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4.「キセ・変える」


 魔界に連れてこられたあの日。

 只でさえ飢えによる栄養不足と極度の疲労と、その他の理由で弱りきっていたあたしであったが、さらに界を渡る際の衝撃も加わって、数日安静が必要だとベッドに寝かされた。

 後で聞いたことによると、魔族が人界に向かうのは簡単だが、逆に人間が魔界に来るのは大変なのだと聞いた。

 界を渡る時にかなりの負担がかかるらしい。只でさえ死にそうだったあたしが死なかったのは幸運だと言われた。幸運って・・・・・・。まぁ、界を渡る前に意識が既に飛んでいたから耐えられたのかもしれないと思っておく。

 意識が無いときでよかった。



 

 長い眠りにつく前に、一瞬だけ意識を浮上させることができた。

 あたしの食い意地のなせる技だろうか。

 約束どおりの御飯――ご主人様は餌とおっしゃっていた――を用意してもらい、それをちゃっかり食べてから、ぐっすりと眠ること数日。

 深い深い眠りから目覚めたあたしは、暫くぼーっとしていた。

 けれども、意識がはっきりするにつれて、自分の置かれた状況が常ならぬことに気づいてぎょっとした。

 こんな豪華な天蓋つきベットなんて物語の中でしか見たこともきいたこともない。

 あたしが身につけている衣装も上等なものだというのがわかった。肌触りが滑らかで優しく、ちっともちくちくしない。

 夢だろうか、と思って頬をつねってみたら痛かった。

 どうやら、夢ではないらしい。

 不思議に思って、ものが良く見えないこの目でなんとか辺りを見回してみたけれど、どこを見ても見覚えのあるものは見えなかった。

 恐る恐る寝台から降りて歩き出そうとすると、膝が砕けてふらりとよろけてしまう。

 そういえばあたしはついこの間まで絶食状態で、体力なんて無きに等しい身だった。

 眠る前に涙が出るほど美味しいものを食べた気がするけれど、目覚めたばかりのあたしのお腹はそんなことを忘れたように、空腹を主張して鳴いた。


(――お腹減った・・・)


 残念ながら、あたしのお腹は慎ましさとは程遠い状態にあるようで、くぅーっと不平を言うかのように何度も音を鳴らす。

 どうしようかとふらふらする体でとりあえず出口らしき方に歩き出すと、何か壁にぶち当たった。

 よろめいて後ろに下がろうとしたところ、今度は下がれない。

 何かが背中を支えてくれている?



「目が覚めたのか」


 聞き覚えのある声にはっと顔を上げた。

 眠る直前にも聞いた、とんでもない美声。吟遊詩人でもやったらさぞ儲かるのではあるまいか、というそれ。

 声は"壁"から聞こえた。

 違った、壁ではない。あたしがぶつかったのがその人のようだった。

 よく見えれば、あたしの背を支えてくれているのもその人の手だった。

 仮につけた名前はアレックス(仮)だった気がする、そういえば。

「あ・・・」

 アレックス(仮)に返事を何て返そうか。

 けれども、考えがまとまる前に、

『ぐぅぅ』とあたしのお腹のほうが盛大な音を立てる。

 あたしほどお腹は奥ゆかしくないようで待ちきれずに、自らの存在を誇示したらしい。


「・・・腹が減ったのか」


 全くもってその通り。

 あたしがこくん、と頷くと、アレックス(仮)は背中に回していた手の位置を変えて、あたしを抱き上げた。


「たんと食え。今のままだと面白くない」


 何が面白くないのかわからなかったが、あたしは頷いた。

 こうなったら、お腹が一杯で動けなくなるまで食べてやる。


「もう少し育ったら、可愛がってやるから」


 あたしはアレックス(仮)が頭を撫でてくれたのが気持ちよくてこくりと頷いてしまった。



 


 あたしが愛玩物、要するにペットとしてご主人様に飼われることになったのを説明されたのは「もう少し育ってから」のことだ。

 それまではよく食べることと、よく寝ることだけがあたしの仕事だった。


 がりがりの骨と皮だけだったあたしは美味しいものを一杯食べたせいか、ふっくらとした肉付きのいい体になりつつあった。

 アレックス(仮)があたしの御主人様だ。

 お名前は聞いたけれど「ご主人様と呼べ」というので、教えては頂いていない。

 したがって、彼のことを心の中では「ご主人様」か「アレックス(仮)様」と呼ぶことにしている。

 彼があたしを魔界に連れ帰ってきたのは、彼の大事にしている着せ替え人形にあたしがそっくりだからだと知ったのは、愛玩物としてあたしが飼われることになったと説明された直後のことだ。

 ご主人様は、力の強い魔族にありがちの、顔かたちの整った美形なのだけれど、趣味は「着せ替え人形」だった。凄く残念な人である。

 着せ替え人形。

 正直言うとシュールな光景だったりする。

 いっぱい栄養のあるものを食べたのと、ご主人様のお力添えがあって、視力がそれなりに回復したあたしには、残念だけど人形で遊ぶご主人様の姿がばっちりと確認できてしまう。

 繰り返す、シュールだ。

 想像して欲しい、美形の成人男性が、可愛らしい着せ替え人形で遊んでいる姿を。人によっては目の保養というのかもしれないが、あたしはその姿を見て眼福を感じるようなタイプではない。

 あたしが連れてこられたのは、「生きた着せ替え人形」にするためだったようで、今やあたしもその対象だ。

 勿論、あたしは彼が遊ぶ間はお人形サイズにされてしまう。

 お人形に変身なんて、まるで物語のようだ。ただ、面白がる気には全くなれない。この姿にされたら、抵抗しても無駄だ。お人形サイズの人間が抵抗しても、大した被害はおきない。寧ろ、抵抗した際のお仕置きの方が数倍ヘビーで、二度と抵抗しようなんて気がおきないようなことをされた。


 元のサイズに戻っても、愛玩物であることは変わりがないから自由はあまりない。

 ただ、今までと違って、美味しいものを食べられて寒くも熱くもない場所に住み、着るものにも不自由しないだけ幸せだ。


 だから、あたしは逃げもせず、着せ替え人形という立場に甘んじている。

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