A1-7
「記憶喪失だって! それであんなに戦えるのか……」
リタの事情を話すと、ラザさんもさすがに驚く。デュエルをしなくても驚いただろうが、あれほどの手腕を見せられたのだからその驚愕は想像してありあまる。というか俺もそうだった。
「それだけだったら、ラザさん以外の人に相談していたんだが……。リタ、ラザさんにメニューウィンドウを見せてやってくれ」
リタが言われたとおりにメニューウィンドウをラザさんに見せる。訝しげな表情でそれを眺めていたラザさんが、突然顔を青くしたのを確認して、俺はため息を吐く。
「ログアウトが……」
「そうだ。リタのメニューウィンドウにはログアウトの項目がない。システムの不具合だとしたらそれはそれで大問題だが、それだけじゃリタの記憶喪失の説明がつかない」
それから、ラザさんにこれまでの出来事と、俺の立てた仮説のいくつかを聞かせた。ラザさんは黙って聞いていたが、俺の話が終わると指を三本立てた。
「三つ、確認したいんだけど」
「ああ、何だ?」
三本の指のうち、一本が折り畳まれる。
「彼が日本人だというのは、確かかい?」
「……そうだな。リタのアバターはなんだかアバターっぽくないし、現実の姿のままの可能性がある。あと、リタのユーザーネームは『アサクラ ユウジ』という。本名である可能性は高いと思う」
残った二本の指のうち、一本が折り畳まれる。
「リタ君は、日本以外の文化にどの程度通じているかい?」
「どうなんだ? リタ」
俺はリタのほうを向き、聞く。
「うーん、アメリカとかカナダのケーキは、果物がいっぱい入っている……とか?」
「まあ、確かにそうだが、なぜ疑問系……」
俺のつぶやきには誰も答えず、ラザさんは突きだした人差し指を軽く振りながら続ける。
「最後に、リタ君。君のアビリティ構成はどうなっているのかい?」
「うーんとね……」
俺とラザさんの視線を同時に向けられて、リタは少し気圧されたように考える。
「何だったっけ? 忘れちゃった」
「忘れた……だと?」
俺はその答えに頭を抱えざるを得なかった。昨日会ったときには、リタはこの世界がゲームであることさえはっきりと認識していなかったのだ。それが、「忘れた」とは。
「失礼だけど、ちょっとメニューウィンドウを見せてもらってもいいかな?」
リタは言われるがままにメニューウィンドウが相手に見えるようにし、そしてウィンドウに触れずに武器とそこにセットしてある魔法やアビリティが並ぶ項目を開いた。
「お前……無音詠唱使えるのかよ……」
初期のギルガメッシュ・オンラインのプレイヤーたちは、細かいマニュアルが存在しないこのゲームで様々なプレイングを開拓していったわけだが、その中で、一つ不可解なものがあった。
オープニングチュートリアルでは、音声で「起動」を行うことによりスフィアーツを出現させられるが、特にピンチのとき、音声を発さなくてもスフィアーツが現れたことがあったのだ。そしてそれだけでなく、このゲーム内でできるほとんどのアクションを、プレイヤーが「念じる」だけで実行することができることが発見された。
主にその仰々しい魔法名を唱えていた魔法使い専門プレイヤーたちが全く声を発さずに魔法を唱えるようになったため、このシステムのことを「無音詠唱」と呼ぶようになった。
だが、メニューウィンドウまでこのように動かすプレイヤーもまれだ。少なくとも、俺は見たことがない。
「ふむふむ、なんというか、とても攻撃に特化したアビリティ構成だね。さっきのセルフMPチャージといい、ほとんど防御のことを考えていないように見える。あ、でも〈リフレクション〉は使ってるね」
俺の驚きをよそに、ラザさんがリタのアビリティ構成を評する。確かに、あの結晶竜を倒した〈アポカリプス〉による戦法ならば、ほとんど防御のことは考えなくていいだろう。俺にはできる気がしないが。
「うん、やっぱりガルドの言うとおり彼は元々このゲームのプレイヤーだったんだと思う。だけど、もう一つ可能性があると思うんだ」
「可能性って、なんだ?」
俺が気になって聞くと、ラザさんは「あくまで仮説だけど」と前置きしてから始めた。
「リタ君はこのゲームからログアウトできない。でも普通に考えたら、何日もゲームにログインすることはできないよね。それこそ、病院で点滴でも受けていない限りは。もし現実のリタ君がの体がそういう状態だったとしても、こちらのリタ君の記憶がおかしくなっていることが説明できない」
ラザさんの話に、リタは首を傾げるばかりだ。自分の話だと理解しているのだろうか?
「これを強引に説明するならば、リタ君はこのゲームに関する何らかの秘密を知ってしまって、それを隠蔽するために彼はログアウトができなくなり、そして記憶を改竄された。そう考えれば、一応筋は通るね」
「このゲームの、秘密? ……なんだって!」
だとしたら、リタはとんでもないことに首を突っ込んだことになる。その少年と関わりを持った俺も、ラザさんもだ。
「でも、このゲームは幻想界で死んだプレイヤーを廃人にすることができる機能がある。もし何かを隠蔽したいのなら、さっさとそうすればいい。でも、今のリタはこうして僕たちと話すことができるよね」
流れるような説明に、俺は我を忘れて聞き入る。最初の俺の説明と、リタへの三つの質問でここまで推測したのだ。やはり、こういうときにラザさんは頼りになる。
「だから、考えられる可能性の一つとして、今リタの体は日本本土にあるんじゃないかな」
その結論に、俺は驚きのあまり固まってしまう。これまで、日本本土にいる人間は救出されるまで幻想界でしか会うことができないと言われてきた。それが、こちら側にいる。それだけで大事件だ。
そんな俺の反応を見て、ラザさんはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「とはいっても、僕たちにできることはほとんどないだろうね。リタも記憶をなくしちゃってるし、ガルドの言った通り、あまり口外しないのが関の山かな」
「でもよ、リタの記憶を取り戻させるぐらいなら、何か協力できるんじゃないか?」
「確かにそれは重要だね。でも、リタが現実世界に戻ることができない以上、医者に見せることもできないだろう?」
「まあ、そうだが……」
俺が言い淀むと、ラザさんは苦笑して言葉を続けた。
「今は、僕たちがリタと一緒にいてあげることが大事だと思う。記憶が不安定なのも、取り繕えるようにね。で、目先の問題としては、エリにどうやってこれを説明するかってことだと思う」
一緒に行動する以上、必然的にエリとも会うだろう。だが、エリは俺のような日本人でも、ラザさんのような情報に精通しているわけではない、一般人だ。
「さすがに、あいつにこの話をするわけにもいかないしなあ……」
「そうだね。だから、ちょっと筋書きを考えとこうか。リタ君、ちょっと協力してくれないかな?」
そうして本人と考えた筋書きは……まあ、悪くない出来だった。これなら大抵の人間は納得するだろう。後は、リタの強すぎるプレイヤースキルをあまり公にしなければ何とかなるだろう。
「とりあえず、英雄相談所の取材とか、たくさんの人に見られるところでは二刀流は使わない方がいいかな?」
「ううん?」
そして当の本人はその筋書きを一発で覚えたものの、そうする必要をいまいち理解していないようだった。その反応に、ラザさんは頭をかく。
「なんか、ちょっと本人を置き去りにしすぎたかな。せっかくこうして知り合ったんだし……。ねえリタ君、君はこれから何かやりたいことはあるかい?」
そう聞くと、リタは少し考えるそぶりを見せ、しかしすぐに顔をあげて俺のほうを向いた。
「そうだなあ……、僕はガルドと戦ってみたいな!」
「え?」
そして再びやってきた闘技場。俺はあれよあれよと言う間に円形のフィールドでリタと対峙していた。
「なあ! ちょっと待ってくれよ! ラザさんがあんな一方的にやられたんだから、俺が勝負になるわけねえじゃん!」
俺を強引にここまでつれてきたラザさんは、にやにやと笑みを浮かべて言葉を返した。
「いやいや、何事も経験だよ。それに、勝負には勝ち負けなんて些細な問題さ。そうだろう? リタ」
ラザさんの言葉にリタはうなずく。いや、あれはあまり理解していないけどなんとなく反応しているパターンだ。
「ちくしょう、自分が負けたからって……」
俺の嫌みを、ラザさんは涼しい顔してスルーする。くそう、これが大人の余裕ってやつか。
リタがメニューウィンドウを操作し、俺の目の前にデュエルを受諾する意志を確かめるウィンドウが出現する。ルールは先ほどラザさんとリタが戦ったものと同じ、準備時間つきのデスマッチだ。
ここまで話は進めば、もはや退くことはできない。俺はため息をつきつつも、デュエルを受諾した。ごねていても仕方がない、丁度、この前手に入れたあの武器を使う絶好の機会だ。
そしてデュエルが開始され、リタは氷の粒子を纏う戦舞を開始し、俺は泥臭く〈プラネタリウム〉を起動して自分に状態異常をかけていく。〈ダインフレス〉の力を最大限引き出すためには八つすべての状態異常をかけなければならないため、魔法を五つまでセットできる杖カテゴリのスフィアーツでも二つ必要になる。
それにしても、この〈プラネタリウム〉という杖の使い勝手は頭一つ飛び抜けている。起動に必要なMPは100と高いものの、解放することによって起動で消費したMPをすべて回収することができる。だがレベルが高いためにその性能は高く、消費MP50以下の魔法なら詠唱と消費MPを必要としない。杖の先端にあるホログラムで作られたような天体模型的な意匠も、ファッション性抜群だ。
もっとも、両手杖というカテゴリが接近戦闘に全くと言っていいほど向いていないため、俺のような接近戦闘特化型プレイヤーにとっては補助兵装になってしまうのだが。
準備の仕上げに〈ダインフレス〉を起動し、状態異常ステータスを全て吸収する。
俺が準備を終えてからあまり間を置かずに準備時間が終了し、リタが弾丸のようなスピードで突っ込んできた。俺は〈ダインフレス〉の剣先をリタに向け、突きを放つことで迎えうつ。
先ほど、リタのアビリティ構成を見たところでは、無効化している状態異常は「沈黙」のみ。それ以外の対策は全くしていなかった。
勝機があるのなら、そこだ。あのリタでも、「鈍足」、「麻痺」、「目眩み」の状態異常を一気に受けたら接近戦闘は困難になるだろう。その為に、〈ダインフレス〉の攻撃をなんとしても当てるのだ。リタの防御力は補助魔法も含めてもAランクだから、浅く切りつけるだけでもダメージと状態異常は発生するはずだ。レベル60スフィアーツで唯一Sランクの攻撃力を実現可能な〈ダインフレス〉ならではの強みである。
だが、俺の突きはまるでリタに斥力でも働いたかのように避けられ、リタの右手にある〈ミストルティン〉の一撃を胴体にもらう。
俺はリタの剣の射程から逃れるために大きく飛び退き、そして〈ダインフレス〉に緑の光を纏わせ、現実ではありえないベクトル変換をかまして突進を開始した。
〈チャージ&テトラピアース〉による突進攻撃だ。普通の人間ならば意表を突かれて思わず食らってしまう攻撃の持って行き方だが、リタは両手の剣ですべて弾いてしまった。
だが、僥倖だ。リタは〈ダインフレス〉による攻撃を食らうわけにはいかない。だから、スキルによる攻撃は全力で防御しなければならない。そして時間をかければかけるほど、俺のMPは自然回復で満タンに近づいていくのだ。
間髪入れず、〈トリプルスラッシュ〉を発動。筋力パラメーターいっぱいの威力を秘めた斬撃を放つ。リタはやはり防いだが、攻撃を受け流す間にもこちらに反撃を行い、HPを削ってくる。恐ろしいやつだ。
そうして俺が四つのスキルを使い、〈ダインフレス〉にセットしたスキルがあと一つだけになったころ、すでにHPは半分を切っていたが、しかし俺は勝ちをほとんど確信していた。
「〈解放〉……!」
まだ耐久値が半分ほど残っている〈ダインフレス〉を解放し、同時に中級乱舞スキル〈ブルータルダンス〉を発動。神速の五連撃が、リタを襲う。
スフィアーツを解放して放つ必殺技は、アバターの筋力値パラメーターを越えた威力を持つ。よって、この五連撃は正面から対峙したのでは剣がどのように動いたのかほとんどわからないほどのスピードを持つのだ。
流石のリタも、完全には防げず剣先が腕をかする。だが、それだけだ。五発の斬撃のいずれも、その芯を捉えることはできなかった。状態異常も発生しない。
だが、俺が狙っていたのはこの必殺技による打倒ではない。もとより、この程度ならリタは避けることができると思っていた。いくら速いとはいえ、スキルによる攻撃は規定されたモーション通りに動くだけなのだ。
五連撃の最後の一撃を放つ瞬間、俺は左手で新たな武器を〈起動〉した。そして同時に、〈解放〉する。
現れたのは、ほの暗い光を放つ、サファイアの結晶のようなものでできた両手剣。この前俺が苦労して手に入れた、因果剣〈ファルスクエア〉だ。
この剣を見て、リタは本能的に危険を察知したのか、戦略性を無視して全力で飛び退く。俺はその様子を見ながら、こう勝利宣言する。
「芸術はなァ! 爆発なんだよォォォォ!」
直後、俺をガラス状の障壁が包み込み、その内部で激しい爆発が巻き起こった。俺の編み出した自爆技、「スター・バースト・エクスプローション」だ。
魔法を反射する障壁の中で俺は一瞬でHPを蒸発させ、そして一拍おいて障壁が消滅し、周囲に何倍にも増幅されたエネルギーが解放された。
中から見ている俺にとっては爆発の衝撃はすさまじく、一瞬前後不覚になる。だが、これだけの爆発だ。リタも無事ではあるまい。
そして爆発による砂塵が晴れるころ、俺は自分の立っている場所がずいぶんと変化していることに気がついた。
――あ、これってオーバーキルってやつだ……。




