ルールブック
「はっはっは、助かったよユイカ。あそこで止めてくれなくてはあのまま続けてしまっていたよ」
「ウソつけ、ぜってぇノリノリだっただろ」
「そうとも言うね。いやーああいう性格の人を見るとついな」
「はぁ……もういい、言い合ってもムダだ」
「大変だねー、ユイカ」
「いやサキも乗り気だっただろ」
「あははー、ついね」
でも、少しだけ思ったんだけど……ハカセ、何か隠す、或いは誤魔化すために惚けていたような気もしたんだよな。
シキが知人に似てる。ってのが関係ありそうだったけど、
「さて、冗談はこれぐらいにしておいて。サキ、ユイカ、ここに彼女を連れてきた理由は何かな?」
今では、それは聞けない。
「さっき、シキに勝った後今の自分の戦績を聞かされたらしいんだが」
「事実らしいな。私も聞いたことがないから、人伝の情報だ」
「それみたいな、この世界のルールは他にもあるのか?」
「もちろんだ。別に知らずとも問題無いものが主だが、知りたいというなら全て教えてやってもいいぞ?」
「それなら、教えてもらっておくか」
「だね」
「は、はい」
わたしとシキも頷く。
「では、準備しよう」
そう言ってハカセは立ち上がり、本棚を回って手に取り、脇に抱えながら本を集めまくった。
「え……まさか、アレ、全部か?」
「ちょっと早まったかな」
「さ、さすがにあれだけは覚えきれませんよ……」
ひそひそとハカセに聞こえない声で話すわたし達。
「ふぅ、やれやれ」
ドサッ! 大きな音を立てて一冊で国語辞典くらいの本が何冊も机の上に置かれた。
「は、ハカセ? まさかそれ、全部か?」
代表してユイカが訊ねると、
「いいや? この中にルールを散り散りに書いてあってね、ちょうどいいから、今ここでルールブックを執筆しようと思ってね」
え? 今、ここで?
「そんなことしなきゃいけないのか?」
「なら、この中からルールだけを探して、ほぼ当ての無い文字の魔窟へ飛び込むかい?」
「うっ……それは、キツいな……」
「だろう? 冗談に付き合わせた詫びも兼ねて、出来立てを読ませてやるから、少しだけ待っていてくれ」
ハカセは白紙の本を開き、羽ペンを手に取り、
「……すぅー」
目を閉じて息を吸い込み、
「……ふっ」
軽く、はいた。
瞬間、開眼したハカセの手が残像を産み出した。
「おー」
「スゲェ……」
「はわわ……」
片方の手は本をめくり、もう片方の手は羽ペンで白紙の本に文字を列ねている。
「人の動きじゃねぇ……何者なんだ」
「ただの研究者さ。今も、生前もね」
ユイカの呟きに、手は動かし目は動かさずハカセは答えた。
「そ、それで会話出来るのですか?」
「聞いてもツマラナイかもしれないが……私は生前、ある研究をしていてな、こうした残像作るほどの作業速度でやっていたんだ。そればかりしていたら慣れて、口や耳は別に動かすことが出来るようになったのさ」
どんな研究してたんだろう?
「す、すごいですね……」
「まぁ……並みの人間がこんなことし続けていれば、当たり前だが疲れる。それでも続けていれば、当たり前だが、過労。それでもこんなこと続けていれば……まぁ、死ぬわな」
「え、……えぇ?!」
「オイ……まさか、ハカセの死因って……」
「過労死?」
「他に原因があるように見えるかい?」
本当にあっさりと、ハカセは訊き返した。
「今頃、私の生身はどうなっているんだろうな。引きこもってたとはいえ、さすがに出てこなさ過ぎれば誰かが声をかけて見つけてくれるだろう。こうしているということは、誰かには、オモワレているということだからな」
「あ、あっさりとそんなこと言えるのかよ……」
年季が違うんだね。
「まだまだ時間は掛かる。他に何か訊きたいことはないか?」
本当に手と目と口と耳が別々に動くんだなー。
と、他に訊きたいことか……。
あ、じゃああのことを。
「ハカセ、実はわたしの能力なんですけど」
わたしはシキの戦いで使った能力を簡潔に説明した。
「ふーん……ユイカがいれば、そこへ突撃ドンガラガッシャーン、か」
「途中おかしかったぞ」
まぁそう説明したしね。
「ふむ……前には瞬間移動や高速移動の類いかと思ったが、無意識でなくてもユイカには飛び込める。コレは……アレだな、駆けつける、こういう言葉が適切だろうか」
駆けつける、か。
「駆けつける……」
…………っ!?
「!?」
唱えた瞬間、頭に激痛が走った。
「サキ!?」
「だ、大丈夫……いつもの、アレっぽい」
もう少しだけ話せるくらい慣れてはきた、けど……
「ちょっ、と……行っ……て……くる…………」
さすがに、意識が遠のくのは防げな……
タッタッタッタッタッタッ!
誰かの走る音、何か急いでいる人が立てる、慌てた全速力の音が響いている。
場所は……この白い、掃除の行き届いた壁や床は、病院かな?
タッタッタッタッタ……
走る人は…………前々からだけど、よく見えない。何だか光に包まれているみたいで、人の形は見えるけど、その顔や姿は全く確認することが出来ない。わたし、ではあると思うんだけど。
タッタッタ…………バン!
走った音は、扉を力いっぱい開いた音に変わった。
!
あ…… 、来てくれたんだ……
当たり前でしょ! ねぇ大丈夫!? 苦しくない!?
大丈夫だよ……みんな、大げさなんだから……そう簡単には、死なないって
そ、そっか……良かったぁ……
結構凄い足音が聞こえたけど、走って来たの?
もちろんだよ! 電話で聞いて、家からダッシュしてきたんだから!
こらこら 、病院内は走ったりしたらダメだよ
ははっ……そこまで言えれば、まだまだ平気だね。急いで来て損したよ
でも家からって、かなり距離あるよ? 体力あるんだね
距離なんて関係ないよ、 の為なら、どこからでも駆け付けるから!
ふふふ……ありがとう、 ……
誰かの為、病室に駆け付けた誰か。
駆け付けたのは、きっとわたし。
じゃあ、病室で寝てたのは……?
「……誰だったんだろう」
「お、起きたかサキ」
「うん、おはよー」
「おはようございます、サキちゃん」
「思っていたより早かったね」
ハカセはまだ作業していた。時間的にどれくらい経ったのかな?
「よし、出来た」
と、ハカセのペンが止まって残像が消えた。
「完成したぞ、この世界のルールブック。初版本だ」
「おー」
「さっそく読みたまえ」
ルールブックがユイカに、投げ渡された。
「扱い雑だな初版本」
「すぐに次が出来るから問題は無いさ、私が造っている間に読むといい」
言うや否やハカセは新たな白紙の本にペンを走らせ、残像を産み出した。
「まさかまた、造る気なのか」
「ユイカ、話しかけちゃ悪いよ」
見た感じコピー機なんて無いし、アレしか複製の方法が無いんだろう。
「とりあえず、コレを読もうよ」
わたし達は出来たばかりのルールブックを読んだ。
内容的を見る限り、ハカセから聞いたことも乗ってるし、別に知らなくても困らないこともあった。
とりあえず必要そうな所だけ抜粋してみると……
負けた場合、現在の勝敗が伝えられる
空間とは別に、扉の中の場所で戦うことも出来る
扉は押す、引くにより違う場所へ行ける
扉の中で買った物は、外に持っていけない
財布の中身は、扉の中に入ると増える
これぐらいかな。
他にも色々あるけど、正直覚えきれないし。
「なぁ、ハカセ」
「何かな?」
二冊目を書き終えていたハカセに、ユイカが訊ねた。
「この闘技場って書いてあんの、本当か?」
「あぁ、もちろんだとも」
闘技場って……あ、コレか。
2つの扉から行ける闘技場では、二回戦免除の対戦が計四回行われている
二回戦って今だから、その免除の対戦が闘技場って場所で行われているらしい。
「四回が開かれる時期は毎度バラバラだが、その場に多く参加者が集うか、誰かが全試合中半分をこなしたりしたら開かれるんだ」
ルールブックによると、免除された参加者とは戦えない為、その人は勝敗数にカウントされないらしい。
つまり最終的に、最大対戦数が95になったりもするとか。
「訊くということは、狙うつもりかい?」
「勝てたら万々歳だろ?」
「はっきり言って狭き門だよ。四回でたった4人、100の内、たった4人だ」
「うぇ、そりゃ狭いな」
「それに、もう二回行われた後だ」
「もう二回か…………はぁ!?」
「も、もう二回行われてたんですか?」
「私はここから出ないが、それを伝えてくれる者がいるのでね」
「伝えてくれる者?」
「多分そろそろ…」
その時、扉が開いて、
「ハカセー、新たな情ほーはぅ!?」
ビタン!!
誰かが倒れ込んできた。
いや、正確には、扉が開かれて入って来た誰かが扉の枠に足を引っ掛けてすっ転んだのだ。
「……」
「……」
その光景にわたしとシキは言葉を無くしてただ見つめ、
「な、何だコイツ……?」
ユイカはハカセに訊いていた。
「今言ったばかりじゃないか、伝えてくれる者だよ」




