表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート!

100億年後の年賀状

作者: 葉月いつ日

 元旦の朝。


 宇宙暦が意味を失うほど遠い未来──それでも私は、十六歳の女子高生として目を覚ました。


 私の名前は綾音。


 部屋の転送ポストに、一枚の紙が落ちていた。

 電子でも投影でもない、時代錯誤なはがき。


《100億年後も、お前が笑っていますように》


 胸が、理由もなくきゅっと痛んだ。

 この文字を、私はずっと待っていた気がする。



 ◇



 自動配膳マシーンは、注文者のウォレットデバイスを認識してからでないと作動しない。

 それが、この時代の常識だった。


 ──なのに。


 見たこともない古風な服装の男が、配膳マシーンの前に立ち、何事もなかったかのように「DANGO」を取り出したのだ。


 ウォレットも使わずに。


 男は、それを美味しそうに頬張り、そのまま歩き出した。


「……ちょっと!」


 気づいたら、声が出ていた。


「神様が、無銭飲食していいと思ってるの!」


 その瞬間──世界が、ひっくり返った。


 

 ◇



 ──100億年前。“令和”と呼ばれていた時代。


 私は、神社の麓にある和菓子屋でアルバイトをしていた。


「団子、焼き上がりましたー!」


 店先に団子を並べた、その時だった。

 視線の先に、妙な男が立っていることに気づく。


 古風な装束。

 どこか浮世離れした雰囲気。


 彼は、じっと団子を見つめ──次の瞬間、一本をひょいと取り上げた。


 そして。


 もぐもぐと、美味しそうに食べながら、立ち去ろうとした。


「……無銭飲食!」


 思わず声を張り上げる。

 男が、ぴたりと足を止め、振り向いた。


「ちょっと! お金払って!」


 怒鳴ったけれど、周囲の空気が変だった。

 店主も、通行人も、誰一人こちらを見ていない。


 まるで──男の姿が、見えていないかのように。


「……何に怒ってるの?」

「独り言?」


 そんな声が、背後から聞こえた。

 混乱する私を見て、男は目を細めた。


「お前、ワシが見えているのか?」

「……え?」


 彼は、ため息まじりに笑った。


「困ったのう。人に見られてはならぬのだが」


 その時、私は理解した。


「……神様?」

「いかにも」


 男は、神社の神様だった。



 ◇



 それから、私たちはよく会うようになった。

 団子を買い、縁側で並んで食べて、他愛ない話をした。


 気づけば、恋に落ちていた。


 でも──神様は、人間と恋をしてはいけない。

 その決まりの代償は、消滅だった。


「……後三日だけ、この世界にいられる」


 そう告げられた時、私は泣かなかった。

 ただ、残された時間を、必死に一緒に過ごした。


 何も言わず、彼もそれを楽しんだ。


 三日目の夜。

 別れの時。


 私は彼に抱きつき、泣きながら叫んだ。


「100億年経っても、絶対に忘れないんだから!」


 彼は、驚いたように目を見開き──やがて、優しく笑った。



 ◇



 ──現在。


 視界が戻る。

 目の前には、DANGOを食べ終えた古風な男。


 胸が、熱くて、苦しくて、愛おしい。


「……やっと見つけた」


 彼は、懐かしそうに微笑んだ。


「100億年ぶりだな、綾音」


 私は涙をこらえ、言った。


「100億年経っても忘れないって、言ったでしょ」


  彼は、満足そうに笑った。


 

 ◇


 

 それからの三日間は、夢みたいに静かだった。


 彼は相変わらずこの世界に長く留まれないらしく、昼と夜の境目が曖昧になる頃に、ふっと姿を現した。



 私たちは、特別なことは何もしなかった。


 DANGOを半分こにして、並んで座って、とりとめもない話をした。


「相変わらず、甘いもの好きなんだね」


「これだけは止められん」


 そう言って、少し誇らしげに胸を張る姿が可笑しくて、私は笑った。


 彼は、よく私の顔を見ていた。

 何かを確かめるように、何度も。


「……変わらんな」

「なにが?」

「叱る声も、笑い方も」


 胸が、少しだけ痛くなった。


 三日目の夜。

 空がやけに静かだった。


 彼は、何も言わなかった。

 けれど、分かってしまった。


「……行かなきゃ、だよね」

「そうだのう」


 神様は、困ったように笑った。


 私は、黙って一歩踏み出し、彼に抱きついた。

 温度は、確かにそこにあるのに、もう薄れていく。


「百億年経っても、絶対に忘れないんだから!」


 声が震えた。


「次も、その次も。どこに行っても、絶対に!」


 神様は、一瞬だけ目を見開いて──すぐに、懐かしい笑顔を浮かべた。


「ははは。また叱られてしまうのかのう」


 私の頭に、そっと手を置く。


「それは楽しみだ」


 光が、彼の輪郭を溶かしていく。

 最後まで、彼は笑っていた。


 

 ◇


 

 翌朝。


 転送ポストに、一枚の紙が届いていた。


 古びた年賀状。


《100億年後も、必ず迎えに行く》


 私はそれを胸に抱き、静かに息を吸った。


 神様は消えた。

 でも、約束は消えていない。


 だから私は、今日も生きる。


 叱る準備を、ちゃんとしながら。


 ──100億年後の、その先で。



            〜〜〜おしまい〜〜〜




最後まで読んだ頂き有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。


ブクマ頂けたら……最高です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ