T1-4
翌日、ギルガメッシュ・オンラインにログインした俺は、自分とフレンド登録しているプレイヤーの名簿をチェックし、そこにエリの名前があることを確認する。このゲームは時差の関係上、ログインする時間によって住んでいる国がおおまかにわかるが、いつも夜八時過ぎにログインしているから彼女もアメリカのわりと近いところに住んでいるのかもしれない。
ところで、フレンドとはゲーム内で親しいもの同士が互いの連絡先を教えあうようなものである。ついでに通常のキャラネームとは別に設定されているユーザーネームを明かすことにもなり、もう同じキャラネームの人と混同することはなくなるというわけだ。
俺は新たな依頼を受けた旨をメッセージとして送信する。なんだかんだで、新しいものが好きなあいつのことだ。すぐに来るだろう。
「さて、ボスがいるという場所は……と」
俺はプラネタリウム的な輝きに満ちた「狭間の大樹・下層」のフィールドを眺め、目的のダンジョンへと繋がるポータルへと向かう。
指定された場所は、ウバイド遺跡という比較的低レベルのダンジョンだ。RPGによくある古代遺跡らしく、石像が動き出して攻撃してきたり、アンデット系モンスターがわんさかいたりするが、ギルガメッシュ・オンライン初期からあるダンジョンなので、もう探索しつくされた感がある。
エリからこちらに来るという内容のメッセージが来たことを確認し、ポータルの付近で待っていると、すぐにその少女が姿を現した。
相変わらず癖の強くはねた金髪であるが、やはり服装がこの世界に対して最大のミスマッチだと思う。ふわりとした白いインナーの上に春らしい桜色のパーカーを羽織って、動きやすいショートパンツをはいているその姿は年齢相応なのかもしれないが、冒険者然とした俺のアバターと並べると別世界の住民に見えるに違いない。もっとも、このゲームでの服装は重量以外ほとんどステータスに影響しないのだが。
「こんばんは、ガルドさん」
「おう、よく来たな。今回の依頼はちょっとすげーぞ」
手をぶんぶんと振って挨拶するエリに手を挙げて答えながら、俺はにやりと笑う。そして、依頼を受けてから追加で送られてきたクイーンからのメッセージの内容を伝える。
今回のエリの役割は、俺が戦っている場面を撮影し、その対抗策を練ることにある。このゲームには自撮りが可能なアイテムがあり、スフィアーツの光をカメラと化すことによってそれが実行されるのだが、いかんせんこれから戦うボスは一発では絶対に勝てない相手であり、バックアップ要員がいなければ二日で達成は不可能だ。
そしてバックアップ要員に支払われる報酬を聞いて、エリは目を丸くする。そのつもりはなかったが懐柔が完了した瞬間だった。
俺たちはわくわくしながら冒険の準備を始めた。死んでもペナルティが発生しない非戦闘フィールドである「狭間の大樹・下層」だが、スフィアーツを起動したり魔法を使ったりすることは可能だ。俺たちは思い思いに自分の武器にセットしてある魔法を唱え、互いに能力を強化していく。
「よし、行くか」
準備が完了し、俺とエリはポータルの中に足を踏み入れると、視界が暗転したり平衡感覚が狂ったりすることもなく、視界には薄暗い地底遺跡が映る。このエリアチェンジのスムーズさには毎度驚かされてばかりだ。
こうして二人きりの冒険が始まったわけだが、ぶっちゃけこのフィールドは何度も入ったことがあるので新鮮味は皆無で、前衛と後衛の役割分担が完璧に機能しているので全く苦戦しなかった。俺の呪いの愛剣、〈ダインフレス〉は群れるアンデットモンスターをばったばったと薙ぎ払い、後ろに控えるエリが魔法で援護する。普段はあと二人よくパーティーを組むメンバーがいるのだが、二人とも忙しいらしくここ数日見かけていない。
首尾よく戦闘をこなし、目当ての場所の前まで一時間もかからずに到着することができた。ここは「英雄碑」のある安全地帯で、俺たちは持っている「帰還の書」をここに登録する。これで、ほかのエリアの「英雄碑」からここへひとっ飛びすることが可能となった。もちろんホームタウンに帰還するアイテムも持っており、アイテム補充の体制は整っている。最後に、死んだときに復活できるよう、たたずむ碑を指でクリックして出てきたウィンドウでちょっと操作を行えば、ここがリスポーンポイントに設定されて準備は完了だ。
「さて、この先に新しく実装されたエリアがあるんだってな。どんなボスなんかね」
「魔法系のスフィアーツを使ってくるんですよね? 楽しみだなあ」
俺とエリはそれぞれの感想を口にしながら、「英雄碑」を後にする。
クイーンがメッセージで伝えてきたその場所には、巨大な扉が鎮座していた。メニューウィンドウを開くと、一度通ったことのある場所を記録するナビマップが更新され、何もなかった場所に扉があることが書き加えられる。
俺は手持ちの素材アイテムをすべてエリに預け、扉の前に立った。MMOで人にアイテムを預けるという行為はあまり褒められたものではないが、すぐには必要のないアイテムはギルドハウスにある倉庫に置いてあるので特に問題はない。それよりも、ダンジョン内で手に入れた素材アイテムをボス部屋のこやしにしてしまうほうが問題だ。
「さて、いよいよだな。エリ、頼む」
俺が言うと、エリはメニューウィンドウを操作し、プレイヤーに追従して背後から撮影するアイテムを作動させた。俺の前に、撮影することへの同意と拒否を選択させるウィンドウが開き、俺は迷わず同意する。これで、俺は戦闘の一部始終を記録され、それをリアルタイムでエリに見られる立場になったわけだ。あまり失態は晒したくないものだ。
自分に弱体化魔法をかけてから〈ダインフレス〉に吸収させ、呪いの剣の力を最大にすると、今度はエリが能力値を上昇させる魔法を唱えた。〈クラウ・ソラス〉もつき従うように浮いているし、これで準備は完了だ。
「よし! いくぜ!」
俺は気合いを入れて扉を開き、その中へと飛び込む。中は開けた空間となっており、床には魔法陣のような円と幾何学模様が合わさった複雑な装飾がなされていた。そしてその中心にはほの暗い、青い光を放つ剣が刺さっていた。
美しい剣だった。両手剣のサイズのそれは、サファイアとかの鉱石のように透き通り、平行四辺形を歪ませて細くしたかのような刃は宝石をそのまま剣にしたかのようだ。
それを見つけたのが合図となったかのように、剣からほの暗く青い光が発せられる。それらが空中に集まり、人の形を形成すると、それは魔法陣から剣を引き抜いた。剣を持ったことにより人の形をしたそれにはさらに細かいデティールが浮かび上がってきて、最後にはほの暗い青の全身鎧を身にまとった戦士の姿をとった。
『因果剣ファルスクエア』レベル120。その名前を認識すると同時に、HPバーが表示される。HPの数値は24200。最大火力の〈ダインフレス〉のクリーンヒットを二十発以上当てないと倒せないHPだ。ボスにしてはそこまで高くないのは、こいつが人型だからだろう。しかし、今の俺のアビリティ構成なら相手のおおまかなパラメーターが分かるはずなのだが、HP残量とスキルタイプしか分からない。どうやら〈看破阻害〉のアビリティを持っているようだ。
そして、こいつのスキルタイプは〈ファルスクエア〉。予想はしていたが、つまりこいつのスキルの挙動がまったくの未知ということだけが分かるというわけだ。
結論、戦ってみなければ、能力が全く分からない。ここで立ち止まって注視しているだけ無駄だ。
挨拶代わりに、まずは〈ダインフレス〉で〈チャージ&ダブルスラッシュ〉をお見舞いする。目にも留まらぬ早さで接近する〈ダインフレス〉の剣線を、その戦士は青い両手剣でたやすく受け止めた。剣を切り返して放たれた二撃目も受け止められ、俺はその衝撃でたたらを踏む。
その隙を見逃さず、因果剣の剣精は剣に青い光を纏わせ、鋭い薙ぎ払いを放った。まともにくらい、吹き飛ばされる。俺は空中でなんとか姿勢を整え、着地すると同時に相手の技量の高さに舌を巻いていた。
普通の敵、この場合はレベル60程度の人型のモンスターのことをいうが、スキルによる突進攻撃に反応できるやつはまずいない。初撃でのけぞらせれば、そのまま連続攻撃につなげて大ダメージを与えることはできる。しかしこいつは、まだ一度も見せていない技を完璧に防ぎ、その上反撃までしてみせた。相当レベルの高いAIだ。それに、スキルまで使ってくるという。
俺のHPも、最大値の1300から800まで減ってしまっている。逆算するとダメージは500。両手剣系のカテゴリのダメージ効率から計算すると、だいたいAランク程度の攻撃力か。
俺を吹き飛ばした剣精は、そのまま追撃することなく剣を体の前に構えた。その一瞬後に電気のようなエフェクトが輝き、俺の体を包んだが、しかし何の効果もなかった。今の魔法は、雷属性弱体化魔法〈パラライズ〉だが、俺には通用しない。
すべての状態異常を吸収した〈ダインフレス〉を起動している間、俺はすべての状態異常を無効化する。相手はその効果までは読んでこなかったようだ。
俺は〈パラライズ〉の魔法を無効化してできた隙を有効に使うため、今度は自らダッシュし、〈ダインフレス〉で二連軽刺突〈ダブルピアース〉を発動、威力が低い代わりに素早い二連撃を放つ。さすがにこれは防御できないようで、相手のHPがわずかに減少する。ちらりと相手のHP横のアイコンを確認すると、「火傷」の状態異常になっていることがわかった。スフィアーツ使いは例えボスだとしてもHPの自動回復機能があるが、火傷によってHPの回復を妨害することができたわけだ。
魔法使用後の硬直が解けた剣精は、両手剣を振るって反撃してきたが、こちらも剣を合わせてぶつける。相手の剣の方が重く、衝撃が腕に響いたが、こちらの筋力パラメーターは相手を上回っているようで、うまく受け止められた。
俺はその体勢のまま〈クラウ・ソラス〉を掴み、単発重斬撃〈グランプ〉を発動。それに反応した剣精はこちらを押し返すようにぐっと力を込め、同時に地を蹴った。その動作で距離をとられ、〈クラウ・ソラス〉の斬撃は空を斬る。その隙を狙うようにして剣精は状態異常を発生させる魔法を連続で唱える。しかし、今の俺には状態異常は効かない。
このような攻防が続き、すべての種類の弱体化魔法を使った剣精は、HPを三割ほど減らしていた。状態異常系の魔法を主力として使ってくるタイプのボスモンスターのようだが、俺にとってはかなり相性がいい。時には自分のHPを回復しながら、着実に相手のHPを減らしていく。
が、すべての弱体化魔法を使い、HPを減らした剣精は、その行動パターンを大幅に変更した。
剣で攻撃を弾いてからデバフを使ってくるパターンだったが、俺が突進系のスキルを発動させたと見るや、魔法を発動、竜巻が発生し、突進中の俺の体勢を崩した。さらに、突進を邪魔されてたたらを踏んだ俺に、今度は禍々しいオーラを纏った鎖が絡みつき、行動を制限しながらダメージを与えた。
〈トルネード〉と〈ダムネイション〉だ。それぞれ消費MP70の風と闇の上級魔法だが、ダメージが思った以上に大きい。流石に危険を感じ、大急ぎで距離をとったが、それだけで俺のHPは二割近くまで減っていた。こっちの魔法防御が補助ありでAだから、相手の魔力は逆算して……Sか? そう考えながら、俺は自分のHP横を確認する。エリにかけられた魔法はすべての能力を一段階上昇させるものだったが、よく見ると能力強化状態のアイコンが三つ欠けており、消えたもののなかに魔法防御上昇があることを確認した。
「あいつ……〈ディスペル〉しやがった……」
中級魔法〈ディスペル〉は、その名の通り強化魔法を打ち消すものだが、普通、プレイヤー以外から使われることはまずない。ボスモンスターだって、広範囲で強力な魔法を使ってくることが常なのだ。このように小汚い手を使ってくることは少ない。
これでやつの魔力がAランクであることが確認できたわけだが、かなりのピンチである。俺は苦し紛れに〈マイナーヒール〉を唱え、少しのHPを回復するが、休憩する暇は与えんとばかりに剣精がスキルを発動させ突進してくる。剣が振られた方向から来る斬撃の方向を読み、〈クラウ・ソラス〉で〈グランプ〉を発動、重い斬撃を剣に当て、はじき返す。続いて〈ダインフレス〉で〈トリプルスラッシュ〉を発動し、切り刻む。
さすがに重い斬撃で剣を弾いただけあって、三連撃はすべてヒットした。剣精は大きく体勢を崩し、後退する。俺はさらに追撃すべくダッシュで接近し……。
不意に、相手の剣が強い光を放っていることに気がついた。あれはすべてのスフィアーツに存在する〈解放〉時のエフェクト。一撃必殺の、前触れだ。
――やばいっ!
そう思った瞬間、剣精の剣が漆黒のオーラを纏った。それが意味することを悟り、俺は思わずうめき声をもらし……。
通常の詠唱をすっとばして発動した闇属性致命級魔法〈メギドフレイム〉の闇の炎によって、残り少なかった俺のHPは一気に消えた。
チラシ裏的解説
・ウバイド遺跡
紀元前5500年ごろにメソポタニアに誕生した先史文化(wiki調べ)。しかし設定を全く生かせていない。
・英雄碑
いわゆるリスポーンポイント。本作のゲームデザインは「死んであたりまえ」なので、何度も挑戦できるようにデスペナルティがそのダンジョンに入ってから入手したアイテムのドロップとなっている。英雄碑はボス部屋から近い場所にあるので、アイテムの回収は比較的容易となっている。
・今回のボス
武器が本体で人型はそのオマケ、という発想はいろいろな作品で出てくる。灼眼のシャナに登場する「天目一個」。キングダムハーツⅡファイナルミックスに登場する「アブセント・シルエット」など等。かっこいいので作者のお気に入り。




