5-2.「着せ替える」
両親を早くに亡くしたあたしは、まだ成人前だったので、父方の叔父に引き取られた。
しかし、叔父はあたしのことを目障りだと思っていたようで、辛く当られた。
よくある話の一つだが、成人前の娘が一人で生計を立てられるほど、世の中は甘くない。だから、暫しの辛抱だと思い堪えていた。
そんなある日のことだ。
叔父は見知らぬ人間を客として屋敷へ招き入れていた。
叔父の客人には興味はない。お茶を出した後はすぐ自分に与えられた部屋に戻ろうとした。
だが、何かが意識の片隅に引っかかった。
叔父と、特に特徴のない顔をした客。
叔父が客を迎えるのは決して珍しいことではないのに、今回に限って何故だか嫌な予感がする。
(気のせいよ・・・・・・)
そう言い聞かせつつも、部屋に戻らず立ち聞きを決めたのは、どうにもその予感を無視し切れなかったせいだ。
無視しなくて正解だったことをすぐに知ることとなった。
こっそりと気配を殺しつつ様子を伺っていたあたしは、信じられない言葉を耳にした。
「では、引渡しは明後日でよろしいですか?」
叔父は気持ち悪いくらいに上機嫌だった。
対する客といえば、感情をうかがわせない平坦なトーンでああ、と言葉を返している。
「別に明日でも結構ですが……ああ! そうですね、そちらも準備があるのでしょう」
「対価とかな」
「それと、格子付の馬車と枷ですか!」
「・・・・・・ずいぶんと嬉しそうだ。仮にも血の繋がった姪を売り飛ばそうというのに」
「いけませんか?」
「いや、そのほうが安心ではある。一度我々と取引した以上、契約を反故にすることはできないが、そうは言っても契約を交わした後にやっぱりできないと断ろうとする客も中にはいる――結構な数でね。そうなると面倒で面倒で・・・・・・」
「そんなことは申しませんよ。わたくしはね」
ハハハハハ、とあたしが耳にした中で一番明るい笑い声を叔父はあげた。どこか歪な、壊れた響きの笑い声。
「殺してやりたいと何度も思いましたよ? あいつの残した娘なぞ」
いっそ朗らかといっていい調子で叔父が言葉を続ける。
「母親があの人でなかったら、とっくに手にかけていましたとも! それを売り飛ばすだけで許してやろうというのだから、まぁ、なんて慈悲深いことでしょう? あの娘も、売られて金になるのがわたしへの孝行だと知ったら、泣いて咽んで喜ぶことでしょうよ!」
「・・・・・・それはそれは、ずいぶんと、姪子さんを愛しておられるようだ」
見知らぬ男が痛烈な皮肉を口にした。
けれど、叔父はそれを素直に受け取ったようだ。
「愛して? ・・・・・・いえ、愛したことなど一度もありませんよ・・・! 愛していたのはあの人だけ。それなのに、あいつが奪った。奪っただけで飽き足らず、わたしの前にあんな娘を残す。あいつがあの人を奪った証を・・・・・・!見せ付けるようにィ・・・! だから、今度はわたしの番です。わたしがあいつから奪う。奪い、壊す番です。あいつの幸せを。----だから、本当に嬉しいんですよ。ああ、明後日が待ち遠しいです」
(嘘、でしょ・・・・・・?)
叔父から嫌われているとは思っていた。
でも、まさかあんな風に売られるほど憎まれているとは思わなかった。
男と叔父の会話はまだ続いている。聞けば聞くほど男のところは酷いところのようだ。
人買いの中でもかなり悪い部類に入るだろう。
(逃げ、なきゃ・・・・・・)
幸いにして気づかれていない。あたしがこの会話を耳にしているなんて。
でも、それも時間の問題だろう。
男は人買いだ。あたしとは違う、裏の道を歩く人間なのだ。
気配にだっておそらく聡いほうだろう。
気づかれていないのが奇跡的なくらいだ。
(逃げる・・・・・・)
逃げるのよ!
取るものも取らず、あたしは慌てて逃げ出した。
奇跡は続き、人買いの魔の手からは逃げ出せたものの、何ももたずに飛び出したものだから、その後が大変だった。
ご主人様に拾われた時にはかなり限界もイイトコロだった。
もう少しタイミングが遅かったら、ご主人様が対面したのはあたしの死体だっただろう。
もうあの生活には戻りたくない。
ここにいれば、あのご主人様のアレな趣味はさておいて、衣食住は保障される。
どちらがいいかといわれたら、迷わずこちらの生活を選ぶ。