A3-2
「あ、あんた……『外』から来た人間かい?」
機械系モンスターが闊歩するダンジョンの安全地帯。「英雄碑」の傍らで、中年の男が話しかけてくる。
「ああ、そういうことになるな」
「そうなのか……。いったい、ここはどうなっているんだ? 変な機械が出歩いているし、他に人間はいないし……」
男は、自分意外の人間と会えたことで、心底安心した様子だ。
無理もない。恐らくこの男は、二日か三日ほど一人でさまよっていたはずだ。もう少し時間が立てばこのダンジョンにいる「住人」も増えていくのだろうが、それが実現することはない。このダンジョンは今日、消滅するのだから。
俺が「住人」と呼ぶこの男は、日本本国で捕らわれている日本国民。つまり被害者だ。幻想界で新しいダンジョンが現れてからしばらくすると、そこに彼らが現れ出すのだ。「住人」はモンスターに襲われることはなく、しかしプレイヤーに対して一切の抵抗力を持たない。今俺が剣を出現させて一振りすれば、この男は死ぬのだ。
だが、幻想界で活動するプレイヤーのほとんどはそんなことをしない。モンスターに狙われないということは、安全にダンジョンを調査できるということだ。実際、ジル先輩もそうやって注意深くダンジョンを探索していたという。
「おい、あんた」
返事をよこさない俺に対して、男は苛立った様子で声をあげる。
「悪い。あまり説明している暇はないんだ。だが、これだけは言っておく。次にあんたが意識を失ったとき、あんたは自由だ。今何が起きているのかは、その時に知ってくれ」
この男、「住人」はこのダンジョンがクリアされたとき、どこかに「水揚げ」される人間なのだ。こうやってダンジョン内に活動している人数に加え、百数十人が解放される。
用は無いとその場を立ち去る俺に、男は尚食い下がるが、俺が黙って戦闘に必要なスフィアーツを起動させ始めると、何も言わずに俺を見送った。
分かっている。悪いのは俺だ。だが、とてもじゃないが「住人」の一人一人に事情を説明する気にはなれなかった。最初のうちはそうしていたのだが、事実を知った人たちが示す様々な反応に、疲れてしまったのだ。
通路の向こうから、物々しい機械音が聞こえてくる。俺は〈ファルスクエア〉を構え、迎え撃つ準備をした。
――擬似記憶の再生を再開。
「それじゃあ、行ってくるね」
「うん、気をつけて」
さすがに二人そろってログインするのも憚られたので、真琴がログインしている間に僕が見張ることになった。何か異常があったら、すぐに僕がヘッドギアを外す手筈だ。
そして真琴はヘッドギアを起動し、眠りにつく。外からは喧噪が聞こえてくるけれど、いつもなんだかんだとうるさい真琴がすやすやと静かに寝息を立てているのを見ると、なんだか不思議に気分になる。ふと、いつもは気にならない真琴の容姿に目が行った。
白と黒を基調としたノースリーブのブラウスとショートパンツという、いかにも動きやすそうな服を来ているせいで、すらりと延びた手足がむき出しになっている。その手足は棒のように細いけれど、いつも外を走り回っているおかげか適度に筋肉が着いていて、健康的な印象だ。すこしだけ膨らみかけている胸が、服を押し上げている。そして全くの無防備な寝顔。いつもの活発な印象とは違った、あどけなくも清楚な表情。
僕はかあっと顔を赤くした。図らずも、真琴が「少女」であることを意識し、急にものすごく恥ずかしくなる。視線を背けても、そこは真琴が割り当てられた仮設住宅の部屋で、僕は自分が女の子の部屋に入っていることに今更ながら気がつき、逃げ場がなくなる。
「ただいまー。ってあれ? どうしたの?」
というわけで、真琴がゲームの世界から帰ってきた時、僕は完全に挙動不審だった。
「な、な、なんでもないよ!」
その反応を見た真琴はきょとんとした表情を見せるものの、それはすぐに興奮した冒険家のものになる。
「あのね! すごかった! でっかい木みたいなのがあって、それをね、星空が囲んでるの! その木からいろんなところに繋がってて、なんだか本当にゲームの中の世界に入っちゃったみたいだった!」
言葉足らずで詳しくは理解できなかったけれど、それがどんなにすばらしい光景だったのかは、真琴の表情を見ていればわかる。まぶしいほどの笑顔にあてられて、さっきの恥ずかしさはどこかに飛んでいってしまった。
さて、一応安全と分かれば、やってみる他はない。僕たちはそれぞれの自室でそのヘッドギアをネットに繋ぎ、ギルガメッシュ・オンラインへとログインする。
ゲームの中で動かすアバターは、自由に変更できるらしい。けれど、まずは彼女と合流しなければならないため、最初のうちはベースとなっているもの、つまり現実のままの姿でログインすることにしていた。
それがどんなゲームなのか、あのサイトから大体の情報を得ていた。僕はなにやら仰々しいチュートリアルを右から左へ聞き流す。
――それでは、健闘を祈ります。あなたに英霊の祝福があらんことを。
チュートリアルが終わると同時に、僕は辺りを見回し、彼女の姿を探す。が、その努力も空しく、先に相手を見つけたのは真琴のほうだった。
彼女は、上から降ってきた。スタントマンよろしくスムーズに三点着地を決め、得意げな顔を向けてくる。僕はぱちぱちと手を叩く。
「えっと、じゃあまずはフレンド登録からやろうか」
真琴は頷き、宙に手をかざして銀色の縁にダークブルーのコントラストの「ウィンドウ」を開く。僕も習って手をかざし、「開け」と念じた。こちらも成功。出てきたメニューウィンドウから「フレンド」の欄を探す。
これも、速さでは真琴のほうに軍配が上がった。僕の目の前にフレンド申請が来たことを知らせるウィンドウが開き、僕はそのボタンをタッチする。
そこで、僕らは互いの名前をチェックする。とはいえ、僕は先に彼女のアバターの名前を聞かされていたのだけれど。
「ほほお、祐二、リタって名前にしたんだ。なんだか、女の子みたいな名前だね」
「まあ、確かに。でも、真琴がルトだから、これで。兄妹みたいでしょ?」
それを聞いた真琴、ルトは、にししとくすぐったいような笑みを浮かべる。
「よし、じゃあ行こうか。ルト」
「うん、行こう! リタ!」
僕たちが見つけたサイトの名前、というかそれを作った団体の名前を、「英雄相談所」といった。彼らはいち早くギルガメッシュ・オンラインに入り、その情報を集め、発信していたのだ。
だから、始めたばかりの初心者がまずどこに行くべきなのか、その情報はすでに取得済み。ダンジョンへと行く前に、まずは拠点となるホームタウンに行くことにする。
「おおー! これはまた、大自然って感じだね」
初心者の為に用意されたホームタウン、「シルフィグンス」。巨大な木々の間に橋を渡し、家を建て、それが繰り返されて立体的な村を作っている。
「えっと、確かこのゲームには基本的に回復アイテムがないみたいだね。だから、まずは強い武器と、スキル、魔法を作って行く……あ、ちょっと、ルト!」
僕が今後の予定を整理しているうちに、ルトはいつの間にか橋を渡ってずいぶん遠くに行ってしまっている。僕はため息を吐いて、急いで彼女を追いかけた。
「まったく、もう」
人の話を聞かないのはあまりよくない。でも、仕方がない。それが、真琴なのだから。
僕が追いついたときには、ルトはもう武器屋らしき店の前でウィンドウを開き、首を捻っていた。僕もそれに習い、店のカウンターの前に現れたボタンのようなものを押し、ウィンドウを開く。これも、「英雄相談所」のサイトで知った知識だ。
武器屋からのウィンドウには、その名前とは裏腹に武器の名前と、その素材が書かれている。これは、どうやら鍛冶屋のようだ。
さて、ここで疑問が一つ。僕らは一度もダンジョンに出ていないから、武器を作成するための素材なんて一つも持っていない。だからルトが首を捻るのはおかしいのだ。
けれど、ある程度彼女と長いつき合いになる僕は、その理由に思い至って、思わず笑ってしまう。その音に気づき、ルトがこちらを向いた。
「あ、ゆう……リタだ。ねえ、武器屋なのに武器が買えないよ……。お金の表示もないし」
その声音があまりにも困り果てているものだったから、僕は笑うよりも呆れてしまった。
「いや……英雄相談所のサイトに載ってたでしょ。武器は素材を集めないと作れないって……」
言うと、ルトはいかにも合点がいったという様子で、拳と手のひらを合わせた。
「あ、そっか。じゃあ、さっそくダンジョンに行ってみよっか」
あっけらかんとして言うルトは、そのままさっさと来た道を戻り始める。僕は慌てて追従しながら、ふと気になって訪ねた。
「ねえ……。もしかして、真琴ってあんまりゲームしたことないの?」
あり得そうな話だ。なんというか、彼女はゲームとか家の中で遊んでいるより、外で走り回っているような印象が強い。まさかやったことが無いなんてことはないだろうけど、この際だから聞いておく。
「うーん。父さんがやってるゲームを横から見てたり……横から奪ったりはしたけど。進めるよりは、データ消しちゃうほうが得意だったかな!」
僕は思わずずっこけそうになる。真琴の父親さん、ご愁傷様です。
となると、尚のこと事態はややこしい。僕はまあ、上手いほうではないけれどゲームは結構やってるし、新しくゲームを買ったときの心構えもできているつもりだ。けれどヴァーチャルなゲームの場合は、知識よりも運動神経が大事になってくる、と少し前に読んだマンガに書いてあったっけ。
ならば……、
「じゃあ、この街のポータルの近くの、『虹柱の丘』ってところに行こう。素材が集まったら、戻ってきて何か作ろう」
予定を聞いたルトは、満面の笑みになってうなずいた。
「うん!」
初めての戦闘は、前途多難だった。
「わあ……! すごい! 虹だ!」
入り口のポータル曰く、レベル20ダンジョン、「虹柱の丘」に入るなり、ルトは歓声を上げた。僕も感嘆のため息を吐いたほどだ。
小高い丘が点在し、遠くには岩壁のような山が聳えている。そしてなにより美しかったのは、ダンジョンの名前にもなっている虹の柱だ。
ルトは地面から生えている触れられんばかりの虹に突進していき、勢い余ってすっころぶ。転んだ場所が斜面だったせいで、そのままごろごろと転がって行ってしまう。
「おーい、大丈夫?」
「だいじょうぶ!」
僕が声を張ると、ルトは草むらの上で大の字になったまま元気いっぱいに返してきた。
しかし、全然大丈夫ではなかった。
ルトが転がっていった先には、立派な角を生やした牛のような敵モンスターがいたのだ。その牛はルトの姿を認めるなり、猛然と突進してくる。
「わああああ!」
ルトは驚いて起きあがり、必死で坂を登り始める。本能からの行動だったのだろうけれど、それは意外にも功を奏する。体が重たいらしく、牛は素早く坂を上れないようだ。
「起動、〈フルンティング〉」
僕は音声コマンドを入力し、獲物を手に握る。ルトもそれに習って、同じく頑丈そうな作りの直剣を出現させた。
剣道も習ったことのないただの子供が、剣を持っただけでまともに戦えるはずもない。アニメの主人公だって、大抵は修行をしたり、何かの霊が憑依していたりするものだ。
そのかわり、このゲームにはスキルというものがあって……。
「やあああああ!」
「て……ちょっと待って!」
そんな事は知らんとばかりに、ルトは剣を腰だめに構えて、突進を開始する。坂を利用して、勢いの乗った突き攻撃。しかし足に力を込めすぎたせいか、勢い余って牛を飛び越え、ぽーんと飛んでいってしまう。
「ああ……」
そこを牛に追撃されて慌てるルトに呆れながら、僕は慎重に牛との距離をはかる。射程範囲内でスキルを発動させれば、あとは自動的に敵を追尾してくれるという。その様子がうまく想像できない僕は、おっかなびっくり牛の隙を伺う。
あと十歩……あと五歩……今だ!
「〈スラッシュ〉!」
その瞬間、体が軽くなる。動く歩道で進行方向に歩いた時みたいに僕の体は加速され、澄んだ太刀筋が牛の後ろ足を斬り裂いた。ルトへの追撃のために突進の体勢を整えていた牛は、思わぬ横やりに姿勢を崩す。
そして僕は、初めての必殺技を発動する。
「〈解放〉!」
これまた、すごい加速感だった。〈フルンティング〉の剣身が鈍色に輝き、ものすごい速度で突きが繰り出される。体勢を崩した上で無理矢理こちらを向こうとして無防備になったその横腹に、それは容赦なく突き刺さる。
最初は存在することにも気が付かなかった牛のHPゲージが一気にゼロになり、遅れて牛は無数の光の粒になって消滅した。
僕は握っていた拳を解いて、柄の感触が消えたことを意識する。
「あーあ、こんなに景色がよくて天気もいいのに……。モンスターなんていない方がいい……」
地面に転がったままそんなことを言うルトに苦笑しながら、僕は彼女に手を差し伸べた。
――擬似記憶の再生を中断。




