ご主人さま助けてください
ご主人さまは私に白いフリルの沢山ついた服を買ってくださいました。スカートの丈はちょっと短いのですが、きれいなレースもついていて、とても可愛らしいのです。私は嬉しくて、ご主人さまに見てほしくなりました。ご主人さまの目の前でくるくると回ると、フリルのスカートは風をはらんでふわりと広がりました。ご主人さまは眩しそうに私を見て、「よく似合うよ」と褒めてくださいました。頭をなでられて、私はうっとりとしてしまいました。
ご主人さま。私はご主人さまが大好きです。
・・・
大きな手が私を力づくで押さえつけると、私の着ている服を乱暴に脱がせはじめました。
嫌、嫌、やめて、やめてください、
助けてご主人さま!
私は泣き叫びながら、手足をむちゃくちゃに振り回しました。けれども私を押さえつける手の力はものすごくて、服はどんどん脱がされてしまいます。ご主人さまが可愛いと言ってくださったフリルの服。それが乱暴にひきむしられて、足元から脱がされてしまいました。裸にされた私は必死に体を縮めます。けれど乱暴な手はかまわず私の体を広げるようにします。無遠慮な目が、品定めするように私の体を上から下まで眺め回します。私は絶望します。
ご主人さま…
ご主人さま…
裸の私は手足を広げられたまま、今度はうつぶせにされます。私は冷たい床に押し付けられながら、大好きな方の名を呼んですすり泣きます。
しばらくすると私は強引に体を掴まれ、暴れる暇もなく薄暗い部屋に投げ込まれました。私は急いで狭い部屋の端に逃げて、体を縮めました。そうして振り返ると、鉄格子がガチャンと音を立てて閉まりました。
・・・
部屋は本当に狭く、壁も床も鉄の板でできていました。これは牢獄なのでしょうか。そして鼻をつくひどい臭い。私はすぐに悟りました。これは恐らく、大勢の囚われたものが残した、恐怖の臭いなのです。
部屋の一隅には、低い枠で四角く区切られた場所がありました。これはトイレのつもりなのでしょうか。裸のまま、こんなところで? 私は恥ずかしさに気が遠くなります。もう一秒たりとも、こんなところにはいたくありません。ご主人さまと暮らしていた温かな部屋が、私の頭の中のずっと遠くでちらちらと揺れます。私は鉄格子の出入り口に飛びつくと、大声で叫びました。
出して、ここから出して、
助けてご主人さま!
―――無駄よ、叫んでも。
声がして、私は叫ぶのをやめました。
見ると、狭い通路を挟んだ向かい側に、やはり同じような鉄格子が見えて、その奥の暗がりにやせた顔が見えました。私ははっとして、裸の姿を見られないように部屋の奥に下がりました。
―――あんたはここに来たばかりなんだね。
疲れた、物憂げな女性の声。その声は日の差し込まない暗い廊下に冷たく響きます。しかし同時に、私に同情してくれているようにも聞こえました。私は少し警戒を解いて、相手に話しかけました。
あなたは誰ですか。ここはどこなのですか。
―――さあね、知らないよ。
冷たい、あきらめたような声。
―――あたしがここへ来て、もう一週間くらいになる。その間、何も分からずここに閉じ込められたままなんだからさ。
私はどうされてしまうんですか。
―――さあね、売られてしまって、誰かのおもちゃにでもされるんだろうさ。
―――とにかく、元の暮らしにはもう戻れないだろうね。
ご主人さま、ご主人さま、
私は体を丸めるようにして愛しい方の名を呼びます。体の奥底から震えが上がってきて、とめどなく涙が溢れます。
なぜ私はこんなひどい目に会うのでしょうか。ただ、愛しい方のおそばで、お仕えしていただけなのに。
―――あたしがここにいる間に、ここから他所に連れて行かれた奴が何人かいたよ。
―――皆ひどく泣き叫んで、けれどそれっきり、誰もここには戻らなかったね。
裸のお尻に伝わる床の冷たさ。閉め切られ空気の動かない、湿った空間。耳障りな残響。
ご主人さま、私はどうなるのでしょうか。
その時、ガチャリとドアの開く音が聞こえました。そして重い靴音がこちらに向かい歩いてきます。私は牢獄の隅に逃げると、体を小さくして目をつぶりました。
足音はすぐ目の前で止まり、ガチャガチャと鉄格子の鍵を回す音がしました。
いや!
私は小さく悲鳴を上げて、自分の声が鉄の壁に跳ね返る音を聞きました。すると。
―――やめて、やめてっていってるじゃないの!
―――いや、痛くしないでよ、お願いだから!
私は目を開きました。それは向かい側の牢獄の人の声でした。
やめてあげて! 嫌って言ってるじゃない!
私は思わず声を上げました。すると向かいの人の必死な声が私の方に飛んできました。
―――あんた! 聞いてるかい?
―――あんたはここで出される食い物を食っちゃいけないよ!
―――ここの食い物には薬が入れられてる!
―――頭がぼんやりして、体の自由が利かなくなる薬だ!
―――それを食べたら最後、あんたは二度とご主人には会えないよ!
私は必死に向かいの人に声をかけました。けれど不意に、その人の声は止みました。私は恐ろしい予感で一杯になり、鉄格子の傍まで駆けていきました。すると。
ああ、なんということでしょう。ぐったりとした体を、大きな手が乱暴に引き出しています。意識を無くしたあの人は、私のようにやっぱり裸で、けれど白目をむき、舌が口からでろんと出たままなのです。大きな手は、あの人の手足をつかむと、引きずるようにして、牢獄の部屋を出て行きました。ガシャンとドアを閉じる音が響き、私は一人になりました。
なにか怖い薬を打たれたに違いない。私の頭の中に、鋭い注射針が体に刺さるイメージが浮かびます。そして白目。口からはみ出したままの舌。あんなに恐ろしい顔をしたままで、意識を奪われてしまうなんて。こちらを気遣ってくれたあの人の恐怖が私に伝染して、私は冷たい床に突っ伏すと、ひたすら泣き続けました。
・・・
どれくらい時間が経ったのでしょう。いつの間にか眠ってしまっていた私は、鉄格子の鍵がガチャガチャという音に飛び起きました。すると乱暴な手が、白い皿に盛られた何かを床に置きました。再び鉄格子が閉められ、足音が部屋から出ると、私は恐る恐る皿に近づきました。
それは何か、火の通されたパテのようなもので、これまで見たこともないような食べ物でした。すると私のお腹が音を立てました。考えてみれば、最後にご飯を食べたのはいつだったでしょう。もう思い出せないくらい、遠い昔のような気がします。脂のにおいがプンとして、私の口の中はよだれで一杯になりました。
けれど、あの人は言っていました。ここで出される食事には、薬が入れられていると。頭がぼんやりして、体の自由が利かなくなると。
私はのろのろと牢獄の隅に戻りました。お腹はグウグウと激しく文句を言いました。けれど私の頭の中には、親切だったあの人の、変わり果てた姿が何度も蘇るのです。私は膝を抱えるようにして、無理に目を閉じました。そうして、ご主人さまへの愛情を胸の中で抱きしめました。
・・・
でも、これだけはどうしても我慢できなくて、とうとう私は枠で囲まれた場所を使ってしまいました。
自分の嫌な臭いが牢獄に満ちて、足を汚してしまった私は泣きました。
・・・
重い足音は何度か牢獄に現れ、そのたびに皿に盛られたパテを新しく置いていきました。私は体を小さくしたまま、顔を上げずにいました。
・・・
どれだけ時間が過ぎたのでしょうか。ふと意識を戻すと、鉄格子の向こう、向かいの牢獄の中から、すすり泣く声がしました。
―――パパ、助けて、パパ。
私はふらふらとする体を無理に動かすと、鉄格子の側まで行き、声をかけました。
ねえ、あなた、大丈夫?
すると声はびっくりして、パニックを起こしたように話しかけてきました。
―――誰、私をここから出して!
ごめんね、私も捕まっているの。
―――ここはどこなんですか、おうちに帰りたい!
私よりもだいぶ幼い声を聞いて、何もしてあげられない私は悲しさで一杯になります。
せめて、これ以上ひどいことにならないように、あの人から聞いたことを伝えてあげよう。
そう思った私が口を開こうとした瞬間、ドアがガチャリと開きました。そして私は確信しました。今度は私の番。ついに私の番が来たのだ。
嫌!
私は大声で泣き叫びました。けれど重い足音は私のいる牢獄の前まで来ると立ち止まり、鍵をガチャガチャする音がして、ついに鉄格子がギイと音を立てて開いたのです。
嫌、いや、どこかへ行って!
やめて、お願い、痛くしないで!
大きな手が伸ばされ、私は右足をつかまれて引きずられました。私は手足を振り回して暴れますが、弱った体には力が入らないのでした。
―――お願い、やめてあげて、嫌がってるじゃない!
ああそれは、向かいの幼い子の声。
あの子には、あの子だけには、どうしても。
私は勇気を振り絞ります。
聞いて! あなた、ここのご飯を食べちゃだめよ!
薬が入ってるの! 頭がぼんやりして、体がいうことを利かなくなる薬が!
食べたらもう、おうちには戻れなくなってしまう!
足を引きずられたまま、私はうつぶせに押さえつけられました。必死で頭を回して見ると、大きな手に握られた注射器が、私に向けられるところでした。
鈍く輝く針先から、ぴたりぽたり、しずくが垂れ落ちます。
嫌、いや!
私は狂ったように暴れました。けれど私を押さえつける手の力は緩まず、私はふとももにチリッとした痛みを感じた後、
それっきり、世界は真っ暗になったのでした。
・・・
ごうごう、ごうごう、
風のうなる声に私はぼんやりと目を覚ましました。
体がいうことを利きません。
頭がはっきりとしません。
ごうごう、ごうごう、
自分がどこかに運ばれている、それだけはおぼろに分かりました。
ひどく寒くて、私はかけられていた毛布に包まりました。
ご主人さま。
口に出してみるけれど、優しいその面影は、もう遠いのでした。
・・・
眩しい光に、私は目を細めました。そして見ました。私を閉じ込めていた牢の戸が開いています。そしてその向こうに。
信じられない。
私は息を飲んで、次の瞬間、自分が裸なのもかまわず、牢を飛び出しました。そして両手を広げたご主人さまの腕に飛び込んだのです!
ああ、ああ!
声にならない喜びが体中を貫いて、私はご主人様を抱きしめると、夢中でキスをしました。
自分が裸でもかまわない。いいえ、ご主人さま、あなたに私の全部を見て欲しいのです。見て、見てください、私ですよ、これが全部、私は全部、ご主人さま、あなたのものなのです。
私が無我夢中でキスをしている間に、ご主人さまは私の体の隅々を触り、そして私を抱きしめたまま、怒鳴り声をあげました。
―――おい、どうなってるんだ、僕の大切なものが、可哀想に、こんなにもやせこけて、今にも死にそうになってる!
すると面倒くさいような声が返されました。
―――いや、ここには、まったく飯を受け付けなかった、って書いてある。
―――まあ、死ななかっただけでも、もうけもんさ、そうだろう?
そうして、そうそう、これを預かってたよ、と言って、何かの包みをご主人さまに渡しました。
ご主人さまは中を見て、声を上げました。そうして、なおも泣きながらキスをやめない私を優しく離します。
いや!
もうどこにも行きません!
けれどもご主人さまの目が私を覗き込んで、私はようやく落ち着きました。そうしてようやく、自分のあられもない格好に気づきます。
ご主人さま、あまり見ないで。
けれどもご主人さまはくすぐったそうに笑うと、言うのです。
―――ほら、まっすぐ立って。
―――縮こまっちゃだめだよ、僕の天使ちゃん。
ああでも。あなたになら、私は何をされてもいいのです。
私は顔を真っ赤に染めて、ありのままをご主人さまに見ていただきます。
ご主人さまは嬉しそうにすると、包みの中のものを、私に着せ始めました。
それはご主人さまに買っていただいた、かわいいフリルの服なのでした。
―――ほら、足を上げて。
―――もうちょっと、お尻を上げてごらん。
―――ああ、僕の天使が、戻ってきた。
そうしてもう一度、私を強く抱きしめてくださいました。
―――そんなもの着せてると、体の具合が調べられないだろうに。
そう言いながら、ぶしつけな目は、私をじろじろと眺めるのです。
―――ほう、こりゃあ別嬪だな。
―――どうだい、ウチの子供と、今度会わせてみないか?
なんて失礼なんでしょう! 私は頭を撫でようと伸ばされた手を逃れ、ご主人さまの後ろから非難の声を上げました。私に触れていいのは、ご主人さまだけなのです。
―――やれやれ、振られたか、なんて損な役回りなんだ、俺の仕事は。
声はため息をつくと、しかしこれは決まりだからな、と今度はご主人さまの方を向きました。
―――ここにいる間は、お嬢ちゃんがあんたの所有物だって分かるようにしといてくれ。
―――万が一、逃げられたら迷惑だからな。
ご主人さまはしぶしぶ承知すると、私の前にしゃがみました。
―――ごめんよ、ここにいる間だけだからね。
いいんですご主人さま、私はあなたのものなのですから。
それを誰の目からも分かるように、して下さい。
あなたの所有物なのだと。
私はそれを誇りに思います。
ご主人様は頷くと、私に鎖のついた首輪をはめました。
・・・
二人で建物を出ます。首輪をしてはいるけれど、ご主人さまはもうずっと私を両手で抱え上げたまま、さびしかったよ、とか、愛してる、とかを耳元でささやき続けるのです。私はぞくぞくとしてしまい、必死にご主人さまにしがみつきます。そんな私をご主人さまは笑って、また強く抱きしめてくれるのです。
ああ、こんな日がまた来るなんて。
そして私は強く願います。
私は幸運にも、ご主人様に再び会うことができた。
でもどうか、どうか、暗いあの部屋で私を気遣ってくれた人、それから幼いあの子、二人にも、幸運の神が微笑みますように!
・・・
車から降りて、ご主人様は新しい家の中を紹介してくれました。これから私たちは、ここで暮らすのです。日差しはさんさんと暖かく、空気にはかすかにオレンジの香りがしました。
ご主人様は私を立たせると、首輪を外してくださいました。
私は嬉しくて、ご主人様の前でくるくると回ります。
するとたけの短いフリルのスカートが、ふわりと広がりました。
ご主人さまは眩しそうに私を眺めて、そして言いました。
―――カリフォルニアを、君が気に入ってくれたらいいんだけど。
ああご主人さま、私はあなたがいればそれでいいのです。
私はあなたが大好きです。
私はご主人さまに飛びつくと、顔中にキスを浴びせます。
ご主人さまはくすぐったそうにして、私たちは抱きしめあったまま、くるくると回ります。
そうして二人で床の上できゃあきゃあ散々じゃれあったあと、
ご主人さまは幸せなため息をついて、ようやく体を起こして言いました。
―――ちょっとしたら、ここらへんを散歩してみようか。
―――君が気に入りそうな道があるんだ。
散歩!
私はわくわくします。ご主人さまとの散歩なんて、どれだけ久しぶりなのでしょう。
私たちの幸せな生活が、今再び始まったのです。
私たちの仲は、もう二度と引き裂かれることはないのです。
ああご主人さま、私はいつまでもあなたの側にいると誓います。
―――じゃあ、早速でかけてみようか?
ご主人さまが聞いて、
「わん、わん!」
私は嬉しくて尻尾を一生懸命に振りました。
(おわり)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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ミニスカメイド服のよく似合う、長毛ブラックタンのチワワ、だのんちゃん(2歳メス)。ご主人さま(ノノミヤ、34歳男性・独身)のカリフォルニア転勤についていくことになりました。ところが当時、ペットの海外輸送は大変で、数週間の検疫を経て、ようやく飼い主の下に届けられることも。
そんなこんなで、だのんちゃんは病気がないか体の隅々までチェックされて、小型犬種を安心して運べる新型の旅客機が成田に飛んでくるまでしばらく待たされて、その間は栄養たっぷりのペットフード(ビタミン補強)を届けられていました。なかなか予算の下りない施設ですから、散歩をさせる人手もなく、ケージの古さも仕方ない。
神経質になりがちなワンちゃん達を飛行機用の輸送ケージに載せるのは一苦労。暴れて怪我をさせては大変ですから、ちくっと鎮静剤を利用することも。その際、窒息を防ぐために、ごめんね、舌を外にひっぱり出します。
だのんちゃんの向かいの先住民はひまわり(シェルティー、4歳メス)。新参はぴちゅ(コーギー、1歳メス)。長毛種でないと、飛行中に寒くて参ってしまうそうです。
・・・などというのが、本作品の設定でした。が、すいません、調査が追い付かず、だいぶ僕の空想なのでした。今はわんちゃんたちは、もっと迅速に、快適に空の旅を過ごして、つつがなくご主人さまに再会できると思います。
え、こんなに飼い主はラブラブしないだろうって?
いやいや、すごいですよ、独身男性の愛の注ぎ方って。
ぜひ試してみてください。
うふふ。
嚙草




