T2-5
トリシアが部屋に足を踏み入れ、扉が閉まりきる。そして、その先にはいつのまにか銀と青の全身鎧を着た戦士が立っている。鎧にはなかなか豪奢な装飾がなされており、威厳たっぷりなマントも装備しているとあって、まさに「騎士」といった風貌だ。その鞘から剣を抜き、戦意を露わにする。
円卓の騎士が一人、「ケイ郷」だ。知名度が低いからか、ステータスもレベル40のスフィアーツを起動している程度で、剣術もそこまで巧くない。あまり強くなかったから知名度が低いのか、悩ましいところではある。だからこそ、最初にトリシアが戦うボスに選んだのだが。
対するトリシアは、同時に二つのスフィアーツを起動し、右手に細い刀身の〈村雨丸〉、左腕にシャープな印象を与える装飾を持つ腕輪〈サジタリウス〉をそれぞれ出現させる。
「おお、いい感じですね」
隣で、トリシアがつぶやく。自分よりも頭二つ分も背の高い相手に物怖じせず武器を抜いたことに対してではなく、その見た目にだ。
腕輪を装備した左腕を前にして、やや引き気味に〈村雨丸〉を構えるトリシアは、ドレスなのか鎧なのかよくわからない装備をまとっていた。少し緑がかった青色のブラウスと広がりのあるロングスカートの上から無骨な胸当てを着け、腕はチェインメイルで覆っている。よくよく見ればスカートとブラウスには所々で金属の繊維が編み込まれており、いかにも丈夫そうだ。どこかで見たことがある気がするが、それはきっと気のせいだろう。
先手必勝、とばかりにトリシアがスキルを発動させる。マリンブルーの光を〈村雨丸〉にまとわせ、構えると同時に爆発的な勢いで地を蹴った。二連中突進属性斬撃〈ダブルスラッシュ・カタストロフ〉が〈村雨丸〉の属性、つまり水属性を伴った斬撃をケイ郷に浴びせる。相手はレベル40なので、さすがにあの剣精のように受け止めてくることはない。その代わり、スキルアシストが切れてコントロールが戻ってくるタイミングをつかみ切れていないせいで隙を晒したトリシアに対し、深い青色をまとった強烈な斬撃が飛んできた。
まともに食らい、衝撃で大きくのけぞる。現実世界の中学生ならそのまま痛みと衝撃で転んでしまうだろうが、痛みがなく、スフィアーツによって大幅に強化された身体能力によって、トリシアはたたらを踏んだだけでとどまった。
俺が戦う場合、いつも〈ダインフレス〉の追加効果のせいでワンサイドゲームになるから忘れていたのだが、円卓の騎士はたとえレベル40でも、かなり強い強靱ステータスを持っている。ある程度重さのある両手剣ならばいざ知らず、軽量武器の〈村雨丸〉では体勢を崩すことはできないだろう。
それを学んだのか、トリシアは属性戦士兼魔法剣士の戦い方を利用し始めた。
トリシアは〈サジタリウス〉を装備した左腕を上げ、「〈ショックウェーブ〉!」と唱える。直後、トリシアの左手から衝撃波が放たれ、ケイ郷の体勢を大きく崩す。〈サジタリウス〉は風属性魔法を強化するスフィアーツなので、ダメージもしっかり入っている。
そしてその隙を逃さず、走り寄って〈ダブルスラッシュ〉を叩き込む。今度はシステムに規定されたモーションが終わった直後に地を蹴り、片手剣の間合いから身を離した。
その後も同じような展開が続き、トリシアは難なくケイ郷を撃破した。開いた扉からのぞいた顔も晴れやかだ。
「ナイスファイト」
「すごい……本当に初めてボスに挑んだんですか?」
俺とエリの賞賛に、トリシアが照れたように頭をかく。
「そ、そういえば、お兄ちゃん、武器をドロップするボスがいるって言ってなかったけ?」
話を逸らすように出た質問に、俺は苦笑しながら答える。
「ここでは〈アロンダイト〉、〈ガラディン〉、〈カリバーン〉の三つだな。〈アロンダイト〉がバランスのとれた片手剣で、〈ガラディン〉が加護上昇の付いてる両手剣、〈カリバーン〉はHPがかなり上昇する両手剣だな。俺は経験側から〈アロンダイト〉を推すな」
「そっか、じゃあ、その〈アロンダイト〉っていうのを……」
「ああ、わかった。〈アロンダイト〉は……ランスロット郷だな」
俺は円形の部屋の壁にずらりと並んだ扉の中から目当ての名前を見つけ、指をさす。
さて、これは俺がまだ中学生で、ギルガメッシュ・オンラインを始めてすぐの頃の話だが、円卓の騎士について調べたことがあった。記憶が定かなら、ランスロット郷とは色恋沙汰でアーサー王と対立し、円卓の騎士の三人を殺すことになった裏切りの騎士だ。トランプのクラブのジャックのモデルにもなっており、彼の持つ剣「アロンダイト」はきっとまがまがしい能力を持っていると思いわくわくしながら倒したものだ。しかしドロップした〈アロンダイト〉は特に変わった能力を持たない標準的な片手剣だったため、逆に裏切られた気持ちになったのは今となっては何とやら、だ。
俺が余計な追憶に浸っている間に、トリシアはさっさとボス部屋の中に入っていってしまった。エリも追従型カメラの映像をこちらに向けてくる。
トリシアを待ち受けていたのは、白と黒が入り交じった美しい全身鎧をまとった騎士だった。床に突き立てた剣を引き抜くその動作もどこか洒落て見える。
今回のトリシアはいきなり突進していくことはせず、左手を付きだして魔法を唱える。
「〈ウィンドカッター〉!」
斬撃がそのまま飛んでいくような速度で、風の刃がランスロット郷に襲いかかる。だが、白と黒の騎士は剣を構えたまま見事なステップで体をずらし、避けてみせた。
魔物相手では必中だった魔法をたやすく避けられたことにトリシアが驚いている間に、ランスロットはすでに足を踏み出している。そして驚くほど静かにその距離を詰め、袈裟斬りを放った。
その動きに圧倒されたのか、トリシアの反応が大きく遅れた。慌てて距離を離そうと地を蹴るも、左肩を捉えられる。さらに次の斬撃が飛んできて、足にヒットする。さらに胴に命中。どうやら逃してはくれなさそうだ。
しかし、苦し紛れの一手か至近距離で〈ショックウェーブ〉を唱えたことで、ランスロットの体勢が大きく崩れる。それを好機と判断したか、トリシアが〈エレメント・ダブルスラッシュ〉を発動、一気に抉る。
だが強靱度が高いのが騎士だ。すぐに体勢を立て直し、逃げる暇もないラッシュを始める。
そろそろトリシアのHPも余裕がなくなってきたのだろう。しきりに左上に目を向けているように見える。
ここで、このままやられなかったのが、トリシアのすごいところだ。ほかのゲームにも通じる技術ではあるが、初心者で、しかも土壇場でできるようなやつはそういない。
「〈解放〉!」
〈村雨丸〉を解放。その場で薙ぎ払いを放つ。ここまで速く、そして水平に広い攻撃はランスロット郷には避けられない。白と黒の騎士はまともに食らい、大きくノックバックした。
「起動〈クトネシリカ〉!」
相性が悪いのならば、交代すればいい。このゲームでは、プレイヤーは複数の武器を使いこなすことができる。
トリシアは現在、属性戦士のアビリティ構成だ。特に〈村雨丸〉には〈水属性攻撃強化〉のアビリティをふんだんに装備し、攻撃面のみを強化している。対して、新たに起動した〈クトネシリカ〉には本来の詠唱短縮能力に加えて〈魔法詠唱短縮1〉が五つセットされている。
「〈エクスプローション〉!」
つまり、〈クトネシリカ〉を起動したトリシアはMP消費が軽減されており、連続で効力な魔法攻撃をできる状態にある。放たれた爆焔は解放必殺技を食らって体勢を崩していたランスロット郷を吹き飛ばし、完全に転倒させた。
「〈スーパーヒール〉!」
その隙に、HPを回復する。こうなれば、もう魔法使いのペースだ。いかにその身のこなしがうまくとも、遠距離から一方的に強力な魔法を撃たれればひとたまりもない。
そのセオリーを証明するように、トリシアは魔法を撃ちまくった。強力な魔法を受けるたび、ランスロット郷のHPが目に見えて減少していく。
だが、相手はボスだ。ケイ郷ではなかったが、こちらは必殺技を用意している。その手に持っているのはレベル60の片手剣系スフィアーツ〈アロンダイト〉なのだから。
タイミングは完璧だった。〈エクスプローション〉の焔のエフェクトが消え、その姿を再び捉えようとしたトリシアの視界から、ランスロット郷は完全に消えていた。
一瞬遅れて、俺とエリが息をのむ。まるでそれが伝わったかのように、トリシアが上を向く。そこには白銀に輝く〈アロンダイト〉の輝きとともに、飛翔するランスロット郷の姿があった。
解放必殺技。強力なジャンプ斬り。本体と剣の重量が乗った斬撃が、トリシアに襲いかかった。さすがに驚愕が判断を塗りつぶし、まともに受ける。がいん!
とすごい音がして、トリシアのHPが減少する。
属性戦士兼魔法剣士のアビリティ構成だと、防御面を強化する余裕がない。レベル60のスフィアーツの解放必殺技をまともに受ければ、即死の危険があった。
しかし、ランスロット郷の剣はとっさに顔をかばったトリシアの左腕に受け止められている。遅れてなにが起きたのかを悟ったトリシアは、思い切り左腕を払った。
左腕に装備していた〈サジタリウス〉が、〈アロンダイト〉の解放必殺技からトリシアを守ったのだ。耐久値は大きく減少しているだろうが、そんなことは関係ない。魔法使いの目の前で大きく体勢を崩す。そんな隙を晒した時点で、もう勝負は決まっているのだ。
「〈ショックウェーブ〉!」
衝撃波で吹き飛ばし、さらなる魔法で追い打ちをかける。必殺技を受けきられた時ほどの劣勢はない。トリシアはそのまま上級魔法の火力を以てランスロット郷を打ち倒した。
「スキルでびゅんびゅん動くのも楽しいけど、こうやって魔法を撃つのも楽しいね。本当に魔法使いになったみたい!」
楽しそうにはしゃぐトリシアに、俺とエリはほほえましさに笑顔になる。
「地形破壊魔法はこんなもんじゃないからな。エリとか結構覚えがあるんじゃないか?」
「ええ、そうですね。使いどころが難しいですけど、〈ブリュンヒルデ〉と〈ポセイドン〉の解放必殺技は使っていて楽しいですよ。いつかトリシアちゃんにも使ってみてほしいなあ」
そんな会話をよそに、消耗したスフィアーツを起動しなおしながら、トリシアは質問をしてきた。
「ねえ、お兄ちゃん。円卓の騎士って、アーサー王の伝説にでてくるやつだよね? だったら、アーサー王本人もいるんじゃないの?」
その質問に、俺はこのダンジョンで入手できるスフィアーツの一つを説明し忘れていたことに気がつく。当たり前すぎて忘れていたのだ。
「あ、ああ、そうだな。だが、あいつだけは円卓の騎士の中でも段違いに強いぞ。たぶん魔法で攻めたほうがいいだろう。言い忘れていたが、倒せれば〈エクスカリバー〉をドロップする。伝説の聖剣だけあって結構高性能だぜ」
「なるほど~」
言って、トリシア〈村雨丸〉をしまい、〈クトネシリカ〉を起動する。
「じゃあ、さっそく行ってくるね!」
「おお、がんばれよ」
そうして、トリシアは三度扉をくぐる。
さて、ギルガメッシュ・オンライン仕様の「アーサー王」だが、その黄金の全身鎧をまとった姿は威厳を放ちまくっている。真っ赤なマントは彼が王族であることを示すようで、この場所が仮想現実空間であることを忘れそうなプレッシャーを放っている。
床に刺さった聖剣〈エクスカリバー〉を引き抜き、正面に構える。その様子を観察しながら、トリシアは〈クトネシリカ〉を構え、先制攻撃の為に魔法を唱える。
「〈ジャッジメント〉!」
光属性上級魔法による光の柱がアーサー王に降り注ぎ、その身を穿つ。だが、その対応も早かった。アーサー王はダッシュで距離を詰めると、その加速度を乗せた一撃をトリシアに見舞う。
トリシアは避けきれず胴体に斬撃を食らうが、反撃とばかりに左手をかざし、〈ショックウェーブ〉を唱える。そして先ほどの戦闘を再現するかのように上級魔法で追い打ちしていく。
今の時点でトリシアが使える攻撃魔法は、〈ウィンドカッター〉〈ショックウェーブ〉〈エクスプローション〉〈ジャッジメント〉〈ペインスコール〉の五つ。うち相手の体勢を崩せるのは〈ショックウェーブ〉と〈エクスプローション〉だ。どちらも攻撃範囲が広く躱しにくいため、さすがのアーサー王も押されていく。
だが、このゲームの人型の敵の恐ろしいところは、こちらの行動を学習し、その対策を立ててくることにある。丁度、ランスロット郷が〈エクスプローション〉のエフェクトに隠れて解放必殺技を使ってきたように。
最初の変化は、アーサー王がトリシアとの距離を調整し始めたことだった。ショックウェーブが来てもバックステップで避けることができ、しかし突進系のスキルで一息に接近できる間合い。〈エクスプローション〉を唱えても、突進系スキルによって回避され、重い一撃を叩き込まれる。だが、トリシアが反撃しようと左腕をかざしたときには、もうその射程の外にいる。
だが、アーサー王が攻めあぐねているのも事実だ。一撃以上の追撃を行えば体勢を崩す魔法を撃たれ、次の攻撃の機会を奪われる。そして距離をとっているうちにトリシアが回復魔法と唱える。膠着状態だ。
そして、さらなる変化があった。アーサー王が、トリシア自体を攻撃するのではなく、〈クトネシリカ〉の刃を狙いだしたのだ。トリシアがその目的を悟り、表情に焦りを浮かべる。〈クトネシリカ〉は軽量武器だ、あまり耐久値が高いとは言えない。
だがそこで動揺しなかったのがこの義妹の恐ろしいところだ。アーサー王との再度の接近で、〈クトネシリカ〉を解放する。
だがもし、これがアーサー王によるミスリードだったとしたら、このアーサー王は伝説上の人物と同等かそれ以上の実力を持っているだろう。〈クトネシリカ〉の居合い抜きが放たれたその場所に、アーサー王はいなかった。
トリシアには見えなかっただろうが、俺とエリには一部始終が見えていた。アーサー王は〈クトネシリカ〉が解放されたその瞬間、地を蹴り、トリシアの頭上を飛び越えていたのだ。攻撃を予測していなければ、とてもできる反応ではない。
そして、背後から放たれる解放必殺技の光。大技を振り切った後に背後をとられたトリシアに、それを回避するすべはなかった。
「あー、強いよ! なにあの人!」
円卓の間の入り口で復活したトリシアは、両手をばたばたさせながらそう愚痴った。近接攻撃特化型しかいない円卓の騎士たちは、剣士にとっても魔法使いにとってもいい練習相手だ。だが、訓練でついた自信を粉々に砕く役割を持つのが、英雄王、もとい教官王「アーサー」なのだ。
「む~!」
悔しそうに唸るトリシアが、決心したように立ち上がりかけて、しかし何かに気がついたように気の抜けた声を上げる。
「どうした?」
「え、えっと、そろそろ戻らないと、ママに見つかっちゃうかも」
「ああ、そうか」
トリシアの言葉に、俺とエリがしみじみと頷く。そして、トリシアはびしっと音が鳴るような勢いで俺に人差し指を向けた。
「私、あれに勝ちたい! だからお兄ちゃん、明日も手伝って!」
「ああ、いいぜ」
俺が答えると、トリシアは満足げに頷いた。
その後、円卓の間から「狭間の大樹・下層」に出て、きりもいいので俺たちはログアウトした。現実世界のベッドの上に帰還してすぐ、俺は何か忘れ物をしたかのような違和感に襲われた。
何だ? エリがトリシアに安くはない服装アイテムを渡したことか? それとも当初は別のボスに挑むつもりだったのか?
そこまで考えて、俺は決定的な間違いを犯していたことに気がついた。
トリシア、やる気になっちまってるじゃん。
「やっべええぇぇぇぇ!」
頭を抱え、一人暮らしの家に叫び声を響かせる。いつから俺は目的を忘れていたのだろう。これではトリシアがギルガメッシュ・オンラインにハマってしまうのは時間の問題だ。いや、もう既にハマっているかもしれない。
現状――どうにもならん。
俺は現実逃避気味に布団をかぶり、まずは明日を待つことにした。
そして、次の日。学校から帰ってきた俺の元に、一通のメールが届いていた。
『今日新しい先生が来て、ソフトボールの部の顧問をやってくれるそうだから、しばらくゲームは休むね』
喜んでいいのか、微妙な気分になった俺は、とりあえず夕食の準備を始めるのだった。




