T1-5
「あー、くっそ! 負けた!」
俺はウバイド遺跡の「英雄碑」の前で復活し、悔しい叫びをあげる。もとより一発で勝てるとは思っていなかったが、さっきまで上手くいっていたので無性に悔しい。
さて、こうしちゃいられない。早くエリと合流して、作戦会議をしなければ。
と、メッセージが届いたことを知らせるポップアップが、視界の端に出現する。差出人はエリからで、すぐに確認すると、自分も戦ってみたい、だそうだ。俺はいってらっしゃいとメッセージを打ち、その場で待つことにする。
といっても、エリが英雄碑の前に現れたのはたったの三分後。ずいぶんと早い敗北だが、強化魔法の効果時間である七分を待たずに負けた俺が言えることではない。
復活したエリはなにが起きたのか理解していないような表情でぺたんと床に座っていたが、すぐに立ち上がって声つきのため息を吐いた。
「弱体化魔法があんなに強いだなんて……知らなかったですよ……」
どうやら、見事にあの剣精の術中にはまってしまったようだ。そういえば、エリは魔法使いの中でも特に火力に特価させたアビリティ構成だ。防御に関してはからっきしなので、クイーンの言った通りああいった敵に対しては相性が悪い。
「そうだな、俺は〈ダインフレス〉の能力でデバフは防げるけど……それ以外の魔法も強ええんだよなあ……」
俺たちはそれぞれ愚痴をこぼしあう。まあ、こうしていても仕方がない。作戦会議を始めようじゃないか。とりあえず、今のアビリティや武器構成では勝ち目が薄い。ホームタウンに戻った方がいいだろう。
俺はそうエリに告げて同意を得ると、帰還用のアイテムでホームタウンへと戻った。
現在、ボスモンスター『因果剣ファルスクエア』に関して、分かっていることは三つだ。
一つ、HPが七割を切るまでは、状態異常とスキルによる近接攻撃で攻めてくる。
二つ、レベル120のボスだけあって、AIがかなり高性能だが、現在確認されている同レベルの接近戦特化型のボスモンスターには及ばない。
三つ、HPが一定以下になると、〈解放〉を行い、〈メギドフレイム〉を瞬間発動する。
一つ目に関しては、すでに俺が対処済みだ。〈ダインフレス〉の能力があれば、この行動パターンは逆手にとることができる。二つ目も、さっき俺が戦った通りだ。
そして三つ目だが、これにも対処法が存在する。〈メギドフレイム〉の弾速はすさまじく、五メートル以内で撃たれたら回避は不可能だが、属性魔法であるためにダメージを軽減することが可能だ。
そのために、俺とエリは空中都市ラスタフィリアスのギルドハウスにある倉庫に向かい、自分のアイテム欄と睨めっこしていた。
「なあ、エリ、おまえ〈闇属性防御50%上昇〉持ってねえか?」
「ガルドさん……わたしがそんなレアアビリティ持っているはずがないじゃないですか……」
「いや、だってよ、〈魔法詠唱短縮3〉とか使ってるし、ギルドメンバーからたまにもらったりしてるじゃねえか」
「確かにあれはそうですけど、他のは〈オーバードライヴ〉くらいですよ。集めるのが大変でしたし」
「俺は頼んでもなにも貰えないけどな……」
「ガルドさんは仲間以外、全員交渉相手ですもんね」
うわ、出たエリの毒舌。それは思っても言わぬが花だと思うぞ。
まあしかし、エリが他のメンバーからアイテムとかを貰えるのは、そのかわいさ振りまく容姿のおかげだろう。自分でアバターを作ることのできるゲームの性質上、必然的にMMOには美男美女があふれることになるが、真の美少女とは容姿だけが優れていればいいわけではない。
大事なのはその「しぐさ」だ。いくら見た目が整っていようと、変なポーズをしていれば見た目さえも逆効果だ。その点、エリはじゃまな髪を軽く払う動作だけでも何故かかわいいと思わせるのだ。毒舌だけどな。
そんなことを考えていたら、エリはじとっとした目で俺を睨んできた。
「いま変なこと考えてませんでした?」
「いや、そんなことはない」
俺は素早く否定し、手元のアイテム欄へと集中する。
「アビリティで魔法攻撃を軽減できないんだったら、バフで軽減するしかねえんだが、あいつ〈ディスペル〉使ってくるんだよなあ」
このゲームでの魔法は強力な攻撃手段だが、強力なぶん対抗策は無数にある。例えば、強化魔法の一つで、効果時間中は特定の属性の魔法を完全に無効化することができるものがある。これを自分にかけてさえいれば、あの凶悪な〈メギドフレイム〉さえも涼しい顔でスルーできるのだ。
しかし、対抗策にも対抗策は存在する。それがあの剣精が使ってきた〈ディスペル〉であり、強化魔法の効果を打ち消すことができるのだ。
「もしかして、選んでバフを消してきたんですか?」
「ああ、魔法防御と筋力、あと機動力上昇をきっちり消されたよ。属性無効化系バフも一瞬で消されそうだな。どうしたものか……」
本来、俺は自分に強化魔法を使うことはほとんどない。そもそも初級魔法しか使えないようなアビリティ構成だし、自分にすべての状態異常をかける魔法構成なので、強化魔法を入れるキャパシティは存在しないのだ。そのため、強化魔法を消してくる相手の対処法を知らなかった。
「だったら、〈看破阻害〉を使えばいいんじゃないですか?」
が、ここには魔法専門のエリがいた。〈看破阻害〉といえば、敵対プレイヤーから自分のパラメーターやHP残量などを隠し、戦闘を有利に進めるためのアビリティだが、対人戦以外ではほとんど使うことはなかった。逆に、相手の能力を見抜く〈看破〉はボス相手によく使うのだが。
しかし、そんな対人御用達のアビリティが、ボス攻略と何の関係が?
「知らないんですか? 敵が選んでバフを消してくるのは、わたしたちが相手のバフを通常状態でも見ることができるように、敵からもわたしたちのバフを認識できるからなんです。〈看破阻害〉をセットしておくと、バフを隠すことができて、結果的にかけた順にしかバフを解除できなくなるんですよ」
「へえ! それは知らなかった」
目から鱗だ。ダンジョンですれ違う魔法専門らしきプレイヤーが軒並みHP残量を隠しているのを見て疑問に思っていたのだが、そんな理由があったのか。
「なるほどな、それなら、バフを使っていく作戦でよさそうだ。後は……」
こうして、俺とエリはあの剣精を倒すための戦略を練り、再びやつのいる扉の前を訪れた。
最初に戦ったときと比べ、俺とエリの能力値や特殊能力は大幅に変更されている。すべてはあの剣精を倒すためというわけだ。
具体的には、俺の能力を魔法防御特化型にしたうえでスキルを連発できるようなアビリティ構成にして、エリはとにかく強化魔法に特化した能力にした。
準備として、最初に戦ったときよりも明らかに多い量の強化魔法のアイコンが俺のHP横に表示される。最初に能力強化系、次に各属性を無効化するもの、最後に、それぞれ四属性の魔法ダメージを無効化する上級魔法のアイコンが二つ出てきた。その総数、十七個。全能力値を上昇させる魔法が一気に七つのアイコンを出現させるとはいえ、なかなかここまでの数がそろうことはない。
すべての効果を要約すると、すべての能力値が一段階上昇し、全属性の魔法を無効化した上で最後に控える四属性ダメージ無効化魔法二つを保護している状態だ。これだけそろっているのを見ると、なんだかそれだけで勝てるような気がしてくる。
エリには留守番してもらうことになるが、それをわびると、
「じゃあ、このボスを倒したときに手に入るスフィアーツをください」
と言って俺を狼狽させ、「嘘です」と言って舌を出して見せた。手玉にとられたようで無性に悔しい。
「わたしじゃ勝てないでしょうから、がんばって作戦を考えますね。だから、ガルドさんは戦闘に集中してください」
「ああ、そうするよ」
俺は親指を突き出し、呪いの愛剣を携えて扉をくぐった。
そして戻ってきたのがおよそ五分後。原因は、またしてもやつにピンポイントでバフを消されたことだった。
「なあ、エリ。あの情報は本当なのか?」
わりと頭の回転が早いほうのエリだが、たまにドジることがある。今回がそうだったとしても、不思議ではない。
「えっと、もしかしたらあのボスは〈看破〉持ってるんじゃないでしょうか……」
そして続く三戦目。アビリティを調整し、〈看破阻害〉を一つから二つに増やすと、ボスはかけた順にしかバフを消せなくなった。そのことを知ったエリは、
「人のせいにするのはよくないですよ」
と言って見せた。疑った上に、対策をしてもなお普通に敗北した身では返す言葉もない。
そしてここからは、俺の技量次第の勝負となった。俺に対して弱体化魔法が効かず、属性魔法を無効化するバフをかけていることを看破できない剣精は、実際に魔法をかけなければそれを見破れず、魔法を無駄撃ちする。その隙を狙って俺はスキルによる攻撃を叩き込んでいく。その繰り返しでなんとかやつのHPを五割以上は削れるようになってきた。
しかし、何事にも限界はある。十五個のバフの積み重ねに守られた四属性ダメージ無効化バフ二つも、一度に三つバフを解除する〈ディスペル〉を六回使われれば剥がされてしまう。そうしたら魔法と剣撃の波状攻撃でジ・エンドだ。
――勝負は十四戦目に入っていた。
俺の手に握られているのは、まがまがしい金色の〈ダインフレス〉ではなく、また別のまがまがしさを持った刀〈エペタム〉だ。この剣は装備者のHPを少しずつ奪っていくかわりにダメージを与えれば自分のHPが回復するという、〈ダインフレス〉とは方向性の違う呪いの剣である。
〈ダインフレス〉装備時に俺に対して弱体化魔法が効かないことを悟った剣精は、それ以降弱体化魔法を使ってこなくなる。その性質を発見した俺たちは、無理に〈ダインフレス〉で戦い続けるのではなく〈解放〉を有効に活用することにした。
武器――スフィアーツにはそれぞれ設定された耐久値があり、刃を打ち合わせたりすることなどによって減少していく。この減少率は一般のMMOの武器とは違ってかなり大きく、武器はすぐに折れてしまう。だからこそ、壊れた場合はすぐにMPを消費して〈起動〉を行うのがセオリーだ。
だが、武器をそのまま壊してしまうのは、このゲームにおいては悪手だ。なぜなら、スフィアーツには起動毎に一度だけ使える「解放必殺技」が存在するからだ。その威力は通常のスキルとは段違いであり、まさに一撃必殺の切り札になりうる。さすがにボスを一撃とはいかないが、それなり以上にHPを削ることが可能だ。
俺は戦いの最初から持っていた〈ダインフレス〉の解放必殺技はもちろん、俺はMPに余裕ができると随時〈解放〉を行い、武器を一時的に失う替わりに放つことのできる強力な必殺技を当てていく。
それは相手も同じで、一本のスフィアーツしか持たないこのボスはHPが一定割合よりも低くなると必ず解放必殺技を使うようになっていた。これまで、こいつはHPが七割のときと五割のときに、解放必殺技にて〈メギドフレイム〉を瞬間的に発動していた。
ここまで来て俺にかけられたバフはもう二つしか残っていなかった。あと一度〈ディスペル〉をかけられた場合、俺は魔法に対してまったくの無力になる。だが、おれはもうすぐこのボスのHPを四分の一にまで減らすことができそうだった。
八属性すべての魔法を俺に当て、しかしすべて無効化されることを学習した剣精は、積極的に接近戦を挑んでくるようになった。このゲームを初めて一年以上経つとはいえ、俺の剣の技量は高いとは言えない。なんとかスキルを使って対抗はしているものの、少しずつHPを削られていく。だが、もう少しで勝てるという状況が俺の背中を後押ししていた。
「おおおおお……!」
俺は気勢をあげながら、〈エペタム〉の解放必殺技を使う。まがまがしい刀がブラックライトのごとき刺激の強い光を放ち、俺は目にも留まらぬスピードで刺突を繰り出す。どんな高度なAIを持とうとも、運動能力を越える斬撃を防ぐことはできない。〈エペタム〉は吸い込まれるように剣精の胸へと突き刺さる。
文句なしのクリティカルヒットだ。剣精はHPを減らし、HPゲージが瀕死を示す赤へと変わる。
俺の読みが正しければ、やつはここでもう一度〈解放〉をし、〈メギドフレイム〉を撃ってくるはずだ。しかし、俺にはすべての属性の魔法ダメージを無効化するだけのバフがそろっており、ダメージを受けない。あとはこれまで通りに戦えば、俺の勝利だ!
予想通り、HPの残り少なくなった剣精はその手に持つ青い両手剣からほの暗い光を発し、必殺技を繰り出さんとする。
そして直後、四方から飛来した火の玉が、俺のHPを一瞬で消し飛ばした。
チラシ裏的解説
・〈エペタム〉
アイヌ民話に登場する。人食い刀という記述をよく見かけるが、あまり見た目等の記述がないため、ほぼ名前からのイメージで描写している。というかちゃんと描写していない。




