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第13話

 日付の感覚が薄れていた。曜日も、時間も、もう意味をなさなかった。スマホのロック画面だけが「今日」を示していたが、その日付に実感は伴わない。時計の針はただ回り続けるだけで、裕也の生活の中に予定という概念は存在しなかった。目覚ましもならない。誰かと会う予定もない。何をする義務もない。


 そんなある朝、スマホを確認すると、通知が異常に増えていた。Xのアカウントではなく、YouTubeだった。所謂まとめ系チャンネルの通知に、見覚えのあるアイコンが表示されていた。


『【晒し】月収300万自称転売ヤー、完全終了のお知らせ【本人音声?】』


 タイトルを見た瞬間、心臓が跳ねた。桁が一つ増えていたからではない。数ヶ月前の音声スペース。酔った勢いで調子に乗って話した内容が、切り取られて動画になっていた。フォロワーをバカにするような発言、売上報告、バイトを「社会の敗者」と呼んだ箇所――全部、そこに詰まっていた。アイコンは伏せられていたが、特徴的な言い回しや口調はそのままで、コメント欄には「あのアカウントだろ?」と憶測が飛び交っていた。


 再炎上だった。かつてのネタが再び火を吹き、匿名掲示板やXでは新たなコラ画像やスレが立てられていた。動画の再生数は一晩で数万に達し、トレンドに関連ワードが浮上した。自分の顔は出していない。名前もバレてはいない。そう信じたかったが、そうもいかなかった。


「こいつ、〇〇大学のあの奴じゃない?」

「たぶん、フリマアプリの〇〇で取引したことある」


 断片的な情報が繋がれていく。個人情報の予測が加速し、憶測が確信のように語られ、拡散されていった。駅の出口、買い物履歴、投稿時間帯、過去のスクショ。裕也がかつて軽く考えていたデジタルの残滓ざんさいが、現実の自分を追い詰める材料になっていた。


 その日の午後、ポストに一枚の紙が投函されていた。未払いの電気料金の督促状。すでに最終通知だった。あわてて確認すると、水道料金もガスも、期限を過ぎていた。支払いは滞り、残高も心許ない。PayPay残高も使えず、現金はもうコンビニで買い物をする程度しかなかった。フリマで物が売れなければ、現金は増えない。だが、アカウントは全滅。売る手段はもうない。


 唯一残っていた楽天の古いサブ口座も、維持手数料のせいで残高が目減りしていた。生活保護や支援窓口のページを調べかけたが、フォームの途中で思考が止まった。住民票のある地元には戻りたくない。親にも連絡できない。電話番号が古く、マイナンバーカードも住所更新していない。すべてが今の自分を否定していた。


 空腹の感覚も鈍くなり、冷蔵庫を開けるたび、同じような光景に落胆した。半額のパン、期限切れの牛乳、溶けかけた氷。以前はUber Eatsを毎日のように使っていたのに、今やアプリすら起動しなくなっていた。


 深夜、唯一連絡を取れる相手、村井に初めて自分からDMを送った。


「久しぶり、ちょっとだけ話せないか?」と。


 なぜ俺は村井にそのメッセージを送ったのか。それはきっと、最後の希望を願っていたからだろう。俺はただ、本当に話したかっただけ。未読のまま、2日が過ぎた。そのまま無視されるかと思ったが、3日目に返ってきたメッセージは、冷徹の一言だった。


「今さら何の話だよ。」

「お前、自分が何やったかまだわかってないのか?」


 そこには怒りも心配もない、ただの切り離しがあった。裕也はその画面を長く見つめた。返信する指は震えていたが、打った言葉は冷静だった。


「わかってる。もう手遅れだってことも。お前にどう思われようが、もう関係ない。全部自分で蒔いた種だし、逃げ場も残ってない。ただ、最後にひとつだけ言わせてくれ。これから俺がどうなるか、ちゃんと見ておけよ。次に同じことを書くのは、お前かもしれないからな。」


 裕也は送信ボタンを押したあと、画面を見つめながら深いため息をついた。届くはずもない言葉を空虚に呟くように。


 ふと目を落とすと、デスクの上にかつての転売ノートがあった。仕入れリスト、価格推移、ツールの導入タイミング、利益率……そこには全盛期の自分の努力が、文字として残っていた。だが、今そのどれもが使えない。ルールが変わったわけでもない。世の中が敵になったわけでもない。自分が、ただ限界まで消費され、忘れ去られていくだけだ。


 裕也は震える手で転売ノートをゆっくりと捲っていく。そして、まっさらのページまでたどり着くと、静かにペンを握った。

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