ハカセ語る
進められた椅子にわたし達は座った。
わたしを真ん中にヒカルが右でユイカが左。博士っぽい人は机を挟んだ後ろの椅子に腰かけた。
「自己紹介がまだだったね、私のことはハカセと呼んでくれたまえ」
ハカセ、見た目そのまんまの名前だ。
「見ての通り、私はこの世界において唯一の研究者だ。今もなおこの世界の謎を解こうとしている。キミ達がここに来れたのは、あの少年から私に助言を受けるようにというサービスだ。さぁ、聞きたいことを聞くといい。答えられる範囲なら答えてあげよう」
急にそんな事言われても、何から聞けば良いのやら。
「で、では、私から良いでしょうか?」
ヒカルがおずおずと手を挙げた。
「何かな?」
「ハカセさんは…」
「ストップ」
ヒカルの言葉をハカセは遮った。
「さんはいらない、ハカセ、と呼び捨てで頼むよ」
「し、しかし、私のいた所では年上にはさん付けが決まりでしたので」
「ここはそのキミが居た場所ではない。この部屋では私が主だ」
「うっ……」
おー、説得力のある言葉。
「それに、私はキミよりも年上に見えるかい?」
「うっ…………え?」
いやいや、さすがにそれは見えるよ。
やっぱりこの人、変わり者だ。
「呼び捨てない限り私は答えないよ」
「うぅ……」
「じゃあ、ハカセ」
困ってるヒカルの為にわたしが呼び捨てた。
「何かな……と、そういえばまだキミ達の名前は聞いてなかったね」
そういやそうだ。
「わたしは、サキです」
「あたしはユイカだ」
順番に自己紹介する。
「ふむ、よろしくな。さて、質問は?」
えっと、何から聞けばいいかな……
「とりあえず、この世界について教えて下さい」
「王道だね。この部屋に来た者は皆同じ質問をしていたよ」
まぁ一番謎多いし。
「この世界に正式な名前は無い。ただ同じ条件を満たした者が集まり、戦い、願いを叶えてもらう世界だ」
「同じ条件って何ですか?」
まぁユイカやヒカルで大体分かったけど。
「死んだ事だ」
やっぱり。
「その中でも、自殺した者を対象としている」
てことは、わたしもユイカもヒカルも、過去に自殺した人なのか。
「戦いはすでにしたと思うが、勝利条件は相手の体力を0にしたら勝ち。今は確か二回戦だから、その勝ち数によって次へ行けるかどうかが決まるのさ」
「なんかゲームみたいだな」
「感覚的にはそうかもしれないが、私達は本当に自殺した人間で、優勝した者は必ず願いを叶えてもらえるのだ」
……なんというか、重みのある言葉だった。さすがはこの世界の研究者。
「は、……は、ハカセ!」
急にヒカルが名前を叫んだ。そこまで呼び捨てに抵抗があるみたい。
「何かな?」
特に表情も変えずにハカセは訊ねる。
「ここへ来ることを助言してくださった神について教えてほしい」
「あぁ、さっきから神神言ってるあの少年か」
「神は少年なのですか?」
「ここではね、ただ本当の神じゃない。むしろ少年は神でも何でもない。ただの少年だ」
「そ、その少年がなぜ、私に助言をくださったり、願いを叶えてくださるのですか?」
ヒカルの言葉が少し詰まっている。神と思っていた者を否定されたからだろう。
「簡単に言ってしまえば、この世界のルールブックが少年だ。この世界を作ったのも、戦いが始まったのも、優勝者を生き返らせるのも、全て少年があの少年であるからな成り立っているんだ。開始の時に少年の声を聞いただろう? 助言なんてそれの応用に過ぎない。この世界において少年は神のような存在かもしれないが、少年は神ではないのだよ」
「そう、ですか……」
多分理想の神と違うことにショックを受けたヒカルが肩を落とした。
「ちょっと待ってくれ」
そこでユイカが口を挟んだ。
「ハカセ今、途中なんて言った?」
「この世界のルールブックが少年だ」
「もっと後だ」
「助言なんてそれの応用に過ぎない」
「いやもうちょい前」
「私のことはハカセと呼んでくれたまえ」
「戻りすぎだ!」
「はっはっは」
ハカセ分かっててやってる。なんか気が合いそうだ。
「優勝者を生き返らせるのも、ってとこ?」
予想をわたしが言った。
「そうそれだ。どういう意味だよハカセ?」
「どういう意味も何も、新参の参加者の間では願いを叶えるという事になっているようだが、実際はただ、生き返らせるだけだ」
「ただ生き返らせてどうするんだよ」
「分かってないな、仮にも優勝者が大金を願ったとして、手にしたとする……で、どうする?」
「どうするって……」
「この世界から出れないのだな」
「その通り」
ヒカルが正解を言った。
「ど、どういうことだよ」
「いくら大金を手に入れても、もう死んでる人には使い道が無いってことだよ」
「君は良いカンをしているね。キミ達はこの世界で何か買い物をしたかな?」
「はい、一度」
街でたこ焼きを買った。
「買い物をして手にした物は例外無く全て、扉の外には持ち出せない決まりだ。もしも衣服を買って身に付けて扉の外へ出だ場合、服は前の状態に戻されてしまう」
「げ、マジかよ……」
ユイカは本気で服買おうとしてから、がっくりと肩を落とした。
「かといって無駄だという訳では無い、その扉の中でならその格好でいられるのだからね。まぁ、そんな酔狂な者は見たことないけどね」
参加者全員と戦わなきゃいけないから、動いてた方が効率的だしね。
「さてと……とりあえず、これくらいで良いかな?」
これくらい?
「次は私の番だ。ここへ来たキミ達に、私から質問をする、ね」
「質問と言っても、わたし達新参ですよ?」
ハカセより詳しい情報なんて持ってないだろう。
「だからこそだ。特に、キミ達だ」
ハカセはわたしとユイカを指差した。
「そして、それだ」
指が動いた先は、わたし達を繋ぐ黒い紐。
「それはいったいなんなんだい? 過去の参加者にはそんな物持った者は誰一人としていなかった。つまり初めての謎だ」
ハカセでもこの紐のことは分からないのか、でも、ひょっとしたら何か分かるかもしれない。
「どうする? ユイカ」
「どうするも何も、あたし達でも分からねぇんだ。助言でも何でももらおうぜ」
という訳で、わたし達は知る限りの黒い紐の情報をハカセに伝えた。