T2-3
翌日も、トリシアはやってきた。だがログインしてすぐにボスに挑むのはさすがに気が引けるというわけで、先に肩慣らしをするために俺たちは「狭間の大平原」へとやってきていた。
早速獲物を見つけて〈クトネシリカ〉を起動し、会得した魔法を撃ち始めるトリシアを見ながら、俺はそういえばと解説を始める。
「なあ、その魔法は『詠唱』ができるんだが……どっかで聞いていないか?」
トリシアが対するは青い装甲を持つ全長一・五メートルほどのカブトムシ型モンスター、〈インジゴ・ビートル〉だ。火属性初級魔法〈ファイアボール〉を放つと同時に敵に接近し、〈ダブルスラッシュ〉で敵を横に三枚卸にしたトリシアは、さらに〈クトネシリカ〉を解放、居合い抜きの動作で刃を振り抜く。明らかに剣身より長い光のエフェクトがカブトムシを上下に両断した。
その様子に苦笑しながら、俺は再度同じことを言おうとして、しかしトリシアの言葉に遮られる。
「その『詠唱』ってなに?」
どうやらしっかり聞いていたようである。俺は苦笑に驚きを交えながら、続きを話した。
「本来、魔法はMP消費しないと使えないんだが、MPを使わなくてすむ方法があるんだ。そいつのことを、『詠唱』って呼ぶ。まあ、まずは見たほうが早いか。おまえの視界の左端には俺のHPとMPが表示されているはずだが、俺のMPはほとんど空っぽだよな? よく見とけよ……」
〈ファルスクエア〉を起動し、「〈展開〉」と言いながら胸の前で構える。すると、いかにも魔法的な幾何学模様の形をしたエフェクトが〈ファルスクエア〉から発せられる。そしてそのままたっぷり八秒間エフェクトを発生させ続けてから、最後に剣先をトリシアに向け、「〈ゴッドブレス〉」と唱える。
直後、トリシアをまばゆいエフェクトが包み、七つの能力強化バフが発生した。
「す、すごい! お兄ちゃん、そんなすごい装備持ってたの?」
「まあ、そうだが……」
本来の目的とは違う反応をされて、俺は頭をかく。
「それはともかく……俺が今使った〈ゴッドブレス〉っていう魔法は、この武器の性能によって軽減はされているがそれでも40のMPを消費するんだ。だが、今みたいに『詠唱』を行うと、MPを使わずに魔法を発動できる。強化魔法が使えるようになると結構重要なテクニックだぜ。一応念じるだけでもできるんだが、慣れないうちはタイミングを測るために声に出すことをお勧めするぜ。攻撃を受けて吹っ飛ばされたり、武器が手から離れるとキャンセルさせるから注意だ」
「なるほどー。昨日作った魔法の中で〈フェイス〉っていうのがあったけど……。えっと、これこれ、対象の『加護』を上昇させるの……」
メニューウィンドウを読みながらの質問に、俺は頷きながら答える。
「そうだ。『加護』っていうのはプレイヤーのHPとMPの自動回復力のことを指していて、その魔法は一定時間そいつを強化するんだ。持久戦では結構使えるぜ。〈クトネシリカ〉なら、四秒で発動できるな。元々の能力で10軽減、詠唱で20軽減できるわけだ」
トリシアはメニューウィンドウを閉じると、早速〈クトネシリカ〉を起動して胸の前に構える。
「〈展開〉……」
音声コマンドを入力、四秒後に「〈フェイス〉」と唱えた。するといくつもの光の柱がトリシア肌をかすめるように上っていくエフェクトが発生する。
「あれ、なにも変わらないけど」
しかし、ドリシアのHPMP表示の横にあるアイコンは変わらない。
「あー、しまったな。さっき俺が使った〈ゴッドブレス〉っていうのは、バフ系最上級上位互換で、加護も強化するんだ」
「えー」
「悪い悪い、でもまあ、かけなおした分効果時間は延長されるから、無駄ってわけでもないぜ」
一応弁解しながら謝ると、トリシアはふうんと返す。
「じゃあ、後でボスに挑む前にまた新しい魔法作ろ?」
「了解だ」
そして肩慣らしがてら、狩りが始まる。純粋剣士タイプから魔法剣士タイプへと転職したトリシアは、昨日に増して、その戦闘の才能を俺に見せつけていく。そういえば、一年前入学してすぐに運動系の部に入ったんだったか。最近はあまり電話で話もしていないし、今はどうしているのだろう? 確かソフトボールをやっていたはずだが……。
「なあ、おまえ最近部活どうしてるんだ?」
戦闘が終わった直後に俺が聞くと、トリシアは気まずそうにつま先で地面にトントンとつついた。
「やめちゃった。ソフトボールは楽しかったんだけどね。でも、顧問の先生が転勤になっちゃって、ベースボールの先生が引き継いでくれることになったんだけど、合わなかったの。他に教えてくれる場所もなかなかないし……」
「なるほどな……」
中学校では帰宅部だった俺にはあまり馴染みのない感覚ではあるが、それはなかなか複雑な心境だろう。
「それより!」
微妙な空気を振り払うように、トリシアが甲高い声で言う。
「お兄ちゃんの戦いも見せてよ。このゲームやってて、結構長いんでしょ? 私が戦っている敵なんて、ひと振りで倒しちゃうし……」
俺は意外に思って反応が遅れた。
「あ、ああ。そうだな。見せてやるよ。つっても、俺の戦い方はかなりイロモノだから、参考にならないと思うぜ」
そう前置きをしてから、〈プラネタリウム〉を起動。自分にデバフをかけ、〈ダインフレス〉で打ち消す。八つの呪いを吸収した刃には、まがまがしいオーラが宿る。
「うわあ、趣味悪い」
「言ったろ? イロモノだって」
俺はにやりとして言うと、俺が安定して戦えるレベルの敵のいるエリアへと移動し始める。
さて、昨日の狩りでもそうだったが、〈ダインフレス〉は状態異常の効く相手ならばめっぽう強い武器だ。例え能力的には各上の相手でも、一部の状態異常がつくだけでかなり楽に戦うことができる。しかし、それだけにレベルの高いモンスターは状態異常に耐性をもっていることが多く、結果的にお世話になる狩り場は限られていくことになる。
というわけで俺が向かったのは、獣系のモンスターが多く生息するエリアだった。平均レベルは60だが、それには見合わない攻撃力と防御力を併せ持つモンスターが多く、物理攻撃特化のプレイヤーにはつらい場所だ。
最初の獲物になったのは〈ムーンダスト〉という熊型のモンスターだ。その毛皮はよく斬撃を防ぎ、熊だけあってパワーも高い。さらに四足歩行での移動は思いのほか素早く、戦闘における能力をすべて備えているように思える。
俺は手始めに〈チャージ&テトラクラップ〉を発動し、水色の光を〈ダインフレス〉に纏わせながら突進した。その勢いのままに刃を振り上げ、切り裂くと同時に刃を回転、回り込みながら斜め下からの斬撃を見舞う。さらに横を走り抜けながら横凪ぎに切りつけ、最後に跳躍しながら一閃。空中で長距離を移動して離脱した。
遠距離から一気に接近、威力は弱くとも確実に命中させ、そして離脱する。この武器にしては非常に使い勝手の良いこの技は、同時に〈ダインフレス〉に最適化されたモーションとも言える。
アビリティ〈看破〉によるとこの熊はこのように表示される。
「ムーンダスト」
レベル80
HP:4122/5340
MP:0/0
スキルタイプ:なし
攻撃力:A
魔力:E
物理防御:A
魔法防御:C
重量:B
魔法耐性:光属性50%軽減
状態異常耐性:火傷、麻痺、目眩み無効
見るからに脳筋である。そして「ムーンダスト」のHPバーの横には、「鈍足」の状態異常を示すアイコンが表示されていた。計画通りだ。
俺は例によって宙に浮いている〈クラウ・ソラス〉を掴み、〈チャージ&クラップ〉を発動。一気に加速し、「ムーンダスト」のすぐ横を走り抜けると同時に斬撃を叩き込む。この〈チャージ&クラップ〉は基本的なスキルではあるが、俺が最近スキル合成屋で作った中でも最高傑作の一つだ。何がと言えば、攻撃の自由度と速度が飛び抜けている。そのため斬撃ならばどんな方向でも放つことができる上、に非常に速い。今の一瞬で熊野郎が俺を見失い、完全に背後をとることができるほどだ。
そして本命の攻撃を開始する。〈ダインフレス〉による〈トリプルスタブ〉、刃を突き出し、さらに抉るように剣をねじる。〈ダインフレス〉の中威力以上のスキルは、リーチや範囲は狭いがダメージボーナスの高いモーションが揃っている。その割には接敵に適したモーションが少ないため、〈クラウ・ソラス〉のようなサブウェポンを用意しなければならないのだが。
ダメージによって背後の存在を悟った熊野郎は、慌てて振り向こうとする。だが、もう手遅れだ。「鈍足」によって移動を制限された上でのその行動は、的になるだけである。
俺は熊野郎の視界からはずれるように動きながら、〈ダインフレス〉で二連重斬撃〈リグランプ〉を発動する。ダークブルーの光が刃から放たれ、大振りな二連撃が相手の胴体を捉える。それで「ムーンダスト」のHPは残らず消し飛び、断末魔の咆哮を上げながら消滅した。
「すごい……かっこいいよお兄ちゃん!」
見ていたトリシアにそう評されて、俺は思わず破顔した。まったく、〈ダインフレス〉の準備中に攻撃されたり、自爆技を使われたりしなければこんな戦いができるのだが。
「よし、じゃあそろそろホームタウンに戻っていろいろと揃えよう。トリシアも新しい魔法使いたいだろ?」
「えー、もうちょっとお兄ちゃんが戦っているの見せてよ」
「そう言われてもな……」
俺が答えに窮していると、ふと、視界の端になにやら見覚えのある敵が映った。
「……ッ!」
「どうしたの?」
いきなり顔を引き締めた俺に、トリシアは期待を込めて質問する。
「トリシア、こいつを持っておいてくれないか」
言いつつ、メニューウィンドウからアイテムストレージを表示、そこから「世界樹の雫」を出現させる。
「なに、これ?」
「蘇生アイテムだ。このゲームでは死亡すること自体にはペナルティはないが、ダンジョンで稼いだアイテムをその場に残してしまうんだ。でもそいつを使えばその場で復活させることができる。俺が倒れたら、頼んだぜ」
「え? そんなに……」
俺の視線を追って、トリシアは俺の表情が変わった原因を見つける。
その輪郭をゆらゆらとぼやけさせている軍馬に跨った、青い全身鎧の騎士。武器は持っていないが、宙に青いスフィアーツの輝きを追従させている。
スフィアーツを持ってはいるが、あいつはプレイヤーではない。複数のダンジョンに出現する可能性があり、しかし出会うことが非常に希なレアモンスター。その名を「シリウス」といい、フィールドで出会う中では最強クラスの敵だ。同じように星の名を持ち、複数のダンジョンに出現する敵は数種類いるが、どいつもスフィアーツを使って戦いを挑んでくることは共通している。その強さに、攻略掲示板では「もうお前等が円卓の騎士をやれ」と言われるほどだ。
その戦闘スタイルは、プレイヤーと同じく複数の武器を使いこなすもの。起動、解放も思いのままらしく、間合いに応じて武器を変え、常に有利な状況で戦闘を進めてくる。さらに跨っている馬による高い機動力を持ち、例え一パーティーで囲んでもすぐに包囲から脱出する始末だ。
そんなことを説明する余裕はないが、俺の表情と、なにより蘇生アイテムを渡したことでシリウスの強さを悟ったらしく、トリシアは真剣な表情でこちらを見る。
「がんばってね、お兄ちゃん……」
「おう」
言うと、〈ダインフレス〉と〈クラウ・ソラス〉をどちらも握って走り出す。
まだ距離は五十メートル以上も離れているが、接近する俺の姿に気がついたのだろう、スフィアーツを起動する光がぱっと瞬き、杖の形状をした武器がシリウスの手に握られる。迎撃準備は万端というわけだ。
俺はその様子に歯噛みしながら、しかし一直線に接近していく。やがて両者の距離が魔法の射程範囲内まで縮まったその時、まるで計ったかのように魔法が放たれた。
光属性上級魔法〈ジャッジメント〉。光の粒子がどこからともなく俺へと集結し、光の奔流となって――。
そこで俺は〈クラウ・ソラス〉で〈チャージ&クラップ〉を発動した。一瞬で矢のようなスピードになって直進する後ろでいくつもの光の柱が打ち立てられ、大地を焦がす。スキルのモーションが終わると同時に減速したが、俺は最大限の速度でダッシュを続ける。
その様子を見て取ったシリウスが、新たな得物を起動する。今度は長大な両手槍、というかレベル100の両手槍系スフィアーツ〈ロンギヌスの槍〉だ。もはや世界観がうんぬんという話ではない。
「シリウス」
レベル:100
HP:34690/34690
MP:76/250
スキルタイプ:〈ロンギヌスの槍〉
〈看破阻害〉のアビリティを持っているのか、細かいステータスまではわからなかった。だが、ダンジョンボスと比べると少しHPが少ない。だが、この騎士の恐ろしさは別のところにある。
シリウスの持つ〈ロンギヌスの槍〉がにわかに純白の光を放つ。スキル攻撃の前兆に、俺は身を堅くした。その直後、軍馬が地を蹴り、猛烈な勢いで突進してきた。青い騎士の〈ロンギヌスの槍〉はぴたりとこちらに向けられており、避けることは困難だろう。
そこで、俺は正面から攻撃を受けることにした。両手に持った二刀を構え、宣言する。
「〈解放〉!」
同時に、〈ブルータルダンス〉を発動。神速の十連撃にてランスチャージを迎え撃つ。
両者の距離が急速に縮まり、互いの刃が互いの体に届く。こちらが激しく動き回ったため、〈ロンギヌスの槍〉は胴体を撫でるように突き抜けていく。クリーンヒットは免れたが、そこで俺は圧倒的な劣勢に立たされた。
〈ロンギヌスの槍〉は武器カテゴリの欄に「両手光槍」と表示されているスフィアーツだ。要するに、光属性の武器だということになる。だが、通常攻撃が属性攻撃になることはない。こういった武器は、特定のスキルを発動したときのみ、その属性を帯びるのだ。
シリウスが発動したスキルは、おそらく〈ストライク・カタストロフ〉。単発重突進属性刺突という長い識別名称が必要となるスキルだ。このような属性系スキルを使うプレイヤーのことを「属性戦士」と呼ぶが、そのメリットはずばりその瞬間火力にある。
元々属性攻撃はアビリティによって気軽に威力を底上げすることができるのだ。二つか三つぐらいの属性に絞って魔法を使う場合、そのいずれもが一・五倍の威力にされていることはざらにある。
シリウスの場合、光属性攻撃の威力が通常の二倍になっているはずで、さっき俺がスキルを使ってまで〈ジャッジメント〉を避けたのはそのせいだ。
そして今、俺のHPは残り五分の一を切っている。もし解放必殺技を使って迎撃していなかったら、ぴったり即死させられていただろう。そして相手は目の前で槍を振りあげている。絶体絶命のピンチだ。
だが、これこそが俺の狙いだった。これだけ接近していれば、シリウスの攻撃を避けることはできない。しかし、それは相手も同じだ。
「〈解放〉!」
もう一度叫び、俺の手にはほの暗い青の光を放つ両手剣〈ファルスクエア〉が握られる。そして、俺をガラスのような透明の障壁が覆い……。
「芸術をおぉぉぉぉ! くらいやがれええぇぇぇぇ!」
〈ファルスクエア〉の効果で限界突破した俺の魔力が、SBEの爆発として周囲を焼き払った。
俺の墓に、簡素な鎧を纏った少女が訪れる。少女は俯きながら手に持った透き通る雫の形をした宝石を、その墓へと捧げる。
そうして復活した俺に対して、トリシアの第一声はこうだった。
「ねえ、お兄ちゃん。今、戦時中じゃないよ? カミカゼなんてもういないよ?」
自爆技を使ってなお標的に逃げられた俺には、それを黙って聞くことしかできなかった。




