A3-4
――擬似記憶の再生を継続。
デュエルをやるのは、確かに久しぶりだった。
僕とルト以外に誰もいないコロシアムで、二十メートルほど距離を取って向かい合う。
「ねえ、なんで急にデュエルをするの?」
ルトが至極真っ当な問いを発したけれど、僕はわざと「なにをいまさら」という表情をして、答えた。
「いやさ、僕たちも最初の頃に比べれば結構強くなったでしょ?」
ウィンドウを開いてデュエルのルールを選択しながら、僕は不敵な笑みをルトに向ける。
「だから、どっちのほうが強いのか、知りたくはない? 僕に勝ったら、威張り放題だよ」
それまで困惑した顔だったルトも、この台詞に表情を変える。
「ほほお、言うねー。じゃあわたし、おもいっきり威張っちゃうよ!」
「自信満々だね。ルールは完全決着で準備時間は十秒。じゃあ、さっそく始めるよ」
待機時間から準備時間が始まり、ルトは〈プラネタリウム〉を起動。詠唱からの〈ゴッドブレス〉で一気に六つのバフを自分にかける。さらに属性攻撃を無効化するバフを四つかけ、〈プラネタリウム〉を解放。MPを回収して、すぐさま〈カラドボルグ〉を起動する。〈カラドボルグ〉は自分にかかっているバフの数だけ刀身が延び、攻撃力も少しずつ上昇していく。今のルトにかかっているバフの数は十個で、〈カラドボルグ〉の刀身は神々しい光を纏い、二メートルを越える長さになっている。
僕はといえば、右手にレベル60の魔剣〈エリュシオン〉、左手にレベル80の盾〈ブライウェン〉を持っている。
最初に動いたのはルトのほうだ。〈カラドボルグ〉を振りかぶりながら、飛ぶように接近してくる。予想以上に早いが、動きは見えている。僕は〈ブライウェン〉を構え、来るべき斬撃に備えた。
「おおおりゃああああああ!」
甲高いがまったく女の子らしくない雄叫びをあげて、ルトは突進の勢いのまま〈カラドボルグ〉を振りおろす。いくら刀身が長いといっても、〈カラドボルグ〉の重量は普通の大剣と変わらない。少し盾を斜めにすれば、受け流すのは容易だった。
〈カラドボルグ〉の斬撃が逸れ、地面にぶつかった隙に、僕は〈シングルスタブ〉を発動して〈エリュシオン〉を突き出す。クリーンヒットしても、HPの減少は少しだけだ。元々の攻撃力が低いのもあったけれど、白兵戦のために特化されたルトの防御力でかなりのダメージが軽減されていた。
ルトが〈カラドボルグ〉の刃を返し、すくい上げるような斬撃を放つ。盾で防ぐものの衝撃が腕を伝い、ダメージを受ける。
そこまで重くはないとはいえ、刀身の長い〈カラドボルグ〉は攻撃したときの隙がどうしても大きくなる。その合間に、僕は〈エリュシオン〉で〈アクアバレット〉を放ち、ルトのHPを削る。もう一度同じような攻防が繰り返され、水属性攻撃の状態異常である「毒」がルトに付与される。
その直後、ルトのギアのようなものが一段階上がった。〈カラドボルグ〉を振り切った後、体勢を整えないまま次の斬撃の動作に入る。盾で防御するけれど、魔法を発動させてもらえない。一撃の重さは減ったけれど、様々な方向から絶え間なく来る斬撃に、対応が遅れてくる。
一度大振りの攻撃があり、その隙に〈アクアバレット〉をねじ込もうとしたが、それはブラフだった。速度に特化しているであろう〈ツインクラップ〉で魔法を中断され、衝撃で尻餅をつく
ルトはすぐに〈キュア〉を唱え、毒状態を回復する。その間に僕はなんとか体勢を立て直し、間を置かずに飛んでくる斬撃を受け止めた。
ルトの一方的な攻撃に晒されるが、僕のHPは少しずつしか減らない。こうなることはある程度予測していたから、防御力と加護をいつもより上げていたのだ。加えて攻撃は〈ブライウェン〉でしっかりと受け止めている。
こうなると、不利なのはルトのほうだ。〈カラドボルグ〉が一方的に攻撃できるリーチを維持できるのは、自分にバフがかかっているときのみ。元の長さになると、盾のあるこちらのほうが削り合いでは有利だ。
そのせいなのか、時間が経つほどルトの攻撃は無茶苦茶なものになっていく。ろくに体勢を整えないまま連続で斬撃を放ったり、地面を転がったり掴みかかってきたりと、全く予測できない。もしこれが現実の世界だったら、ルトは確実に肩を壊していただろう。それぐらいの無茶加減だった。
無茶苦茶な戦い方なのにも関わらず、その斬撃は正確無比だ。そしてなにより不思議だったのが、戦い方が荒れてゆくほど、ルトが無口になっていくことだ。
果たして、ルトはバフが切れる前に、僕のHPを削りきった。〈カラドボルグ〉の光輝く刃を振りおろしたルトは、そのまま呆然と復活する僕を見る。
「あ、あのね……えっとね!」
急に慌てだしたルトが、ばたばたと手を振る。
「い、いまのはナシ! あれだよ……ウチノシマじゃノーカンっていうやつで……じゃなくて……ええっと」
僕だって、驚きがなかった訳じゃない。
「ねえ、ルト」
けれど、ここまでとは思わなかった。
「幻想界でも、あんなふうに戦ってるの?」
ルトの手の動きが、ぴたりと止まる。僕はゆっくりと近づき、その手を握る。
「怒らないからさ、教えてよ」
その体勢のまま、僕たちは動けなかった。僕は放す気なんてなかったし、ルトは僕のことを凝視するだけだ。
「ほ、本当?」
ずいぶん経って、上目使いにこちらを見ながら、ルトはそう訪ねる。それが怒らないことに対しての疑問だったことに遅れて気がつき、僕は頷いた。
「わたしね……これ以外、知らないの……」
自分の手を見ながら、呟くように言う。一瞬、それがなにを意味するのか、わからなかった。
「だって、わたし、ばかだもん」
けれど、続く言葉で理解する。彼女は、最初の僕の質問に答え、その理由を語ったのだ。
元々、真琴は結構な無茶をする少女だった。年下の兄弟がいたことのない僕にとって、あぶなっかしい妹のような存在。それが彼女で、僕はストッパーの役割を自認していた。だから、ルトが幻想界に行っていることを疑った時点で、いつもの僕ならば全力で止めようとしただろう。けれど、そうはしなかった。
僕が感じていたのは、無力感だ。あの時、ルトはどうして泣いていたのか、そしてなぜ、幻想界で戦うようになったのか。どうして、あんな戦い方をするようになったのか。
僕は、何もわかっちゃいなかったんだ。
それでも、ルトにとどめの一撃を食らった時までなら、まだ止めようとは思っていたはずだ。でも、ルトは、僕が質問したとき、幻想界に行っていることを否定しようとしなかった。そして、自分のことをばかだと言った。
「一緒に考えよう……誰にも、何にも負けない戦い方を……」
僕はルトのことを止めなかった。つまりはそういうことだ。そのせいで、取り返しのつかないことになることを知らずに……。いや、そんなこと、とっくに予測できていたはずだ。けれど、僕たちは見て見ぬ振りをした。
結局のところ、僕らは無力で、無知だったというだけだ。だって、僕らは、それ以外の道を見つけることができなかったんだから……。見つけていたとしても、道を曲がることができなかったんだから。
最初に僕たちがしたことは、ルトの武器をなんとかすることだった。いくらなんでも、〈カラドボルグ〉であんな戦い方をするのは無茶だ。それに、時間制限があるのもいただけない。
「やっぱり大きな剣がいいかな……」
問題点をルトに話すと、ルトは真顔でそう言った。いきなりの難題に、僕はしょっぱなかな頭を抱えることになる。刀身が二メートル以上もある剣など、〈オメガウェポン〉ぐらいしか知らない。けれど、あんな武器は論外だ。
そこで出てきたのが、英雄相談所のサイトの攻略情報に乗っていた〈ヨトゥンヘイム〉という武器だった。
「これ! これがいいよ!」
ルトが大はしゃぎで決定し、さっそく取りに行くことになる。はずだったのだけれど……。
翌日、二メートルを越える巨大な剣を地面に突き刺してどや顔を見せるルトが、僕の前にいた。
「……それ、〈ヨトゥンヘイム〉だよね」
僕が訪ねると、ルトはうんうんと頷き、刀身を蹴っとばして柄を持った。
「取ってきたの?」
「眠れなくて……ね?」
僕はため息を吐く。なるほど、伊達に幻想界で戦ってはいないというわけか。
まあ、取ってきてしまったものは仕方がない。僕は無理矢理頭を切り替えて、元々考えていた訓練方法を話した。
「アーサー王? って円卓の騎士の?」
「そう、このゲームじゃ〈エクスカリバー〉っていうスフィアーツを使って戦うんだって。で、そのアーサー王の剣術がものすごいらしくて、もし接近戦だけで勝てたら、もう敵なしなんだってさ。だから、訓練相手にはうってつけかなって」
一緒に冒険をする事が多かった僕たちにとって、無理矢理ソロで戦うことを強要される円卓の騎士のダンジョンは縁のない場所だった。だからアーサー王がどのぐらい強いのか知らなかったわけだけれど、それはもうまったく見事な敗北だった。
そもそも、もはや鈍器の域の〈ヨトゥンヘイム〉で剣術の達人と勝負するのが間違いだった。最初の時点でほとんど泣きべそにされたルトは、しかし諦めずに何度も挑戦する。しかし根性だけでは実力差はいかんともしがたく、次に負けたらタオルを投げようと僕が思うぐらいの敗北を重ねた。
まったく不思議なものだ。そろそろ正確に負けた回数を数えようと決意した途端、ルトは新しい技を発見したのだから。
それは、ルトがおもいっきり〈ヨトゥンヘイム〉を振り上げたときに起こった。武器と持ち主の重量の甚だしい不均衡の結果として、ルトは宙に浮かび上がり、後方にすっころんだのだ。何が起きたのかわからず、困惑の表情を浮かべていたルトは、起きたことを把握すると、最高に楽しそうな表情を浮かべた。
本人にしてみれば、逆上がりが初めてできたときのような感覚だったのだろう。けれど、それはまったく恐ろしい光景だった。ルトが空中で〈ヨトゥンヘイム〉を振るうたび、彼女は糸が切れた振り子のように不規則に揺れる。自在に地上と空中を行き来し、まるでギロチンのようにその巨大な刃を振りおろす。
アーサー王のほうも流石で、致命的な斬撃を的確に避けていく。しかし空中を振り子のように移動するルトを上手く捉えることはできず、勝負は持久戦となる。
やがて、空中移動のコツを掴んだルトが、アーサー王を押し始める。考えてみれば当然だ。剣術とは、地面があって初めて成立するものであって、空中の敵と戦うようにはできていないのだから。
長かったのか、短かったのか。勝負が終わったとき、僕は呆然とするしかなかった。アーサー王を剣だけで倒すなんて話、少なくとも「英雄相談所」ではなかった。先ほどまで苦戦していた光景を見ていたから、実感の重い驚きだった。
「ねえ、どうだった? どうだった!」
戻ってきたルトが満面の笑みを浮かべているのを見て、僕は正気に戻る。
「うん、すごい。もっと練習すれば、向かうところ敵なしって感じになりそうだね」
正直なところ、「英雄相談所」でのアーサー王の評判から、彼を倒すに足りる剣術を会得するには、もっと時間がかかると思っていた。幻想界に行くからにはそのぐらいの技量を付けてほしかったし、何より、訓練している限りはルトが自分の目の届く場所にいるのだ。
ルトに遠くに行ってほしくなかった。例えそれが、一時的なものであったとしても。
「ねえ、ルト。幻想界って、どんなところ? その戦い方で、やっていけると思う?」
このときになって、僕はようやく覚悟を決めたのだと思う。ルトには、僕にはできないことができる。そのことを、僕は認めるしかなかったのだ。だから、幻想界のことをルトに聞いたのは、これが初めてだった。
「うん……ずっとよくなると思う。幻想界では、『痛み』があるんだ。だから、攻撃を避けられるっていうのは、結構重要……」
それから、ルトは自分が体験してきたことをぽつりぽつりと語った。幻想界の古いダンジョンには「住人」がいて、彼らに協力してもらうことで探索を進めていること。そのダンジョンをクリアすることで、彼らを解放することができること。恐らく、自分たちも誰かに解放された側であること。ダンジョンをクリアすることで、VR技術に関する情報が開示されること。
「だからね、このまま幻想界で戦っていれば、父さんが生きているのか、わかると思うんだ。もしかしたら、もう解放されているのかもしれないし……」
そこから話は飛んで、ほかの幻想界のプレイヤーの話になる。絶対数は少ないものの、幻想界で活動するプレイヤーの大半は愛想が良く、すれ違うと気分良く挨拶してくれるのだという。しかし本当に絶対的な実力を持つプレイヤーは、周囲とは隔絶した雰囲気を持つ人間であるらしい。恐らく彼らは、「住人」の助けを必要としない、特別な人種なのだ。だが、そのいずれもが他人と行動を共にしないということは共通している。誰も、他人に命を預け、他人の命を預かることを許容することができないからだ。
「そういえば、『英雄相談所』で『ナイト』っていうプレイヤーがいるって話を聞いたことがあるよ。なんでも、このゲームの初期からずっと幻想界で戦い続けているんだって。誰とも話したがらないから、人格とかは分からないけど、とにかくものすごく強いらしいんだ」
僕が何気なく振った話題に、ルトはさっと顔を強ばらせる。けれどすぐに表情を微笑に変えて、うんうんと頷く。
「うん、確かにあいつは強い。すごく強い……」
その変わり方に違和感を覚えたけれど、ルトが「さあ特訓特訓」とすたすたとボス部屋へと歩いていってしまったので、それ以上追求することはできなかった。
――擬似記憶の再生を中断。




