表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドリーミング・レジェンド  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
ACT1 「幻からのシシャ」
27/62

A1-16

「と、いうわけなんだ」


 俺がルトに関する事の顛末を語り終えると、聞き手であったラザさんは考え込むように手を口にあて、そのまま数秒間動かなかった。


 幻想界でルトと別れた後、俺はおっかなびっくりしながら「狭間の大樹・上層」を下り、こちらまでやってきた。啖呵を切ったはいいものの、とにかく自分では背負いきれない事実ばかりで、誰にともなく事情を話したく、ラザさんに相談したというわけだ。


 信じてもらえないだろうか。いや、それ以前にいろいろと支離滅裂すぎて理解するのも難しいだろう。幻想界に吉祥寺の町があることからしてまず意味不明だ。


「やはり……」


 たっぷり十秒ほどたってから、ラザさんが思い出したように言葉を発する。その言葉とは裏腹に、ラザさんの表情は驚愕に彩られていた。


「やはりって、何か予想していたのか?」


「ああ、いや、こっちの話だよ。……というか、リタ君の事はともかく、ルトさんは僕も人工知能かもしれないって思っていたんだ」


 驚きだ。どうしてラザさんはここまで不可思議な出来事を予測できるのだろう。


「ガルドは幻想界に出現する『闇霊』のことは聞いたことはある?」


「いや、初めて聞いたが……」


「真偽は定かじゃないんだけど、結構昔からある噂話でね。幻想界で活動しているプレイヤーがその冒険の中で死亡すると、その意識だけが肉体から離れて幻想界をさまようことがあるっていう話なんだ」


 死んだ人間の意識が、仮想空間上をさまよう。なんだか、いきなり話がオカルトめいてきた。


「そりゃ、皆が疑うのも無理はないよね。幻想界といったら僕たちにとっても都市伝説みたいなものだし、そういう噂話がでるのはごく当然のことだ。でももし、この『闇霊』がその本人を模して作られた人工知能だとしたら、矛盾点はなくなるよね」


「……そうか?」


 俺としては、人工知能が存在するという時点で何かがぶっ飛んでいるように思えてならない。


「まあ、仮説の域は出ないわけだけど。とにかく、ガルドはルトさんから、AIである自分をほかの場所へ避難させてほしいって頼まれた。これであっているよね」


「ああ、間違いない。だが、どうしたものかな。ジル先輩も帰ってきていないし、そもそもルトをどこかに移すこと自体が不可能だ。あいつ、普通のパソコンじゃ無理だって言ってたぜ」


 まったく、我ながらなぜ引き受けたのやら。


「そのことなんだけど」


 俺は愚痴混じりに話していたが、しかしラザさんはほとんどノータイムで提題をしてきた。


「もしかしたら、できるかもしれない」


「は? マジで?」


 思わず耳あたりのよくない言葉を吐いてしまったが、そこは驚きを察してもらいたい。何をどうしたら、あの奇天烈怪奇な人工知能の大剣ぶん回す系ボクっ娘を、日本本国にあるはずのサーバーから移すことができるのというのだろう。


「テトラロジックユニオンっていう会社を知っているかい?」


「いや、知らないな……あれ?」


 いやいや、俺は知っている。俺がVRプログラミング、もとい「アーキテクト」のバイトをしている会社の名前だ。そういえば、あの会社は幻想界から持ち帰られた技術を研究している企業でもあったか。俺がそれを話すと、ラザさんは意外そうに嘆息した。


「へえ、最近腕のいいプログラマーが雇えたって言ってたけど、そういうことだったのか。なら話は早いね。実はその会社が最近、日本サーバーで使われていると考えられるCPUの複製に成功したんだ」


「なにッ!」


 驚きの新事実だ。未だ日本人のほとんどを電脳空間に捕らえている「何か」が、こちらでも制作されたとは……。


「幻想界から持ち帰られた技術を用いたらしいんだけどね。でも、作ったはいいけど今度はソフトウェアを作るあてがなくて、行き詰まっているらしいんだ」


「……ちょっと待て、ラザさん、その情報どこで仕入れたんだ?」


 俺が思わず聞くと、ラザさんは笑って返した。


「僕が情報系の会社に勤めていることは前にも話したよね。僕のいる会社はテトラロジックユニオンの親戚みたいな企業で、確かこっちの社員の一部が新しく立ち上げたんだっけ。その関係で、よく飲み明かす知り合いがいるんだけど、よくそういう情報を愚痴っちゃうんだよね」


「もしかしてその人の名前、イーサン・エドワーズだったりしない……?」


 懸念を口にすると、ラザさんは驚いたような顔になった。


「もしかして、知り合いなのかい? あたりだよ。世間が狭いっていうのは、こういうことを言うのかな?」


 なんてこった。確かにエドワーズさんは俺のバイト先ではうんたらかんたらの開発主任を名乗っていたが……。同業者とはいえ違う企業の人にそんなに機密を喋るって……。


 本当に、それでいいのか、主任さん。


 現実逃避ぎみに考えをそらすと、今度は今一番の問題に行き当たる。


「で、ラザさんの考えでは、その新たに開発されたCPUを使えばルトを避難させることができるってことだな?」


「可能性はあると思うね。というか、他にあてがないっていうのが本音なんだけど」


 俺としてはあてがあること自体に驚きなのだが、今のところ方法がこれしかないのは変わらないだろう。


「ならいいが……一応他企業のものだろ? 使えるのか?」


「大丈夫大丈夫、こっちの企業と結構事業を提携しているし、そもそも幻想界の技術を扱うにはいろんな場所から情報を調達しなきゃいけないからね。それに、向こうはCPUを動かせるソフトウェアが欲しいんだ。利害は一致しているよ」


 建前としては、こちらからのソフトウェアの提供か。よく考えたら、幻想界から持ち帰られる技術のほとんどがオーバーテクノロジーだ、今更人工知能が現れたって驚かれはするものの受け入れられるだろう。


「あー、そうだ。もう一つ話そうと思っていたことがあったんだった」


 俺は頭をかきながら、頭の中で話す内容をまとめる。まったく、ここ最近ぶっ飛んだことが起きすぎて常識的な話し方がわからなくなってきた。


「ルトとフレンド登録しようとしたんだが、だめだったんだ。というか、ルトのアカウントはリタと同じやつで、これまで元々俺とフレンド登録していたリタの権限を使って俺の位置を特定していたらしい。つっても、ルトは無意識にやっていたようだが……」


「アカウントが同じ……。リタ君とルトさんが同時にゲーム内に存在したことはないし……どちらも凄まじい技量を持っている。もしかして……」


「ああ、おそらく、そうだ。あいつらは二人で一つなんだよ。二重人格って線も考えたが、そもそもAIに二重人格なんて存在するのか?」


「さあ? そこは検討もつかないね。他には、思い当たることはないのかい?」


 ラザさんの言葉に、俺はルトとの会話を反芻し、思い至る。


「そういえば、あいつ、リタに助けられたとか言っていたな。そもそも俺を襲ったときもリタがうんたらかんたらとか言っていたし、ずいぶんとご執心だ」


「そっか。そこまで執着するのは聞いたことがないけど、二重人格の片方が片方を助けようとする、または助けられたと感じるってことはあるにはあるみたいだね。素人知識だけど、強い精神的重圧のかかる状態ではその精神的ストレスに耐えきれず、架空の人格を作り出して代償させてしまい、結果的に人格が分裂してしまうケースもあるようだね」


 それは初耳だが、そもそも俺はルトを除けば二重人格の人に会ったことがない。わからないことだらけだ。


「どちらにせよ、あいつが二重人格かどうかは否定も肯定もできない、か」


「不安要素だけど、僕たちにはどうこうできそうにないね」


「最近はそんなことばっかりだな」


 さもありなん、という様子でラザさんがうなずく。


 それにしても、普段お世話になっている人が事件の解決の鍵を握っていたとは。ままならない事ばかりだが、この事件はゆっくりと、だが確実に歩みを進めていた。







「いやー、まさかカイトがフリオの友達だったとはねえ。それに、幻想界で回収されたプログラムを譲ってくれるっていうじゃないか。すごいなあ、君が取ってきたのかい?」


「いや、俺じゃないんですけどね」


 翌日、俺は笑顔に光る白い歯のエドワーズさんの案内のもと、テトラロジックユニオン支部内の廊下を歩いていた。


 ところで「フリオ」とはラザさんの現実世界での名前で、フルネームをフリオ・ボッシと言うらしい。


「それに、今日すぐにできるわけじゃないですし、正直得体の知れないものですよ。もしかしたら喋り出すかもしれませんし……」


「はっはっは。そのぐらいなら、歓迎さ。幻想界からの技術は、いつも俺たちに新たな発見を与えてくれるからね」


 一部虚実を混ぜた話に、エドワーズさんは白い歯を見せて笑った。


「これは俺自身の考えだから深刻に考える必要はないけど、おそらく日本本土にあるサーバーの力は、この程度じゃないと思うよ。そうだね、本気を出せば、瞬く間に世界中の金融システムや交通システムを麻痺させて、崩壊させることだってできるはずさ」


「え!」


 恐ろしいことをさらっと言ってのけるエドワーズさんに、俺は前置きにも関わらず驚きの声をあげてしまう。


「でも、彼らはそれをしていない。言い換えれば、できるのにしない。彼らにはその気がないということだ。幻想界から回収されたデータならば、そう有害なものでもないだろう」


 その正体を知っている俺としては、何とも言いがたい。あの少年と少女の姿を見ている限りは、害があるとは思えないが、どちらもその戦闘能力と相手に与えるプレッシャーが半端じゃない。ゲームであることを抜きにしても、あの二人には全く勝てる気がしないのだ。


「ほら、ここだ」


 エドワーズさんは行き着いた扉の前で足を止めると、首にかけたIDカードのようなものを扉の横についている装置に通す。すると扉は当然顔で開き、エドワーズさんは俺を部屋に招いた。


「これが、再現されたCPUですか?」


 部屋の中には、何とも形容しがたいものがガラスケースのようなものの中に入っていた。


 例えるならば、水晶だろうか。不規則な結晶を形成したような形の宝石のようなもので、その結晶からは無数のチューブが延び、ネットゲームのサーバーに使うような巨大なコンピューターと繋がっていた。


「そうだよ。一応、従来のコンピューターと互換性のある機能のみ使っているけれど、そこまで処理能力があるというわけじゃない。ギルガメッシュ・オンラインのようなVR技術をこちらで再現できるかと思ったけれど、無理だったね」


 結晶状のCPUは、オパールを様々な角度から見たときのように不規則に色を変化させている。


「今、これは『活動』しているんですか?」


「そうだね、この光は、CPUが活動している限り変化し続けるみたいだ。検査機器で調べた限りでは、内部の化学組成が偏在し、化学変化を繰り返すことによって何らかの処理を行っていることがわかっている。例えるなら、人間の脳の構造に少し似ているね。性格も量子コンピューターに近い。現時点では、そっちのほうの利用に用いられるだろうね」


 この結晶が「活動」している、と表したが、それは俺の直感によるものだ。どう見てもこれは無機物だが、なぜか俺にはこれが「生きている」ように思えてならなかった。


「でも、これがそこまで処理能力がないって、どういうことですか?」


 そんな神秘的な雰囲気を出す、日本国民のほとんどを捕らえているはずのCPUの複製は、そこまで処理能力があるわけではないという。


「ああ、それを説明するためには、量子コンピューターについてちょっと解説しなければならないね。カイトは、量子コンピューターとはどういうものか、知っているかい?」


「SF映画とかに出てきて、現行のコンピューターよりも高度な演算ができるということぐらいですね……」


 問いに答えると、エドワーズさんは少しだけ表情を硬くした。


「まあ、一般の認識なんてそんなものだね。カイトが言ったことは、半分だけ正解だ。多分、概念は間違っているだろう」


 それからエドワーズさんは人なつっこそうな笑みを浮かべ、解説を始める。


「俺たちの普段使っているコンピューターは、計算が得意なんだ。足し算、引き算、掛け算、割り算、それがどれほど複雑であろうと、一瞬で答えを導くことができる。だが、苦手なものも存在する。平方根などがその例だが、デジタル信号のコンピューターはルート16でさえ一発で計算することはできない。計算するときは、逆の計算を一から順に行っているだけだ。指数関数や対数関数も、そのまま計算せずテイラー展開などを行うことでただの計算に直しているんだ」


 いきなり分からない単語ばかり出てきて、俺は思わず顔を険しくする。それを見て取ったエドワーズさんが、白い歯をきらりと光らせた。


「まあこの辺の話はいずれわかる。……対して量子コンピューターは、まあ具体的な原理は省くけれど、平方根などの計算が得意だ。かみ砕いて言えば……そうだね、普段俺たちが使っているデジタル信号のコンピューターは直列的な計算が得意で、量子コンピューターは並列的な計算が得意なのさ。だから、デジタル信号のコンピューターにできないことがあるだけで、すべてが優れているという訳じゃない」


 意外だった。未だ実現されていない機械の話ではあるが、創作によって様々な価値が与えられてきた夢の機械も、実際に作ろうとすれば現実に行き当たるのだ。


「とはいっても、これはまだまだ未知数だね。これでアクセスしたところでは、完全に動かす為には別のソフトウェアが必要になるみたいなんだ。それを使ったとき、これがどうなるか……」


「そうですね……」


 相槌を入れながら、俺は一つ疑問を抱いていた。このCPUはどこで、どのようにして開発されたのだろうかと。まさか、別宇宙からやってきたものでもあるまい。


 それさえも否定できないのが、今、この世界の恐ろしいところだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ