T2-2
その後もトリシアは順調に敵を撃破していく。俺が先に敵を叩いて一対一になるように場を整えているとはいえ、人型の敵に対して一歩も引かないのは大した度胸だ。
だが、その会進撃もそろそろ潮時だ。
相手にしているのは、見た目と名前が一致しているのにも関わらず違和感を抱かずにはいられない姿をした敵、「レッドスライム」だ。名前の通り赤色のゲル状物質で体が構成されているが、それが淡い光を放つコアらしき球体を包んで、電灯か何かのように細い脚を一本生やしているのだ。一体ならばよいが、これが何体も草原で揺れていたら、少々気持ちが悪いと言わざるを得ない。
しかしトリシアはその見た目にも怯むことはなく、〈スラッシュ〉による振り下ろしを叩き込む。だが、それはスライムの体を通過しただけで、ほとんどダメージを与えることができてなかった。
「あれ……なんで? スライムだから?」
トリシアの疑問に、俺はこれまでの流れ通りに説明する。
「ああ、そうだ。そいつは真ん中にあるコア以外の物理攻撃を大幅に軽減する。属性のついたスキル攻撃や魔法ならば簡単に倒せるが、〈フルンティング〉じゃ分が悪い相手だな」
「コア以外だとだめってことは、コアを狙えばいいんだよね」
俺の説明の意図とは斜め上方向に解釈したトリシアは、俺が止める暇もなく駆け出し、〈フルンティング〉から強い鈍色の光を発する。そうして〈フルンティング〉の解放必殺技である刺突攻撃は、瞬間的に強化されたスピートをもって、スライムのコアまで真っ直ぐ到達する。
弱点に対するクリーンヒット。レッドスライムはそのHPを一気に吹っ飛ばされ、消滅した。
「おいおい、マジかよ……」
定石通りなら、魔法を使って倒すものだ。それを、トリシアは解放必殺技を使うことで無理矢理覆した。その大胆さというか勇敢さに、俺は感嘆する。
そのつぶやきを聞いてか、トリシアがこちらを振り返っていかんとも「どやぁ」としか書いているようにしか見えない表情になる。
「一日でこれとは、すげえよ。だが、いつもああいう相手に開放必殺技を使うわけにもいかないだろう? おまえも結構敵倒したし、得た素材を使って新しい武器でも作ろうぜ」
「うん!」
トリシアはまぶしいばかりの笑みを浮かべて頷いた。
俺たちは集めた素材で新しい武器を作るため、巨大な木が群生する樹海の中にある設定の集落「シルフィグンス」へとやってきた。巨大樹の合間にはいくつもの橋が渡され、太い木の枝の上にはログハウスが建てられている。よくあるファンタジー系ゲームの例に漏れず、エルフや妖精が町の住民だ。
「なあ、そういえばお前にVRヘッドギアを渡した奴も、このゲームをやっているんだろう? そいつはどうしたんだ?」
ふと気になって尋ねる。
「えっと、まだ言っていなかったっけ? その友達がVRヘッドギアをくれたのって、ギルガメッシュ・オンラインをやっているのが親にばれちゃったからなんだって」
「ああ、そういうことだったのか……」
道理で俺の元に指導の依頼がきたわけだ。義妹がこのゲームをやるということに驚きすぎて、VRヘッドギアの出元のことを考えていなかった。
「さてと、これから新しい武器を作るわけだが、まずはそこの店に行くぞ」
このホームタウンで作ることのできるスフィアーツや魔法はあまり強くはないが、初期装備よりは確実に強く、かつ扱いやすい性能のものを一通りそろえることができる。そのため、初心者にとっては数少ない味方だ。
トリシアが店先にいる長い耳を持つエルフらしい男に話しかけると、男は返事をして、トリシアの前に作ることのできる武器を提示するウィンドウを出現させた。
「この人、運営の人?」
トリシアが小声で聞いた内容に、俺は苦笑する。
「いや、NPC……人間じゃないらしい。プログラムで動いているから、設定された言葉にしか反応しないが……」
「そうなんだ……」
俺の返答に、トリシアは驚きを隠せない。更なる疑問が湧いてきたのか、今度は店番の男に話しかける。
「すいません、この〈クトネシリカ〉ってどういう武器ですか?」
すると男はすぐに店のカウンターにやや小振りな剣を出現させ、解説しだした。
「魔法による戦闘に特化した魔剣です。この武器特有の特徴としては、重量が一般の片手剣よりも軽いことでしょう。ああ、これは幻影ですので、触ることはできません。作成するときにはぜひ、当店をご利用ください」
武器に手を触れようとしてその解説までされたトリシアが、こちらを振り返って凝視してくる。だが、俺もこれには驚きを隠せずにいた。
「本当に人間じゃないの?」
「あ、ああ、そうだ。だが今のは初めて見たな。他のホームタウンの鍛冶屋じゃ、こんな丁寧には説明してくれないんだ。で、作ってみるか?」
「うーん、待って、他のも」
そう言ってウィンドウを睨みながら考え込んでいたトリシアだったが、最終的には〈クトネシリカ〉を作ることにした。その後も初級魔法やスキルなどを素材から作成し、「狭間の大樹・下層」に戻ってくる。ちなみにトリシアを「狭間の大平原」で戦わせたのは、あのダンジョンの低レベル帯の敵がよく初級魔法や簡単なスキルの素材を落としやすいからだ。さらに様々なカテゴリの敵がいるため、全体的に戦力を増強させることができる。
とはいえ、再び「狭間の大平原」に足を踏み入れ、習得したばかりの魔法やスキル、そして武器の性能を試してテンションの上がっているトリシアにそれを言うのは野暮というものだ。現在行使することのできる自分の力を一通り体感したトリシアに、俺は次の目的地を提示する。
「なあ、そろそろボスとも戦ってみないか? このゲームだと、素材からじゃ作れない武器が結構あって、そういう武器はボスを倒すと手に入るんだ。まあ、それ相応の強さがあるけどな」
今戦える敵を狩り、より強い装備を手に入れ、より強い敵と戦えるようになる。そのセオリーは、多くのMMORPGでも同様だ。レベルアップによるプレイヤーの基礎能力上昇がないこのゲームでは特にアイテムへの依存度が高く、強力な武器を手に入れることがボス攻略の目的となるわけだ。
俺の問いかけに頷きかけ、しかしトリシアは「あっ」と何か思い出したように声を上げる。ついで、メニューウィンドウを開いて何かを確認した。
「戦ってみたい……けど、そろそろママが帰ってきちゃうかも」
「そうか。流石にこのゲームをやっているのを見られるのはまずいよな……」
トリシアはこくんと頷く。
「それじゃあ、先にログアウトしてな。俺は俺のやることをやるってやつだ。ゲームだからな」
「うん、そうだよね、お兄ちゃんは長い間やっているから、私とは戦う場所が違うよね。ありがとう、私とあわせてくれて」
「いいんだよ、かわいい妹のためだからな」
俺がおどけて言うと、トリシアは顔を俯かせた。
「やっぱり、お兄ちゃんはパパのこと、許していないんだよね。なのに、私にはやさしくしてくれるよね」
「なんだよ、急に」
トリシアの急な話題の転換に、俺は少し動揺する。しかし、トリシアは顔をあげて、お天道様が差すような笑みをこちらに向けた。
「ううん、なんでもない。じゃあ、また明日ね」
「お、おう。またな」
メニューウィンドウを操作し、トリシアがその場から消えた。残された俺は、これからやることについて考え始める。
確か一昨日「英雄相談所」に行った時点では、スキル制作の検証のために大量に素材を募集していたはずだ。検証班が乱舞系統のスキルの検証を大々的にやるというから、まだまだ募集中だろう。
さてさて、どのダンジョンに行こうか。考えながら、しかし俺はさっき義妹が言った言葉を意識せずとも反芻していた。
――やっぱり、お兄ちゃんはパパのこと、許していないんだよね。なのに、私にはやさしくしてくれるよね。
正直、親父のことを考えると何でもいいから当たり散らしたくなる。きっとそれはトリシアも例外ではないのだろう。この前、健吾が親父のことを話題にしたとき、あの親父の娘、というだけでトリシアの顔を思い浮かべもしなかったのだ。まるで、トリシアという少女と、親父の娘が別の人物であるかのように。
俺には二つ下の弟と、母親、そして親父という家族がいた。弟とはかなり仲がよかったと思うし、時には反発するが母親との仲も悪くはなかった。親父はジャーナリストで、世界中を飛び回ってはふらりと帰ってきて、旅先の話で俺と弟をわくわくさせたものだ。
だが、それもあの事件で消え去った。救出されたのは俺だけ。海外にいた親父は無事だったが、母親と弟の消息は今でも不明だ。サンフランシスコの港で「水揚げ」されてから、数か月間ただただ茫然としていた俺を、親父は唐突にカナダへと連れて行った。
そこで、引き合わされたのだ。まだ十一かそこらだったトリシアと、その母親と。
親父は言った。新しい家族だと。おまえには、家族がいると。失ってしまったものは仕方がないと。
その時、俺は急に悟ったのだ。
あの家族はもうない。二度とあの場所に帰ることはできないのだと。自分に継母と義妹がいるという事実が、未だ救出されたばかりで状況を飲み込み切れていなかった俺に、そう鮮烈に指し示しているようだった。
そうさ、俺が何をしていようとも、それこそ、ジル先輩のような英雄的な行動ができたとしても……。
とっくのとうに、それは終わってしまっていたのだ。
その後のことは、あまりよく覚えていない。トリシアから聞く限りはすごい暴れようだったとか、そんなことを聞いている。そしていつの間にか、数ヶ月間親父と過ごしたサンフランシスコの住居に俺は住むようになったのだ。
それ以来、親父とは会っていない。事件の被害者に適応される手当で何とか生活し、最近ではVRプログラミングでのバイトで稼ぐことで、俺はもう一人で生活を賄うことができるようになっていた。
その結果がこのような廃人に近いゲーマーだとは、なんともお笑い草だ。そんな自嘲的な考えを浮かべながら、俺はいつのまにかレベル100ダンジョン、「滅びの風穴」で一人、呪いの愛剣〈ダインフレス〉を振るっている。やれやれ、これもまたゲームをやり込んでいる証拠か。
相対するのは、風属性の精霊系モンスター「ヴィリジアエレメント」四体を率いた、凶暴な亀型モンスター「ワイルドシェル」だ。亀のほうは体長三メートルもあると言えば説明が付くが、精霊のほうは少し変わったデザインで、二次元的な意匠をそのまま立体化させたような――この場合はナスカの地上絵の「ハチドリ」が立体化している――形をしている。
このゲームではレベル100以上のダンジョンを攻略する場合、パーティーを組んで行くのが基本だ。それほどソロではできることの限界があるというわけだが、だがその点、俺のアビリティ構成は優れていると言える。
そもそも、他に最低二つはスフィアーツが固定されるとはいえ、通常攻撃ですべての状態異常を発生させる可能性があるというのが大きい。消費MPがたったの60なのにも関わらず攻撃力がSランクになるというのも〈ダインフレス〉の長所だ。とはいえ防御性能は並で、属性攻撃に対する耐性も特に強化していないので、死ぬときはあっさりと死ぬのだが。
なぜこのダンジョンで戦うことを選んだかというと、ここには風属性に関するステータスに偏った敵が多く出現するからだ。もっというと、属性の偏った敵は総じて状態異常が効きやすい。例えばこの「ヴィリジアエレメント」は、使用する風属性魔法の威力が高く危険だが、光属性、及び闇属性の状態異常が防げないという弱点がある。つまり「目眩み」と「呪い」にかかるわけだ。目が眩んだ状態のこのモンスターはしかし何事もなかったかのように魔法による攻撃をしてくるが、自分以外の場所に魔法を当てると、そちらにつられるという特性がある。
突進系弱攻撃スキルによる先制攻撃で全体に状態異常を発生させた俺は、左手に〈クラウ・ソラス〉を持って、〈マイナーヒール〉を発動。「ワイルドシェル」にかける。すると四体の風の精霊は、俺を狙って履行されていた魔法詠唱を、亀野郎の方向へ向けた。
それを確認した俺はダッシュで亀へと間合いを詰め、〈トリプルスラッシュ〉の青い斬撃を浴びせる。堅い甲羅による高い防御力を持っているとはいえ、Sランクの攻撃力によって少なくないダメージを負った亀野郎は、突進によってその体重を凶器にせんと四本の足に力をこめる。しかしそれは四体の「ヴィリジアエレメント」の放った風属性中級魔法〈ショックウェーブ〉の衝撃波によって中断させられた。俺はといえば、その巨体の陰に隠れて衝撃波は届かず、快適なものだ。
「ワイルドシェル」も風属性のモンスターなのであまりダメージは期待できなかったが、〈ショックウェーブ〉の攻撃妨害能力には目を見張るものがあり、俺は一方的な攻撃で亀野郎を倒すことができた。
そして、アビリティ〈看破〉によって相手のパラメーターを見ることができる俺の目には、四体の「ヴィリジアエレメント」が「呪い」の状態異常によってMPが枯渇したという事実が写っていた。魔法の使えないエレメント系モンスターなど、ただの案山子だ。俺は隙の大きい重斬撃系スキルで一気にダメージを与え、精霊たちも片づけた。
こういう小細工をできるのがソロプレイの楽しみだ。パーティープレイでは盾となるプレイヤーがいるし、役割分担がちゃんと機能すれば一方的に攻めることができる。それはそれで楽しいものだが、たまにはこういった立ち回りもしてみたいものだ。
俺は僅かに失ったHPを〈マイナーヒール〉で回復すると、次の標的を探して走り出した。




