眼の治療
脳組織の再生治療というものを受けるよりも前からお付き合いしていた男性と、結婚することとなりました。
「本当にあの時は心配したよ。でも、今こうして元気に一緒にいられて良かった、本当にね」
「もう三年も前のことでしょう」
「いつまでもあの助かったと聞いた時の感覚は忘れられないだろうね」
治療を受けても、彼についての記憶が欠けることが無かったのは幸いなことでした。私は、彼が大好きなのです。よく笑う、穏やかな彼と過ごす事が、私にとっての何よりの癒しなのでした。
式場での事故でした。
言葉にするだけでもグロテスクで背筋が凍ること間違いありませんので、どの様な事故であったか詳細は差し控えますが、ともかく、私は眼に猛烈な痛みを感じました。反射的に右の目元を押さえるわけですが、サテン生地のすべすべとした手袋が直ぐに生暖かく、湿っていくのを感じました。俯くと、白のドレスに赤い染みが増えているのが見えました。しゃがみ込む私の隣から夫になったばかりの彼が必死に肩を抱き抱えてさすって声をかけてくれました。周囲の人々は慌ただしく駆け回り、声を上げていました。どれもなんと言っていたのか、それどころではなかったのでなんとも覚えていないのですが、救急車を手配するなどしてくださっていたのだろうと思います。
つまり、右の眼球が潰れてしまったのです。
が、今、私の右の眼はしっかりとはまっています。残った左の眼と、鏡に思いっきり顔を近付けて見比べても、違いがわからないくらいに、瞳の色も同じで、みずみずしく潤った右眼があるのです。左の瞼を閉じても、右の眼はしっかりと視力を保っており、見ることができます。
私の脳組織を再生するのにも使われた万能細胞というものを用いた、眼球の再生治療だそうです。人工物ではない……いえ、人工的なものではありますが、少なくとも組成は全く普通の眼球と変わらず、細胞によって造られている眼球を、事故にも関わらず無事に生き残っていた私の視神経と繋ぎ合わせ、見る機能を修復させたのだということです。なんとも、便利なものです。
お医者様は、この様な提案も私にしてくださりました。
「これで右眼は治ったわけですが、事故で負傷したのは眼球そのものだけではありませんよね。どうでしょうか、右眼の周りの顔の怪我の跡も綺麗に治すことができますが。ただ、これは保険適用外となってしまうので、考え次第です」
私は、元々自分の顔に大した誇りも持っていないので、このままでも構わないと言いましたが、夫の考えは違うようでした。
「妻はあまり自分に自信がない人で、僕は彼女を本当に綺麗だと思うのですが、彼女はそうは思わないみたいで、この怪我で余計に自信をなくしてしまうんじゃないかと……」
「なるほど。奥さん、どうですか」
夫の気遣いを無駄にするのもそれはそれで悲しいことなので、私は受け入れる事にしました。せっかく私の自信を考えて決断してくれたのだし、それによく考えてみれば、妻の顔が少しでも元通り綺麗であった方が、彼としても幸せな事だと気が付いたのです。
さて、私の眼とその周囲は、すっかり元通りとなりました。