A2-2
なんだかんだで、この四人が揃っての本格的なダンジョン攻略は久しぶりだった。俺とジル先輩が敵陣へと突っ込み、エリがラザさんに守られながら魔法で援護する。敵の攪乱と状態異常による妨害が俺の役割だが、ジル先輩のような盾持ちがいるとかなり安心感がある。
例えば、今の状況。敵は黒い鎧に身を包んだ煙の人型「フォッグアームズ」ニ体と、二重螺旋をかたどったエレメント系モンスター「ヘリックス」、そして自爆攻撃がやっかいな四足で素早い機械「プレゼンター」だ。特に強力な魔法攻撃を連発してくる「ヘリックス」がこの徒党の主力と言える。
俺とジル先輩はこいつらと遭遇すると、すぐさま飛び出して前衛の「フォッグアームズ」へと突進した。〈ダインフレス〉が煙鎧野郎に「鈍足」の状態異常を発生させ、俺は一度引く。そして「フォッグアームズ」が手に持った大剣でジル先輩に切りかかり、しかしその盾〈アルビノクラッド〉で受け止められるのを確認してから、再度飛び出す。
「タゲ引く!」
狙いは、ジル先輩めがけて魔法を撃とうとしている「ヘリックス」だ。「プレゼンター」はこちらも魔法を撃とうとしているエリに反応して、孤立している。そのがら空きの結晶体に、〈リグランプ〉の重いニ連撃を叩き込む。それで詠唱が中断され、「ヘリックス」のターゲットはこちらに向いた。
しかし、こうなるとまずい。ターゲットが近くにいる「ヘリックス」は、初級魔法をマシンガンのように連発してくるのだ。俺は〈チャージ&テトラクラップ〉を発動し、一気に「フォッグアームズ」へと接近、四度切りつけ、最後に大きく跳んでジル先輩と合流する。その間にも「ヘリックス」は〈ファイアボール〉を連発し、俺のHPが三割近く削っていた。
だが、ジル先輩の構えている〈アルビノクラッド〉はレベル120までの魔法攻撃を吸収することができるため、「ヘリックス」の張る段幕も難なくシャットアウトした。
「解放します!」
直後、エリが〈ブリュンヒルデ〉を解放し、大幅に強化された炎属性致命級魔法〈プロミネンス〉を「ヘリックス」に打ち込んだ。極太の灼熱の奔流、それが収まると同時に俺は飛び出し、〈ダインフレス〉と〈クラウ・ソラス〉で順に〈トリプルスラッシュ〉を発動、残り少なかった「ヘリックス」のHPを削りきった。
既に「プレゼンター」はラザさんが倒していたようで、残りはニ体の「フォッグアームズ」のみだった。それもエリの〈プロミネンス〉の余波でHPが大きく削られており、問題なく全滅させることができた。
「ナイスファイト!」
俺はひとまずの勝利に互いの健闘を称えてガッツポーズをした。
ダンジョン「魔王の螺旋」に入ってから一時間ほど、既に第六階層まで歩を進めており、探索も佳境といったところだ。
「本当に、見たことのない素材ばっかりね。帰って合成屋に行くのが楽しみになってくるわ」
「本当ですね。属性防御とか作りたいです」
俺の台詞を聞いたジル先輩が、大げさにため息を吐く。
「ねえガルド君。やっぱりさ、君に敬語は似合わないよ。あたしに何を遠慮しているのかは知らないけどさ、タメ口で話そ、タメ口で」
「え? でも……」
「何よ、幻想界では敬語じゃなかったでしょ」
「あ、すみません」
「そうじゃない」
「わ、悪い……」
その反応に、ジル先輩は満足げな顔になる。俺の背後でエリとラザさんが笑いを堪えている気配が隠す気もなく伝わってきたが、敢えて無視した。
その後も探索は順調に続き、俺たちは第七階層の「英雄碑」までたどり着くことができた。それぞれ持ってきた「帰還の書」をこの「英雄碑」に登録し、俺たちは手に入れた素材アイテムを自分の倉庫に預けるため、一度ホームタウンにアイテムで帰還する。
一応全員の倉庫が「英雄相談所」のギルドハウスにあるのだが、エリとラザさんは消費アイテムを買いたいからという理由で俺とジル先輩を置いて行ってしまった。俺は二人の意図に辟易として心の中で悪態を吐いたが、ジル先輩は特に気にした風もなく、ギルドハウスへと入っていく。
そうそう、素材アイテムの保存は大切だが、消費アイテムの補給も大事だ。ボスのドロップする〈断空剣〉の性能からして、遠距離から強力な物理攻撃が飛んでくることが予想される。その射程によっては後衛のエリが危ないが、そこは一度死んでみるしかあるまい、俺は蘇生アイテムを多めに持っていくことにする。
そんな作業をしているなか、ジル先輩が声をかけてくる。
「ねえガルド君」
「なんで……どうした?」
ジル先輩は苦笑を浮かべ、しかしすぐにその表情を真剣なものへと変える。
「レベル120で、雑魚モンスターがここまで連携をとってくるダンジョンなんて珍しいわ。だから、ボスも結構強いんだと思う。『向こう側』だったら、絶対に挑まない。例え、運良く再深部にたどり着いたとしても」
二度目の台詞に、俺はうなずくことしかできない。
「でも、それをあの二人は圧倒してみせたんでしょう? そんなのどう考えても異常よ。向こうも話したがらないみたいだし、ガルド君も遠慮しているみたいだけど、そろそろ真剣に知っておいたほうがいいんじゃないの?」
「それは……」
おそらく、二人きりだから言った台詞だ。エリにはある程度秘密にしていることだし、本人にも聞かせるわけにはいかない。ラザさんには話したのだろうか?
「ガルド君には、あの二人の頼みごとを叶えたっていう借りがある。そういうのも交渉に使いなさい。あたしにはそんなアドバイスしかできないけど、このまま何も知らなかったら……」
ジル先輩はそこで口をつぐみ、少し迷うそぶりを見せてから、もう一度真剣な表情になって言った。
「きっと、後悔することになるわ……」
俺は、言葉を返すことができなかった。
準備を終え、「帰還の書」を使って「魔王の螺旋」へと移動した俺たちは、まっすぐにボス部屋へと向かった。特定の場所の「英雄碑」を登録してある「帰還の書」はプレイヤーが開く露天で多く売っているのだが、「魔王の螺旋」は新ダンジョンなだけあってまだまだ高い。それに、せっかくの新ダンジョンなのだ、楽しまなければ損になる。
例によって、ボス部屋は巨大な扉で来訪者を歓迎する。俺は扉に触れて出てきたポップアップウィンドウに目を通し、ボスがこの中にいることを確認する。幸いにも、ボス待ちのプレイヤーはまだ見えない。俺は撮影用のアイテムを起動すると、気合いを入れるために一声かける。
「うっし、じゃあ、いっちょ死んでこようぜ!」
「おー!」
「はい!」
「ああ!」
苦笑とともに三者三様の答えが返ってきた。それを確認した俺が扉を開けると、ジル先輩とエリが全員にバフをかける。準備は万端、俺たちはそれぞれの獲物を握り、部屋の中へと飛び込んだ。
ボス部屋の雰囲気は、一言で言うと「摩訶不思議空間」だ。何の説明にもなっていないが、まるで星空のただ中で立っているかのような感覚にさせられる半透明の足場と、星空。その周りを取り巻く、螺旋を描く砂時計的オブジェはいかんとも他に形容する言葉が見あたらない。リタが見せてきた映像の時はあまり気にならなかったが、いざこうして見てみるとなるほど「魔王の螺旋」だと納得してしまう。
部屋の中心に目を向けると、ボスの出現エフェクトが始まっていた。金色の砂が糸を引くように寄り集まり、立体的な幾何学模様を形成していく。と、思うまもなく、その立体図形の中から人が姿を現した。
目が覚めるような赤と白のコントラスト。美しい巫女装束の女性だったが、その顔には生理的嫌悪を与えるいかにも魔王的な仮面を被っている。
「ファーブニル・オルタナ」
レベル:120
HP:47000
MP:‐
スキルタイプ:断空剣
攻撃力:S
魔力:A
物理防御:A
魔法防御:A
武器重量:C
魔法耐性:氷無効
状態異常耐性:目眩み、鈍足、麻痺、凍傷、沈黙無効。
「HP四万七千、能力値はスフィアーツと同じ! 氷属性が無効で他は等倍、近接妨害系と沈黙は無効! だが毒が入る!」
〈看破〉のアビリティで得た情報を、大声で伝える。それを皮切りに、俺たちは事前に決めていた陣系を作った。とはいってもそれは雑魚モンスターと同じもので、俺とジル先輩が前衛、ラザさんとエリが後衛だ。
毒が入るボスほど脆いものはない。俺はまず〈チャージ&テトラクラップ〉を発動し、一気に距離を詰める。一撃目を華麗な刀さばきで受け流され、続く二撃目も受け止められる。だが刃を反転させる三撃目で胴に入り、最後の振り上げがクリーンヒット。ジャンプで距離をとり、近づいていたジル先輩の後ろに離脱した。肩越しに見ると、毒と火傷の状態異常がしっかりと入っているのが確認できた。
反撃は速やかだった。巫女魔王は祈るように太刀を構えると、魔法を発動する。ジル先輩の足下に青い魔法陣が形成され、上空から氷の塊が降ってくる。氷属性上級魔法〈アイシクルコメット〉。
だが地面に現れた魔法陣で魔法の種類を見破ったジル先輩は、〈アルビノクラッド〉を上に構える。隕石がごとき氷のつぶては、その魔法吸収能力で阻まれた。
だが、その時にはもう巫女魔王は距離を詰め、太刀を振りかぶっている。
「……っ!」
ジル先輩が戦慄に息を飲むが、斬撃は〈ロムルスの槍〉でしっかりと受け止めている。さすがの反応だ。
「〈プロミネンス〉!」
そして、後ろで魔法の詠唱を済ませたエリがその魔法名を唱え、巫女魔王を灼熱の奔流に巻き込む。派手なエフェクトで姿が隠れた後も油断なく武器を構えていたが、さすがにその攻撃は防ぎようがなかった。
「え? な、なに?」
エリが戸惑ったような声を上げ、画面左端に表示されているパーティーメンバーのHPが減少する。
「特殊攻撃だ!」
俺が叫び、ジル先輩が走り出す。ダメージを受けながらも〈プロミネンス〉の攻撃範囲から逃れていた巫女魔王が、恐らく〈断空剣〉の特殊攻撃「断空」を使ったのだろう。ジル先輩が突進刺突系のスキルを繰り出し、無理矢理中断させる。
「ぐ、あ?」
しかし、俺の目の前を剣線が通ったと思ったら、いきなり俺のHPが減少していた。ジル先輩のほうを見ると、こちらも理解できないといったふうな表情になっている。俺がとっさの反応で〈クラウ・ソラス〉を横に構えると、次の瞬間に強い衝撃が襲ってくる。
「こいつッ! 前衛がいても、かまわず遠距離攻撃してくる! ジル先輩!」
「同意見ね。でも遠距離攻撃中は絶好の攻撃チャンスよ。ボスの剣の刃が手元から消えているわ、防御をしてこない」
なんと、この巫女魔王はごり押しが戦術のようだ。続けて、ラザさんが叫ぶ。
「見えている範囲にしか攻撃できないみたいだ! 盾でかばっていれば問題ない! あと遠距離斬撃の方向は振っている方向と同じだ!」
さすがは「英雄相談所」の検証メンバーだ。分析が早い。俺が巫女魔王の遠距離攻撃を受け、ジル先輩がその場に釘付けにしたままダメージを与える。そしてラザさんに守られたエリが魔法で援護する。いまのところ最高の状態だった。
だが、毒と近接攻撃であっというまにそのHPを半分以上削られた巫女魔王は、唐突にその行動パターンを変えた。その場から大きく跳躍し、一息でエリのほうへと迫ってきたのだ。予想以上の機動力に、ジル先輩が追いつくことができない。エリの前で盾を構えるラザさんをガン無視して、エリへとその刃を向ける。完全に狙い撃ち、抹殺モードといったところか。
だが、それを見逃すラザさんではない。球技のディフェンダーよろしくその身をすべりこませ、〈アルビノクラッド〉の白い防壁を敵に押し付ける。その隙に俺が〈ダインフレス〉で切りつけ、時間経過で消滅していた毒の効果が再発させる。結果、エリを餌にしてよってたかってタコ殴りの状況ができる。
だが、それこそがこの巫女魔王の狙いだったのかもしれない。あっというまにHPを四分の一強まで減らした魔王巫女は、急に魔法を詠唱しだしたのだ。
〈アイシクルコメット〉を警戒し、地面に現れる魔法陣を待つ。だが、魔法陣は現れず、代わりに俺たち全員を極寒の空気が覆った。
「やばッ!」
あまり見る機会はないが、ここまで範囲の広い魔法ならば地形破壊魔法以上しかない。そして、氷属性魔法に地形破壊魔法はない。あるのは、広域致命級魔法〈ニブルヘイム〉だけだ。
実に150、つまり初期値の一・五倍の消費MPを持つこの魔法は、樹海がごとき氷の木々を生やし、俺たちを貫く。その効果時間が終わる頃には、HPは真っ赤な瀕死状態になっていた。
早急に体制を立て直すため、俺は〈クラウ・ソラス〉を構えて〈マイナーヒール〉を唱える。パーティーのHPを見ると、皆瀕死状態だが誰も死んでいない。次にジル先輩を回復しようと〈クラウ・ソラス〉を構えるが、次の瞬間、巫女魔王の持つ太刀が、銀色の「強い光」を放った。
「おい待てッ!」
俺が言い終わるか否か、その太刀が振り抜かれ、一瞬で俺たちのHPが全損した。




