T1-2
見つけたのは骨の馬に乗った人型の骸骨。まがまがしい黒の鎧をまとったその姿は、見るものに恐怖を与えるのに忙しい。
この辺のエリアのちょっとしたレアモンスター、「グレイブパラディン」だ。レアモンスターといってもこの辺のエリアに必ず一体はいるぐらいのポップ率だが、問題はこいつ本体にあるのではない。
この将軍的骸骨は、必ず、十体近くのアンデット系モンスターを引き連れているのだ。俺の視界に現れた「グレイブパラディン」は、まっすぐ俺の元へ向かってきている。いつもは緩慢な動きのアンデットたちも、やつのもとに付き従っているときだけはきびきび動く。あの将軍的骸骨が、味方の機動力を上げる能力を持っているからだ。
HPが残り三割ほどしかなく、「火傷」状態の今ではやつらと正面から戦って勝てる気がしない。俺は背中を向け、全速力での逃走を開始した。
だが、運命の女神は俺に対して全くの無表情だった。元々このフィールドは広く、安全地帯である「英雄碑」の近くにいくまで俺の足では十分かかる。このゲームでは「索敵スキル」などという温いシステムは存在しないため、自力でモンスターを感知しなければならない。
だから、発見するまでほとんどどうしようもない敵も存在する。例えば、先ほど戦ったお馬さんとか。
唐突に、俺の視界が強い光を見た直後のように陰った。俺はそれが状態異常「目眩み」の効果であることを確認し、そしてその犯人が「ナイトメア」だと断定。即座にMPを50消費して〈クラウ・ソラス〉にセットしてある魔法〈キュア〉を唱える。瞬間、俺の視界は戻ったが、今度は新たに「毒」の状態異常をくらってしまった。
俺は舌打ちしつつ、いましがた〈ポイズン〉を唱えた「ナイトメア」の魔法エフェクトを確認し、〈ダインフレス〉の〈チャージ&ダブルスラッシュ〉で急接近。突進攻撃でのけぞらせつつ状態異常で逃げられないようにし、左手で〈クラウ・ソラス〉を掴み、両方の剣にオレンジのエフェクトをまとわせる。
中級乱舞スキル〈ブルータルダンス〉だ。通常のスキルとは違って、二刀流でも問題なく発動できる。今俺ができる精一杯の大技をもって「ナイトメア」を倒すために発動したわけだが、両方の剣による十連続攻撃は十分すぎるほどの成果を発揮した。
俺がここまで急いだのは、後ろに控えるアンデットの集団もそうだが、今かかっている状態異常、「毒」のせいだ。ほかのRPGでは怏々としてプレイヤーにほとんど影響を与えられない毒だが、このゲームの「毒」は半端ではない。その証明として、三割あった俺のHPはすでに一割近くまで減ってしまっている。すぐに腰のポーチから毒を回復するアイテムを取り出し、握りつぶすと、ようやくHPの減少が止まった。
間を空けず、俺は〈クラウ・ソラス〉を目の前にかざし、二秒が経ったところで「〈マイナーヒール〉」と唱え、HPの二割を回復した。
が、すぐにその一割が削れる。「グレイブパラディン」の後ろについていたアンデットの一部に、弓をもったやつがいたのだ。見ると、三体の弓兵が俺に狙いを定めている。
――あ、詰んだわ。
いかに突進系のスキルがあるからといって、弓の射程にはほど遠いし、なによりスキルは一度使うとクールタイムとして数秒間から数十分使えなくなる。今更走ったところで、この少ないHPでは他のモンスターの攻撃を受けて果てるだろう。
これが主人公最強モノのアニメだったら、飛んでくる矢を剣でかっこよく叩ききるのだろうが、俺としては無茶言うなという言葉を進呈したい。
願わくは、俺が死んだあとに他のプレイヤーがここを訪れませんように……。
そう思いながら、俺は自分のアバターが死ぬのを待った。もう、どうにでもなれという気持ちが俺の中を占めていた。このゲームでは、理不尽な死など日常茶飯事なのだ。
が、その瞬間、灼熱の奔流がアンデットの群を覆った。余りに突然の出来事に、俺はただ間抜けに口を開け、呆然と見つめることしかできない。大音響と共に巨大な炎の柱が天へと登り、飲み込まれたモンスターの断末魔さえかき消していく。
やがて、灼熱の奔流が収まり、骨やゾンビどもを焼き尽くした跡地が現れる。そして、そんな寒々しい光景には似合わない、明るい女の声が聞こえてきた。
「危なかったですねー、ガルドさーん!」
その声と言葉の内容で、俺は今起こったすべてのことを理解した。そうだ、あれは俺のパートナーの使う必殺技だったじゃないか。
「ああ、助かった、エリ」
声の方向を向いて言う。そこにいたのは、腰まである長い金髪と、夕焼けのような淡い茜色の瞳が印象的な少女だった。左手には呪術的な黒い札を持ち、肩の上には金色の〈スフィアーツ〉の輝きと、魔法用武器〈ポセイドン〉の珠が留まっている。ゲームのアバターであるために、容姿が整っているのはまあよくある話だ。これだけ説明するとなんだ魔法使い系金髪美少女か、と流されてしまいそうだが、彼女の印象は金髪美女とはずいぶん方向正が違う。
長い金髪はストレートではなく、かなりのくせっ毛でところどころ跳ねてしまっているし、日本人みたいに童顔だ。そのうえ服装は戦士とか魔法使いらしさの微塵もなく、田舎のおばあちゃん家に遊びに来た孫みたいなカジュアルなものだ。これがいつもは炎属性の魔法剣を持っているのだから、場違い感も甚だしい。
「あはは。火傷状態の上にHPがそこまで減ってるって、また運命の女神に見放されていたんですか?」
そう言いつつ、エリは〈キュア〉を唱え、俺の火傷状態を回復、さらに回復魔法でHPを回復する。HPは回復したが、いまの台詞で俺の精神は少なからずダメージを受ける。さすがエリだ、地味に刺さる言葉を放ってくる。
とりあえず、エリがいれば大抵の状況はなんとかなるだろう。彼女の右肩に〈ポセイドン〉も残っているし、前衛と後衛のタッグを組んでいるだけで、戦闘の効率はぐんと上昇するのだ。
俺は自然回復によって十分にMPが回復すると――ちなみにこのゲームにはMPを直接回復すアイテムは存在しない――、〈プラネタリウム〉というレベル100の杖を「起動」し、順番に自分に状態異常をかけていく。普通こんな芸当は不可能なのだが、俺のプレイスタイルにあわせたアビリティ構成が自分に状態異常をかけるという蛮行を可能にしている。最後に「沈黙」の状態異常をかけ、〈ダインフレス〉を起動すると、八つもあった状態異常はきれいさっぱりなくなった。元々毒々しい金色をした〈ダインフレス〉には、さらにまがまがしいオーラを発し始める。うむ、やはり呪いの剣はこうでなくては。
「あ、これって……!」
と、メニュー画面を見ていたエリが声を上げる。いやな予感がしてエリを見ると、その顔は宝物でも見つけたかのように輝いていた。
「『名もなき聖騎士の紋章』ですっ! やったあ、これでごほうびがもらえます!」
「なにっ!」
言うまでもなく、俺がこのエリアに何時間も籠もっていた目的である。エリもそのアイテムを探していたのだろうが、一度も会うことはなかったので、始めたのはついさっきだろう。
にもかかわらず、目的のアイテムを手に入れたのだという。おそらく、あのアンデットの群に「クルセイダー」がいたのだ。
「もう落としてくれるなんて、あのスケさん優しいですね。じゃあわたしは本部に戻って報告してきますね!」
そう言ってエリは脳天期に喜び、上機嫌でその場を去っていった。
「なっ! ちょ、待て!」
俺が正気を取り戻し、叫んだときにはもうエリは遠くへ行ってしまっていた。俺はショックのあまりその場に膝をつく。
俺がアイテム「名もなき聖騎士の紋章」を探していたのは、俺が所属するギルドのマスターからその捜索依頼を受けていたからだ。ギルドと言っても、俺の所属しているギルドは普通のものとはかなり違う。間違っても、戦いの効率化のためや、わきあいあいとやるためのものではない。
そのギルドの名は、「英雄相談所」という。ゲームのアップデートによって追加されたダンジョンやアイテムの情報をいち早く入手し、その性能をギルドのホームページや動画投稿サイトで発信する、変わったギルドだ。
そして俺にとって大事なことは、このギルドが給料制であるということだ。ゲームマネーではなく、現実のお金として、給料が支払われるのである。今回の依頼である「名もなき聖騎士の紋章」は、一個で一万円も支払われるのだ。
確かに、怪しい話ではある。ゲーム内での行動によって現実のお金を渡すなんて、どう考えても何かが錯綜している。実際、ギルドマスターである女王様の身の上に関しては、どこかの会社重役の令嬢だとか、はたまた一大企業の社長その人だとか、噂は絶えない。今の日本の惨状に一枚噛んでいるのではないかという黒い噂すらある。
まあ、支払いシステムに関しては、ある程度信頼できる。ギルガメッシュ・オンライン内のお金には二種類あり、片方はゲーム内でのみ流通する通貨「ウル」。ウルはゲーム内でアイテムを売ったりすると手に入り、ゲーム側で経営されているショップで使うことができるRPGらしい通貨だ。
そしてもうひとつ、これの単位を「円」という。非常にばかばかしい話だが、ほとんど滅んでいるような状態の国の通貨がこのゲームでは使われているのだ。これはいわゆるウェブマネーというやつで、現実のお金と交換できる。ご丁寧に為替相場と併せて換金されるのが、俺としては憎たらしい。円はプレイヤー間の取引で扱われ、特に入手の難しいレアアイテムや武器は、数万円は下らない。
「英雄相談所」の給料として払われるのも、この「円」だ。このゲームの通貨システムを使っている限り、振り込め詐欺とかはほとんど起こせない。そしてなにより、このゲームはいかなる組織にも運営されていない。
話が少し脱線したが、要するに俺は何時間粘っても一万円を手にする運を掴めず、逆にエリは少しモンスターを倒しただけでそれを掴んだというだけの話だ。まったく現実とは理不尽極まりない。
不意に、視界にニ体の弓を持ったアンデッドが入った。そのふらふらとした動きに俺は無性に腹が立ち、やがて気がつくと突進していた。
「ちくしょうめェェェェェェ!」
――数秒後。そこにはニ体のアンデッドの残骸と、寂しげに立つお墓が鎮座していた。
チラシ裏的解説
・〈ポセイドン〉
ギリシャ神話に登場する海神の名前。かの有名な三叉の槍「トライデント」の持ち主。本作では魔法系スフィアーツとして登場。