T2-4
「狭間の大平原」から帰還した俺たちは、神都オーフェルンスに訪れていた。豪奢なゴシック建築の立ち並ぶこのホームタウンは、言わずと知れた魔法特化型プレイヤーのメッカだ。
「わあ、すごい! みんな魔法使いみたい!」
道行くプレイヤーたちも、魔法使い風の衣装に身を包んでいる割合が多い。中にはいかにも魔法少女的な装飾過多気味の装備をしているプレイヤーもいる。
「ねえ、ああいう服装ってどこで手に入るの? カミカゼのお兄ちゃん」
トリシアが自分の装備を見下ろしながら言う。今のところいかにも動きやすそうなシャツとハーフパンツの上から簡素な鎧とブーツをはいている格好だが、やはり美少女というのは侮れず絵になっている。初期装備の中でもいくつか種類はあるが、ちゃんと自分に似合うものを選んでいるあたり流石だ。オーソドックスなものしかないゆえに、似合わないものがあるのかは疑問だが。
だが、今のトリシアの発言は見逃せない。
「なあ、そろそろカミカゼって言うのやめてくれないか……」
「えー、だって特攻隊って言ったらカミカゼでしょ?」
「いや、そうではなくてだな……。呼ばれる度に特攻隊呼ばわりされるのはあまり気持ちのいいものじゃないぞ」
俺がげんなりして言うと、トリシアは何か思いついたように言葉を返す。
「じゃあ、特攻隊のお兄ちゃんに任務を与えるよ! これからお兄ちゃんが、私の気のいる服装を探してくること! それで買ってきたら、カミカゼって呼ぶのやめる!」
「子供かよ……」
まあ子供なのだが。
「仕方ない、わかったよ。で、指令官様のご注文は?」
仕方ない顔で承諾。質問すると、トリシアは品定めするように行きゆく人を観察し始める。
「んー、じゃあ、あれ!」
トリシアの視線の先をたどり、そこにいた女性プレイヤーの服装を確認する。そこで俺の表情は固まった。
「げ……」
トリシアの視線の先にいたプレイヤー。それはコスプレとしか言いようのないほど装飾過多な魔法少女風衣装に身を包んだ、エリだった。俺の視線に気がつくと、手を振りながら駆け寄ってくる。
「こんにちは、ガルドさん。ここに来るなんて珍しいですね」
「あ、ああ……そうだな」
「もしかして、〈魔法詠唱短縮3〉を探してたりしますか。この前の依頼で五万円稼ぎましたし」
エリの言うとおり、俺はまだファルスクエアの依頼で稼いだ五万円をまだ使っていない。確かにプレイヤーの広げている露天ならば、五万円もあれば余裕で〈魔法詠唱短縮3〉など買えてしまうだろう。
俺を置いてきぼり気味に話を進めるエリだったが、ふと俺の隣で困惑気味に立ちすくむトリシアに気がつき、目を丸くする。
「あれ? ガルドさん、この子は?」
「ああ、俺の義理の妹だよ。昨日このゲームを始めたんで、俺がガイドをしているんだ」
「へえー。それ、本当ですか? 実は彼女だったりして、わあ、こんな若い子に手を出して……」
「んなわけあるか……っと、紹介するぜ、こいつは知り合いのエリ。魔法での戦闘では結構いい腕してるぜ」
明らかに故意で話を脱線させようとしているエリを制して、俺はトリシアにエリを紹介する。
「エリさん、ですか。初めまして、義理ですけど妹のトリシアです」
そう自己紹介して、手を差し出す。エリはそれを握り、嬉しそうに振った。
「へえ、ガルドさんの妹にしては礼儀正しいですね。しっっかりしてるなあ。トリシアちゃん、よろしくね」
「にしては、は余計だ」
俺の言葉には誰も反応せず、そしてトリシアが爆弾発言を投下する。
「もしかして、エリさんってお兄ちゃんのいいひとですか? 結構仲よさそうですし」
「なッ!」
「いえ、違いますよ。そんなわけないじゃないですか」
俺が驚いているうちに、エリはばっさりと斬って捨てる。まあ確かにそうだが、こうもばっさりと言われると傷ついてしまうのが、悲しきかな男のサガだ。
「そうですかー。それにしても、エリさんのその服装、素敵ですね。とっても可愛い」
「え? そうですか。ありがとう……。そうだ、ガルドさん!」
そうして楽しそうな笑顔を向けられ、俺は反射的に顔をそむけた。だが、エリはお構いなしに続ける。
「ここで会ったのも何かの縁ですし、トリシアちゃんにもこっちの衣装を着せてみましょうよ。きっと似合いますよ!」
「はあ、そうか」
俺はやる気が微塵もない顔で返したが、隣のトリシアはすぐにがっついた。
「本当ですか! お願いします!」
「決まりですね!」
数秒トリシアへと向いたエリの視線が、こちらに戻ってくる。「決まり!」と書いてあるようなその表情と実際に発した言葉の両方に圧倒された俺は、もうどうにでもなれと思いながら頷いた。
それからというもの、女子二人組のファッションショーは体感時間で銀河が終わるんじゃないかと思うぐらい続いた。実際の時間は二時間もなかったはずだが、なぜかエリはトリシアに衣装を着せた姿を俺に見せたがるのだ。そのテンションに若干引きつつも少し気恥ずかしげに「どう? お兄ちゃん」と聞いてくるので俺も無下に扱うこともできず、神経をすり減らすような時間が続いた。ようやくトリシアからストップがかかり、エリが渋々自分の倉庫から衣装系アイテムを取り出すのをやめたときには、反射的にメニューウィンドウを開いてログアウトボタンを押しそうになったほどだ。
「え、えっと、そういえば、ここに来たのって新しい魔法とかを作るためだったよね!」
流石に罪悪感があったのか、割と必死にトリシアが確認する。その隣にはエリがいてこちらをにこにこと見ているわけだが、こう並んでいるところを見るとなんだかそっちが姉妹のように思えてならない。というか打ち解ける時間の短さが異常だ。確実に俺とトリシアが気安く相談するようになった時間よりも数倍短い。二桁単位で。
「……そうだな。おい、エリ。そっちの用件が済んだんだから、手伝え。今トリシアは魔法剣士系の構成なんだが、必要な魔法とかを教えてくれよ」
俺が話をふると、エリは口元に手を当てて考えるそぶりを見せた。
「そうですか。魔法剣士系だったら、80か100のスフィアーツがあったほうが良さそうですね……。今使っているのは何ですか?」
「〈クトネシリカ〉です。レベル40ですけど、軽くて使いやすいですよ」
「こいつは接近戦が結構上手くてな、もちろんスキルは使うが、初めてにしてはかなりの出来だ。ちゃんと揃えれば、どちらも使えこなせそうだ」
トリシアが答え、俺が補足すると、エリは少し驚いたような顔を見せる。
「初めてなのに接近戦ができるんですか……。うーん、だったら、属性戦士がいいんじゃないですか?」
「なるほどな。そういえば、ここのスキル屋って属性系のボーナスが大きいんだっけか。合ってるか?」
「はい。あとは魔法ですけど、これは利き手じゃないほうに杖系を持つのがいいと思います。属性特化杖は使いやすいのが多いですから。まあ、わたしのはどっちも杖みたいなものですけどね」
「違いない。というかエリのアビリティ構成はかなり特殊だからな。〈オーバードライヴ〉四つ積みとかピーキーすぎるぜ」
「あの……」
と、トリシアが不安そうに会話に入ってくる。
「私……アビリティとかぜんぜんわからないんですけど……」
俺とエリは顔を見合わせる。
「じゃあ、一度持っている素材を使っちまおうか。エリ、アビリティ屋に案内頼む」
「はい、わかりました」
というわけで神都オーフェルンスのアビリティ合成屋にやってきた俺たちは、トリシアと俺が狩りで手に入れた素材を使って魔法剣士になるためのアビリティを作っていく。
魔法剣士系のプレイスタイルをするためには、だいたい二つの方法がある。
一つ目は、攻撃力の高い魔剣系スフィアーツを使い、一本の剣で接近戦闘と魔法戦闘を両方するスタイルだ。本来魔法戦闘のためのカテゴリである魔剣は、100レベル以上のものでないと接近戦闘と魔法戦闘を両立できない。ただ、一本の剣で魔法を交えながら戦うスタイルは多少のMP効率を無視しても格好良さはピカイチだ。
二つ目は接近戦闘用のスフィアーツと魔法戦闘用のスフィアーツを両方使うスタイルだ。このゲームの武器は起動するだけでMPを消費するため、必然的に二種類の武器を起動することになる。そういえばジル先輩は両手槍の〈ロンギヌスの槍〉と魔珠の〈ランドヴァリナウト〉を使っていたから、このスタイルだ。一応欠点はあって、刃を持たない杖や魔珠系スフィアーツは総じて耐久力に劣るために破壊されやすいのだが。
あまり高いレベルのスフィアーツも使えないし、今回は後者だろう。
というわけで、必要なアビリティはこんな感じだ。
①中距離から即座に魔法を使うため、魔法詠唱短縮のアビリティが必要。
②60程度のレベルのスフィアーツを使うため、火力の底上げに魔力と筋力を上昇させるアビリティが必要。
③さらに火力の底上げのため、特定の属性攻撃の威力をあげるアビリティを入れたい。
「……というか属性戦士にするなら、まずベースになる属性武器を決めないとな」
「確かにそうですね。うーん、あ! そういえば」
エリが声を上げ、駆け足でどこかに行こうとする。
「おいおい、待てよ」
「最近〈村雨丸〉を作ったんですよ。わたしは結局使わなかったんですけど、軽量武器に慣れているんでしたら、いんじゃないかなと思って。とってきますね」
そしてあっというまに見えなくなるまで走っていってしまったエリに軽く唖然とする。
「なんだか元気な人だね、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな」
意見の一致を見た俺とトリシアは、とりあえず今できることに意識を移した。
〈村雨丸〉はレベル60、水属性の片手剣系スフィアーツだ。刀でもあるので、軽くて素早い攻撃が可能だ。どちらにせよ筋力と魔力は必要になるので、まずはそっちを作成すればいいだろう。あとは杖のほうだが……。
「そういえば……お前さ、〈クトネシリカ〉を使ってたとき、どう構えてたんだ?」
俺の質問に、トリシアは目をぱちぱちさせる。
「うん、えっと……こう、かな?」
右手に拳を作って、剣を握るポーズ。刃を前に向けるのではなく、体を半身にして、やや引き気味に下に向けている。構えにしては少しぎこちないが、これがトリシアの「癖」ということになるだろう。
「あー、なるほど。だったら腕輪系がいいかもな。確か〈サジタリウス〉はMP回収できるから、もしかしたらハマるかもしれないな」
俺の推論に、トリシアが首を傾げる。
「まあ、できてからのお楽しみってことで。よし、じゃあ次は……」
それから数十分ほど経って、トリシアの記念すべき第一スタイルが完成した。
パソコンの画面上でやる類のMMORPGに慣れ親しんでいる人にとっては、上級者が初級者に過剰な援助をしているように見えるかもしれない。だが、このゲームは一度アビリティの型が決まってからが本番であって、逆に言えば初期装備では満足に狩りもできない状態ということだ。そこは俺も非常に苦労したし、ある意味ゲームの醍醐味でもあるのだが、そこにたどり着くまでに辞めてしまう人も多いのが現状だ。そういう意味で、このゲームは初心者には非常に優しくない。
さてさて、新たなスタイルを完成させたトリシアが「狭間の大平原」で練習するのもそこそこに、今日の目的であったボス攻略の場所へとやってきたわけだが。
「なにこれ……テーブル?」
俺たちの視界にあるのは、二十メートル四方ほどの円形の部屋と、その半分以上を占める巨大な円卓だ。「剣と魔法の世界」、そして「円卓」となれば、大抵の人は思い浮かべるであろう、「円卓の騎士」のためのダンジョンだ。
「『円卓の間』だよ。お前も聞いたことぐらいあるだろ、アーサー王の伝説」
俺が言うと、トリシアは合点がいったようにうなずいた。
「ここは、その円卓の騎士と戦えるダンジョンなんだ。全部で十三人、全員近接戦闘特化型で、タイプも実力も様々だから、剣の練習にちょうどいいんだ。最初は……そうだな、あっちの扉に行くといい」
俺が先導し、トリシアがその扉の前につくと、何故かついてきたエリが声を上げた。
「あ、その前に……トリシアちゃん、これお願いします」
エリがメニューウィンドウを操作し、トリシアの前にウィンドウが出現する。
「なに? これ」
「追従型のカメラですよ。このダンジョンでは、ボスに挑めるのは一人だけなんです。でもこれを使えば、ここからトリシアちゃんが戦っているところを見守れるんですよ」
エリの説明を聞いて、トリシアは目の前に現れたウィンドウのボタンを押す。これで、エリはトリシアの戦闘をライブ中継で見ることができるというわけだ。
「まあ、なんだ。見守っててやるから、どんとやってこい」
トリシアがうなずき、扉をくぐった。部屋の中に入り、扉が自動で閉まる間際、トリシアはまた爆弾発言を繰り出した。
「今のお兄ちゃん、なんだかお父さんみたいだったね。えへへ」
「な!」
しかし反論するまもなく扉が閉まり、エリがにやにやしながらライブ中継の画面を向けてきた。
やれやれ、なかなか侮れない義妹だ。




