6-2.「キセ・返す」
「贅肉よ」
というあたしの言葉は狙い通り彼のお気に召さなかったらしく、ナムエは顔をしかめた。
「夢と希望とか可愛らしいことは言えないんですか」
「残念ながら、そんなお腹が一杯にならないような単語の持ち合わせはあたしの中になくて。お勉強不足で申し訳ないわ」
「今なら夢と希望と愛を三点セットで進呈しますよ」
「まぁ、素敵。でも、遠慮させて頂くわね」
あたしは微笑んでかわした。
そもそも魔族ならば、絶望と恐怖と畏怖と口にするべきじゃないだろうか。
偏見だろうか。いやいや、そんなことはないはずだ。
「今なら只で提供しますが」
「只より高いというものはないと聞くし?」
微笑んだまま可愛らしく首を傾げてみせる。
着せ替え人形という身分が、少しの間不自然なポーズでも固定し続ける技術を磨いた。
このような媚びるような仕草もお手の物。
「では、食欲と愛欲と睡眠欲の三点セットを私と満たす権利をオマケしましょう」
ナムエはぽんと手を打って、ろくでもない権利を差し出してきた。
そんな如何わしいものはいらない。
その輝くような白い歯。いっそ抜け落ちてしまえばいいのに。
「謹んでお断り申し上げます」
「まぁまあそういわず。初めに会った時は眼中に無かったのですが、こうしてみると貴方もなかなかです」
やっぱり巨乳信望者だったらしい。
滅びてしまえ。とあたしは心の中で再び念じる。
髪の毛の生え際辺りとか、一部分だけでもいい。
「…でも、あたしご主人様に既に飼われてるから。先約を優先しないと」
愛玩物として、あるいは生きた着せ替え人形としてあたしを拾ったのは、ご主人様が先だ。
「…そういえばそうでしたね。あの方も女性嫌いなのに、貴方がそんな風になっても傍においているなんて予想外ですよ」
それは初耳だった。
「……ご主人様、女嫌いなの?」
「でなきゃ、貴方なんてとっくに押し倒されてますよ。あの方のことは尊敬していますが、妙齢のご婦人を裸にしても興奮しないのは私には理解できませんね。服なんて脱がすのが楽しいのに、着せて何が楽しいんでしょうかね」
真剣な顔でいうことか、それは。
「あたしに聞かれても困るんだけど」
「それもそうですね」
(そうですよじゃないわよ)
あたしは突っ込みたいのを堪えて、その気持ちをコホンと咳払いをしてごまかした。
「ご主人様が、着せ替え人形が御趣味なのもそのせいなの?」
現実の女性は苦手な男が、嗜好を歪んだ方向に傾けることがあるというのはよく聞く話だ。
ご主人様の場合、それが着せ替え人形という形で現れたとしても不思議は無い。
「さぁ?只、あの方が女性を苦手としているのは本当ですし、特に女性らしい体型の方相手だとそれが顕著ですね」
「・・・そうなの?」
それならば、あたしはもういつ捨てられてもおかしくないということだ。
「まぁ、もしあの方に捨てられたら代わりに拾って差し上げますよ。毎日あんあん鳴かせて差し上げますから、楽しみにしていてくださいね」
あたしの表情が硬くなったのを見て、ナムエは眉をひょいとあげて肩をすくめた。
「貴方はあの方に捨てられたらどうしようと思っていらっしゃるようでしたから、救いの手を差し伸べたつもりなんですがね。選択肢の一つとして覚えておいて下さい。別に今返事する必要はないですからね」
では、私も用事がありますから・・・とナムエは暇を告げて去っていってしまった。
――――残されたあたしの頭の中で、ナムエの言葉が回る。
《あの方は女性嫌い》
もしかすると、ご主人様の傍をあたしが離れるのは、そう遠くない未来なのかもしれない。
その日から、あたしが床についている時間は徐々に徐々に延びていった。