T1-3
「ああくそ、やけ起こすんじゃなかった……」
俺は悪態をつきながら巨大な木の枝の上を歩いていた。木の枝は一本一本が幅五メートル以上もあり、人が十分に乗れる安定感を持っている。下を見ると木のてっぺんが見えるのは、言うまでもなくこの木が重力とは逆方向に生えているからだ。周りを見ると、漆黒の闇のうちに星が輝き、まるでプラネタリウムの中に入っているかのような印象を受ける。
このフィールドの名を、「狭間の大樹・下層」という。いわゆるポータルエリアで、このフィールドから無数にあるダンジョンへと入ることができる。そのため、俺の周りには様々なプレイヤーがせわしなく歩き回っている。一応「上層」も存在するのだが、まあ、俺には関係のないことだ。
ところで、このゲームではダンジョン内で死亡した場合、その場に「お墓」が残され、その時に持っていたアイテムがすべて埋葬される。本人か他のプレイヤーが赴いて所定の操作を行えばアイテムは取り戻せるが、しかしダンジョンに存在するモンスターのほとんどは、「墓荒らし」なのである。やつらは墓を見つけると喜々として掘り起こし、そこにあるアイテムの何割かを持っていってしまう。ゆえに、墓からアイテムを取り戻した後も周囲にいるモンスターを倒し、盗まれたものを取り戻さなくてはならないのだ。なんともめんどくさいシステムである。
何時間も籠もっていたために大量の素材アイテムを持っていた俺は、そのアイテム量ゆえに姑息な盗人どもをしらみ潰しに探して倒さなければならなかった。すべてのアイテムを取り戻せなかったのは、些細な問題として片づけることにする。
流石にもう一度あの場所に籠もる気にはなれない。俺は新たな依頼を受けるために、ギルドの本部のある場所へと足を向ける。
このゲームにしては珍しく良心的なことに、ホームタウンという拠点型フィールドはいくつも存在している。それぞれショップで売っているアイテムが違ったり、施設の種類も違うので、初級者が集まる街があったり、魔法特化型のプレイヤーが集まる街があったりするわけだ。
俺はその中でも、ギルドの拠点が多く作られているホームタウンへとつながるポータルを目指した。
巨大な木に絡まった蔦も同じように巨大で、多くの分岐路を作りながら立体的な地形を構築している。俺はそれらにかけられた梯子を上ったり、蔦の上を歩いたりしてポータルへとたどり着く。ポータルは巨大な扉の形をしており、開け放たれた扉からは人が現れ、また入ったりしている。俺もそれにならい、扉の中へと足を踏み入れた。
そして目の前に広がるのは、きちんと舗装された石造りの道と、広がる街。それぞれの建物は古めかしい雰囲気を醸していていかにも中世らしいが、所々に見かけられる水晶のような美しいオブジェが、また違った印象を与える。そして街の中心には、入り口からでもよく見えるほど巨大な水晶の大樹があり、堂々としたファンタジー臭を放っていた。
空中都市ラスタフィリアスのこの光景は見慣れたものだが、何度来ても観光地っぽいなと思ってしまう。空中都市というだけあって、建物の合間から見える空は地上のそれ以上に蒼く、解放感があふれて見える。サンフランシスコの海辺とはまた違った爽快感があった。
俺はプレイヤーが点々と出している露天を視界の隅に納めながら広場を横切り、ちょっとした金持ちが立てそうな豪邸の門へと足を向ける。現実に建っていたら萎縮してしまいそうな豪華さを持つ建物とその門だったが、そこではせわしなく人が出入りしており、入退場の敷居はずいぶんと低くなっていた。
門を抜け、そこまで大きくない中庭を抜けると、そこはギルド「英雄相談所」のギルドハウスだ。ギルドマスターたるクイーンからの依頼をいちいちここで受けなければならないというのは多少不便な気もするが、ほかのギルドメンバーと情報交換もできるため、良く言えば一石二鳥ってやつだ。
俺はギルドハウスのエントランスにある掲示板を眺め、何かできそうな依頼が張られていないか注意深く探す。はたから見たら、よくあるRPGの文字通りギルドのような場所で依頼を受ける冒険者っぽい感じはする。
と、不意に背後から声がかけられた。
「調子はどうかしら? ガルド」
振り向くと、そこには真っ赤な髪とスーツ姿の女性がいた。いかにも仕事ができそうなオーラを醸し出しつつ、そこにいるだけで優雅な印象を見るものに与える立ち姿だ。ひと財産は持っていそうだが、洋館の所持者だと言われたらやはりミスマッチな印象を受けずにはいられない。印象としては、高層ビルの一室に豪華なオフィスか自宅を持っていそうな感じだ。
間違えようもない、この女が「英雄相談所」のギルドマスター、クイーンだ。
「自分にアイテム収集は向いてないって思い始めている今日この頃ですよ」
俺が肩をすくませながらそう返すと、クイーンは微笑を見せる。初対面の人間はこの動作でもうこの女を信じきってしまうものだが、もう俺はだまされないぞ。
「そう、なら丁度あなたに頼みたいことがあるのよ。緊急なものだけれど、運という要素はあまりないわ」
「へえ、そいつはどんな依頼です?」
我ながら不遜な態度だが、クイーンは顔色一つ変えず答える。
「昨日、出現したボスよ。まだ倒されていないから確実とは言えないけれど、十中八九オリジナルスフィアーツを持ったボスだわ」
「な! 本当ですか!」
オリジナルスフィアーツとは、このゲームに存在するほとんどの武器が神話や民話に出てくるものを元にしている中で、独自の設定や性能を持つスフィアーツのことだ。大抵の場合素材を集めて鍛冶屋で作るものだが、ごくまれに同名のモンスターが存在し、それを倒すことでしか入手できないスフィアーツが存在する。それらのスフィアーツは非常のユニークで尖った性能を持つことが多く、通常の武器とはひと味違った戦いが可能となるのだ。
「ボスの名前は『因果剣ファルスクエア』。人型で両手剣を持ったスフィアーツ使いのモンスターね。名前からして、同名の武器を落とすでしょう。ただ……」
そこでクイーンは憂うように目線を伏せる。交渉では言葉に深刻さを持たせるための動作だろうが、何を白々しいと心の中で言わずにはいられなかった、
「オリジナルスフィアーツ持ちと予想されるだけあって、かなり強いわ。魔法使いタイプのようだけれど、近接でも十分に強いそうよ」
「なるほど、じゃあ、そいつを俺に倒してこいってことですね?」
ここまで考えを誘導されれば、誰だってわかる。クイーンはうなずき、そしてこう付け加えた。
「倒すのと同時に、その戦いの様子を撮影し、攻略法を確立しなさい。入手したスフィアーツはあなたのものだけれど、一度調査班に預けるのよ。それで報酬は……」
そこでクイーンは言葉を切り、思わせぶりに間をとった。俺は相手の思うつぼだと知っていても、息を詰めてじっと待つしかない。
「そうね、五万円といったところかしら……」
「げ……五万円っ!」
破格の報酬に、俺は思わず声を上げた。一介の高校生としては、一発で五万も稼げるというのはあまりに魅力的だ。
「ただ、期限は明後日の二十四時までよ。それ以降になると、他のプレイヤーに見つけられてしまう可能性が高くなるわ。最近は新ダンジョンが多く追加されているから、すぐにというわけではないだろうけれど、迅速にね」
「はい! 必ずしとめてやりますよ!」
もはやクイーンは俺が断るとは思っていないだろうが、俺ははっきりと依頼を受ける旨を口にする。クイーンはまた微笑を浮かべ、
「そう、一応エリを連れていくといいんじゃないかしら。あなたのパートナーでしょう?」
放たれた言葉に、俺はさっと顔をしかめる。人数を増やした場合、報酬が減る可能性があるからだ。クイーンはその表情の変化をどう受け取ったのか、にやりと意地悪い顔になり、
「安心していいわ。ボスエリアは一人しか入れないし、ボスはエリには相性が悪い。多分、あなたの戦闘スタイルが最も攻略に適しているでしょう。それに、付き添い人には別の報酬を用意するわ。
さあ、行きなさい。といっても、もうこの時間ね、あなたはまだ高校生なんだから、挑戦するのは明日にしたほうがいいでしょう」
俺としては余計なお世話だと言いたいところだが、確かにその通り、もう時間は深夜二時を回っている。いつも三時まではログインしている俺だが、残り一時間ではやれることはあまりない。それに、数時間の狩りでもうへとへとだ。
俺はクイーンに背を向けると、ギルドハウスの入り口を目指す。そのまま外へ出て、空中都市の景色を目に映した。若干名残惜しい気持ちを残しながら、俺はメニューウィンドウを呼び出し、ログアウトを選択する。
数秒後、俺はギルガメッシュ・オンラインの「ガルド」ではなく、現実世界の人間たる「冴草海斗」としてベッドから起きあがる。
深夜なので、外はかなり暗い。東京の都市部に暮らしていた頃はこの時間でも星が見えないほど明かりがついていたが、ここサンフランシスコの郊外ではビルがほとんどなく、この時間では真っ暗だ。ここで暮らし始めたときには、夜空にはこんなに星があったのかと驚いたものだ。
俺は冷蔵庫から軽食を引っ張りだし、軽く腹を満たしてから何となく部屋を眺める。一人暮らしには少し広すぎるきらいがあるが、まあ人を呼ぶには困らないから悪くはない。
幸い、明日の学校は午後からだ。今から寝ても十分に睡眠をとることができる。この辺では貴重な日本人の友人と会えるので、学校を休むという選択肢はない。俺はきっちりと歯を磨き、ベッドの上に転がっているVR技術の固まりであるヘッドギア型の機械を手に取る。
『Welcome to Japan』と書かれたそれは、ギルガメッシュ・オンラインの存在しないはずの運営が配布しているものだ。これが流通し始めたのはもう五年も前の話で、当時は大いに怪しがられ、各国がこぞって回収し研究したがそのメカニズムを解明することはできず、現在では謎の多い機械であるが一般的に使われるようになっている。
とはいえ、『幻想界』に入りさえしなければ全くの無害で、これまでの技術とは比べものにならないほどクリアなヴァーチャル・リアリティを体感することができるとあって、商業的に様々な場所で利用されている。これを危惧する専門家がテレビの中で盛んに議論しあっているのをよく見かけるが、積極的に廃止にしようとしている国家はあまりない。
そんなことを考えていたら、なんだか急に眠たくなってきた。俺はそのヘッドギアを定位置に戻すと、体をベッドに投げだし、目を閉じた。
チラシ裏的解説
・〈空中都市ラスタフィリアス〉
プレイヤーが購入できる物件が多く存在するホームタウン。景観が良く、武器屋等がないためあまり人口密度が多くなく、ここにギルドハウスを作るプレイヤーが多い。ただし土地代が高いため大規模なギルドの本拠地が多め。名前は適当に語感で決定。




