A1-3
轟音とともに、大地が崩壊していく。圧倒的プレッシャーに腰を抜かしたが、それはすでに見たことのある現象だった。紛れもなく、ギルガメッシュ・オンラインにいくつか存在する「地形破壊魔法」の一つだ。
地属性の最上級魔法であり、同時に地形破壊魔法でもある〈アポカリプス〉。だが、莫大な消費MPを誇り、そして発動すると問答無用で効果範囲内の地形を荒廃させるため使い勝手が悪く、あまりお目にかかることのない魔法だ。最上級魔法は、そもそも作成するのに手間がかかるという事情もある。
しかしそんなじゃじゃ馬な魔法のはずの〈アポカリプス〉だったが、少年が唱えたそれは竜の周囲の地面だけを異常に隆起させ、いくつもの岩柱を形作った。その岩柱は、竜の行動を著しく阻害する。
そして、蹂躙が始まった。少年は打ち立てた岩柱の間をまるで風のように駆け抜け、左手の剣と、時折解放してまた起動する右の剣で竜を切り刻んでいく。そうして六人のパーティーですらほとんど見ることのないペースでHPを削るのだ。良く見ると、少年はたまに立ち止まって氷柱を作りだし、竜の行動を阻害していた。
少年と竜の戦闘を、俺は時を忘れて見続けた。それほど少年の強さは圧倒的だったし、なにより、美しく、かっこよかった。子供の頃、戦隊ものやアニメのヒーローを見ているかのような、不思議な高揚感が俺を満たしていた。それこそ、残り少なくなった竜のHPを惜しく思うほどに。
とどめの一撃に、少年は解放必殺技すら使わなかった。変わらず岩柱をつたって飛び回り、すれ違いざまに右の剣を叩きつけていく。たった一人の少年によって、竜はその生命力を一滴残らず刈り取られ、ついに地面に倒れた。
俺は糸に引かれるようにして、少年へと近づいていった。少年もそれに気がつき、少し気の抜けたような笑みを返す。
「あのさ……」
先に言葉を放ったのは、少年のほうだった。
「この大量のアイテム、どうしよう。持ちきれない……」
それが俺に助けを求める言葉だとは。しばしの間俺は少年の言葉の意味をつかみ損ね、間抜けにも口を開いたままフリーズしてしまった。
「どれが必要なのか、わからないんだ」
そしてもう一言、途方に暮れた声音で言われ、かろうじて俺のゲーマーの部分が反応した。
「とりあえず……あいつ本体が落としたものを貰えばいいんじゃないか……?」
「それ、どれ?」
「結晶関連の名前がついているやつだ。あとスフィアーツも一つあるはず……」
「ソロ狩り」の異名を持つヘルツシュプルングの強さの秘訣は、やつがオリジナルスフィアーツの名前を冠していることにある。確かレベル140の両手剣で、基礎能力は物理特化なのにも関わらず解放することで魔法を瞬間発動する変わった武器だったはずだ。もちろん、スフィアーツを鍛冶屋にて「解体」すると、それはそれはレアな素材が手に入る。
それに加え、やつ自身が「ソロ狩り」であるために、付近のモンスターのドロップ品を大量に持っているのである。一人のアイテム保有可能量には収まりきらないアイテムを持っていることもざらだ。
そんなことをぽつりぽつりと説明したことで、俺は図らずともこの少年の外見や武器を観察する機会を得た。
装備しているのはゲームの登場人物のような、かっこよさ重視の服装。黒と紺を基調とした、動きやすそうではあるが洋服というべきか皮鎧というべきか迷う装備だ。旅人っぽい装備と言えばなんとか形容できるかもしれない。
後ろ姿からアジア圏出身のような姿であることは予想していたが、その独特な顔つきは、どう見ても日本人のものだった。アバターであるから、姿が日本人っぽいからといって日本人であるとは限らないのだが、俺はこの少年が日本人であると心のどこかで確信していた。
そして、おそらく、幻想界で活動するプレイヤーだ。あれほどの技量をもっているのならば、こちら側で活動していて有名にならないはずがない。しかし、そんなプレイヤーが、なぜこの場所に?
「なあ、どうして俺を助けたんだ?」
こちら側のギルガメッシュ・オンラインにおいて、死亡することは正直日常茶飯事である。プレイヤーは何度も死亡する中で己の弱点を見出し、克服していくことで強くなっていくのだ。歴戦のプレイヤーならばそれを体験してきているため、あえて初心者を助けないということもある。自分が死ぬリスクがあるなら、なおさらだ。
「何で、かあ……。なんかさ、君、必死だったよね」
「そりゃ、まあ」
アイテムを奪われる前のせめてもの抵抗だったが。
「あと、ちゃんとした動きで戦ってたから、結構経験を積んでいるのかなと思って」
少年の言葉に、俺は怪訝な表情になる。あれほどの技量があるのならば、俺のような一般プレイヤーに用があるとも思えないのだが。
「確認したいのは、まずひとつ。これは、ゲームだよね」
「は?」
質問の意図が掴めず、俺は唖然とする。しかし少年は実に真剣そうだ。
「きみは今、ゲームをしているんだよね。間違ってない?」
何を当たり前のことを言っているのだろう。俺はますます怪訝な表情でうなずいた。
「ってことは、VRMMOで、もしかして、ぼくらは監禁でもされてるの?」
「はぁ!?」
二度目のハ行。俺は全く話についていけていない。
「いや、だってさ、こういうVRゲームで、ログアウト不能だったら、もう監禁されているっていう展開しかないでしょ?」
だが、少年の声音には演技とか、そういった類の色が見あたらない。俺はなんだか不安になって、自分のメニューウィンドウにログアウトの項目があることを確認してしまう。言うまでもなく、そこにはログアウトの項目があった。ここはダンジョンなのですぐにログアウトするとせっかく手に入れたアイテムをその場に落としてしまうのだが、現実世界にはいつでも帰ることができる。
いや、しかし、少年の言っていることが本当なら……。
「おまえ……ちょっとメニューウィンドウを見せてくれないか?」
少年はこちらが話についてきたことを察し、快くメニューウィンドウをこちらに見えるようにする。そしてそれを見て、驚愕した。
「ログアウトが……無い……!」
少年が、「ね?」とでも言うように首を傾げた。だが、俺の理解は追いつかない。
だが、俺の直感は悟っていた。
この少年が、アニメやライトノベルでいう「主人公」とか、それに準ずる存在であるということ。そして自分が、その「主人公」に関わりを持ってしまったこと。
だが、俺はまだ知らない。
今、この世界における俺の存在を、人生すらも左右しかねない「何か」に足を突っ込んでいるということを。
俺の受けた衝撃など露ほど知らず、少年はなんだか上機嫌で俺の後ろに付いてくる。話を聞くかぎり、俺以外にもログアウトができないことを道行く人に相談していたらしいが、まったく信じてもらえなかったらしい。それも無理もなからぬことで、デスゲームはともかく、VRゲームでログアウト不能となる事態はまだ存在したことすらないのだ。このゲーム自体が都市伝説みたいなものであることも原因だろう。
「……っと。そういえば、名前を聞いてなかったな。俺の名前はガルドだ。おまえは?」
「僕は、リタ。とりあえず、よろしくね」
「ああ」
名前の第一印象としてはなんだか男っぽくない名前だな、とは思ったが、まあこの柔らかい印象の少年なら合うかもしれない。
そうは言われても、何をすればいいのか俺にはさっぱりわからない。こうして歩いているのだって、どうしていいか分からないから無闇に歩き回っているだけだ。
ログアウト不能となったプレイヤーなど、前代未聞だ。普通のオンラインゲームならば運霊に連絡すれば大抵の不具合は治してくれるが、ログアウトできないのならどうしようもない。それ以前に、このゲームの運営は正体不明の国家ジャック犯だ。
クイーンに相談しようか。そうすれば、「英雄相談所」のメンバーに協力を仰ぐことが可能だ。俺一人でやるよりも、よっぽど確実に思える。
だが、それでいいのだろうか? 仮にクイーンにこの少年がログアウト不能であること話したとして、その情報はおそらく多くのプレイヤーに回る。リタが自発的にログアウト不能であることを言ったのならともかく、クイーンが情報を発信したのならばその信憑性は非常に重くなる。この不具合はゲームの中にとどまらず、現実世界でもとりだたされるだろう。
そこで何が起きるか、俺には想像しきれないが、良い変化があるとも思えない。むしろ逆だ。
「はあ、どうしたものかな……」
俺がため息を吐くと、リタは俺の心情を察したのかそうでないのか、ひとつ提案をしてきた。
「ねえ、これってVRMMOってやつなんだよね? だったら、フレンド登録とかできるでしょ。それ、やろうよ」
「まあ、そうだな」
返事をし、メニューウィンドウを操作する。するとリタの前にはフレンド登録を行うことに同意を求めるウィンドウが現れる。リタは了承し、俺とフレンドとなる。
いつものクセで、相手のユーザーネームを確認する。リタのユーザーネームは、「Asakura Youzi」。ローマ字の使い方が間違っているような気もしないでもないが、「アサクラ ユウジ」か。同じような名前の有名人は聞いたことがないし、おそらく本名か、それ若干変えたものなのだろう。となると、やはり日本人なのか……。
ここまで確認して、俺は今更ながらリタの言動がおかしいことに気が付いた。やれやれ、今日はおかしいことが多すぎて頭がパンクしそうだ。
「おまえさ、このゲームやるの初めてなのか?」
あの動きはそれを否定するものなのだが。リタはフレンドとか、このゲームのシステムについてあまりにも知らなすぎる。
「うーん、どうなんだろう。さっきのは、体が勝手に動いたって感じ。だけどさ、小説とか以外でVRMMOができるなんて、知らなかったな」
嫌な予感がした。
「じゃあ、さっきおまえ、VRゲームでログアウト不能だったらもう監禁されているとしか思えないって言ったよな。それってどこ情報だよ?」
「たぶん、結構昔のライトノベル」
「その題名は?」
「ええと……あれ? なんだったっけ?」
ここまでの会話で、嫌な予感はほとんど確信に変わっていた。
「もう一つ、おまえは、このゲームにログインする前は、何をしていたんだ?」
「うーん、なんているか、いつの間にかこの原っぱにいたって感じかな」
その論点のずれた回答に、俺は冷や汗が噴き出るのを感じた。
「……そうじゃない。おまえは現実世界で、高校に通っていたり、それとも引きこもりだったりするのか?」
最後の一言は余計だったが、その質問でリタの顔が疑問符で埋め尽くされたのを見て、俺は顔を引きつらせずにはいられなかった。
「どうだったっけ?」
おかしい、明らかに記憶がちぐはぐだ。自分が高校生か聞かれて、「どうだったっけ」と答えるやつは普通いない。
「おまえ……記憶が……」
記憶喪失。その四文字が頭の中をよぎると、先ほどまでのリタの言動が一応は筋が通ったものとなる。
この世界に、このゲームのように戦闘を全面に押し出したVRMMORPGは一つしか存在しない。リタの戦闘は間違いなくこの世界でトップクラスの技術を駆使したものだったし、あれほどの技術を他のゲームで磨いたとは考えにくい。おそらく、元々リタはこのゲームのプレイヤーだったのだ。だが、俺には予測も付かない何かが起きて、リタの記憶は断片的に失われた。
俺が深刻な表情をしていると、不意にリタが俺の肩を軽く叩いた。
「ちょっとさ、その辺で遊ぼうよ。ゲームって、楽しむものでしょ?」
あまりにも事態を把握していないような脳天気なリタに、なんだか自分が悩んでいるのがばかばかしくなる。
まあ、俺が今できることは少ないし、とりあえずリタの提案に乗ることにした。




