A1-8
〈ファルスクエア〉の能力である使用者HP減少率に応じた魔力上昇は、〈魔力上昇〉のアビリティによる補助が可能だ。さすがにHPが半分以下にならなければ魔力が限界突破することはないが、それでも十分な性能である。細かく調査した検証班に感謝だ。
だから、今回放った「SBE」もXランク……限界突破した魔力で放たれたのだ。これまででもAランクの魔力でプレイヤーなら軽く五回は死ぬ威力だったのだから、ここまでになるとその威力は推して計れない。
せっかく最高威力の自爆技を使うのだから、演出はできるだけ派手にしたいものである。だから俺は〈ファルスクエア〉に〈地形破壊〉のアビリティをセットし、爆発によって周囲の地面やオブジェクトが破壊されるようにしていた。
それを裏付けるように、俺は自分の足場がなんだか心許ないことに気がつく。見ると、俺の真下にある地面以外、陥没してしまっているようだ。まったく、なんて威力だ。
そう思ってコロシアムの観戦席を見たのだが、そこで何かがおかしいことに気がつく。野球場の観客席ぐらいの高さがあるはずのラザさんの居場所と、俺の立っている場所がほぼ同じ高さにあるのだ。
そして視線を下に移すと、そこには膝をつくリタの姿が見えた。当然ながら、目の前のウィンドウで知らされるデュエルの結果は先に自爆して死んだ俺の負け。だが、負けた気はしない。
「す、すごい……炎魔法でリフレクトブレイクしたの始めて見たよ……!」
観戦席から、ラザさんの興奮した声が聞こえてくる。リフレクトブレイクとは〈リフレクター〉や〈リフレクション〉のような魔法反射魔法の障壁が割れる現象だ。スフィアーツで直接攻撃されたり、元々反射できない地属性魔法の直撃を受けたりすると発生する。炎属性魔法はその運動ベクトルが完全に反射されるためにこの現象は起きないはずなのだが、どういった理由か起こってしまったようだ。
割られた〈リフレクション〉の障壁とは、おそらくリタが使ったものだろう。それに、俺がこんな高所に押し上げられたのも、おそらくリタの唱えた〈アポカリプス〉のせいだ。あの一瞬でその判断をするとは、いったいどんな反射神経をしているのだろうか。
そんな考えを抱きながらリタを見ていると、どうにもその様子がおかしいことに気がつく。いつまでたっても膝を折った姿勢から動こうとしないのだ。もしかして、腰を抜かしてしまったのだろうか?
だが、その予想は間違いだった。
突然、リタの周囲に二つの氷柱が立った。それを左の剣で薙ぎ、赤い珠の姿をとった魔法用スフィアーツを起動すると、さらに三つ氷柱を出現させ、MPへと還元する。
そして直後、心許なかった地面がさらに崩壊した。
俺の立っていた岩柱が崩れさり、為すすべもなく落ちていく。俺はなにが起きたのか理解する暇もなく、襲ってきた衝撃に目を回した。
さらに、前後もわからぬまま背中に強い衝撃を受け、吹っ飛ばされる。
「待てっ! リタ! もうデュエルは終わってるよ! これ以上攻撃しても……!」
ラザさんの必死な声音を聞いて、俺は自分の身に何が起こっているのかを察する。俺は、リタが発動した〈アポカリプス〉の隆起した地形の中で、リタに攻撃を受けているのだ。つまり、あの結晶竜を倒した戦術で。
考えている間にも、リタの攻撃は容赦なく続き、俺は地上と空中でもみくちゃにされながらパチンコ玉のように弾き飛ばされ続ける。
「おい! 待っ、ぶはッ!」
問答無用という表現さえ生ぬるい攻撃の嵐は、いっこうに止まる気配を見せず、むしろペースを上げていた。
「リタ! 聞いてくれ!」
ラザさんも必死に説得を試みるが、それも空しく俺の体は高く打ち上げられ、そしてものすごい勢いで地面に叩きつけられた。強い衝撃に再び目を回した俺の首筋に、黄金に光る冷たい刃が突きつけられる。リタが俺の胸ぐらをつかんで地面に固定し、そして剣を突きつけたのだ。
一方的な蹂躙が始まってから、俺は初めてすぐ近くで、リタの顔を見ることになる。
その瞳を見たとき、俺は高い場所から落ちるような、とてつもない恐怖を味わう。リタの黒い瞳には、憎悪ではなく、獲物を前にした愉悦でもなく、ただ純粋な殺意が溢れていた。だが、その表情は少し人間的に見える。これは……。
――恐怖、か……?
確かに、リタは怯えているように見えた。まるで未知の存在に出会ったかのような、強い恐怖。リタの表情は、当人の感じている感情を雄弁に物語っていた。
「リタ……?」
だが、俺が呼びかけると、その瞳からは少しずつ殺意が消えていき、暗く眠るようでさえあったそれが、驚きに見開かれる。
「ごっ……ごめん!」
謝罪の言葉をいいながら、リタは右手の剣を消滅させる。
「あ……ああ」
あんな恐ろしい猛攻を食らったあとでは、どうにも反応のしようがない。というかなんだよ、あの顔は。あれはまるで、殺戮機械とか、おおよそ人間らしいものではなかったぞ。それでいて、なんで怯えたように口をひきつらせているんだよ……。
「もしかして……さっきの戦いで何か思い出したのかい?」
と、観客席から降りてきたラザさんが会話に入ってくる。だが、リタは初めて自分が悪いことをしていたことに気がついた子供のような顔をして、首をふるばかりだ。
「あのっ……僕……!」
そして、リタは俺から離れようと地面についた手に力を込める。
「逃げんな」
だが、俺はその手を掴み、リタのバランスを崩してたたらを踏ませる。
「おまえが逃げたら、捕まえるのにどれだけ手間がかかると思ってんだよ。その苦労も考えろ。バカ野郎」
言いつつ、立ち上がってリタを見下ろす。こちらを見上げるリタの表情はやはり子供のようで、さっきの冷徹な瞳など見る影もない。
「でも……」
「あー、うるさい! なんか失敗やらかして気まずくて相手の前から逃げるとかテンプレなんだよ。それよりも、俺たちとしてはおまえがなんであんな本気になったのか知る必要がある。違うか?」
俺がここまで言うと、リタは黙り込む。
「それにしても、さっきの挙動、いったいどうやっているんだい? 早すぎてまるで飛んでいるみたいだったよ。あれで結晶竜を倒したんだってね、おじさん、その様子も見たかったなあ」
座り込んでいるリタの肩を、ラザさんが軽い調子で叩く。
「ラザさんはおじさんって歳でもないだろ」
「いやだなあ、ロールプレイだよ。この渋い顔がわからないのかい?」
そう言って、ラザさんは決め顔を作ってみせる。だが、すぐに腰に手を当てて笑いだした。
そんなラザさんの様子に、リタが微笑を浮かべる。うんうん、こういうところはさすがラザさんだ。
「いやね、さっきのガルド君の爆発、すごかっただろう? びっくりさせちゃったよね」
「うん……なんでだろう。〈リフレクション〉が割られたとき、すごく怖かった。死んじゃうかもしれないって思った……」
「死んじゃう、か」
これはゲームであって、アバターのHPがゼロになって死んでも、現実世界の本人には何の影響もない。悔しいことには変わりないがな。
だが、もしここが幻想界だったら。ダンジョン内で〈リフレクション〉を割られて強力な魔法を食らうことは、すなわち死を意味する。アバターも、そして現実世界の本人もだ。
「ますます、きな臭いなというかなんというか……」
というか、リタとの出会いからしてそうだった。「ソロ狩り」の異名を持つあの竜を単独で圧倒する常識はずれの戦闘力。それにも関わらず、リタはドロップした大量のアイテムの使い道をほとんど知らなかったのだ。
もしあの時点でリタが困った顔で俺に話しかけてこなかったら、こうして共に行動することもなかっただろう。
しかし、これから俺たちはどうすればいいのだろうか? リタの超人的な戦闘力。そしてリフレクトブレイクされたときの、あの過剰な反応。やはり、リタは幻想界で活動していたことがあるのだろう。記憶喪失になっている理由はまだわからないが、それを思い出すことが果たしてリタにとって良いことなのだろうか。
「まあとにかく、リタ君はログアウトできないみたいだから、こっちで生活するための拠点とかも考えなきゃね。僕たちはずっとログインしているわけにもいかないわけだし」
俺がかすかな不安を覚えている中で、ラザさんは話を進める。この記憶喪失の人間だけでも初めて会うのに、ログアウト不能など前代未聞。まあ、不安もあるだろうが、ラザさんもいることだし、悪いことにはならないだろう。
ところで、このゲームにおける拠点とは、いつも俺がクイーンからの以来を受けているあの豪邸のようなギルドハウスもあるが、ホームタウン毎にある銀行的な店に自分の倉庫を作るだけでも十分に機能する。できれば家を買って待機場所にしたいところだが、あれはウルでも円でも高いのだ。ギルドハウスを使えないのが痛いな。
とりあえず、この空中都市にある倉庫屋にリタの倉庫を作り、結晶竜を倒したときに入手したアイテムなどを預けていく。これで、リタは冒険中に拾ったアイテムを捨てたりする必要はなくなるだろう。一日中ログインしているのなら、一体どれだけの素材が集まることやら。
「そういえば、おまえ、記憶が繋がっているのはいつからだ?」
「うーん、一昨日ぐらいかなあ。眠ったのが二回だから……」
なんと、俺と出会う一日前だ。それまで、いったいどうしていたのだろうか?
「なんていうのかな、みんなが鎧とか着てても、最初はあんまり驚かなかったんだよね。でも、考えてみたら、おかしいなって気がつきはじめて……一回眠ったら、起きたときに自分もゲームキャラみたいな服装になっているのに気がついてびっくりしたなあ」
この話を聞いて、なんとも微妙な気分になる。俺が神妙な顔をしていると、リタは笑って続きを話した。
「でも、悪い気はしなかったよ。このゲームの中で目覚めたとき、なんでかは分からないけど、ずっと願っていたことが実現したみたいな、幸せを感じたんだ」
「幸せ、ねえ。謎は深まるばかりか……。でも、本人が幸せならいいのかもね」
ラザさんがそうコメントを残し、手を叩いた。
「じゃ、善は急げってことで。リタ君をエリに紹介しよう。筋書きは覚えているね」
リタがうなずいたのを見て、俺はメニューウィンドウからフレンドの項目を選択し、エリがログインしていることを確認する。
「お、丁度神都にいるな。メッセージ打っとくぜ」
エリが訪れていた神都オーフェンルスという名のホームタウンは、魔法特化型プレイヤーが集まる都市だ。ゴシック調の尖塔がその威容を強調する教会のような建物が立ち並ぶその街並みは、空中都市とはまた違った観光地、もとい巡礼地の雰囲気を醸し出している。お店も魔法関連のものが多く、初心者から玄人まで、魔法を使うプレイヤーならばずっと巡礼することになる場所だ。
ヨーロッパ的な噴水のある広場の一角で待ち合わせをしていたエリを見つけ、声をかけた。
「あ、ガルドさん。こんにちは。それで、相談ってなんですか?」
「ああ、もしかしたら、俺たちの新しい仲間になるかもしれないやつがいてさ。だが、ちょっと訳ありなんだよ」
「新しい仲間、ですか?」
エリは少し首を傾げる。おかしいな、エリが首を傾げても自然すぎて子供っぽい感じがしない。なにが違うのだろうか。
「そうだ。まあ、端的に言うと、幻想界で活動してたプレイヤーなんだよ」
「え! 本当ですか! ええと、仲間になるってことはギルドの仕事もやるんですか?」
「いや、そいつは目立つのが苦手でよ。というか、極度の人見知りでさ、エリに紹介しようかって言ったらビビっちまってよ。それで、こうして協力を仰いでいるわけだ」
「なるほど。そのコミュ障さんとちゃんとコンタクトをとるってことですね」
おお、「コミュ障さん」とは。まったく、よく言うぜ。
「まあ、その通りだ。というわけで、そいつには悪いが無理矢理引き合わせる。後はなるようになるさ」
リタのことだから「コミュ障さん」と呼ばれても気にしないというか何のことだかわからないだろうが、心の中で合掌しつつ、話をまとめる。だが、エリはなんだが冗談めかした顔で口を開いた。
「でも、一つ条件を提示しますっ」
「なんだ?」
「その前に、夏物を探すの、手伝ってください」
「は?」
楽しそうな表情で提示された条件に、俺は間抜けな声を返すことしかできない。だが、「は?」という反応を気にするエリではなく、その時点で俺の命運は決した。
つまり、季節の変わり目に入ったとき毎度のことながら行われる行事のことを、俺はすっかり忘れていたのだった。




