望が伝わったわけでは無いだろうが、丁度その日、エリからメッセージが届いた。英雄相談所のギルドハウスで待っている、来なかったら取材中にあった恥ずかしいハプニングをばらまいてやる。といった内容を慇懃無礼に書いたものだった。


「相変わらず性格悪いよなあ……」


 ともあれ、行かない理由はない。あれから、何度かエリのほうからメッセージが来たことはあったが、軽い挨拶程度で、場所を指定して会うこともなかった。エリなりに、遠慮していた結果だろう。


 では、今回は何の用か。気にしながら、俺は「狭間の大樹・上層」の巨大な枝をくだった。







 ギルドハウスのエントランスで俺を出迎えたのは、意外な人物だった。


「久しぶりね、ガルド。見ないうちに、随分と逞しくなったわ」


「あんたは……」


 英雄相談所のギルドマスター、クイーンだった。幻想界の中枢にいた「王女」とやらが瓜二つの容姿を持っていたことから、何度か接触を試みたことがあるのだが、クイーンは一度として俺たちの前に姿を表さなかった。それでも英雄相談所のギルドマスターとして活動していたようだったから、不可解に思ったものだ。


 俺の困惑した表情を見て取って、クイーンは穏やかな笑みを浮かべた。


「私も計画の一端を担っているから、特別な権限を与えられているのよ。『認識』に関する制御ができるぐらいだけれど……。今のあなたなら、私が姿を消していても簡単に見破ることができるわ」


「……どうしてここに?」


 俺をここに呼んだのはエリのはずだ。いや、もしかしてあの差出人はクイーンだったのだろうか。


「エリがあなたをここに呼ぶと聞いてね。いくつか、話しておきたいことがあったのよ。もう準備はできているのでしょう?」


 驚かなかったと言えば嘘になるが、ある程度予測していたことではあった。このゲームを管理する側の人間が、俺のアクセス権限の大きさをチェックしていないはずがないのだ。同時に今の台詞でクイーンの立場が割れたようなものだが、それも同じようなものだ。


「待ち合わせているから、手短に頼みたい」


「そうね、女の子を待たせてはいけないものね」


 クイーンはクスクスと笑い、一転して真剣な表情になった。


「まずは、あなたに対する私の立場をはっきりさせなくてはならないわね。ルークやナイトたちは、疑いようもなくあなたの敵よ。けれど、私はそうではない。必要があれば、私自身の判断で助言をする事が許可されているわ」


「許可されている、とはシステム的な意味か?」


 俺が問うと、クイーンは首を横に振った。


「いいえ。盟約、と言うべきかしら。計画に参加したときに、私たちは誓いを立てたの。これは国一つを変える活動で、生半可な覚悟では不十分だったから」


「いまいち実感が湧かないな」


「そうね、はっきり言って、古い考え方だから。例を挙げるというのも変な言い方だけれど、計画を進めた幹部メンバーのうち半分は、誓いに従って自害したわ。そういうものと考えて結構よ」


「なるほど」


 一種の愛国心みたいなものだろうか。組織の掲げる目標のためなら、自らの死を厭わないといった類の。


「あんたたちは、いったい何を目的としている?」


 俺の問いにクイーンは目を伏せ、黙考するようなそぶりを見せる。そして適切な間を置いて、口を開いた。


「それは、まだ話すことはできないわ。でも、あなたがまたあの場所へ行き、勤めを果たすのなら、ルークが全てを話すでしょう。もし、あなたが、それを成すだけの力と、決意を持っているのなら」


 回りくどい言い方は嫌いだった。


「あんたたちは、俺にこのゲームを終わらせることを望んでいる。つまりはそういうことだな?」


 俺の確認に、クイーンは曖昧に微笑んでみせる。


D.L.計画ドリーミング・レジェンド・プラン。それが、私たちの計画の名よ。私たちは『英雄』を必要としている。候補は何人もいたし、私やナイトだってその中の一人だったのよ」


 その話は少し以外だった。表情に現れていたのか、クイーンがその感情を拾って話を続ける。


「ナイトは電脳空間に適応しきれず、S.W.の力を使うことができなかった。私は少し違ったアプローチの仕方をしてね、それで生まれたのが、あの子よ」


「あの『王女』とやらか」


「そう、人間という器ではS.W.という力を扱いきれないのなら、それができるだけのAIを作るというのが、当初の目論見だったのだけれど、それも失敗したわ。あの子はS.W.の力を借りることはできても、自分の力として扱うことはできない」


 それまで感情を感じさせなかったクイーンのアルカイックスマイルに、自嘲のようなものが混じった。


「わかるかしら? 今のS.W.は、誰が操っているわけでもない。王女が『要請』することで現在の状態を維持しているの。つまり、唯一S.W.の力を扱うことのできるあなたなら、中枢に進入してコントロールを奪うことぐらい、造作もないのよ」


 ルークやナイトが妨害してくるから、造作もない、というわけではないだろう。だが、この女性にとって、S.W.の力を扱うことができるというのは、それだけの意味をもつことなのだ。クイーンの口振りから、俺はそう察した。


「リタとルトはどこだ?」


「彼らはS.W.と共にある。……いいえ、今はS.W.そのものよ。彼らは本当によくやってくれた。彼らのおかげで、S.W.は真に完成することができたわ」


「てめえらは!」


 友人を部品扱いされて、俺の中の感情的な部分が爆発する。しかしすぐに、理性的な部分、S.W.の占める領域が俺の頭を冷やす。それは言っても意味のないことだと。


「もういい、それだけ聞けりゃ十分だ。じゃあな、『女王』とやら」


 俺が一方的に話を切り、背を向けても、クイーンは一言も挟まなかった。こいつはいつだってそうだ。無言で、しかしそのメッセージは雄弁に語る。そう、「わかっている」と。


「あ、ガルドさん!」


 依頼の掲示板を少し過ぎた階段の前で、聞き慣れた声が響く。といっても、実際にその声を聞くのはかなり久しぶりだったし、顔を見たのもいわずもがなだ。


「エリ……」


「もー、遅いですよ。ギルドハウス中を探し回っちゃったじゃないですか!」


 さっきまでエントランスでクイーンと話していたはずだが、なるほど、認識に関する制御とはこのことか。


「遅刻した罰として、恥ずかしい写真をネットにばらまきましょうか……」


「悪いが、その時は攻勢防壁付きのセキュリティをその写真フォルダにつけてやろう」


 快活な雰囲気の金髪茜瞳付き美少女な見た目が台無しになる台詞に俺はそう返したが、思った以上に効果があったようだ。


「……今のガルドさんは、そういうことができるんですよね」


 沈黙は感情を雄弁に表す。エリの表情がまさにそれだった。しかし神妙な顔をしていたのもつかの間、エリは前触れもなく俺の腕をつかみ、階段の上に引っ張っていこうとする。


「おい、何だよ」


「秘密の会合っていうのは、廊下でするものじゃないんですよ。こっちです」


 俺は半ば引きずられるようにその部屋に案内され、押し込まれるように中に入れられる。


「やあ、ガルド。また会えるとは思わなかった」


 そこにいたのは、またしても予想外の人物だった。


「ラザさんは私が呼んだんですよ? すごいでしょう!」


 背後で、エリが得意げに声を上げ、ラザさんが困ったように頭をかいた。


「いやあ、彼女から連絡が来たときは度肝を抜いたね。リタたちのおかげで、うちの部署は今や世界最高のセキュリティを持っているのに。社内通信に割り込んできたんだもの」


 俺は驚いて、背後でニコニコしているエリを振り返った。


「えへへ。まあ、そのへんのことも詳しく話しますよ。さあ、入ってください」


 今度こそ俺は自分の意志で部屋の中に入り、エリが扉を閉める。


「まずは、お互いが何をしてきたのかを白状しようか。ガルドもエリも、見ないうちに色々と事情が変わったみたいだしね」


 ラザさんの前置きに、俺とエリは神妙にうなずく。


「まずは僕から話そう。情けないことだけど、正直そんなに進歩したわけじゃないからね」


 曰く、リタとルトが暮らしていたサーバーから得たデータで、このゲームと遜色ない仮想空間を形作る技術を、かなりの程度模倣することができたらしい。同時にあの結晶型のCPUをより高いレベルで運用するプログラムも発見され、これを用いて日本本国へのハッキングが開始された。


 しかし、日本本国にあるサーバーのセキュリティはさらに高度なものになっており、こちらの戦力では全く相手にならなかった。当局では、なんとかこの状況を打開する糸口を探している段階だ。


「なるほどな……。あいつらがリタとルトを欲しがっていた理由がはっきりしたってわけか。やっぱ、S.W.ってのはそれだけの力を持っているんだな……」


 俺がS.W.という単語を口にすると、ラザさんとエリが揃ってこちらを直視する。


「ああ、次は俺の番だな。つっても、何から話したものか……」


 端的に言えば、幻想界のダンジョンをクリアし、アクセス権限を徐々に広げていたわけだが、それだけでも色々と準備段階とか、紆余曲折がある。そこは話しても仕方がないから、まずは俺が幻想界で活動していた理由を話すことにした。


「俺の中のS.W.の欠片は、リタとルトがあの時やってみせたような芸当が、制限付きで出来る能力を持っているんだ。これがあるんだから直接あいつらのところに乗り込みに行きたいところだったんだが、無理だったよ。こいつはこのゲームのサーバーと同じOSを使っているようなものなんだが、まだ何の権限も持っていないし、ハッキングできる力もない」


 普段の口うるささが嘘のように、ラザさんとエリは黙って話を聞いている。俺はその様子に内心苦笑を漏らしながら、表面上はまじめくさって話を続ける。


「そこで、幻想界のダンジョンをクリアすることで、システムへのアクセス権限を拡張する必要があったんだ。ジル先輩が壁を作ったのと同じような感じだな。S.W.もないのに土壇場でできたってことはジル先輩も相当な適正があったってことだが、今の俺ならもっと精度を上げてできるだろう。……とはいえ、相手もセキュリティのレベルを上げているだろうから、やってみなきゃわからねえ」


 仕方がないこととはいえ、少しでもジル先輩のことを思い出すと、胸が痛む。


「そんで、今まで幻想界中を飛び回っていたわけだが、何とか中枢に乗り込めるぐらいのアクセス権限を得ることができたわけだ。これで、いつでも乗り込める。ま、こんなところかな」


 俺が話し終えると、エリが「えっ」と表情で語る。


「……現状はわかりましたけど、ガルドさんって、どこでS.W.の欠片を手に入れたんですか? まあ、大体予想はついていますけど」


「……驚かないんだな」


「何がですか?」


 俺は頭をかきつつ、言葉を選ぶ。


「既に十分なアクセス権限を得たとか、ビックリポイントは色々あったと思うんだけどな」


「まあ、そうですけど。わたしだって色々あったんですからね。それよりも、聞かせてください。ガルドさんがその力を持っている理由」


 なるほど、エリに関して、ラザさんが度肝を抜いた理由というわけか。これは想像以上に互いの知識が不足しているようだ。


 俺も、求められた話題を話すのはやぶさかでない。だが、そこには俺一人に収まらない物語が詰まっていた。


「長くなるが、いいな?」


 俺の問いかけに、二人が頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ