A3-1
どのようなゲームにも、「上限」は存在する。スタンドアロンRPGならば最高のレベルに達した勇者がラスボスを撃破した状態。レベルのないものなら、全てのミッションがクリアされた状態。
そこからどう楽しむのかはゲーマーの腕の見せ所ではあるのだが、その境地に達したとき、俺たちは大かれ少なかれ空しさを感じる。
それをまさか、このゲームで感じることになるとは思ってもみなかったが。
今なら分かる。このゲームは、「英雄」を生むために作られたのだ。仲間と共に立ち向かう「勇者」ではなく、ある種の兵器のような、たった一人ですべてが完結する存在。それを実現させるために。
俺は今、幻想界のレベル120ダンジョンで戦っている。ダンジョンの見た目としては巨大な宇宙船かコロニーのようなもので、この光景を「夢見た」人間がSF作品に詳しいか、そういった雰囲気のゲームをやったことがあるやつなのだと暗示している。
敵モブも、耐久力は高いが、魔法耐性はあまりない機械系のやつらが多い。だが、そんなことは、俺にとってどうでもいいことだ。
俺は鉄柱を持った巨大な作業ロボットに〈ファルスクエア〉を向け、〈メギドフレイム〉を唱える。既に俺のHPは半分を切っており、限界突破した魔力が作業ロボを貫き、HPの八割以上を持っていく。
と、作業ロボットのいる通路と交わっている別の通路から、浮遊する円盤に銃器がついた戦闘ロボットが二機やってくる。
銃器の射程内に入るや否や、浮遊ロボが発砲してくる。現実世界ならば手も足もでないだろうが、ここはゲーム内のルールが適用される場所で、敵の銃は魔法にカテゴライスされる。
というわけで俺は腕輪の〈ゼピュロス〉で〈リフレクター〉を唱えると同時に、〈ファルスクエア〉で〈エクスプローション〉を唱える。銃弾は跳ね返され、浮遊ロボは爆炎でまとめて消し飛んだ。
仲間の仇をとろうというのか、作業ロボが柱を構えて突進してきた。俺はそれに対し、周りで浮いている二本の〈クラウ・ソラス〉を操って作業ロボと併走させ、〈ショックウェーブ〉と〈リフレクター〉でサンドイッチにする。結果、〈ショックウェーブ〉による衝撃が反射され、数度作業ロボをゆさぶって突進を中断させる。
その隙に俺は接近し、〈ファルスクエア〉でスキル〈グランプ〉を発動、ランクAの攻撃力の乗った超高速の斬撃を浴びせる。間髪入れず、〈スラッシュ〉、〈ストライク〉と繋げ、作業ロボのHPはあっという間に無くなった。
今度は背後から犬型ロボットが走ってくる。一体だけなのを確認して、俺は走り寄りながら〈ファルスクエア〉で〈グランプ〉を発動、他のスキルに繋げ、数秒で犬型ロボットを撃破する。
普通に発動するだけで解放必殺技並の威力と速度になる上に、クールタイムが異常に短い自らのスキルを使いながら、俺は常々思っていることを口にする。
「やっぱ、このゲームはクソゲーだ」
ほとんどのプレイヤーは知らないだろう。レベル250ダンジョン「深淵界」や「星霊界」に出現する高レベルモンスターたちが落とす素材を大量に使ったスキルが、常軌を逸した性能になることを。だがその代わり、システムアシストが極端に弱くなり、常人が発動すると剣がすっぽ抜けるようになる。
それだけではない、〈クラウ・ソラス〉のような浮遊する剣は、フォースの力か何かのように独立して動かすことができる上に、本人から離れた位置から魔法を放つことができるのだ。だが、それを扱えるやつはほとんどいない。
VR空間における技術を完全にマスターした人間ならば、あるいは。そんな技術がこのゲームには多すぎる。それだけではない、〈フレンドリーファイア〉を使ったセルフMPチャージや、リタたちの使う〈アポカリプス〉による、ソロでなくては成立しない戦術の数々。
断言しよう。このゲームは一人で戦うものだ。一人で、孤独に、死の恐怖に怯えながら幻想界を攻略する。それがこのゲームの本来の姿だ。一般フィールドの、パーティーによる戦術は、その副産物に過ぎない。
以前のリタも、こんな気分で戦っていたのだろうか?
俺はそう思いながら、ダンジョンの奥へと進んでいく。
――擬似記憶の再生を開始。
しとしとと雨の降る、アメリカ、サンフランシスコの十一月某日。
フリゲート艦とイージス艦に護衛された護送艦が着いた港で、僕たちは呆然としていたものだ。それはもう、完全包囲という言葉が正しい光景だった。それも道理で、僕たちの乗せられていた護送船は、電子の海に沈んだ日本から、最初に浮かび上がってきたものだったのだから。
とはいえ、その時の僕たちがそんなことを知るはずもなく、ただただ茫然としながら、自分たちに自動小銃を向けている連中を船の窓から見ていたものだ。
夜更かしの後、昼過ぎに起きたときのような倦怠感に包まれながら、銃を持った兵士たちに船から引きずり降ろされ、どこへとも知れない場所に運ばれていく。手錠ははめられていたけれど、兵士たちは僕たちにそれ以上の拘束を強要はしなかった。
そこで僕は、「彼女」と出会ったのだ。
ショートカットの髪がよく似合う、小柄で、きっと休み時間では男の子みたいに校庭を走り回っているような、快活そうな女の子だった。誰もが呆然としている護送車の中で、彼女だけはまるで遠足で電車に乗っているときのように、じっと窓の外を眺めていた。
「何か見えるの?」
その光景に、僕はちょっとだけ現実に引き戻された。周りを見渡しても、他に僕と同世代の人はいないし、彼女の顔はとても退屈そうで、見ていたら僕も退屈になってきたのだ。
声をかけられた彼女は、びっくりしたように勢いよくこちらを向いた。そしてはにかむこともせず、まるでいたずらの計画を相談された男の子のように、楽しそうに笑った。
「なーんにも。君も見る?」
そう言って彼女はスペースを開けた。
確かに、窓の外には何も無かった。畑なのか、荒野なのかよくわからない景色が続くだけ。
「ねえ、君さ、なんて名前?」
一瞬反応が遅れ、振り向いたはいいけれど言葉が出なかった。自分から声をかけておいてなんだけど、興味津々といった感じでこっちを見る彼女は、はっきり言ってかなりかわいかった。その瞳ははっきりと自己を主張していて、けれど小動物みたいに真ん丸で、思わず守ってあげたくなるような、そんな感じ。
そんな女の子が身を乗り出してこんなふうに尋ねてくるというシュチュエーションは、あまり体験したことはない。同世代の女の子たちだって、一年ぐらい前から急に大人っぽくなってあまり話しかけてこなくなったのだ。
「あ、こういう時って、自分から名乗った方がいいんだっけ? わたしは、真琴。椎名真琴っていうんだ。ねえ、君は?」
「あ、朝倉祐二……」
言いながら、思い出す。僕は四人家族の二人兄弟の弟で、ただの中学一年生だった。
「祐二、祐二っていうんだ! よろしくね!」
真琴は僕の手を握って、ぶんぶんと振り回す。さっきは女の子であることを意識してしまって、たじろいてしまったけれど、こうしてみると、なるほどなんだか妹みたいだ。二人兄弟の兄は弟にやきもちを焼きがちだというけれど、弟のほうだって、それなりの不満があるのだ。
それから僕と真琴が本当の兄妹みたいに仲良くなるまで、あまり時間はかからなかった。もし、家族と再会できていたのならまた違ったかもしれないけれど、日本から「水揚げ」されたのは家族の中で僕一人だけだった。
真琴のほうもそれは同じで、彼女は父親と二人暮らしだったようだ。「留守番するのには慣れているから」なんて、寂しそうに笑っていた。
快活すぎるきらいがあるせいでどうにも読みづらかったものの、やはり真琴は僕と同い年だった。とはいえ僕が五月生まれで彼女が八月生まれ、ずいぶんと悔しがられたものだ。
本当に、幸運だった。
残酷な情報に晒される前に、拠り所となる人を見つけることができたのだから。
「日本が……電子の海に沈んだ……?」
配給を貰う列に並びながら、僕はそう聞き返す。
「うん、なんか、日本語を話せる外人のひとが、そう言ってた。どういうことかな?」
真琴はその意味がよく分かっていない様子で、あっけらかんと首を傾げる。
「言葉のあやさ。今の日本の惨状を言っているんだよ」
と、同じく配給に並んでいた青年が会話に入ってくる。仮設住宅というか公民館のような建物の中で暮らすものだから、自然とお隣さんとは言葉を交わすようになっている。保護者もいないのだから、なおさらだった。高校生のこの青年も、僕らと同じ境遇だ。
曰く、今の日本は事実上の鎖国状態。というか、ハイジャック状態らしい。海上はイージス艦を初めとした戦力が巡回しているうえに、なぜだか日本本土に近づくと電子機器が停止するのだ。かろうじて掴んだ情報が、日本本国にいる人間は、一人残らずよくわからない機械によって眠らされているということ。
「……まさか」
信じられなかった。大規模なテロがあって、日本がハイジャック状態、というのなら、納得はできないけれどまだ理解はできる。けれど、日本にいる人たちが機械によって眠らされているなんて、たちの悪い冗談にしか聞こえなかった。
「まあ、信じられねえよな。デマかもしれねえし。でも、本当だったら、何でおれたちはここにいるんだろうな……」
まさかこの問いに対する答えを、僕たち自身が見つけることになるとは、この時は思いもよらなかった。
さて、いつまでも難民扱いの日本人たちを日本大使館のホールで暮らさせるわけにはいかないということで、本格的に仮設住宅の建設が始まり、僕と真琴はようやく自分の部屋を与えられた。とはいえそれまでの暮らしと何が変わったかと問われれば、首を傾げるしかない。
つまり、僕たちは暇だったのだ。たった百数十人とはいえ、事実上の鎖国状態になった日本から送られてきた難民たちを、アメリカは扱いあぐねた。時間さえあれば改善されるのだろうけれど、まだまだ目処は立っていない。
真琴が「それ」を持ってきたのは、そんなときだった。
ボクシングとかに使うようなヘッドギアを、機械っぽくしてヘッドフォンの雰囲気を加えたならば、こんな感じになるのだろう。それを、二つだ。
「なに? これ」
僕が尋ねると、真琴は得意げに答えた。
「日本から世界中に送りつけられているんだって。それでね、これをネットの回線につないで被ると、なんとゲームの中の世界に入れちゃうんだって! 危ないからって回収されているみたいだけど、ちょろまかしてきちゃった」
僕は言葉を失った。それはもう、話がぶっ飛びすぎていて、信じるとか、信じないとか、そういう以前の問題だった。だから、逆に、あの言葉が脳裏をよぎったのだ。
――日本は、電子の海に沈んだ。
真琴は、鼻息荒く、わくわくとした表情を見せている。僕は心の中でため息を吐いて、そのヘッドギアを指さした。
「使ってみるのはいいけど、その前にネットで調べておこう。何があるか分からないしね」
情報自体は、大量にあった。問題はどのサイトも英語とか外国語ばかりで、僕らには上手く読めないことだった。
そして二人で悪戦苦闘すること二時間。偶然クリックしたURLから、僕たちはそのサイトを見つけだすことになる。
そのサイトは、複数の言語で書かれているようだった。僕たちはその中からJapaneseという表示を選び、現れた情報に目を通す。
――ギルガメッシュ・オンライン。
それこそが、そのヘッドギアから入り込むことのできるゲームの名前だった。
――擬似記憶の再生を中断。




