心臓の治療、と、もう一つ
夫が倒れました。
心臓が悪いので、直ぐに手術をしなければならないと言われ、何が何だかわからぬ間に手術が始まっていました。
高校に連絡を入れておいたので、娘が制服のまま病院に駆けつけてくれました。娘と二人、静かに、苦い珈琲を飲んで、手術を待ちました。
手術が終わると、夫は直ぐに集中治療室へと運ばれ、私と娘はお医者様からの説明を受けるため面談室へ連れて行かれました。
「心筋梗塞です。心筋に血流を送って酸素を供給している冠状動脈という動脈があるんですが、そこが詰まる病気ですね。心筋はこれにより酸欠状態になって心筋の細胞が死んでいきます。心筋が死ぬと、心臓の鼓動の運動ができなくなるので、心臓のポンプとしての機能が失われるわけです。従来の治療と同じく、まずはこれ以上壊死の部位を広げないために血管の詰まりを取りました。死んでいない部位はまだ動くことができますからね。加えて現在では心筋の再生を試みることが主流となっています。万能細胞から分化した人工の心筋細胞を移植しました。これが種となって壊死した心筋組織が再生していく事を目指しますが、旦那さんの場合、壊死範囲が既にかなりの広範囲でした。しばらく救命措置を続けて心筋の再生を待ちますが、救命措置で補い切れるまでに再生が間に合わなければ、その時は覚悟しておいてください」
来ました。
その時が。
来てしまいました。しまったようです。来てしまった。来たら、何処へ行くのでしょう。何が来たのでしたっけ。ああ、そう。
夫は死にました。
何でも再生できると抜かしてこの有り様。絶対なんてない、絶対なんてない。ないったらないったらないのです。
夫が死んだ?
いない、ということですか。
そうですか。
いない、ということは、いない、ということですか。
そうですか。
世界にあの人は居ないのだそうです。
居ないんですって、不思議なことですね。
「お母さん駄目!!!!!!」
娘が私からモノを取り上げて、私を見ながら何やら急いで電話をしていました。
何を泣いているの、大丈夫だから、安心しなさい。
お電話、楽しんでね。
目が覚めると、音の無い部屋にいました。
何もない、音の無い部屋に、ベッドだけがあり、私はそこに休んでいるようでした。
ああ、これは、病院の匂い。