A1-14
状況を整理しよう。現在、俺にいきなり接触してきたルトという名の少女は、このゲームにログインしてはいるものの、この世界のどこにもない。そして、俺の目の前にいるリタも、先ほどまでどこにもいなかった。現時点でリタはログアウトできない状態であり、なにより、ルトはリタのことを知る唯一の人間だ。
「なあ、リタ。おまえ、ルトって名前の女のこと、記憶にないか?」
藁にもすがる思いで聞くと、リタは少しの間首を捻り、しかし首を振った。
「わからない」
「そうか……」
「わからない……ですか? ルトちゃんはあんなに必死な感じだったのに……」
しまった、エリに事情を話していないことを忘れていた。
「そうだな……エリ、今から英雄相談所のギルドハウスに行って、プロファイルを調べてきてくれないか?」
話をそらすために言うと、エリはあっと声をあげた。
「どうして今まで思いつかなかったんだろう……ガルドさんが言うほど強ければ、有名になっている可能性もあったのに……」
「ああ、それでもあんな簡単に幻想界に行くようなやつだから、こっち側の情報としてあるとは限らない。でも、頼む」
「わかりました。すぐに行きますね」
エリがギルドハウスへ向かい、残った俺は深くため息を吐く。
「はあ、とりあえず、ラザさんのところに行くぞ」
これは流石に緊急事態だ。今いる協力者全員で考えた方がいいだろう。
「……っと、悪いな、リタ。さっき、話をあわせてくれて助かった」
「え? 僕、何か言ったっけ?」
そういえば「わからない」しか言っていないな。ああくそ、自分のことだがテンパってやがる。
ともあれ、今は行動が先。俺は深く息を吐いて、メニューウィンドウからメッセージを打つ。流石に早い返信で、空中都市の一角で落ち合うことになった。
果たして、俺がラザさんを見つけて間髪入れず事情を説明すると、ラザさんは合点が言ったような表情で言った。
「ガルドが会ったそのルトっていう女の子は、結構有名なプレイヤーだよ。昔の、だけどね」
「そうなのか?」
「うん、実は、こっちの掲示板で、ルトの目撃情報が相次いだんだ。〈ヨトゥンヘイム〉をあれだけ振り回せるプレイヤーもなかなかいないしね。それでも昔の話だし、別人じゃないかっていう意見が多数だけどね」
よくよく考えれば、巨大な剣を振り回しながら人を追いかければ、嫌でも目立つ。あの時の俺の姿を覚えているプレイヤーがいないことを、俺は密かに願った。
「で、そのルトってやつは、どんなプレイヤーなんだ?」
「うーん、そうだね。僕も人づてに聞いただけだから、あまり知っているわけじゃないんだけど……。一番の特徴としては、再初期の幻想界プレイヤーってことだね」
「んな! マジかよ……」
無理もない話だが、ギルガメッシュ・オンラインが登場した当初。そのヘッドギア並びにゲームは大いに怪しがられ、政府による強制的な回収があったほどだ。
そんな中、ほんの少数のプレイヤーが隠れてギルガメッシュ・オンラインをプレイし、そして幻想界のダンジョンをクリアした。結果、百数人の日本人が救出されたのだ。
「最初の幻想界プレイヤーは、たぶんガルドも知っているだろうね。『ナイト』、ほんとに素っ気ない名前だったけど、今でも彼の人気はあるよね」
だが、その騎士というだけの名前のプレイヤーは、もういない。その名前を語るやつは少なからずいたが、本物に出会ったやつはここ三年以上いなかったはずだ。それでも、「ナイト」は俺にとって英雄そのものだった。
「ということは……ルトも同じように、この世界から離れたってことか?」
ありうることではある。いくら実力を持っていたとしても、所詮はゲーム。いつかは飽きが来るし、なにより幻想界で活動するということは常に死と隣り合わせということなのだ。
「そうだね……彼女は当時、『幼き災害』と呼ばれるくらい強かった。気まぐれに一対一のPvP大会に参加しては、優勝をぶんどってくこともあったらしいよ。そして、ガルドの言うとおり、この世界から離れた。同時に、現実世界でも死んでしまったけどね」
「は? 死んだ……?」
「そうだよ。彼女は二年半前に、サンフランシスコの自宅で死亡が確認されている。死因は窒息死。強盗が入ったらしくてね、なぜか犯人は彼女の首を締めて殺し、そこから逃走。でも、一キロも離れないところで車に引かれて死亡したらしい」
「な……」
言葉が出なかった。あんなに元気な様子で容赦なく俺を追いかけ回していたあの少女が、すでに死んでいるとは。
「どういう……ことだよ……」
「それは、本人に聞いてみるしかなさそうだね」
それから、ラザさんは少し軽い語調になって言った。
「まあ、歩いているだけで襲われたんだから、狭間の大樹の上のほうにいれば会いに来るんじゃないかな。僕は邪魔になりそうだし、ガルド一人で行ってきなよ」
「なんでだよ」
俺としては、一人よりも仲間がいた方がいいのだが。怖いし。
「彼女はね、結構気むずかしい性格だって言われているんだ。PvPで相手になった時ぐらいしか話さないし、パーティーに勧誘されても、返事すらしないそうだよ。だから、僕みたいなのが着いていっても逆効果だと思うね」
「……そうか?」
俺が見る限り、あの少女はそんな風には見えなかった。いや、それでも俺とフレンド登録するのを嫌がったのは確かだ。以前、何かあったりしたのだろうか。
「それに、彼女はほとんど何も聞かずに行ってしまったんだろう? リタの記憶がおかしいこととか、伝えておいたほうがいいと思うよ」
「そうだな……」
正直、気乗りはしない。だが、道はそれしかなさそうだ。
日は変わって、現在位置は「狭間の大樹・下層」の上層部だ。俺はできるだけルトに出会う確率を高くするため、昨日ルトに出会った時間帯に、狭間の大樹の七号目ぐらいまでの場所をふらふらしていた。あまり幻想界に近いところに留まっていると、周囲の目線が痛いのだ。
「何か用?」
そして、目的の人物が発した第一声がこれだ。しかし、ここでふらふらしているだけで来るとは、予想はしていたが、やはり奇妙ではある。やはり、俺の位置が読まれているのだろうか。
「昨日話せなかったことを話しておこうと思ってよ。今のリタの状態はかなり特殊で、あまり他の人に言わないようにしているんだ。昨日のエリってやつにもな」
「ふーん、そうなんだ。それで、リタはどうしているの?」
聞かれなくても、言うつもりだ。俺は今のリタがログアウト不能であり、記憶も失っていることをかくかくしかじかと説明した。
「そっか……」
ルトのことを覚えていないと聞いたときには、明らかに眉を痙攣させていたが、すべて聞き終えると、しおらしく呟いた。
「やっぱり、リタは……」
それ以降は、俺には聞き取れなかった。
「納得したなら、俺からも質問させてもらうぜ。端的に聞くが、おまえは初期のギルガメッシュ・オンラインの幻想界で活動していた、通り名『幼き災害』のルトだな?」
反論する間を与えないように、俺は質問を放つ。
「確かに、そう呼ばれていた時もあった。幻想界で戦っていたのも本当だよ」
「なら……」
俺は覚悟を決め、おそらくこの事件の核心に至るであろう質問を放つ。
「もう、死んでいるはずだよな」
俺とルトの間に、沈黙が流れる。しばらくルトは目を見開いていたが、次第にもじもじし始め、人差し指同士を合わせた。
「リタが言っていたことって、そういうことだったんだ。あはは、そうだよね、やっぱり、おかしいよね……」
「何を言って……」
「ありがとう、おにーさん。ボク、やっとわかったよ」
いきなり一人で納得するルトに、俺は当惑を隠せない。
「ちょっと待ってて。今、『聞く』から」
直後、紅い瞳の少女は唐突に姿を消した。しかし、それは俺たちにとっては見慣れた行為、ログアウトそのものだ。
「何なんだよ……」
まったく、置いてけぼりも甚だしい。会話的にも、物理的にもだ。いったい、ルトには何がわかったのだろう。
と、いきなり後ろから肩を叩かれて、俺は思わず飛び上がりそうになる。慌てて振り返ると、そこには紅い瞳の小柄な少女がいた。
「おまえ……さっきログアウトしたはずじゃ……」
「うん、おにーさんの感覚だったら、ログアウトってことになるね。でも、そんなに時間はいらなかったから」
そう言って、ルトは唐突に俺の腕を握り、引っ張り始める。
「こっちに来て」
「おい、待てよ!」
慌てて手を振り払う。ルトはその行為に疑問を覚えたのか、首をかしげた。
「さっきから一人で納得して、俺には訳がわからねえよ。何かやるなら、ちゃんと説明しろ」
叱るように言うと、ルトはばつが悪そうな表情になる。なんだかな、昨日より反応が素直だぞ。
「うーん、たぶん、説明してもわかんないと思うんだよね。ここで説明しちゃってもいいけど、信じられないだろうし……」
「信じられないことなら、リタのことでめっちゃ経験したぞ。今更何を驚くか」
半分は虚勢だったが、本音だ。人間、得体の知れないものというのがもっとも不安をかきたてるものだ。
「そっか、リタなら、そうだよね……」
呟くように言い、ルトは寂しげな笑みを浮かべる。昨日まではこちらに剣を叩きつけてくる姿しか覚えていなかったために意識しなかったが、こうして見るとルトはなかなかの美少女だ。それも、ファンタジーらしい西洋人的な美しさではなく、中学校のクラスにいそうな、親しみやすさのある類の。
「だったら、尚更着いてきて。ほら、こっち」
ルトは再度俺の腕をつかみ、強引に連れていこうとする。
「おい、こっちって幻想界のほうじゃねえか。やべえだろ……」
「大丈夫、ほら」
俺が懸念を唱えると、いきなり俺の目の前にパーティー加入申請のウィンドウが開かれた。
「こうすれば、ボクがおにーさんを殺すこともない。あと、何があったっておにーさんを守れる」
返す言葉もなく、しぶしぶ了解する。そうこうしているうちに俺は「狭間の大樹・下層」の頂上へとたどり着いていた。
「行くよ」
ルトが言い、目の前に幻想界へと転送する旨を伝えるメッセージウィンドウが現れる。正直に言うと、幻想界に行くこと自体は初めてではない。だが、当時中学生だった俺は「上層」に行っただけで、すぐにこちら側へと戻ってきてしまったのだ。
思わず唾を飲み込み、そしてウィンドウにタッチする。視界がホワイトアウトし、その一瞬後にはもう「狭間の大樹・上層」の風景が広がっていた。
来ちまった……。
この領域でHPがゼロになれば、それはすなわち死を意味する。だが、ポータルエリアたる狭間の大樹では、プレイヤーに害意のあるモンスターは出現しない。とはいえ、安心できるわけではない。落下死だって、立派な死亡原因の一つなのだから。これは伝え聞いた話だが、上層の最下層、すなわち上層と下層の境界部分に落ちても、死ぬことはないらしい。恐れるべきなのは、高所から枝に落下することだ。
そんなことはまるで考えていないように見えるルトに腕を引かれながら、俺は不思議な感慨に捕らわれていた。
幻想界と言えば、俺にとって「英雄」が戦う場所であり、永遠に縁の無い場所だと思っていた。しかし、今俺は異常な技量を持ちながら普通の日本人の中学生の姿で、かついきなりこの世界から消えたりする不思議な少女に手を引かれて、ここにいる。
「ここ」
やがて、ルトはとあるポータルの前で足を止める。見た目としては、「下層」にあるポータルと全く変わらないが、その先はダンジョン。文字通り、死地とも言える場所だ。
「そんなに構えなくていい」
恐怖を感じて身を堅くする俺にかまわず、ルトは軽く言うと、これまで通り俺の腕を引っ張って、強引にポータルの中に放り込んだ。
そこは、繁華街だった。
「嘘……だろ……?」
この光景には、見覚えがあった。間違えようもない、東京都三鷹市下連雀。通称、吉祥寺の町並みだった。
そうだ、俺はここから二駅離れたぐらいの場所に住んでいたのだ。春のうららかな日差しに照らされる故郷にほど近い風景は、俺の予想を越えて心を揺さぶった。
「おにーさんってさ、日本ではどのへんに住んでたの?」
「あ、ああ。確か、高円寺だったかな。四年しか経ってないのに、なんだかな……」
ルトは、そっかと言い、また腕を引いて走り出す。
「とりあえず、安心していいよ。ここはホームタウンだから」
「なんだと!」
さらっと言われた衝撃的な事実に、俺は思わず声を上げる。自分のことだが、無理もない。幻想界とは死地であり、ホームタウンなど存在しないと言われているからだ。
しばらく手を引かれていると、俺たちは少し古い感じのする木造一戸建てにたどり着いた。
「ここ、ボクの家なんだ」
それはこのゲーム内での拠点ということか、それとも……。と、問いかける暇もなく、ルトは小さな庭に面した縁側にある引き戸を開け、俺を招く。
さっきから、驚いてばかりだ。俺の理解を越える出来事が起こりすぎて、こうどんな反応をしていいかわからない。一周回って、当初の目的を思い出してしまったほどだ。
「それで、こんなところで何を説明するんだ?」
「ん、そうだね」
心なしか、ルトは安らいで見える。やはり、この家は日本がまだあった頃に彼女が住んでいた家なのだろう。
「ボクが死んだってことは、たぶん本当。最初にリタに聞いたことだし、そうじゃなきゃこんなことにはなっていない。それで、端的に説明すると……」
端的と言いながら、ルトは躊躇うように手をもじもじさせる。その仕草があまりにも年相応で、見てるこっちが恥ずかしくなった。なまじ見た目が整っているから、破壊力がある。
「今のボクは、AI。人工知能とか、コンピュータープログラムとか、そんなものなんだ」
「人工……知能……」
受け入れがたい話だ。だが、予想だにしなかったその事実が、俺の中で空白だったパズルのピースとなり、風景を完成させようとしていた。そして、もう一つの可能性も。
「で、たぶん、ほとんど確実に、リタもAIだと思う。ここに捕らわれていたボクを助けに来て、そして解放してくれたのは、リタだったから。『姫』が言うには、リタはその命と引き替えに、ボクを助けてくれた。だから、今は会うことができないんだ」
それから、ルトはまったく予想もしなかった言葉を放つ。
「ねえ、おにーさん。お願いがあるんだ……。ボクたちを、どうか助けて欲しい」
巨大な剣を易々と振り回していた少女は、その印象に反して泣きそうな表情でそう質問した。それはまったく、まだ幼く、儚げな少女の懇願だった。




