A1-11
「やっと碑か。もう少しでボスっぽいな」
俺たちはRPGでいうセーブポイントにあたる、英雄碑のある小部屋に到着し、念のためリスポーン地点を設定しておく。
「みんな、アイテムとか足りないものはないかい?」
ラザさんの気の利いた確認に、一同が問題ないという意思表示をする。俺は「大丈夫だ」と答えた後、苦笑しながら言った。
「あとは、ボスが攻略されていないか、だな」
「まあ、もしボスがいなくても、倒されたってことがわかるからネタにはなるかな? それに、ボスのいないボス部屋に入ってみるのもいいかも」
ラザさんがそう返すと、エリが不思議そうに疑問を口にした。
「ボスのいないボス部屋って、入れるんですか?」
「ああ、エリは知らないんだったね。結構前なんだけど、以前の英雄相談所の番組で主不在のボス部屋を観察するコーナーがあったんだ。僕はそれが好きだったんだけど、残念なことになくなっちゃったんだよね。だから、当時どのスタッフがやっていたのかもわからないんだ」
実は、俺もそのコーナーを見たことがある。ギルガメッシュ・オンラインをプレイする前は、俺も英雄相談所の番組を見てゲーム内のことを知ったのだ。
「それ、おもしろそうですね。わたしもやってみたいなあ」
なにはともあれ、俺たちは英雄碑のある安全地帯を抜け、城の最深部を目指した。
ボス部屋には、ほとんどの場合巨大な扉が存在する。ダンジョンのボスに挑戦するプレイヤーたちは、扉をタッチすることで出現するポップアップウィンドウを操作し、現在のパーティーで挑むことを確認させられるのだ。もちろん例外も存在し、この前戦った因果剣や円卓の騎士たちの場合はプレイヤーが入るごとにボス部屋が再構築され、強制的に一対一の戦いを強いられるわけだが。
「あー、なんだ。今、丁度中で戦ってるってよ」
うずうずしながら扉のポップアップウィンドウを確認した俺は、若干気落ちしながら皆に伝えた。
「やっぱり、先行しているパーティーがいたんだね。ここに到達してからどれぐらいなんだろう?」
「えっと、あの中ボスの竜が復活する時間はどれぐらいなの?」
質問を質問で返したリタだったが、それこそラザさんの疑問を解消する方法だったので、俺はすぐに答えた。
「ああいうモブはたいてい十分もすれば復活するから、そのぐらいだろう。にしても、そんなにハイペースでここを進むとか、どれだけ強いパーティーなんだろうな。もしかして、四人ぐらい巨大剣系のスフィアーツを使ってたりして」
「それか、致命級魔法を常備した魔法職がいっぱいいたのかもしれませんね。ちょっと見てみたいなあ」
このゲームには通常のRPGでいうレベルの概念が存在しないため、アビリティやスフィアーツを調整すれば倒せない敵はいない。というのが建前だ。例えば、人型の敵に対しては不利である巨大剣系のスフィアーツは、ああいった図体のデカイ竜のようなモンスターに対して滅法強い。また、移動速度の遅い敵も、後列に下がらせた魔法使いによる集中放火が効果的だ。
俺たちの先を進んでいたパーティーも、意図的なのか偶然なのか、このダンジョンを攻略するのに適したメンバーが揃っていたのだろう。だから、この先のボスも倒してしまう可能性も高い。
「はあ、やっぱりだめかねえ……」
「かもしれないですね。だったら……」
急に、エリがメニューウィンドウを開き、何かを探し始める。そしてすぐに、一匹の蝶とマイクが出現した。
「ボスを倒したパーティーの人たちに、インタビューをしましょう! ガルドさん、カメラ持って!」
「なるほどな」
俺は相づちをうち、エリが呼び出した水晶のような羽を持つ蝶をつまみ、適度な距離をとってエリに向けた。
「何をしてるの?」
突然始まった取材に、リタが首を傾げる。
「ああ、言ってみれば、レポーターってやつだな。せっかく新ダンジョンを攻略したパーティーに会えるかもしれないから、突撃取材をするんだよ。で、これはその前置きってやつ。だから、ちょっと静かにしてくれよな」
言い終わると、俺はカメラ機能を持つ蝶を起動する。
「突然ですが、わたしたち取材班は、現在『白竜の王城』のボス部屋前にいます。幸運なことに、わたしたちはこのダンジョンの最深部にたどり着き、ボスと戦闘中のパーティーを発見しました。いったい、中ではどんな激戦が行われているのでしょうか! そして、先々週の攻略パーティーを壊滅せしめたボスのドロップアイテムとは、何なのでしょうか! 続きはCMのあとで!」
毎度のことながら、この流れるような解説には感心させられる。番組といっても動画コミュニティサイトに投稿するものなので、CMとかねーよ、というコメントがつくのはご愛敬だ。
果たして、俺たちは扉の中で行われている戦闘に思いを馳せながら、いまかいまかとその時を待った。
そして約十五分後。
「全滅したみたいだな……」
「そうですね」
「十五分か……けっこういいとこまでいったのかな?」
「……?」
それぞれがそれぞれの感想を口にする。若干一名事態を把握していないのがいるが、とにかくボスへの挑戦権が俺たちに回ってきたということだ。
「先に行っていた人たちには悪いですが、わたしたちが倒しちゃいましょう! あれです、前の人たちは、実力があったけど、調査が足りなかったってことで!」
なあエリ、それってフォローになっていないよな? 思ったが、口には出さず、俺も便乗して作戦を確認する。
「それじゃ、作戦はさっき話したとおり、ラザさんとリタが前衛でダメージを稼いで、エリが後衛で補助、俺が遊撃で妨害をする。ボスのHPが減ってきたら、ラザさん、手はず通りにな」
「手はず通りに、ね」
俺が言うと、ラザさんはイイ笑みを浮かべて言葉を返した。それを見届けた俺は、扉をタッチして中に入る意志を伝える。その間にエリが強化魔法を全員にかけ、準備は完了だ。
「うし! いくぞ!」
「はい!」
「うん!」
「おー!」
そして重々しい音を響かせて開いた扉を、俺たちはくぐった。
そこは、巨大という言葉では言い表せないほど広大な、神殿だった。聖堂とも言えるが、とにかく神か何かを祭ってそうな場所だ。遙か遠くに祭壇のようなものが見え、天井はかすんで見えるほどの高さがある。いったい何メートルあるのだろう。
そして直後、咆哮をあげながら、巨大な何かが降ってきた。
『白竜クラッド』。それが、このダンジョンのボスの名前だ。エリから前情報を聞いてはいたが、しかし俺はその威容にしばし呆然とする。
真っ白な鱗を持つ巨大な竜が、爆音とともに少し離れた位置に着地した。やはりずんぐりとした西洋風のドラゴンだが、その鱗は鏡やガラスのように透き通るようで、美しかった。真っ白な体の中、血のように映える赤い目が、こちらを射殺すような殺気を放っている。さらに、白竜は翼を広げ、もう一度咆哮をあげた。
確かに、その大きさは十字路で戦った赤竜の三倍はある。あの結晶竜よりも大きく、翼を広げたそれの迫力はとても言葉では表せない。
と、セットしていた〈看破〉のアビリティが効果を発揮し、この白竜のステータスを露わにする。
「白竜クラッド」
レベル:120
HP:112560
MP:‐
スキルタイプ:なし
攻撃力:S
魔力:S
物理防御:A
魔法防御:A
重量:X
魔法耐性:全属性無効(レベル120)
状態異常耐性:火傷、凍傷、毒、鈍足、沈黙、目眩み無効
その膨大なHPを目の当たりにし、俺は逆に軽い自失から回復する。
「よっしゃ、頼むぜ、みんな!」
俺が叫ぶか否かでリタが飛び出し、白竜の元へと疾駆する。前足によるひっかき攻撃をかいくぐり、右手の〈アスカロン〉による攻撃を首にお見舞いした。突進速度の乗った、文句なしのクリーンヒットだ。
その間に、ラザさんが竜へと接近する。〈器無き王の剣〉に青いライトエフェクトを纏わせ、二連重斬撃〈リグランプ〉を食らわせた。
足下から攻撃を食らわせてくる二人に対し、白竜はその自重で押しつぶそうと前足を振りあげる。
それに対して、リタは飛び退き、ラザさんが〈イージスの盾〉を構えてその存在をアピールする。目の前で動かない獲物対して白竜はその重さを利用した攻撃を叩き込んだ。
金属がこすれるような耳障りな音が鳴り響き、ラザさんはなんとか攻撃を受け止める。だが、白竜の重量はすさまじく、すぐに押され始めた。
直後、再び突進を敢行したリタの〈アスカロン〉が振りおろされた白竜の前足にヒット。〈アスカロン〉の見た目に反した重量で足を横にスライドさせ、白竜のバランスを崩す。
その間、俺は全力で走って竜の懐に入り、そしてスキルを発動させていた。
「こっちだよ、デカブツ」
〈チャージ&トリプルスラッシュ〉、突進によって威力を増強させられた三連斬撃が、白竜の横腹を斬り裂く。突然腹部を襲った衝撃に、白竜が長い首をこちらに向ける。が、その隙を逃さずリタが胴体を攻撃した。さらに俺とラザさんが攻撃を重ね、白竜のHPを削っていく。
だが、それが長く続かないのが、このゲームだ。白竜は接近戦は不利だと悟るや否や、強く地を蹴り、羽を広げた。
「飛びやがったか……」
これも事前にあった情報だ。というか屋内なのにも関わらずこれほど巨大な竜が飛ぶというのはどういうことだろうか。とりあえずこの聖堂の天井の高さがおかしい。
白竜が口を開き、息を吸い込む。その動作で白竜の口から強い光が発せられ、その強さが最高潮と思わせるほどまでになったとき、巨大な光弾が発射された。
続いて起こる、大爆発。光のブレスによって発せられたエネルギーが、広範囲を焼き尽くす。
だが、俺たちの撃破には至らない。このブレスが光属性であるために、エリがかけた〈ライト・レジスト〉の効果でダメージを受けてはいない。とはいっても俺の手にあった〈ダインフレス〉はその耐久値を根こそぎ奪われ、消えてしまっていた。
ラザさんはとっさに二つのスフィアーツを解放してMPを回収し、リタは氷の柱を立てて身を守っていたようだ。エリも離れていたので被害はなし。
ラザさんがすぐに剣と盾を起動し、リタが突進していく。俺はその間に自分に状態異常魔法をかけ、〈ダインフレス〉に吸収させた。仲間がいさえすればリカバリーが楽なのが〈ダインフレス〉の美点だな。
さて、こういったとき、もっとも重要なのはいかにして強化魔法を継続させるかだ。近距離からの攻撃はラザさんとリタで対処可能、広範囲のブレスはエリの強化魔法で対処可能だ。しかしバフが切れたとき、やつの光属性攻撃を防ぐ手だてはないのだ。
そして、味方に強化魔法をかけるためには、エリがこちらに近づかなくてはならない。その時が、一番危険だ。
「危ないっ!」
懸念は、現実となっていた。リタとラザさんにバフをかけ直そうと、白竜の前へと近づいたとき、白竜が突然突進を敢行したのだ。巨大な図体からは想像もできないスピードで、その体が迫ってくる。生み出されている理論運動エネルギーなど、考えたくもない。
が、その時、突如として竜の足下の地面が崩壊した。岩柱が乱立し、竜の体を押し上げる。
「〈アポカリプス〉か!」
リタの唱えた地属性地形破壊魔法は、HPダメージこそ与えられないものの十分すぎるほど効果を発揮し、白竜の動きを止めた。その代償として、生み出されたばかりの岩柱が次々と折れていく。
その隙にエリはバフをラザさんとリタにかけ直し、退避する。そしてターゲットを引き受けるため、俺たち前衛が一斉に攻撃した。
それ以降もいくらか危ない場面があったものの、なんとか白竜のHPを削っていく。特に、リタの危機察知能力には目を見張るものがあった。まるで上空から俯瞰でもしているかのように、ピンチのときに駆けつけ、〈アスカロン〉の重い刃を叩きつけていくのだ。正直、リタがいなければいつ全滅してもおかしくはなかっただろう。
そしてようやく、白竜のHPが四分の一を切る。そこまでしてまだ因果剣の剣精一人分のHPが残っているわけだが、もう一息だ。
だが、ゲームにおけるボスとはたいていの場合、HPがレッドゾーン、瀕死状態になってから本気を出すものだ。
俺たちがそれぞれの獲物で攻撃しているなかで、唐突に白竜が吠えた。瞬間、俺たちは激しい衝撃を受け、吹き飛ばされる。羽ばたき攻撃対策のための風属性を無効化するバフをかけていたから、大したダメージは受けなかったものの、俺はついにこの竜が本気を出すのだと戦慄した。
見ると、白竜はこれまでのようにどっしりと地に足をつけず、翼を広げて浮遊していた。そのさなかにも風が吹き荒れ、少しずつスフィアーツの耐久値を削っていく。
白竜が何をしたのか詳しく調べる間もなく、白竜は滑空するようにラザさんへと近づき、前足を振りおろした。かろうじて盾で受けたものの、あまりにも速すぎる。ラザさんはその場から吹き飛ばされ、HPを減らす。次に白竜が狙った獲物は、遠くに離れているエリだった。
白竜が再び滑空する。あまりにも速すぎて、リタでも追いつくことができない。元々Sランクの攻撃力に、あの重量プラス滑空による運動エネルギーが乗ることによって、その前足による攻撃には即死しても文句が言えないほどの威力が秘められている。
だが、そこで黙っているエリではない。すかさず右手に持った炎の魔法剣〈ブリュンヒルデ〉を解放し、四つの〈オーバードライヴ〉によって威力が倍以上に上昇した炎属性致命級魔法〈プロミネンス〉を発動する。
唐突に地面から現れた灼熱の奔流に、流石の巨体を持つ白竜も体をもっていかれる。HPも二千以上減少させ、その場でたたらを踏んだ。
だが、続く攻撃がない。白竜はエリを注意すべき敵と認識し、攻撃を再開する。リタがそこに入り込み、〈アスカロン〉による斬撃をたたき込むも、白竜は怯まず、羽ばたきによる風属性攻撃をエリへと向ける。
ダメージはない。だが、エリは起動していた二つのスフィアーツを一気に破壊され、機動力や防御力が大幅に下降する。
直後、白竜の頭に光の矢が突き刺さった。矢に見えたものはリタの〈アスカロン〉が解放されたときに放たれる金色の光で、それが解放必殺技のよるシステムアシストを受けて白竜の頭へと突き刺さったのだ。
その強い衝撃によって、白竜はそのターゲットをリタに変える。しかし、それぞれ解放必殺技でしかほとんどダメージを与えられていない。相手が空中にいるために、攻撃できるチャンスは極端に経るだろう。しかも、白竜はこちらの迎撃がほとんど間に合わない速度で攻撃してくる。まさにピンチ、絶体絶命だ。
だが、ここに一人、そんな状況を歓迎している人物がいた。その人物、ラザさんはその厳めしいオッサン顔にふさわしい凄みを利かせた笑みを浮かべ、こう宣言する。
「起動、〈オメガウェポン〉!」
白竜のブレスに負けないほどの光が、聖堂を満たした。




