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3.「キセ・変える?」

 あたしがご主人様の手で連れてこられ、魔界の地を初めて踏んだのはもう大分前のことになる。

 魔界の月の満ち欠けはかれこれ6回程見ただろうか。

 空に浮かぶ月の数こそ人界より二つ多い――計三つと異なるが、月の満ち欠けの周期はあたしの生まれた世界と同じだ。

 一年の間に、月は13回肥え太り、また痩せていく。

 それは全く変わらないはずなのに――ここでの一日は、とても短い。

 月日の流れが早い。

 これが噂に聞くリア充というものなのだろうか。

 以前の生活と比べ、今の生活の快適なこと――雲泥の差だ。



 * * *


 今宵は新月だ。

 真っ黒な墨に、銀箔を零したような空が窓の外に広がっている。

 常であれば糸のように細くとも存在するはずの三つの月が一時に消えうせる現象は神秘的だ。

 今日から暦の上では紅階景こうがいけいの月に入ると教えられた。


 紅階景の月、というと首を傾げる人がいるかもしれない。

 そう、人界と魔界は月日の流れ方にさほど差はないが、暦は違うのだ。

 人界の、味も素っ気も無い、1月からはじまって13月で終わるシンプルな暦とは裏腹に、魔界でのそれは夫々の月になんだか仰々しい名前がついている。

 慣れるまでは少し違和感があったが、今では味気ない人界の暦より好きだ。

 命名の理由もクセがあるが、意味を考えるとわかりやすい。

 この頃になると、日頃はどちらかというと色に乏しい魔界が、段階を踏んで赤く染まっていく。初めは薄紅。少しづつ色味を増していく。最終的には真っ赤になるらしい。故に紅階景。

 人界では9月を示すというとピンとくるだろうか。

 人界では紅葉には少し早いこの時期に、魔界ではもう紅葉が始まるのだ。

 視界一面に広がるという赤の正体は、魔界に多数生息する炎樹の紅葉だという。

 魔界で目にする紅葉樹といえば、ほぼその一種類しか無い。

 勿論、それ以外の種も紅葉しないでもないが、もっとも繁殖力が強く、もっともよく目にすることになるのはその炎樹の紅葉な為だ。

 それ以外の種の紅葉が見れたら、自分が稀な景観に出会えたのだと自分の幸運を喜べばいいだろう。


 ・・・・・・というのは、全て伝聞だが。

 何しろ炎樹は魔界にしか生息しない植物であるし、あたしが魔界に来てから六ヶ月と少し。


 紅階景の月を迎えるのは初めてな訳だ。

 あたしはまだ実際にその光景を目にしたことはない。

 珍種の紅葉どころか、炎樹の紅葉すらまだ見たことが無いのだ。

 あたしが知っている炎樹といえば、葉も何も付いていない、枯れ木だ。

 実際のところ枯れ木ではないらしいのだが、紅葉の季節を迎えるまでは、枯れ木のような葉も無く痩せて乾いたような外観をしている為、枯れ木にしか見えない。

 今はどう見ても頭が寂しくてかわいそうな感じに見える枯れ木が、一斉に葉を生やし、遠目に見ると炎が燃えているように姿を変える――噂にしか聞いたことの無いその光景は、実際目にしたらどんなものか。

 ひそかに楽しみにしてはいるのだが、あたしの住む城から少し離れたところでは、わずかながらも紅葉始めている場所もあるらしいものの、残念ながら城に間近いこの辺りで目にするにはまだまだ時間が必要らしい。

 あたり一面に火を放たれたがごとくになるというがどんな感じなのだろう。

 

 もう三月ほど巡って、氷篭の月に入ると炎樹は眠りについてしまう。

 それまでには一度くらいは、「魔界の紅葉」を城の外でもじっくり見てみたいが、それは難しいだろうなと思う。

 六度の月の満ち欠けの間、即ち約半年の月日が過ぎ去ったということだが、あたしはこの城とその周囲を囲む敷地から一歩も外にでたことがない。


 簡単なことだ。

 だって、あたしは愛玩物なのだから。

 "ご主人様"の。

 愛玩物は、愛玩される為のものであって、勝手にどこかにいかないものだ。そう、決まっている。

 それに、勝手にどこかに行くつもりもなかった。

 仮にここを出て行っても、戻る場所などどこにも無い。

 ご主人様の手によって連れ出され、同じように彼の手によりここに戻してもらうというので無い限り、外に出るのも恐ろしい。

 ここは魔界。

 人間の常識など通用しないところ。

 あたしはこの城に囚われていると同時に守られても居るのだ。

 ご主人様の気まぐれが発動して、あたしを連れて外に出るということが無い限り、おそらくこの城から一歩踏み出すこともないだろう。



  * * *



 ふと思い立って、あたしは与えられた一室の壁に備え付けられていた鏡の前に立った。

 水泡も入っていない、最高級の品質の鏡は、うっかり触って指紋をつけてしまう事を恐れるほど美しく磨かれていた。

 鏡を囲む枠には精緻な彫刻が彫ってあり、輝く宝石が象嵌されている。

 これだけで一財産だ。

 不注意で損ねないよう、汚さないよう、細心の注意を払いながらあたしはもう少しよく見えるよう、鏡に一歩近づいた。

 鏡面にはふわふわ揺れる金髪を、水色の大きなリボンをヘアバンドのように使ってまとめた、小さな頭の娘が明るい青の瞳をこちらに向けていた。

 ――これは、あたしだ。

 現に首を傾げて見せれば、鏡の向こうでも同じように娘が首を傾げた。

 手を上げれば同じように、鏡の中の像もまた手を上げる。

 だというのに、まるで自分ではない他人の姿のように感じるのは、半年の間に容姿が劇的に変わったせいだろう。

 別に髪や目の色が変わったとか、別人の姿を与えられたわけではない。

 髪はもともと金髪であったし、目の色も透き通った青であった。

 ただ、半年の間で別人を思わせるほど、印象が大きく改善されたというだけである。

 艶があり、毛先がふわふわと揺れる髪は黄金をそのまま糸にしたかのような輝きを帯びている。

 頬はふっくらとして、頬紅もしていないのに薔薇色だ。

 がさがさだった肌は肌理が整い、つるつるとしてさわり心地がすこぶる良くなった。

 半年前は油でべったりとして艶が無いぱさぱさのくすんだ砂の色をした髪だったし、頬はげっそりと肉が削げ、大きな目はぎょろりと目立つばかりだった娘であったとは思えない。

 これは、半年のアレックス(仮)による「餌付け」の結果だった。


 あたしは、守られているし可愛がられている。

 ――少なくとも、今のところは。

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