A1-13
白竜の王城をクリアしたその翌日。俺は昼間からギルガメッシュ・オンラインにログインし、いつものように「狭間の大樹・下層」の枝の上を歩いていた。
このゲームにはRPGでいういわゆるレベルは存在しないため、レベリングをする必要がない。ただ、戦えば戦うほど強くなっていくのは確かだ。剣や槍を使った戦闘は場数をこなせば本人の実力は上がっていくし、アビリティ構成も少しずつ調整することで自分に最適化されていく。接近戦闘で伸び悩んでいたプレイヤーが、使うスフィアーツを変えたことで急に実力を伸ばしたという話もたまに聞く。
俺たちが普段使っているスキルも、その例外に漏れない。スキルはホームタウンにあるスキル合成屋で素材アイテムを使って合成することができ、使った素材によって性能が微妙に異なる。中にはシステムアシストをごく浅いレベルにまで押さえられる性能を持つスキルもあり、知っている挙動のスキルだと思ったら意表を突かれてしまうことも、まあなくはない。
そのため、このゲームのプレイヤーが素材集めをする理由のほとんどがスキルを制作するためなのだ。二つ以上の流派を自力で習得することは非常に困難だが、スキルを使い分ければ簡単だ。そうやって、俺たちは様々な局面に対応する方法を持っている。
だが、世の中にはどんな対処をしようがどうしようもないこともある。
例えば、こんなときとか。
俺の目の前には、巨大な剣を突きつけている少女の姿があった。ショートの黒髪で、顔立ちは幼く、日本人の基準に当てはめれば中学生ぐらいだろうか。東洋人特有の切れ長の目を細めて、その中の真紅の瞳を俺に向けている。
「リタはどこ?」
そして、そう問うた。
こいつ……リタを知っているのか? だがなんつう剣幕だ。これではまるで俺が悪人みたいじゃないか。リタの知り合いか? それにしたって、こんな風に人を問いつめるとは、穏やかではない。いったいどんな事情が……。
と、俺が必死に頭を回転させていると、少女は突然剣を振りかぶり、俺めがけてスイングした。
「おわっ!」
避けられたのは、日々の鍛錬のおかげか。
「リタはどこ? どこにいるの!」
尋問のつもりか、さらに言葉を投げかけてくる。
「まっ、待て……」
「待てない!」
再度振るわれる巨大な剣。ここにきて、俺は本能的に危険を察知し、思考が戦闘モードに切り替わる。
この少女の持っている剣は、〈ヨトゥンヘイム〉というレベル200の巨大剣系スフィアーツだ。レベル200なのにもかかわらず魔法が使えず、そのかわり物理攻撃では非常識な威力を持つことから、生粋の脳筋武器として有名だ。巨大剣という扱いにくいカテゴリであるために、使うならパーティーで連携して隙をフォローしなければならない。その上、入手できるのはスフィアーツと同じ名前のレベル200ダンジョンの、そのまた最奥のボスからだ。難易度もそれなりのため、使うプレイヤーは少ない。
俺は〈エペタム〉を起動し、とりあえずの防御手段と機動力を確保する。それを少女はなんと受け取ったか、
「やるの? おにーさん」
その顔に好戦的な笑みを浮かべ、さらに剣をふるう。
接近してくる〈ヨトゥンヘイム〉の軌道を読み、俺は姿勢を低くする。いくら威力が高い武器とはいえ、当たらなければ意味がない。刃が空を切り、俺はそのまま〈ファルスクエア〉を下から振りあげる。
が、そこに少女はいなかった。俺は驚きで一瞬思考が停止し、しかしそれは横から来た衝撃で強制的に再開される。
何が起きた!
吹っ飛ばされながら、俺は今少女が何をしたのか必死に考えを巡らせる。いまの攻撃でHPが一気に半分以上減り、絶体絶命だが、吹っ飛ばされたおかげで考える時間ができた。
こちらへ近づいてくる少女の動きは〈ヨトゥンヘイム〉の機動力上昇ぶんの速度で、とりたてて早いというわけではない。では、さっきの挙動はなんだったのだろう。
……わからない。俺はひとまずこの恐ろしい少女から逃げることにした。
吹っ飛ばされた場所から、枝のない場所へと身を投げる。このままではどこかに衝突するか最下層まで落ちることで死亡扱いになるかだが、一応このゲームでは落下の危険に関して絶対的な安全を保証する方法がある。
〈エペタム〉が赤色の光を放つ。そしてその力を解放すると同時に、初級乱舞スキル〈オーバーラン〉を発動した。そのとたん、自由落下していた俺の体は解放必殺技のベクトルを乗せたスキルによって、最寄りの枝へと高速で移動する。リタが〈アスカロン〉の解放必殺技で敵に突進していったのと同じ原理だ。しかも衝突時のダメージはすべて無効になるため、たとえ床に向かって解放必殺技を放ったとしても、無傷でいられる。
そのまま近くのゲートへと入ろうとしたが、しかし、そこにはまた巨大な剣を背負った少女の姿があった。
「なん……で……?」
「逃がさない!」
言うなり、再び〈ヨトゥンヘイム〉を振るう。俺はまた姿勢を低くして初撃をやりすごし、顔をあげる。が、またしてもそこで少女は姿を消していた。
直後、強烈なプレッシャーを感じで頭上を見上げると、そこには空中で巨大剣をふりかぶる少女がいた。そこで俺はさきほどの現象を理解する。
が、それを生かすまもなく、俺は〈ヨトゥンヘイム〉の刃にHPを残らず吹っ飛ばされた。
今更だが、「狭間の大樹・下層」ではプレイヤーキルが可能だ。だが、HPが全損した瞬間に同じマップの別のエリアに転送されるため、それ以上の戦闘行為はできなくなり、なによりアイテムを落とすこともないため、ほとんど意味のない行為だ。いやがらせ目的でやるやつが少なからずいるのは、MMOの宿命なのかもしれない。
「待てっ!」
「待てって言われて待つ奴はいねえよ! というかそれは俺の台詞だ!」
だが、またしても少女は俺の前に立ちはだかり、その巨人が使うような巨大な剣を叩きつけてくる。いくらなんでも、不可解だ。これでは、まるで俺の位置情報が読まれているようじゃないか。俺はとっさに自分に何らかのカメラ類が付随していないか確かめるが、当然ながらそんな痕跡はない。
「ふがっ!」
またしても勢いよく吹っ飛ばされ、俺は変な声をあげながら地面に転がる。
「あれ? ガルドさん、どうしたんですか?」
と、そこにはエリがいた。俺と同じように、どこかのダンジョンへ狩りに行く予定だったのだろう。
そこに、俺を追ってきた少女が追いつく。
「逃げても無駄! 観念しなさい!」
甲高い声で叫ぶ少女と俺を交互にみて、エリはなぜかとても嬉しそうな声で反応する。
「も、もしかしてガルドさん。こんな幼い女の子に手を出したんですか!」
「違げえよッ!」
なぜそこでそんな嬉しそうな声になるんだよ! 畜生!
「なら……」
そしてエリは俺に近づき、俺の腕をがっちりとつかんだ。
「話し合いをしようじゃないですか。ね?」
やはり最高に楽しそうなエリの声に、俺はがっくりとうなだれた。
しかし、改めて俺を襲ってきた少女の姿をみると、そのちぐはぐさに気がつく。その服と表情のせいで中学生ぐらいかと当たりをつけたが、それにしては小柄で、映画館とかで小学生だと言っても通りそうだ。〈ヨトゥンヘイム〉の巨大な刃と対比すると、やはりアンバランスさを感じずにはいられない。そのうえ、白と基調とした黒ワンポイントのノースリーブとハーフパンツという、動きやすいがまるでファンタジー的でない服装のせいでさらに違和感が強くなる。
それにしても顔立ちも体格も日本人らしい。変な言い方だが、まだ国の形が残っていた日本から中学生女子が異世界にやってきたら、こんな感じだろう。だが、普通、という言葉は似合わない。スフィアーツの光は血のような真紅で、瞳の色も同じだ。そしてなにより……。
「だから、ボクが言いたいのはとにかくリタに会わせろってこと。それ以外はなにもする必要はないの!」
ボクっ娘である。本人には間違っても言えないが、あれだ、完全にこじらせてやがる。
「ガルドさん、今、リタさんは……」
「ああ、そういえばエリはまだフレンド登録してなかったんだったな」
すぐにフレンドの欄を確認し、リタの位置情報を確認する。だが、
「いねえ……」
「ログインしていませんか……」
「なっ! そんなはずない!」
少女がいきりたち、プレッシャーを発し始めたので、俺はあわててメニューウィンドウを少女に見せ、小声で言う。
「リタを知っているんだったら、あいつが特殊な事情を抱えているのは知っているんだろう? だから、あまりほかのやつを巻き込みたくない。頼む……」
俺の言葉と、見せた情報によって、なんとか少女が落ち着きを取り戻す。
「わかった……じゃあ、そっちのおねーさん、ボクとフレンド登録してよ」
「え? だったら、ガルドさんとすればいいじゃないですか……」
「嫌だもん。だから、お願い」
少女の露骨な拒否に俺は顔をしかめるが、それ以上の反応は押さえた。くそっ、俺が何かやったか?
それにしても、奇妙だ。リタはログアウトができず、一日中この世界にいる状態のはずだ。確かに、フレンド欄にはリタがログインしているという情報はあった、だが、リタはギルガメッシュ・オンラインの世界のどこにもいなかったのだ。リタが言うにはいつも夕方まで寝ているとのことだが、消えているとは聞いていない。
「それじゃ、ボクは別のルートからリタを探すから」
エリとフレンド登録を済ませた少女は、さっさとどこかへ行ってしまった。なんというか、あまりにもせわしない……。
「まったく、名乗りもしないとはな……」
「そうですね……えっと、あの子の名前は、ルトっていうらしいですね」
「ルト……ねえ。エリ、おまえはできるだけルトの位置情報を見ていてくれ」
「え? なんでですか?」
「俺たちに近づいてきたのはリタのほうだが、あいつはそんなに自分のことを話しているわけじゃない。もしかしたらあいつが、リタがこちら側に来る原因を作ったのかもしれねえ。だとしたら、あいつがリタと接触するまえに、俺たちがリタと接触すべきだろう」
「リタさんって、幻想界で戦っていたんですもんね……」
「そうだ。何か起こりそうな予感がするな」
虚実を混ぜて会話しながら、俺は必死に考えを巡らせていた。リタと出会って約四日間、誰もあいつのことを知っているやつはいなかった。だが、ここに来てそのまさに当人を探している人物の登場だ。もし、何らかの事件が起きているとしたら……。
だが、もし何らかの策略が働いているとしても、ルトがそれに関与しているとは考えがたい。あれでは、まるで引っかき回すだけ引っかき回して帰っていくようなものだ。
「あっ!」
そんなことを考えていると、エリが声をあげた。
「どうした?」
「ルトちゃんが……幻想界に入っていきました」
「何だと!」
別のルートとは、そういうことか。だが、今エリが言っているように、たとえ幻想界に入ったとしても、位置情報は「幻想界」と表示され、細かくは知らされないもののこのゲーム内にいることはわかる。今のリタの状態とはまた別だ。
「どうして……どうしましょう……」
「いや、多分大丈夫だろう」
俺の言葉に、エリが非難の目を向ける。
「エリもリタの実力は知っているだろう? それに俺はさっき襲われた立場だが、ルトの実力も相当なものに見える。そう簡単に死ぬとは思えない」
「そう……ですけど」
「心配ならメールでも送っとけ。それ以上は、俺たちには無理だ」
エリはメニューウィンドウを開き、しばらく迷ってから、それを閉じた。
とにかく、今はリタと接触するほうが先決だ。エリは時折心配するようにメニューウィンドウを開いていたが、おとなしく夕方まで待ってくれた。
そして夕暮れ時、俺はリタが目を覚ます時間を見計らってフレンド欄からリタの位置情報を探る。今回も空中都市ラスタフィリアスの一角に位置情報が現れ、俺はエリに目配せする。
「いましたか?」
「ああ、丁度空中都市にいるな。見に行こうぜ」
俺たちが「狭間の大樹・下層」のポータルから空中都市へと移動すると、それを見計らったかのようにリタが走ってきた。
「こんにちは! ガルド、エリ!」
やはり子供のようなテンションでの挨拶だ。
「おう」
俺も軽く返し、時間も惜しいとすぐに話題を切り出す。
「実は、おまえのことを知っているやつが訪ねてきたんだ。なんつーか嵐みてえなやつでよ……なあ、エリ」
そんな風にリタにもエリにも伝わるように話し、エリに視線を向けると、エリは顔を青くしていた。
「ルトちゃんが……消えた……」
「なにっ!」
慌てて近づき、エリにメニューウィンドウを見せてもらう。そこにはルトの位置情報を表示する欄が開かれていたが、その位置情報は、空っぽだった。
「どうなってやがる……」
事態は、俺の予想の範疇を遙かに越えているのではないか。その予感を最初に抱いたのは、このときだったのかもしれない。




