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ドリーミング・レジェンド  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
ACT1 「幻からのシシャ」
28/62

A1-17

 時刻は午前十一時。俺とラザさんは「狭間の大樹・下層」の中腹ぐらいの場所にいた。


「とりあえずだな。いくつか情報を共有しておきたい」


『なに? ボクの家になる物件だから注意は聞いておきたいけど』


 その場にいない三人目の声は、俺とラザさんにしか聞こえていない。いわゆるボイスチャットというやつだが、このようなVRゲームでは意外と使う機会がない。画面を見ながらやる従来のネットゲームでは文字を打ち込む動作がキャラクターの動きに直結するため、動作しながらのチャットは少し難儀であり、ボイスチャットはその点優れていたと言えよう。だが、仮想現実たるこのゲームでは逆だ。喋る相手は今まさにモンスターと戦っているかもしれない、そんな中で目に見えない相手と会話するのは難しい。フレンドであれば相手の位置も分かるため、明らかに戦闘している状況でなければ遠慮する必要はないのだが、そこは性格の問題だ。現実世界の携帯電話の取り扱いに近いかもしれない。


「物件か。開発者の一人に聞いたけど、ウン千万じゃきかないらしいぞ。というか、お前にとってサーバーは家かよ」


『うん? そうなのかな? なんとなく出た言葉だから、わかんない』


「そうかよ」


 俺はルトの言葉に浅いため息を吐き、それから話すべきことを羅列していく。


「お前が移住する予定のCPUは、幻想界で得られた情報を元に、日本本国に存在すると思われるサーバーを再現したものだ。性能は保証できない」


「ん、わかった。使えるかどうかは移住するときに考えるから、そこは気にしないで」


「俺にはどうしようもないからな、勝手にやってくれ。で、リタのことだが、この前言った通りお前とリタは同じアカウントを共有している。推論だが、今のお前等は二重人格に近い状態になっているようだ。ぴったり入れ替わりで現れるのを昨日ラザさんが確認した。ここで確認なんだが、リタという人間は本当に実在したのか?」


 ルトが「椎名真琴」という名の生身の人間だったことは、すでに確認済みだ。救出されてきた日本人が狙われた犯行というのは過去に例がなかったため、比較的メディアで取り上げられていたらしい。死人が一人だったからそこまで目立たなかったというのは、悲しいかな銃社会の副産物だ。


 確認の意味を込めた質問に、ルトは頬を膨らませながら答えた。


「いる、絶対。だって、リタと出会ったのは現実世界で、救出されてきた直後だもん」


「そうか、変な質問して悪かったな。なら、新しいサーバーに移った後なら、別のアカウントで顔を合わせることができるのか?」


 やはりこれも推論にすぎない……というか要所はすべてラザさんの考察なのだが、リタの記憶喪失はルトとアカンウトを共有していることで引き起こされているのかもしれない。そして、それを知ってか知らずか、ルトは俺に「解放してほしい」と言った。


「うーん、わかんないけど、ボクもリタに会いたいから、全力は尽くすよ。ボクね、もう一度リタに会って、ありがとうって言いたいんだ」


「助けられたって話か」


 ルトは頷き、頬を赤く染めて軽くうつむく。分かりやすい反応だ。彼らの絆の深さが伺える。


「じゃあ、これが最後だ。お前の新居は、今ギルガメッシュ・オンラインのサーバーにアクセスして、まだログインしていない状態になっている。お前をそっちに移すために、俺たちは何をすればいい?」


 少しの沈黙の後、やけに自信たっぷりの声が帰ってくる。


『おにーさんたちは、あのホームタウン、吉祥寺のエリアを封鎖してくれればいいかな。ボクがいいって言うまで、おにーさんたちも含めて誰も入れちゃだめ』


「それだけでいいのか?」


『うん、それだけ。あー、えっとね、一応装備は整えておいて。幻想界だし、何が起こるかわからないから」


「わかっている」


 ルトにしては珍しい気遣いだ。


「僕も了解。じゃあ、決行は明日の十一時から。ルトさん、リタ君と入れ替わるまでにできそうかい?」


「そーだね。日頃の『姫』の話を聞く限りは、五時間もあれば十分かな。だから大丈夫」


「その『姫』っていうのはとても興味深いんだけど、リタ君なら詳しいことを知っているのかな?」


 昨日から、ラザさんはその「姫」に関して気にしているようだった。本人曰く、おそらく今の日本の状態の鍵を握っている人物らしい。


『どうかなー。わかんないけど、リタがボクよりも幻想界について詳しいのは保証する』


 結局、蓋を開けてみなければわからないというわけだ。もしその蓋が、パンドラの箱のものだったとしても。








 翌日、幻想界唯一のホームタン「吉祥寺」のポータル前を訪れた俺とラザさんは、システム上は死の危険のある領域にいるとはいえ、そこまで緊張しているわけではなかった。例えるなら滑落したら命を落とすかもしれない崖を、フェンス越しに眺めているようなもので、別にダンジョンに入ってボス攻略をするわけではないのだ。


「よし! それじゃあ、始めるね。どんな人でも、ここを通しちゃだめ。正直、何が起こるかわからないから、そこはよろしく」


「了解だ」


 一応、俺もラザさんも武装は整えている。幻想界で〈フレンドリーファイア〉のアビリティを装備するのは流石に気が引けたので、今日は〈エペタム〉と〈クラウ・ソラス〉の一・五刀流だ。念のため〈プラネタリウム〉と〈ファルスクエア〉も持ってきているが、ほとんどいつもの冒険の延長線上のような惰性だ。使うことはあるまい。


 一方ラザさんはいつものように〈器無き王の剣〉と〈イージスの盾〉のテンプレ装備だ。〈イージスの盾〉はともかく〈器無き王の剣〉はほかの能力上昇が望めないとはいえ、レベル60なのにもかかわらずAランクの攻撃力を持つ。その上解放することでMPを回収するというふざけた性能だ。ラザさんの言うには、解放必殺技を素で使えないのがネックらしいが、持久戦に持ち込むならばこれ以上ない性能と言えるだろう。


 ルトがポータルの中へと姿を消し、俺たちは周囲を警戒する。とはいっても、始まってから三十分ほどは何も起こらず、流石に手持ちぶさたになってきた。


「なあ、そういえば他のプレイヤーを見かけないな」


 ふと気がついて言葉にすると、ラザさんも不思議そうに返す。


「確かに、そうだね。幻想界っていっても、プレイヤーがいないわけじゃないし……。そこのところ、ルトさんに聞いておけばよかったね」


 よくよく考えれば、今のところ「吉祥寺」はどのプレイヤーにも発見されていないのだ。何らかの理由があって、この付近には人が近づかないと考えられる。


「もしかして、この辺って高レベルダンジョンのポータルが多いんじゃないのか?」


「ありうるね。ちょっと確認してこようか」


 そうして、ラザさんは近くの枝まで移動していく。


 「奴」が現れたのは、その時だった。


 フードを目深に被った、痩身の男。ぼろぼろのコートをまとっているために、それ以外の印象を与えないプレイヤーだった。そいつが、一直線に「吉祥寺」のポータルを目指してこちらにやってきたのだ。


「すまない、悪いがこっちには行かないでくれないか? 今、俺の仲間がこの中にいるんだ」


 事前に考えておいた当たり障りのない台詞と共に、俺は男の前に立ちはだかる。


 だが、男はかまわずこちらへと歩みを進める。フードにはシステム的に光を遮断する効果があるのか、男の表情を伺うことはできなかった。


「おい!」


 おかしいと思い、俺は男の肩を掴む。その瞬間、俺の右脇腹から左肩までを、何かが一閃した。


「っ!」


 驚き、後ずさる。直後、鋭い痛みが俺を襲った。前を見ると、フードをかぶった男が大ぶりな刀を持つ姿が視界に映る。突然の攻撃と痛みに、俺の思考は完全に停止した。


 続く薙ぎ払いをまともに食らい、俺はバランスを崩して無様に床に転がった。


「なん……だ……!」


 俺にできたのは、空気を吐き出すように口を動かすことだけだった。


「ガルド!」


 ラザさんの声が響き、赤い光と共に上から降ってくる。解放必殺技に合わせた初級乱舞スキル〈オーバーラン〉による攻撃だ。金属がぶつかり合う硬質な音が響きわたり、俺の思考を冷や水をかけるように覚醒させる。


「ラザさんッ!」


「君はなんだい? 今、ここは通せないし、幻想界で人を攻撃するなんて、何を考えているんだい?」


 ラザさんも俺と同じように競説得を試みるが、男は全く聞く挙動を見せない。


「どうやら話の通ずる相手ではなさそうだね」


「まじかよ……」


 混乱した思考のまま、俺のゲーマーとしての部分が相手の装備を観察する。あれはレベル40の両手刀系スフィアーツ〈虎徹〉。だが、解放必殺技でもないのに、凄まじい早さの斬撃だった。おそらくアビリティで筋力を大幅に強化しているのだろう。


 自分のHP残量を確認すると、そこまで減っていないことがわかる。今ので三割弱だ。いくら筋力が高いといっても、所詮はレベル40の武器、こちらの防御力がある程度あれば、そこまで恐れることはない。


 だが、なぜこんなにも大事なことを忘れていたのだろう。幻想界でもっとも恐れられていることの一つが、痛みなのだ。通常の領域では痛みを「知覚する」機能だけ残しているが、「痛い」わけではない。だが、幻想界ではその限りではなく、減ったHPに応じた痛みが襲ってくる。


「気をつけろ、ラザさん! こっちでは痛みがある!」


「そうだね……とにかく、ここから立ち去ってくれないかい?」


 ラザさんが言い、その剣をふるう。アビリティによる補正こそないが、〈イージスの盾〉による高い能力補正と、攻撃力の高い〈器無き王の剣〉はそれなり以上の脅威を持つ。男の挙動を見る限り、〈イージスの盾〉の鈍足効果は防いでいるようだが、〈イージスの盾〉の防御の前に有効なダメージを与えられていない。


 が、男の持つ〈虎徹〉が深紅の光をまとい、次の瞬間には目にも留まらぬ連撃が放たれる。それは軽く七発は越える連撃だった。


「ぐっ!」


奥義級乱舞(オメガドライヴ)だと!」


 この攻撃により、ラザさんのHPが半分以上も減少する。俺は慌てて両手の剣それぞれにセットした〈ヒール〉を発動し、ラザさんのHPを回復する。


 だが、あのタイミングで〈オメガドライヴ〉を使ってくるとは。その速さも俺の見慣れているものではなかった。


 スキルはスキル制作屋で合成することができるが、このときに使う素材によって、大きく性能が変化する。速さしかり、威力しかり、だ。乱舞系最上級スキル、奥義級の〈オメガドライヴ〉は制作するだけでも大量のレアアイテムが必要となる。その上でさらに性能のいいものを作ろうと思ったら、途方もない手間がかかるのだ。しかも、強力なスキルだけあってクールタイムは非常に長い。そんな必殺技を、いきなり使ったのだ。


 だが、こちらは二人。片方が回復役に徹するだけでかなり有利に戦うことができる。だが、俺はこの男が不気味でならなかった。そして、あの奥義級乱舞が一つだけではないことを直感する。


 戦闘は、それから三十分経っても終わらなかった。向こうが攻めあぐねているのもそうだが、男の剣の技術は非常に卓越していて、ラザさんではほとんどダメージを与えられない。たまにかすることでダメージはあるものの、プレイヤーに本来備わっている「加護」による自動回復で賄われてしまう始末だ。さらに、時折男は〈オメガドライヴ〉を使用してラザさんのHPを大幅に削ってくる。すでに六発の〈オメガドライヴ〉が使用されており、男は五個のスキルをすべて〈オメガドライヴ〉で埋めた〈虎徹〉を使っていることを明示していた。


「このままじゃ埒があかない……。ガルド、こっちも奥の手を使おう。いったん代わってくれ」


「使っちまうのか! だがあれだと殺してしちまう可能性が……」


「いや、〈オメガウェポン〉なら示威行為になるよ。だめだったら、その時はその時だっ!」


 ラザさんが大振りの薙ぎ払いを放ち、男を後退させる。俺はその間に滑り込み、右手の〈エペタム〉で攻撃した。


 男の〈虎徹〉による斬撃は、俺の予想を越えて速いものだった。右手の〈エペタム〉と、時折左手で〈クラウ・ソラス〉を掴んで防御するものの、じわじわとHPを削られていく。幸い、一発の攻撃が弱いため、痛みは耐えられないほどじゃない。


 そして、時間稼ぎはそこまでだ。


 俺の背後で爆発的な閃光が発せられ、ラザさんの手に二メートルを越える巨大剣、もはや兵器の域の〈オメガウェポン〉が握られる。


 それを確認した俺は、素早く横に跳び、射線を確保する。直後、〈オメガウェポン〉から放たれた銃弾が、男を襲う。だが、男はそれを予知していたのか、俺と逆方向に跳んで回避した。


 それに追従して、ラザさんが突進する。圧倒的な質量を斬撃に込め、防御に使われた〈虎徹〉を真っ二つにする。男が後ろに跳んで距離をとったのを見て、ラザさんが言葉を放った。


「これを見たなら、帰ってほしいんだけど。君だって、死にたくないだろう?」


 ラザさんの言葉をどう解釈したのか、男は顔を俯かせる。


 そして、次の瞬間にはラザさんの目の前にいた。


「……え?」


 ラザさんが声を上げたか、否か。その瞬間に、〈オメガウェポン〉は真っ二つにされていた。男の手に握られているのは、光輝く直剣。だがその光は急速に失われ、直剣と共に消滅する。


 俺は、この光景を見たことがあった。別に〈オメガウェポン〉に限った話ではない。低レベルスフィアーツを起動と同時に解放して不意打ちするのは、決してマイナーな戦法ではないのだ。そして、その手の不意打ちには、大ダメージを与える以外に大きなアドバンテージを生むアビリティ構成が存在する。


「武器……破壊……!」


 ラザさんが呆然として呟き、それに答えるかのようにして、男の手が赤く光った。その行為の目的を察し、俺は我知らず飛び出し、叫んでいた。


 さらなるスフィアーツの即時解放、〈虎徹〉による、十連続攻撃。


「やめろおぉぉぉぉぉぉッ!」


 少しだけ俯いたフードに隠された顔は、その時、笑っているように思えてならなかった。


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