幽霊ノクターン -うわさと真実-
A.T.G.C 第六回
ジャンル:推理。 縛りはなし。(独自に5,000文字ちょうど、の縛り)
初めての『推理』への挑戦でしたが……。 うーん、推理にできたんでしょうか? なんだか、推理っぽくできたような、どうなのか、印象としては、推理に、というか推理の為のネタをちりばめていって、解き明かしていく、という描写をするには、5,000文字っていうのは、あまりに短いかな、なんて思いました。
早朝。講堂隣の倉庫からピアノの調べが聴こえる。
土曜日は、朝から無料の子供音楽教室が開かれるので、この芸術大学は音で溢れ、かなり近付かないとノクターンなどの静かな調べは聴き逃してしまいそうだ。
けど、気が付いて誰が弾いているのか確かめに行くと誰もいない。そして、そこには誰も調律してない、まともな音が出るはずのないピアノがあるだけ。もう、何年も前からそんなことが何度かあって、今では気味悪がって誰も近づこうとしない。
何でも、昔この芸大に通っていた、天才と誰もが認めたピアニスト、特に彼女の奏でるノクターンは素晴らしい、そんな少女が居た。けど、何かの理由でピアニストへの道を断たれ、彼女は消えた。彼女はピアノの才能だけじゃなく、ストレートの黒髪と透き通るような白い肌で人形の様に美しく、笑顔の可愛い美少女でもあり、色々な噂があった様だ。けれども、結局は彼女のその後を知る人はおらず、いつの間にか、その彼女が幽霊となってピアノを弾きに来てる。そんなことが囁かれ始め、『幽霊ノクターン』なんて言われるようになっていた。まぁ、奏でられる曲はノクターンとは限らないけど、やはり一番多いのはノクターン。そして、そんな噂のもう一つの根拠としては、そのピアノはどんなに調律しても癖が強くて、弾きこなせる人間は彼女しか居なかったってことが言われてたからだ。
でも、噂どおりにその少女の幽霊だとしたら変だった。この噂は、もう何年も前から。けど、ピアニストへの道を断たれたのが、そんなに無念でこの場所にとりついたのだとすると、単にピアノを弾くだけで、他に何もしないのは妙だった。
現状は特に害が無い状態だけど、幽霊がらみだとするなら、その状態がいつ危険な状況に変化するかわからない。それに、誰もまともに弾けないピアノから美しい旋律が生み出されるって言うのは幽霊がらみの可能性が大きい。
とすれば、やはり放置できない。そう思った。
え? なんでそんな幽霊がらみの話に積極的にかかわろうとしてるのかって?
説明すると長くなるので、細かいことは省くけど。私の名前は深月。ここの音楽学部・声楽科の学生であると同時に、巫女で陰陽師の端くれだから。
もし性質の悪い幽霊とかだったら、お兄ちゃんも呼んで調伏しないといけないかもしれない。けど、さし当たってピアノ科の教授にでも事情を聞くのがいいだろう。少なくとも一人、噂の少女のことを知ってるはずの人がいる。だって、過去のコンクールの記録を見たら、何度もその少女と一緒に入賞してるし、同じ学年だったんだから。
けどその教授、その少女と一緒に写っている受賞時の写真では、本当に柔らかく暖かい微笑を浮かべてるのに、でも、私はその教授の笑ってるところなんて見たことがない。まぁ、科が違うからあまり会わないけど、その教授に関しては、ピアノ以外にはまったく興味を示さない冷血漢って話をよく聞く。まぁ、名の通った音楽一族の一人とは言え、若くして教授になる為に相当の苦労をしたのだろうか? そのせいか、年齢の割に白髪が多くて、せっかくの美男子がちょっとおしい感じ、とも思ったけど。
何にしても、いきなり私だけが押しかけても話は聞けないかもしれない。
なので、ピアノ科で、その教授の指導を受けてる早苗と一緒に行くことにした。そして、話題を振りやすい様、『幽霊ノクターン』の土曜日に。最初、彼女は怯えて嫌がったけど、最近評判の絶品スイーツを奢ると言ったら「おふだも忘れないでよ」なんて言いながら肯いた。本当に食いしん坊なんだから。
土曜日。あんなに怖がってたけど、早苗はちゃんと来てくれた。
「おはよー、早苗。 ごめんね、休みなのに」
「約束だからね。 それより、おふだ持ってきた?」
その確認に苦笑しながら、昨日お兄ちゃんから貰ったおふだを見せた。
「ほら、ちゃんと持ってるから大丈夫よ」
「ん。 じゃ、ちゃっちゃと済ませましょ。 スイーツ、忘れないでよね」
「約束だもんね」
そんなことを言い合いながら、まずは噂の倉庫を確認しに行った。講堂では恒例の音楽教室が開かれているので、今日も素人演奏が響きわたり他の音は聴こえにくかったけど……。
「やっぱり、聴こえるね……」
「うん。 幽霊さんすごいなあ。 相変わらずいい音させてるわね」
「もお、幽霊って決め付けないで……、 って、前にも聴いたことあるの?」
「へへ。 これでもピアノ科だもん。 きれいなピアノ演奏っていうし、最近ちょっと調子が変わったって聞いたしね」
「なーんだ、スイーツなしでも良かったのかなあ?」
「えー。 すごく怖かったんだから。 呪われたらやだもん。 まぁ、憑かれるだけなら、ピアノが上手くなっていいかもしれないけど?」
「もお、早苗って結構のんきよね」
そんなやり取りをする間も演奏は続いていた。確かに、その音色には思わず足を止めて聞き惚れる魅力があった。
「あ。 前に聴いたときより上手くなってる。 幽霊にも指導教授いるのかなあ」
「何よそれ」
「だって、うちの先生だったら、絶対指摘するなあって思った所が直ってるんだもん」
「そうなの?」
「でも、やっぱり先生には敵わないわね? うちの先生の演奏、聴いたことある? すっごい素敵なのよ! 幽霊なんか目じゃないんだから!」
「……」
幽霊と指導教授を比べるってのはどうなんだろう……。 それにしても、幽霊でも練習で上達するんだろうか? そもそも、幽霊は練習するんだろうか? なんてことを考えていたら、驚いたことに、訪問しようとしていた教授が講堂から出てきた。
どうしてこんな所にいるんだろう? やはり関係があるんだろうか……。
「あ。先生、おはようございます」
「あぁ、早苗君。 おはよう。どうしたんだい? 土曜日なのに」
あれ。どうしたんだろう? すごく表情が柔らかい。以前に見かけた時の如何にも冷血漢って感じの硬い表情じゃない。
「えぇ、ちょっと先生にお聞きしたいことがあって……」
「そうかい? じゃぁ来なさい。お茶でも入れよう」
とにかく、これで話が聞ける。
教授が脇をすり抜ける時、ふと甘い香りがした。 葉巻か何かだろうか? 以前、葉巻を吸う人の隣に座った時に感じた匂いを思い出したけど、でも違う、なんて言うか、もっとフルーティな香りだった。
何かあるかな、とよく見ると、教授の持ってるかばんにパイプが入ってるのが見えた。やはりタバコの類なんだろうか? 何だか懐かしい気もするけど思い出せない。もう、記憶の彼方のことなんだろうか?
教授の部屋に到着し、改めて聞いてみると、今日は音楽教室のボランティア講師をしていた、とのことだった。
「一般の人の演奏って、どうなんでしょう? やはり未熟な点が多いんでしょうか?」
相変わらずの微笑を浮かべながら、それでも真剣に考え、答えてくれた。
「そうだね。技術的には、まだ大いに成長の余地がある人が多いって感じかな。 でも、中には、そんな技術的なものを超えて、何かを感じさせる人がいるのも確かだね」
どんぴしゃの答えだと思った。この感じなら、思いっきり踏み込んでも大丈夫。それで、もし怒り出すなら、それはそれで何か特別な関係があるってことの証拠でもあるし。
「そう言えば、今日はとても美しいノクターンを弾いてる人がいましたよね」
その瞬間、教授の顔から微笑が消えた。
真っ直ぐな目で私を見つめる教授の視線には、それでも怒りは無いようだった。そして、その答えは私の想像以上だった。
「君は、私と幽霊の関係を知りたいのかな?」
教授の話は『幽霊ノクターン』の噂を補強する様な内容だった。
その天才ピアニストの少女は確かに同期の学生だったこと。お互いに唯一無二のライバルと認識し、競い合っていたこと。そして、ある事情で彼女は強力な力に追い詰められることになり、大学を去らざるを得なくなったこと。そして、最後に彼女に会ったのが自分であること。
そのことを語る口調は静かだったけど、一言一言をとても大事に、慎重に紡ぎ、教授がその記憶をとても大切に思っていることが窺えた。
だから、どうしても聞きたいことがあった。
「立ち入ったことになりますけど……、 一ついいですか?」
「彼女と僕の関係かい? そう。ライバルで……、 そして恋人だった」
その質問にも先回りされてしまった。
「でも、私は彼女を裏切り、彼女はここに居られなくなった」
その教授の言葉に早苗がとても小さく「じゃあやっぱり……」そう囁くのが聞こえた。
「今、私に言えることはこれだけだ」
そう言うと、教授は顔を背けた。
私も、早苗も、誰も次の言葉を出せなかった。
教授の言葉が本当だとすると、本当に幽霊なのだろうか。けど、かつての恋人が幽霊となってしまったとしたら、どう感じているんだろう……。 それに、そんな関係だったとすれば、何か受け継いだことはないのだろうか。
だとすれば、また別の状況だとも思えるけど、何かが足りないと思った。まだ、正しい推測をするには何かが足りないと思った。
その時だった。
バンッ
と扉が開き、誰かが飛び込んできた。
「せんせー! 今日はどうでした?」
「あぁ、君か。 もう終わったのかい」
「ちゃんと、前に怒られた所、修正したでしょ?」
小学生くらいだろうか? とにかくその少女は元気いっぱいだった。そこまで話して、私たちの存在に気付いた様だった。
「あれ? お姉ちゃんたちも先生に教わってるの?」
子供の登場に、また柔らかな微笑を取り戻した教授がやんわりと答えた。
「あぁ、このお姉ちゃんたちはここの生徒だからな。 みっちり教えてるのさ」
「え! 本物のピアニストさん! すごーい」
「まだ、ピアニストっていう所までは……」
「でも、なるんでしょ?」
その真っ直ぐな言葉に、思わず少女を見つめ返した。 本当に笑顔の可愛い少女が、真っ直ぐな髪を揺らし、如何にも子供用ってシャンプーの香りを漂わせながら、きらめく瞳でこちらを見ていた。 羨ましいほどの真っ直ぐさ、その真っ直ぐさには応えるしかなかった。
「そうよ」
「じゃ、私と一緒だ!」
誰もが笑うしかなかった。こんなに光に満ちたまっすぐな子がいる限り、良くないことが近付いてるなんて思えなかったし、もう、張り詰めた空気はどこにもなかった。
あの子供の乱入によって、雰囲気は一気に明るくなり、教授の部屋を辞したあとも、私も早苗もなんとなくいい気分だった。まぁ、お互い、考えていることは違ったかも知れないけど。
「あぁ、もうびっくりしたねえ」
「でも、ああいう子が伸びるのよね」
「そうね」
「で、絶品スイーツは?」
「う。 忘れてなかったのね」
「当然でしょ!」
「やっぱり……」
まぁ、まだ確信は持てないけど、『幽霊ノクターン』の核心にほぼ触れられた、と感じた。
彼女のことを思い出していたのだろうか。最後の教授の苦笑が、ひどく優しそうだったことが印象的だった。その想いはどこへ向いているんだろうか? 未来へなのか、過去なのか……。
それが気になった。
まずは、早苗にスイーツを奢るのが最優先だけど……。
ほぼ分かった様な気がしたけど、まだ気になることがあったので、週明け、また倉庫の周辺を歩き回っていた。土曜日じゃないからか、ノクターンは流れてなかったけど。
半ば予想通り、教授が現れた。
「気になるんだね?」
教授は苦笑しながらそう言い、鍵を開けると私を倉庫に招きいれてくれた。
そこには、長い年月を経たと判るピアノがあった。
教授がつかつかとピアノに歩み寄り蓋を開けた。それはいわゆるグランドピアノで、天板を開けると、ワイヤーや金具が整然と並んでいるのが見えた。その金具は窓から入り込む夕日を反射し、長年放置されているにしては、きれいに光っていた。
教授が鍵盤を叩くと、如何にもピアノ、という音がした。 けれど、調律が狂ってるのか、それともやはり癖がひどいのか、音に調和は感じられなかった。
「まぁ、まともに演奏するのは無理だろうね。 このピアノ、ひどく癖があるんで、まともな演奏は非常に難しいからね」
そう言う教授の表情には、どこか悪戯っ子の様な不適な笑みが浮かんでいた。その笑みに、私は自分の推測が間違ってないことを感じた。
「でも、先生はそのピアノ弾けますよね?」
「彼女にコツを教えてもらったからね」
「今も、先生と彼女だけなんですか?」
その問いの答えは、とても暖かく柔らかい笑顔だった。
それを見て、私が心配する様なことはない。 そう確信した。
早苗に教えてあげようかな、怯えることなんかないって。
あはは。推理になってたでしょうか? 一応、何箇所かにカケラを埋め込んだつもりですが、少なくとも自分ではあまりに露骨なカケラで、なんだか、推理する必要なんてまるでないかなあ、というのが幾つかあります……。
うーん。難しいです。結局、私がいつも書くお話の路線からあまり外れることもできてない感じで、困ったもんです。早苗さんの登場を外せば、少し文字数を稼げて、もう少し別の書き方ができたかなあ、とも思いましたが、深月は声楽科、というこだわりもあり、こんな形になりました。 それにしても、勝手に曲を奏でるピアノ、というモチーフ、あまりにありきたりで、苦笑しちゃいますね……。
読み返して、一点、どうしても書ききれてない所があったので、改稿しました。それでも、ちょっと無理やりな感じは否めませんが、一応、描写としては意図した最低限の設定を出せたかな、と……。