2ー13 色々と干渉してみる
ところで、豊臣家衰亡の大きな原因は、秀吉に子が恵まれなかったことやろうな。
英雄色を好むかどうかは別として,当の秀吉さん、色々とあちらこちらに手を出してはいるんやけれど、男の子には恵まれないんだよね。
男の子は、俺の記憶では生涯で三人だけで、最初の一人は消息不明、一人は幼いうちに夭逝しているし、三人目は秀頼なんやけど、裏では淀君さんと家臣との不倫が若干疑われていたりする。
まぁ、秀吉叔父貴に子種が無かったわけじゃないはずなんやが、男女を問わず子が少ないのは事実なんよ。
史実から言うと、トトさまも余り子には恵まれていないんで、或いは木下(豊臣)家は呪われているのかもしれんな。
まぁ、それはともかくとして、仮に将来、俺が豊臣家の屋台骨を支える一人になるにしても、担ぐ神輿が居るよね。
それで、色々考えた上で、神輿を作る手伝いをすることにしたよ。
俺のオバさんにあたる寧々様にここは奮起してもらおうと思うんや。
寧々さん、秀吉が関白になった時には、北政所と呼ばれる女性やが、数えで13か14の頃に藤吉郎叔父貴に嫁いだ人なんや。
数えで13か14ってのは、満年齢で12歳そこそこ。
小学生か中学一年生ぐらいやろ。
令和時代なら、確実に男の手が後ろに回る話やけれど、戦国時代だと特段の問題は無いんやで。
但し、未だ女になり切っていないから、その意味で無理をして妊娠すると、死んだりするのも多かったんや。
そうして、どちらに原因があるのかはともかく、寧々さんと秀吉叔父貴の間には子ができなかったはずや。
オバさんである寧々さんは、与一郎とは15歳ほども歳が離れているけれど、俺が10歳でも寧々さんは25歳ぐらいなわけやから、女性としてはまだまだ子が産めるはずだよな。
そんなわけで、天正三年に岐阜から長浜城に転居してきた寧々オバさんに面会、その際に秘密裏にオバさんの身体を調べさせてもらったよ。
結果として寧々オバさんの卵管狭窄が判明した。
秀吉叔父貴の身体も調べたけど・・・・、うーん、オジさんの方は精子の数がチョット少な目なのかなぁ。
どちらにも障害になりそうなものがあれば、妊娠はなかなかできないわけやな。
寧々オバさんの方の受け入れ態勢も整えてやらねばならないから、事前に卵管狭窄を俺の回復・再生仙術で癒してやり、精子が卵子に届けば何とかなるはず。
秀吉オジさんの精子については、まぁ『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』で何とかなるやろうから、ちょっと俺の萬屋(徳)通販で少し高めの精力剤を購入、オジさんが寝る時(もちろん寧々さんが一緒の時に限る)に直接胃の中へ放り込んでやった。
ウーン、秀吉オジさん、当然のごとくハッスルして頑張りましたねぇ。
そんなこんなで、色々と準備万端整えたところで、寧々オバさんの生理周期から妊娠しやすい時期を狙って、俺が闇に隠れて二人のラブラブをヘルプした。
そうして一月後、内緒で調べたらオバさんの体内にしっかりとややこが根付いたことが判明した。
生憎と今のところは、本人もわからないはずやが、もう二カ月もすれば、妊娠で悪阻が始まるやろな。
俺の方は、ついでにもう一仕事しておいたんや。
生まれてくる子は性別が大事なんよ。
女やとダメと言う訳ではないんやけど、この時代、家を継ぐのは男子と決まっている。
まぁ、若干の例外があって、女が家督を継いだ例も無いわけじゃないけどね。
いずれにしろ、色々と画策して、精子が卵子に届く際に染色体を操作してみたんや。
危険性はあるかもしんが、担ぐ神輿としては、女の子は要らないからな。
だからある意味で摂理に違背することを十分覚悟して弄ったんよ。
こいつは令和の日本でも問題になる行為なんやろな。
妊娠三か月後、性別を確認したらちゃんと男の子やった。
後は、寧々オバさんと秀吉オジさんが大事に育んでくれればよいはずや。
お産の時は、俺が陰から支援して絶対に死産にはさせないぜ。
まぁ、ついでに、うちのトトさまとカカさまの夜の営みもバックアップ。
オバさんオジさん夫婦に遅れること一月で、カカ様にもやや子ができたんやで。
こちらの方は染色体の方までは弄らない。
俺の弟妹は、男の子でも女の子でも構わないんや。
トトさまとカカさまの方は、どちらも健康体だから、ちゃんと励めば本来はじゃんじゃん子が産めれるはずなんよ。
結果として、少し年の離れた弟妹が一年半置きに一人ずつ連続でできたなぁ。
勿論、お産の際には俺が陰から補助したから問題は全くなかったよ。
この時代、死産や産褥熱で死ぬのも多々あるんやが、主として産婆や周囲の者の不衛生が原因なんや。
産婦の栄養状態と出産時の衛生状態を完璧にすれば、死産も産褥熱による産婦の死亡も激減する。
因みに藤吉郎叔父貴と寧々叔母の子は、天正4年5月に生まれて幼名を「お拾い」(後に秀徳)と名付けられた。
一方、俺の弟妹は、天正4年6月に生まれた男子が小次郎と、天正6年2月に生まれた女子が「りん」と名付けられたよ。
いずれも俺が、健康状態を監視しているからな。
丈夫に育ってくれるはずや。
◇◇◇◇
とは言いながら、病気は何とかなっても、事故死や突然死は流石に防ぐのは難しい。
織田家の嫡男は信忠で、弘治3年(1557年)生まれだから、天正四年(1576年)にはもう19歳か20歳になっているはずやから、おそらくはお拾いも小次郎も、色々と信忠とは競合はしないだろうと思う。
俺がこんなことを言うのも、松平元康(1566年徳川家康に改名)の長男松平信康(1559年生まれ1579年没)と比べて、織田信忠が少々凡庸だったので、信康は信長に疎まれて死んだという説があるんや。
一般的には、織田家から嫁いだ織田家の徳姫と家康の妻築山殿との折り合いが悪く、嫁いびりをされたので、徳姫が父信長に直訴したことに端を発しているとされている。
元康(徳川家康)は、信長の同盟者ではあるものの、臣下ではないから、徳川の系譜で余りに優秀な者は後々織田家の為にならぬと判断して、信康の嫁に行った徳姫の情報を元に無理やり罪人に仕立てあげたという説があるんや。
どこまで本当かはわからないが、信長の嫡男にとって危険なライバルになる可能性がある者は、芽を摘まれることもあるという事やろう。
松平信康が蟄居させられる天正七年まで、あと3年ほどかな。
まぁ、信康の素行が悪かったという話もあったし、使者に立った酒井忠次の意趣も何かしら入っていたかも知れないから、真相は闇の中だけれど、多分、信康の一件に俺が関わり合うことは無いだろうな。
むしろ、俺が色々と表立って力を発揮した時に、織田家に対する脅威と見られた際にどうするかを種々考えておかねばならないやろ。
信長さん、身内を大事にして外様の扱いはかなりぞんざいやからね。
功が無ければ、古くからの忠臣でも平気で切ってしまう。
従って、臣下筋から恨まれやすいところは多分にあるんや。
松永久秀とか荒木村重とかの謀反の原因にもなっているようやし、本能寺の変もその辺に原因がある可能性もある。
畿内を織田一族で固めるために、坂本城の明智光秀を体よく追い出したがために、謀反が起きたとの説もあるわけやし・・・。
仮に、俺も信長さんからいろいろと妬まれるようなら、最悪、日ノ本を出て、豪州あたりまで逃げるつもりではいるんやで。
そのためには、やっぱり俺の配下を連れて行くから、大型の艦船が必要なんや。
安土室山時代の和船じゃ大洋を渡るのに危なすぎるし、この頃欧州で流行ったガレオン船でも危険がいっぱいやろうからなぁ。
尤も、コロンブスが大西洋を渡ったのは15世紀末やったからね。
決して大洋を航海できないと言う訳じゃないんやで。
それでも安全を期すためには、21世紀か20世紀後半の船を使いたいよね。
それと太平洋でも海賊は居るからね。
武力を使わざるを得ないときに、武装船が有ればそれに越したことは無い。
そんなわけで、色々と検討しているんやが、おおすみ型の輸送船(乗員:132名、搭載艇;エアクッション型揚陸艇 (LCAC)×2隻搭載)、それにいずも型のDDH(乗員470名~520名、ヘリ9機搭載)辺りが必要かなと思っている。
船の数は多いに越したことは無いけれど、それでも、最低限度輸送艦2隻、武装艦2隻程度が要るんじゃないかと思うぜ。
まぁ、同行する人数にもよるけれど、豪州あたりへ移民をするなら、できれば千人から二千人程度を最低限の人数にしたいと考えている。
さもなければ豪州の未開地に移住をしても、発展型の集落としての機能が維持できないかもしれないからな。
おおすみ型で約500億円(約220億p)、いずも型で約1200億円(約530億p)あたりかな。
これが四隻も居るとなれば、合計で約3400億円(約1500億p)が必要になる。
まぁ、大分先の話だとは思うけれど一応準備だけはしておかなくっちゃね。




