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ドリーミング・レジェンド  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
ACT1 「幻からのシシャ」
20/62

A1-9

「ねえねえ、ガルドさん。これどうですか?」


 そう言って感想を求めてくるのは、薄紫色の地に花柄の浴衣を着たエリだ。普通、欧米人が和服を着るとスタイルがよすぎるために逆に似合わないのだが、エリが着ると違和感がない。前から思っていたのだが、どうしてこの少女はアバターの体型を日本人似にしているのだろう?


「まあ、いいんじゃないか? おまえ意外と足短いし」


「ああっ! ひどいです! それが年頃の女の子に言う言葉ですかあ!」


「どうせアバターだろ?」


「だとしてもです!」


 俺は肩をすくめ、ため息を吐く。まったく、つき合わされる身にもなってほしい。何故剣と魔法のファンタジー世界で現実世界似の服装の買い物をしなければならないのか、理解に苦しむ。


「だがよ、なんでエリはそういうアバターにしてるんだ? それだと現実世界のほうがスタイルいいんじゃないかと思うんだが……」


 このゲームを始めたばかりの頃のエリは、よく「が」とか「に」とかを混同していたものだ。だから、エリは十中八九、日本在住だった人間ではない。エリは現実世界での話はそんなにするほうではないが、毎度服選びに付き合わされている経験上、エリは現実世界での姿にコンプレックスを持っていないように思える。ちなみに、エリのキャラクターネームである「Elli」は、英語ではなくドイツ語読みだ。


 そんなエリがこうして日本語を喋っているのには理由がある。


 本当に乱暴な話だとは思うが、このゲーム内の言語はすべて「日本語」だからだ。例え本人が英語や中国語を喋っていようと、強制的に日本語に変換され、そしていつのまにか日本語をすらすらと喋るようになっている。この原理は未だ謎に包まれているが、きな臭さを感じずにはいられない。


「二次元の定義を三次元に持ち込むのはよくありませんよ。ガルドさんはそういう区別もつかないんですか?」


 俺はまたため息を吐き、


「どこからそういう単語を覚えてくるんだか……」


 ところで、このゲームにおける服装は、戦闘ではほとんど意味をなさない。アビリティと起動したスフィアーツによって防御力はもちろんすべての能力値が決まり、ほとんど変化しない。分厚い鎧を着ていようが、エリのようにただの洋服を着ていようが、それは同じだ。


 唯一、変わるのが重量というパラメーターで、これは起動力や体重をかけた攻撃の威力や重さが変わる。とはいえ、低レベルスフィアーツを有効活用するプレイスタイルでなければほとんど関係ないほどスフィアーツの能力上昇は大きく、重い鎧を着ていても関係なく走り回れる。スタミナという概念が軽減されているのがVRゲームの宿命だ。


「あ、ガルドさん、これとかかっこいいですよ! 着てみたらどうですか!」


 そんな現実逃避ぎみの思考を、エリの甲高い声が遮る。俺は仕方なく、エリの示している服を見た。


 あれだ、うん。おしゃれ系の芸能人が着ているような服だ。メンズってやつで間違いない。俺は促されるままにその服を持って試着室に入り、メニューウィンドウから服装を選択、装備している服を変更した。なぜ言われるがままなのかって? 逆らったらどんな毒舌が待っているか分からないからだ。


 鏡に映る俺の姿は、身長こそ現実とあまり変わらないが、顔とか体型は全くの別人だ。灰色の瞳と、やや癖のある同色の髪。天然パーマ気味の髪は青年らしさを出しているが、色素の薄い瞳は相手に感情を伝えにくく、はっきりとした年齢がわかりにくい。半袖から見える肢体は何かのスポーツをやっているかのように引き締まり、これで剣を持っていたらなかなか様になっているはずだ。


 だが、俺はまたしてもため息を吐く。そんなイケメンが、現実世界にもありそうなメンズを着ているのだ。もし現実世界の俺がこの服を着たとして、似合うのだろうか? 否、断じて否だ。


 鏡の前から逃げるように試着室から出ると、エリがわざとらしく「きゃー」と言い、この世界におけるカメラ、「幻晶蝶」を取り出す。


「おい、待て、撮るんじゃない!」


 俺がメニューを開かずに素早く撮影ブロックを行い、俺にとって頭痛の種になりかねない映像が生み出されるのを阻止する。


「えー、ガルドさん、似合ってるのに……」


「だからだよッ!」


 そう言って、俺はすぐに試着室にひっこむ。よく考えたらファンタジーの世界にどうしてこんな服屋があるんだよ。現実の自分とは違う姿でおしゃれしてそんなに嬉しいか。というかこういう戦闘に向かない服で剣をふるうとかどこのアニメの主人公だ! くそっ、それってちゃんと需要があるってことじゃねえか! このやろう!


 メミューウィンドウから服装の装備を変更し、いつもの冒険者とか旅人風の皮鎧を着る。やっぱ、これが落ち着くな。


 と、そんなことで買い物を中断するエリではなく、俺は現実世界の日が暮れるまで連れ回される羽目になった。実は季節の変わり目ごとにエリは新しい服を求めて買い物をするのだが、そのたびに俺が振り回されるのだ。ジル先輩がいるときには二人で買い物にいくし、二人とも相性もいいのでまんざらでもない様子だが、先輩は幻想界で活動するプレイヤーだ、こちら側にいないときも多い。


 まあ、高校生ぐらいの女子とこういう買い物をするということは世の高校生男子にとっては妬まれる対象なのだろう。確かに、出会って始めのころはまだかわいい後輩ぐらいにしか思っていなかったし、買い物に連れていかれるのも悪い気はしなかった。だが、これだけは、俺も許すことができない。


「決めました! これにします!」


 そうしてエリが「円」を払って買った服は、服に関する知識が浅い俺には形容しがたいものだった。


 この服を作ったやつは、パーカーとワンピースの特徴を両方持たせたいと考えたのだろう。肩出しのドレスっぽいワンピースの上から、しっかりとした生地のパーカーを併せている。パーカーの丈がワンピースよりも短く、上から着ているというよりは一つの服のような印象を与える。


 色々な服を試着して、最後に決めたそれを装備したエリの姿を見て、俺はため息を吐く。いい意味ではなく、悪い意味でだ。


「前から思っていたんだが、おまえにとって季節は春しかないのか?」


「え? いいじゃないですか。こういうのかわいいですし」


 再度ため息を吐く。まあ確かに似合ってはいる。前から鎖骨がよく見えるやや目に毒なスタイルは涼しげなのかもしれないが、パーカーの生地はけっこう厚いし、配色も落ち着いた感じだ。夏物を買うって言ってなんで春物に行き着くんだよ……。冬になっても毎回春物を買うのだから、「夏物」の買い物に付き合わされるこちらの身にもなってほしい。


 といっても、もうこれはいつものことだ。解決などとうに諦めている。


「まあ、いいけどよ。それにしても、その服、あんまり見ないタイプだな」


 俺が言うと、エリは自分の着ている服を見下ろし、そして満足げな表情になってから答えた。


「うーん、カテゴリに入れるなら、チュニックって言うのかな? いや、それだとこれはボトムスをはいていないから当てはまらないですし……」


 それからエリは、自分の買った服が果たして何の服なのか真剣に考え始めた。


「えっと、アンダーがノースリーブのワンピースで……上着に袖が大きいパーカーを着ているから……うーん、わっかりません!」


 買った本人もわからないらしい。これは俺が形容できないわけだ。


「ねえねえ、これ、似合ってますか?」


 まあでも、似合っていることには変わりない。金髪美少女だが全然「美しい」雰囲気を出していないために快活な印象を与えるエリだと、動きやすくて私服っぽい服が自然に似合う。前のが桜色の上着だったから、ブラウンを基調にしたパーカー的上着も少しはイメチェンできているだろう。あとエリはニーソが標準装備なんだな……色は白から黒になっているが。


「ああ、似合ってる。探した時間にしては、不分相応に見えるがな」


「もう! ガルドさんのいじわる!」


 エリはそう言って頬を膨らませるが、いつもの毒がないからまんざらでもないようだ。まったく、こういうところは単純だよな。


「目的は達したんだし、今度はこっちの頼みも聞いてくれよな。つっても、その格好じゃ逆に緊張されるかもしれねえがな」


 俺はにやりとしながら言い、メニューウィンドウからメッセージを書き始めた。








「それはそれは、若い女の子と一緒に買い物にいくなんて、僕としては羨ましいかぎりだねえ」


 エリを連れてくるのが遅れた理由を説明すると、ラザさんは新しくなったエリの服装を横目で見ながら言った。


「こっちは感想ばっか求められてさんざんだったがな」


 俺がわざと肩をすくめながら言うと、ラザさんはにやにや笑いを深めた。


「まあ、ガルド君はジルの姐さん一筋だしね。恋いは盲目っていうか、視野が狭いというか」


「な! そんなんじゃねえよ!」


 そう言ってラザさんの顔をどついていると、待ち合わせでやってきリタが手を振って挨拶をしてきた。


「よう、リタ。昨日はよく眠れたか?」


「よく眠るもなにも、いつ眠ったか覚えていないよ。そのぶん、寝起きは最高だけどね!」


「はあ、そんなもんか」


 子供か、と言いたくなるが、VR世界で寝ているのだからなんとも言いがたい。


「こっちは、初めてだな。こいつが、リタ。一応幻想界で活動していたらしいから、恐ろしく腕が立つぜ」


「ちょっと、ガルド。幻想界のことは他の人には言わないっていったじゃん!」


 俺がエリにリタを紹介すると、リタが予定通りの台詞を言う。その様子にエリはくすりと笑い、挨拶をする。


「はじめまして。リタさん。わたしはエリっていいます。よろしくおねがいしますね」


 そうして女の子らしく両手を合わせたエリは、いつもの三割り増しの素敵な笑みを浮かべている。なんか、第一印象って大事だよな。


「え、えっと、はじめまして」


 リタも少したじろいている。一応筋書き上では合っている反応だが、演技なのかどうなのか。


「自己紹介も済んだし、みんなでダンジョンの散策でもしようよ。一緒に遊ぶメンバーなんだし、それぞれのスタイルとかも見ておいたほうがいいでしょ?」


 すかさずラザさんが音頭をとり、今後の予定を決定する。


「おう、それじゃあ、どこに行くよ?」


「せっかくだから、新しいダンジョンに行ってみませんか? ほら、この前わたしがレポーターやった場所とか、まだボスが倒されていないみたいですし」


「そうだね、なんだかんだで、最近はほかの取材に追われっぱなしで新ダンジョンにいけなかったし。リタ君はそれでいいかい?」


 リタが頷き、新ダンジョン探索に行くことになった。この前エリがレポーターをやったダンジョンというのは、確か「白竜の王城」という名前だったか。


 情報発信動画を制作する「英雄相談所」では、そのメンバーが情報を集めるだけではなく、ほかのギルドのパーティーにくっついていってレポーターをやることがある。エリは、口はともかく見た目はいいので、視聴者にもウケがいい。レポーターのエリが語っている間に、後ろではご一緒したパーティーと護衛班が必死に戦っているのはご愛敬だ。


「よーし、リタ君には〈オメガウェポン〉で戦う僕の姿をしっかりと見てもらおう!」


 ラザさんが冗談めかして言い、俺とリタが笑う。エリはきょとんとしていたが、つられて笑みをこぼした。


「あー、そういえばさ」


 だが、ラザさんとリタの戦いの後、俺と戦ったリタのことを思いだし、俺は少々言いにくいことを口にする。


「リタ、わかっているとは思うが、〈アポカリプス〉はあんまり使わないほうが……」


「うん、わかってる。さすがに〈フレンドリーファイア〉のついた〈アポカリプス〉をやったら大惨事だもんね」


 最初はゲームに関する知識が乏しかったリタも、説明したら一発で覚えていく。やっぱり、一度プレイしたゲームってのは、忘れても話を聞くと思い出すよな。


「え、リタさんって、広範囲魔法で戦うんですか?」


「ううん。使うのは〈アポカリプス〉だけだよ。あれは地形を変形させられるからね。岩柱で壁を作って、敵の不意を打てるんだ」


「へー! 〈アポカリプス〉っていったら、使いにくいって人も多いのに。なるほど、自分で自分の戦うフィールドを作るっていう利用方法もあるんですか」


 初対面だが、同じゲームをやる身だ。会話は尽きない。俺たちはわいわいと騒ぎながら「狭間の大樹・下層」からダンジョンへ繋がるポータルへと向かった。


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